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mohu09
2026-04-03 00:03:16
5075文字
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悪夢と幸せ
マクの人生のお話
夢を見た。暗くて、苦しくて、どうしたって忘れられない思い出たちの夢を。
幼い頃に大切な弟を自分のせいで失くし、優しかった母親に虐げられ、その現実に耐えきれずに自分ではない自分を作り上げた。やがて家を出て軍に所属してからも居場所など無く、知らない自分に乗っ取られたりするばかりに上官や同期からは気味悪がられてばかりだった。軍を除隊になって居場所を探し傭兵稼業を始めたけれど、すぐにそれは間違いだったと気付いた。罪のない人間を殺める相棒と、それを見て怯え命乞いをする人達。そんな過ちを犯してしまった自分を認めたくはなくて、その場にいる人達を何処かへ逃がそうとした。だがそれは失敗に終わる。
マークの人生は空っぽだった。愛されず、虐げられ、誰かを傷付けてばかりいた人生に意味などない。今際の際にそれを悟った。そんな人生を送ってきた自分は何だったんだろう。何の為に生きて来たんだろう。考えることすら無駄なのか、と痛みに苦しみながら思った。
誰かに生きてる意味を見出してもらいたかった。マーク・スペクターという人間が生きていても良いのだという理由を。だからマークは全力で生きていたつもりだったけれど、それは何もかも言い訳でしかない。自分が過ちを犯し続けたという事実を否定する為の。
そう気付いて、やはり自分は生きているべき人間ではないのだと思った。ただ生きているだけで周りを傷付ける。そんな人間に価値などある訳がない。だったら、今ここで全ての元凶を絶ってやろうと。そう思った。
けれど、訪れたのは痛みでは無くチャンスだった。第二の人生を歩む為のきっかけ。それはマークの心の傷に触れて沁み渡る甘言で、身も心も弱りきったマークにそのきっかけを放棄する選択肢などないに等しかった。マークは否定してみたくなったのだ。過ちばかりだった人生と、周りを傷付けてばかりの自分を。やり直せるのならやり直してみたかった。だからチャンスというやつを受け入れた。
だがそれは間違いだった。そう気付いたのは、一体いつ頃だっただろうか。どこまでも憎たらしい神とやらに操られ、今まで以上に人を傷付けた。殺めた。マークにとって神から告げられる理由なんて無いにも等しくて、ただ理由もなしに人を殺めるだけの人生へと成り代わってしまった。それはきっとマークが弱かったせいだ。
贖罪をしようとしたこともあった。あの時、マークが罪を犯した場にいた男の娘に会いに行き、全てを打ち明けて裁いてもらおうと。でも出来なかった。そんな罪を打ち明ける勇気などマークにあるはずもなかったし、何よりマークは恋をしたのだ。分不相応な恋を。マークは誰かに認めて欲しかった想いをその娘にぶつけた。そしてそれは理由はわからないけれど受け入れられ、マークは生まれて初めて「生きる意味」とやらを見出した。
しかしそれも長くは続かなかった。母親がこの世を去った。マークを虐げて、呪い、壊した母親が。最初は勿論衝撃を受けたけれど、すっきりしたはずだった。胸のつかえが取れたと。だがおかしいと思った。この世を去るべきなのは自分の方なのではないか。何故母親がその役目を引き受けたのか、理由が分からなかった。確かに彼女はマークを壊したけれど、マークほど沢山の人間を壊してはいない。ならば、裁かれるのは自分のはずだ。悪いのは自分で、母親ではないと思った。でもそんな現実に耐えられるほど、マークは心が強くなかった。だから呼び出した。自分ではない自分を。そしたら楽になれると思ったから。
そうして勝手に生き出した自分は、酷く天真爛漫で呑気で優しかった。マークとは違って誰も傷付けない。だからそいつに全てを譲ってやろうと決意した。マークの残りの人生とやらを。そう決意したマークに後悔はなかった。
そこで目が覚めた。目に映るのは、朝日に照らされた天井だけ。全て夢だったのだ。全身がぐっしょりと湿っている。呼吸が荒くて、上手く息ができない。頭がぼうっとする。
マークは身体を起こして、心臓を押さえた。胸が苦しい。今までの人生を全て追体験したかのような夢だった。それも、自分の感情ごと。ドゥアトでの出来事に近しい。何もかもが苦しみで出来ていた。もう二度と体験したくないと思っていたのに、またこんなことになるだなんて思ってもいなかった。なんて最悪な気分なのだ。今すぐこの世から消え去ってしまいたい気分だった。
ギュッと目を瞑って、呼吸を整える。とりあえず、水でも飲んで落ち着こうと思った。マークはベッドから降りてスリッパを履き、寝室を出た。その瞬間、ぱあっと朝日が目に飛び込んでくる。あまりにも眩しくて顔を顰めた。
「あ、マーク。おはよう!」
「やっと起きたのか、寝坊助」
リビングとダイニングから聞こえて来た二つの声に、目を見開く。スティーヴンとジェイクだ。何で二人が現実に、と考えてから、そうだったと思い直す。そういえば、最近理由はわからないけれど、マークの身体から二人が分かたれたのだった。まだそれに慣れなくて、二人の姿を見ると動揺してしまう。まだ夢の中にいるのだろうか、と。
「あれ、マーク、なんか顔色悪いよ。大丈夫?」
スティーヴンがマークの表情を見て問い掛けてくる。大丈夫、と言いたかったのだけれど上手く声が出なかった。掠れてしまってちゃんと音にならない。
スティーヴンは何も言わないマークを見て心配に思ったのか、側まで駆け寄って来て背を撫でてくれた。その温もりを感じて、少し全身の緊張が解けた気がする。
「ねえ、何かあったの? 具合悪いの?」
「何か嫌な夢でも見たんだろ。放っておいてやれ」
「
……
何でお前はこういうことに関して鋭いんだ」
酷く掠れていたけれど、やっと声が出た。すると、ジェイクは「ずっとお前のことみてたからな」とどこか得意気に告げた。そうだったな、と少し唇の端を上げたつもりだけれど、上手く笑みを浮かべられたかはわからない。
ジェイクの発言を聞いたスティーヴンは、慌ててマークの身体を支えて背中を撫で摩りながらソファへと誘導してくれた。そしてマークをソファに座らせ、隣に腰掛けてから顔を覗き込んでくる。
「どんな夢を見たの?」
「
……
人の夢の話を聞いたってつまらない」
「つまらなくても良い。聞くから話して。少し心が軽くなるかもでしょ?」
ジェイクは何も言わなかったけれど、スティーヴンに同意するようにコーヒーを飲みながら小さく頷いていた。
悪い夢の内容を人に話すだなんて、想像もしていなかった。聞いた人が嫌な気分になるだろうし、聞いた方に何の得もないから話す価値などないと思っていた。だが、スティーヴン達はそれでも聞いてくれると言う。ならば、話さないというのも不自然だろう。本当は話すのも辛かったけれど、人に聞いてもらうことで胸のつかえが取れる可能性もあるなと思った。
だからマークは、夢の内容を一から十まで詳しく話した。それはもう、細かな描写まで。自分の感情だって添えた。話終わるころには差し込む朝日も角度を変えていて、部屋が少し暗くなってしまっていた。
話終わった時、ジェイクとスティーヴンが目を丸くしていたのがわかったので、マークは顔を伏せた。やっぱり嫌な気分にさせただろうか。自分の元となった人間の汚い人生なんて聞きたくはなかったかもしれない。そう思った瞬間だった。
「マークってさ、何でも重く考えすぎ」
「あぁ、そうだな。軽く考えるってことが出来ないのかねぇ」
「何にしても
……
」
スティーヴンが言葉を途切らせて、ジェイクと顔を合わせる。目だけで何かを伝え合い、頷く。
「マークは悪くない」
二人から同時にそう言われた。最初は何を言われたのかがわからなくて、マークは目を見開くしかなかった。悪くないって、何が。もしかして、夢の中で見たことについてだろうか。だとしたら悪くないはずがないだろう、と言おうとしたのだが、その言葉はジェイクに遮られた。
「そうそう。マークが悪かったことなんか一度もない」
「だよねぇ。僕もそう思う。マークの考えすぎ」
「だが、俺は
……
」
「何が悪くないのか、一つ一つ教えていった方が良い?」
スティーヴンに問われて、何度も頷く。言われている意味がわからないのだから、説明してもらった方が良いだろう。
マークが頷くと、スティーヴンは仕方がないといったようにため息を吐いて、人差し指を真っ直ぐに立てた。そして目を瞑り、大きく息を吸う。
「まず、一つ目。マークは弟さんを殺してなんかない」
「いや、俺が殺したんだ」
「事故だろ。誰にもどうしようもなかった。特に、子供だったお前にはな」
「そうだよ。マークはまだ子供だったんだ。何の責任も負う必要はない」
そんな訳ない、と思ったけれど、否定することもできなかった。上手く言葉が出てこない。どうすれば二人を論破できるかわからなかったからだ。
「そして二つ目。マークは人を傷付ける人なんかじゃない」
「だが俺は沢山の人を殺した」
「それってコンスに命令されたことでしょ? じゃああいつが悪いよ。マークじゃない」
「こじつけだって? ならあの世で審判を受けてみると良い。お前に罪なんて無いってすぐにわかる」
人を殺しておいて罪がないはずがない。そう思っているのはマークだけなのだろうか。二人の言葉を聞いていると、何か価値観の違う世界に来たような気分になってしまう。
「最後に、三つ目。マークは生きてる価値がない人間なんかじゃないよ」
優しく包むような声色でスティーヴンが呟き、ジェイクが頷いた。マークは二人の顔を交互に見遣って、首を傾げる。そんな訳がない。人の人生を奪って、踏み躙って、台無しにしてしまった人間に居場所などないのだ。そんなのわかりきったことである。スティーヴンとジェイクは何を言っているのだろう。
「俺は弟を殺した」
「それはマークのせいじゃない」
「沢山の人を犠牲にした」
「コンスに命令されてやったことだ。お前が背負っていくべき罪じゃない」
「母親に
……
酷いことを
……
」
「してない。君は何も悪くない」
スティーヴンとジェイク、交互に喋りかけられてもう訳がわからなくなりそうだった。何が正しくて、何が間違っているのか。もう何もわからない。スティーヴン達の言っていることは、意味不明だ。理解できそうもない。けれど、何故か聞いていると胸が暖かくなる。夢を見た時とは違う意味で苦しくなる。苦しくて仕方がなくて、涙が溢れて来た。止めどなく溢れる涙は止まりそうもなくて、マークにはどうしようもできない。
「もしかして泣いてんのか?」
「マークって意外と泣き虫だよね」
泣き始めたマークを揶揄って来た二人が、楽しそうに笑っている声が聞こえる。それだけで、マークは胸が張り裂けそうなほど苦しかった。何故かというと、幸せだったから。二人が笑ってくれるのなら、何だってよかった。マーク自身が生み出した二人が楽しそうにしていることこそが、マークの幸せなのだ。
幸せとはこんなに苦しいものだったか、と自身の記憶の中から数少ない幸せの記憶を辿る。そうだったかもしれない、と思う。幸せとはいつだって脆くて、儚いから失うのが怖い。だから苦しいのだ。マークの記憶の中では、決して楽なものではなかった。けれど、それが罰だというのならマークは喜んで受ける。幸せの隣にある苦しみをいつまでも感じ取って生きていけるのなら、それは最高の人生だ。ずっと幸せなのだから。
マークが最高の人生を送って良いものなのかは、まだ疑問が残る。きっといつまでも心から良いとは思えないだろう。だが、この二人がいるのなら。この二人ならば、ずっとそのマークの卑下した気持ちを否定してくれる。それは辛いことではない。だとしたら、この二人と暮らしていくことがマークの幸せに繋がる。それが良いことかはわからないけれど、マークはそうして生きて行きたいと、初めて思った。
「お前達は
……
俺と居て幸せか?」
涙声でそう問うてみる。聞くのは怖かったが、聞いておくべきことだと思ったのだ。
目を瞑って返事を待っていると、スティーヴンとジェイクが楽しそうに笑った。
「幸せに決まってる」
また同時にそう言われて、目を剥く。あぁ、そうか。きっとずっとこれが聞きたかったのだ。そう心の内で納得して、マークは笑いながら涙を溢した。
終
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