みずあめ
2026-04-02 21:00:57
1810文字
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ゆづあい

同棲してるカフェ店員由鶴×株式会社aporia逢さん

「おかえりなさい」
「ただいま…………由鶴、まだ起きてたのか」
「もう寝ます。そろそろ帰ってくると思ったので、顔だけ見たくて」
……悪い、少しだけ」
「はい?」
なんとか終電で帰ってきた俺を出迎えてくれた由鶴は、風呂上がりのセットされていない髪とふわふわのパジャマを着た可愛らしい姿で、疲れ切っていた俺の心身を急速に癒やした。
眠ってしまう前に、由鶴のことを抱きしめたい。靴を脱ぐのも億劫で玄関に立ったまま手招いた俺は、だけど玄関まで来てくれた由鶴のその清潔な匂いに、伸ばしかけた手をぱたっと下ろした。
「逢さん?」
……なんでもない。おやすみ」
「え?」
「もう大丈夫だ」
……お疲れみたいですね? 明日は早く帰って来れそうですか? まだしばらく忙しい?」
「そうだな、おそらく」
「じゃあしっかり休まないと。ごはんは食べましたか?」
「ああ。……いいから、由鶴は先に寝ろ」
「はい。でも、……逢さんが嫌ならしません。少しだけ、抱きしめていいですか?」
由鶴はそう言いながら優しい顔で首を傾げて、俺に向かって両手を広げて見せた。だめだと思うのに、その誘いに抗うことなどできず、俺は由鶴の腕の中へ体を寄せた。帰ってきたばかりで外の空気をまとう俺を、由鶴が躊躇うことなくぎゅうっと抱きしめてくれる。俺を優しく包み込む腕と慣れ親しんだ体温、シャンプーと混ざった由鶴の匂いに、思わず強く抱き返してしまう。離れなきゃと思うのに体が少しも動きそうになかった。
由鶴はぽんぽんと俺の背中を撫で、頭を撫で、それから頬に慈しむようなキスをした。顔を上げて目を合わせれば鼻先が触れ、唇をそっと塞がれる。熱を上げるようなキスではなく、存在を確かめ合うようなあたたかいキスだった。
「逢さん、今日はこのまま寝ちゃってもいいと思いますけど、どうしたいですか? スーツだけ脱いでもらえればシャツは俺がちゃんと洗濯してアイロンをかけるし、シーツも布団も明日洗濯するから汚れるとかは気にしないでいいですよ。あんまり無理してほしくないけど、仕事を頑張ってる逢さんのこと応援したいから、家ではなんにも我慢しないで俺に甘えてください。俺がそうしてほしいから」
由鶴の言葉は優しく、その誘いも魅力的だったけれど、俺は体に力を入れて由鶴から手を離し自分の力だけでしっかりと立った。俺が何を答えるのか分かっているような顔で由鶴が笑う。
「もっと甘えていていいのに」
「本当にだめになった時は、頼む。今はまだ大丈夫だ」
「無理してないですか?」
「してない。風呂に入ってくるからおまえはもう寝ておけ。明日は朝が早いんだろう」
「逢さんとそんなに変わりませんよ」
「それじゃあ俺が寝ていたら起こしてくれ。一緒に朝ごはんを食べてから行きたい。それだけで十分だ」
……わかりました。お風呂上がるの待ってますから、一緒に寝ましょう?」
「できるだけ急ぐ。だけど眠かったら寝ろ」
「もう。それくらい起きてられますよ」
ちゅっと音を鳴らす触れるだけのキスが目元に落とされ、思わず由鶴の手を掴んだ。空気を揺らす小さな笑い声の後、丁寧な仕草で唇が重なる。
……明日は、早めに帰るようにする」
「ふふ、本当ですか? 俺も明日は早番で夕方には終わるから、もし逢さんの仕事が早く終わったら一緒にごはんでも食べましょうか?」
「ああ。それと、風呂も」
「お風呂?」
「一緒に入りたい」
……じゃあ本当に早く仕事を終わらせてもらわないと。また終電までなんて言わないでくださいね?」
「約束する」
「でも無理はしないでください。明日がだめでも、俺はずっと逢さんといますから」
そんなことを言われても、由鶴と過ごすためになら多少の無理はするに決まっている。由鶴ならきっと俺がそうすると分かっているのに、それでも無理はするなと言っていることを俺も分かっていた。
「とりあえず今日は、一人で風呂に入ってくる。おやすみ」
「ふ、起きて待ってますって。いってらっしゃい」
キスを交わして手を離し、由鶴は寝室へ、俺はようやく靴を脱いでそのまま浴室へと向かった。きっと由鶴は言葉の通り起きていてくれるだろうから、早く寝かせてやるためにのんびりなんてしていられない。
おはようも、おやすみも、由鶴が言ってくれるそれはただの挨拶じゃなくて俺の力になるものだから、一回も聞き逃したくなかった。