イト
2026-04-04 00:26:57
759文字
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残暑

武新 短編
まだ出会っていない頃の武市の話

 木屋町の新しい住まいから、ほんの少し歩くだけで先斗町にたどり着く。
 ふつふつと汗が出る。少し歩くだけでこれだ、京の残暑は土佐の真夏より厳しい。もう少しいい季節に移ってこられればな、と思いながら河原を見る。京の川は穏やかに残暑の熱を照り返して、まるで何も無かったかのようにそこにある。
――あるいはもう少し早く、夏の盛りに。
 ここにかつてあった物は影も形もない。しかし、人々はそこにあった血腥い記憶をまだ忘れていないのだろう。どこかよそよそしく足早に通り過ぎて、足を止めて川を眺めているのは今、武市瑞山一人だ。
 どのあたりだろうか、梟首されたという場所は。
 七月二十日、奸賊島田左近が討たれた報に京に震えが走った。隠れ家に押し入られ逃げる島田が目撃され、それを追う志士がいたらしい。
 翌二十一日、島田左近の首の無い死体が高瀬川から引き上げられた。何者がこれを行なったか、当日不明。長州の仕業との噂もあった。
 一日空いて二十三日、この辺りに斬奸状とともに首が掲げられた。
 死体の様子と噂から、薩摩の手の者が為遂げたということだ。
 伝え聞いた話だが、志士田中新兵衛と他二人、島田を追いかけて小路を駆け、塀にすがって登り逃げるところををばっさりと斬ったという。
 憂国の志士を無惨に投獄した奸物が、怯えて逃げ回った挙句に示現流で真っ二つだ。
 鳥肌が立つ。
 田中新兵衛という奴はどれほど恐ろしい男なのだろうか。そいつが残忍であればあるほど、島田にふさわしい。
 会ってみたい。その男が化け物である事を目で見て確かめたい。
 英雄に対する幼い憧憬に似た気持ち。京に来れて良かった。もしかしたら今、この道をそいつが歩いているやも知れないのだ。
 河原から顔を上げる。どこにも侍らしき人影は居なかった。