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紫呉葛
2026-04-03 20:42:17
3506文字
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【オキラス】 勿忘草の色の先に【一枚の絵から】
貴方のイラストから小話を書かせてください分。暁風様のイラストより書かせていただきました分になります。何でも許せる人向け。ラスティ視点。モブの登場あり。ネタバレあり。
ラスティは独り、遠くを見ていた。
アーキバスの基地の屋上。その頭上は暗く重たい雲が山の向こうまでを埋め尽くし星々を隠している。
腰までの高さの柵に身を乗り出すように両肘を乗せ、火の着いていない煙草を指に挟んだまま。
何の変化も無いままに、おそらく一時間はこうしている。
今日は日の出は見えそうにない。
冷たい風が肌を叩き続けている。
数時間前の出来事を忘れるなと言うかのように。
その時、ラスティは整備スタッフの一人と共に倉庫に訪れていた。
たまたま廊下で声をかけられて、会話の流れで部品の運搬を手伝うことになった。
交流によって信頼関係を築く。心を開いてくれる人間を作ることは間諜として何よりも必要なことだ。此度の協力もその一環にすぎない。
機体の整備についての要望、基地内での流行り、ちょっとした家族の話、当たり障りのない世間話を続けながら進んでいく。
辿り着いた倉庫入り、人二人が通れる程度の広さしかない敷き詰められた棚の中から目的の物を見つけた。
「これは、私が運ぼう。君はそちらを頼む」
進んで重たい方を選ぶ。
スタッフに背を向けて、屈んで、目的の箱に両手を伸ばす。
警戒は怠っていなかった。故に、引き金を引かれる前に体は最善の方向に動いた。
何も掴まず振り返れば、そのスタッフがラスティに銃を向けていたのだ。
まるで別人のような形相は難なく意図を理解させてくれる。『V.Ⅳ ラスティ』として何度も見たことがある。
躊躇いを見せることなく真っ直ぐ向かって来る数発の弾丸は壁や棚に当たった。一発を除いて。
「ぐっ
…
!」
ラスティの上着の腹部辺りに、穴が開いた。
急所は外したが避けきれなかった。
激痛に歯を食いしばりつつ、相手から銃を取り上げようとラスティが飛び掛かる。
させまいとスタッフが抵抗し取っ組み合いになる。
腕を伸ばし、辺りを引っ掻き、身を逸らせ、ジリジリと狭い通路で押して暴れて。
こんなところで命を奪われてたまるか。
「!?」
しかし揉み合っているうちに、二人は動きを留めた。
銃が床に落とされた。
ラスティはわずかに瞼を下げる。
崩れ落ちたスタッフを、何も言わずに見下ろす。
動いているのは一つの粗い呼吸だけ。
もうすぐ騒ぎを聞きつけた別のスタッフ達が来るだろう。
激痛に歯を食いしばりながら、今後の立ち振る舞いを優先的に思案していた。
状況を確認に来た者達の証言や監視カメラの録画からラスティへのお咎めは無しとされた。
あの整備スタッフが解放戦線のスパイだったと判明したことも、正当防衛と見做す要因となった。
戦闘を主とする第四部隊の隊長ともなれば敵から買っている恨みは他よりも多い。今回の出来事も小さな悲劇としてあっという間に片付けられた。
アーキバスに所属する者として出来る事はもう何もない。
だがラスティは屋上に来ていた。
誰にも邪魔されず空を眺めたい気分だった。
銃口を向けながら投げつけられた恨み言。『V.Ⅳ ラスティ/私』は大切な人を殺した『敵』なのだそうだ。
解放戦線側から向けられる怨嗟と憎悪。
企業側から向けられる好意による哀れみと嫌悪による陰口。
いくら慣れていると言えど、何も感じないわけではない。限度が過ぎれば辟易もする。
もはや己の手を見ることすら億劫だ。
取っ組み合いによる事故に見せかけラスティは殺した。同郷の者をまた一人、この手にかけた。
それ自体を憂いてはいない。摘み取った命に対しての償いは死力を尽くしてこの星を解放することで示すのみ。
痛みを与えるかのように風の冷たさが強くなる。
藍と橙の色と髪を揺らしていく。
弾丸がめり込んだライターを取り出して、しかし、それはもう使えない物で。
吸いたい気分ではないが、それ以前に火は無い。
新しい物をどうやって調達するか、だが、それは今考えなくても良いか。誰に言うでもなく、声には出さず。
役目を果たせないその鉄くずをポケットに仕舞う。
そうやって冷え切るのを待っていた。
状況は思ったよりも早く変化を見せた。ラスティの瞳が夜行性の獣のようにギラつく。
「なるほど、この寒さならば誰も寄り付かんな」
背後から届いたオキーフの声によって。
無視する訳にもいかずラスティは振り返る。
そこには、視界に飛び込む一色。
「!」
警戒しつつも届くままに弾くように片手で受け取れば、それはラスティが処置室に置いてきたままにしていたジャケット。
「まだ『此処』に居たいのならば、その耐寒性を出すのはやめておけ」
撃たれて治療を受けた時、上着を脱いだ。
そしてインナーのまま、この寒風吹き荒ぶ屋上にラスティは居たのだ。
「仮にもお前は怪我人だろう」
要安静を言い渡されていることまで知っているオキーフが呆れの表情を見せている。
この寒さの中で防寒無しに動けるのは周知されているだけでもルビコンの環境に適応したルビコニアンくらいなものだ。
今アーキバスにはルビコニアンの所属は確認されていないし許可も出ていない。
見つかれば良くて再教育行きだ。
それをオキーフは遠回しに警告してくれている。
「気をつけるよ」
ラスティが人当たりの良いいわゆる営業スマイルを笑みを浮かべる。
静かに歩んで来て、ラスティの隣にオキーフは立った。
風下に当たる位置。彼も一服するつもりなのだろう。
懐から煙草を取り出し、点きの悪いライターで火をつけて一口吸い、ふぅーっと紫煙を上げるその一連をラスティは黙って見つめていた。
まだ彼のことはわからないことが多い。
ラスティの目的を知っている。
何度も同じ寝台で肌を重ね夜を明かした。
だが、彼は何も言わない。問い詰めることも、促すことも、捕らえることも、要求すらもない。
紫煙が灰と共に宙に散らされていく。
ぼんやりとした、誘導灯の赤と火の赤。その明かりだけが薄い闇色の中にある。
何の為に黙っていてくれるのかわからない。ただ、今のラスを守ってくれている、それだけは理解している。
憎悪も哀れみも無い。ただ宥めるような穏やかさを感じ始めていた。
自然と口を開いていた。
「貴方は、この星の夜と朝の境目を、見たことはあるか?」
軽く首を傾げ相手の横顔を見る。
何を考えているのかちっともわからない。少々の疲れ具合が出ている程度だ。
「
……
無いな」
視線を合わせずに、オキーフが答える。
「そうか、ならば今度、ぜひ見てほしい。私の好きな景色なんだ」
一つだけ己の情報を開示する。嘘偽りの無い言葉で。
「
……
つまり、今が丁度良いというわけか」
ほんの少し思案したオキーフが言う。
この曇り空で、どういう事だろう?とラスティが訝しむ。
オキーフが眼前の空を煙草を挟んだ手を伸ばして指し示す。
ラスティがその方向を見ると、流れの速い遠くの雲がいつの間にか断続的となり、隙間を大きくしている。
晴れるのだと、オキーフは言葉にせず告げる。
「あぁ、そうだな!」
ラスティが笑った。
日の出までもう少し時間がかかる。
煙草をもう一本吸い始めるオキーフ。
「私にも、火を貰えないか?ライターは使えなくてね」
「こちらもオイルが切れた」
オキーフが火花が虚しく跳ぶだけになったライターを見つめている。
それならば仕方ない、咥えるだけで我慢しよう。ラスティはそう思っていたが。
「一本分ならいけるだろう」
オキーフが体ごと顔を向けてきた。ようやく視線が合う。
ラスティは何をするつもりなのか理解して、同じように体を向け身を寄せる。
親指と人差し指、そして中指で挟んだ煙草を向けられて。
口元を隠すように手で覆うように煙草を咥えて。
先端を重ねる。
片方が息を吐き、片方が受け取る。
火が移る。
喉奥に紫煙に混じって彼の呼気が流れ込んでくる。
その小さな光を瞳が極限まで取り込み、ほんのりと周りが琥珀のような明るさになった気がした。
離れれば二つの赤が暁の闇の中に灯る。
吐き出せば二本の白が飛行機雲のように流れる。
灰を流し、寒さを紛らさせる為にと雑談を交わす。
遠くの空にうっすらと線が引かれてきた。
濃い藍の夜が、陽光の橙色に焼かれていく。
朝焼けの色を前に、オキーフが何かを呟いた。
しかしその声は、ラスティの耳に届くより先に、一際強い風が連れ去ってしまった。
そろそろ部屋に戻るべき時間だ。
だが、もう少しだけ。
二人で苦味ある煙を味わいたくて。
空が白ずみ山の木々の深緑を湛えるまでの焼けた色を眺め続けた。
「あぁ、これが、お前の色か」
エンド
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