ジルク
2026-04-02 15:36:50
2362文字
Public JA(山羊歌)
 

JAの方の後天にょた

CoC「山羊の歌は謡えない」ネタバレ
この人たちの方はあんまりギャグ風味にならないな……。

違和感に気付いたのは、顔を洗おうと洗面台の前に立ったときだった。
幼い頃ほどではないが、寝起きは良い方ではない。アラームをかければ時間通りに起きることはできるが、完全に覚醒するのは動き始めてから暫く経ってからだ。
今日も目覚めてから曖昧な意識のまま洗面台の前に辿り着いた。いつものように水を出そうとして、洗面台に手をぶつける。
……?)
探るようにして手を伸ばし、水を出す。手の平に水を受け止めようとして、袖を濡らす。
何か変だな、と思ったとき、ふと視界に映った鏡の中の自分にも違和感を覚える。
顔を上げて鏡を見る。髪がショートボブくらいにまで伸びていて、輪郭がいつもより柔らかいカーブを描いている。目線がいつもよりも低く、何より――
(おっぱいがある……
鏡を見つめたまま自分の胸をふにふにと揉む。手も小さくなっているのか胸が大きいのか、手の平から少し溢れるくらいの体積がある。
そこではっと気付いてズボンと下着の履き口を引っ張って中を見る。……あるはずのものがない。
恐る恐る手を差し入れて、そこがどうなっているのか触ってみる。……ないはずのものがある、感じがする。多分。
(どうしよう……
戸惑いながらも手を洗い、顔も洗う。起きたときから何となく変な感じがして、まだ寝惚けてるのかなとぼんやり思いながら顔を洗いに来たのだった。冷たい水でさっぱりしても、違和感は消えるどころか鮮明になるばかりだ。
改めて鏡の中の自分を眺める。自分自身をそのまま女性にしたような感じだ。年齢は変わっていない気がするが、元の童顔が強調されて可愛らしい雰囲気に寄っているように見える。
……なんか、前にも似たようなことあった気が)
微かな既視感に記憶を探る。子どもの頃、アンとリコと一緒にいて……
ふっとヒュプノスの顔が思い出される。そうだ、メアリを取り返しに行ったときに姿を変えられたんだった。二十年近く経っていることと、そのときはそれどころではなかったことから、すっかり忘れていたけれど。
自分の頬をつねる。痛い。今回は夢の中ではないようだ。
仕方なく部屋に戻ることにする。長すぎる袖と裾を捲り、ずれていくズボンと下着を押さえながら移動する。
とりあえず邪魔にならなさそうな服に着替えようと、手持ちの服で一番細身のクロップドパンツを履いてみる。……履けないことはないが、腿かどこかが微妙に引っ掛かってキツい気がする。
(なんで……?)
女の人って細いんじゃなかったっけ。現にウエスト周りはやや緩い。純粋に細いのではなく、体型の違いなのだろうか。
あらゆる手持ちの服を試してみて、結局カーゴパンツの履き口と裾を絞って履くところに落ち着いた。上は半袖のシャツを着る。それだけでは肌寒いが、朝食を作るのに袖を捲るだけでは邪魔なので、後で何か羽織れば良いかと今はこれだけにした。
着替えを終えてキッチンに向かう。お湯を沸かし、紅茶を淹れる。アシュトンは相変わらずほとんど朝食を食べないが、お茶は淹れれば飲んでくれるので、二人分のカップを用意する。
そうしていると書斎の扉が開く音が聞こえ、静かな足音が近付いてくる。
「おはよう」
姿を見せたアシュトンに声をかける。自分の喉から出た声は普段よりも高く軽やかだ。
アシュトンはこちらを見ると目を見開いて小さく視線を揺らした。
「お前、それ……どうしたんだ」
「わかんないけど、起きたらこうだったんだよね」
眉を下げて微かに首を傾げながら返す。分かりやすく動揺するアシュトンが珍しくて、ちょっと嬉しい。彼の視線を上から感じるのも、なんだか懐かしい気がする。
……体調は?」
「別に、いつもどおりだけど」
「そうか」
アシュトンは少しだけ思案するように間をあけてから、座ってろ、と俺をキッチンから追い出す。
素直にダイニングの椅子に座っていると、アシュトンはやりかけだった紅茶を淹れて持ってきてくれる。
「ありがと」
それには答えず、彼はキッチンに戻っていく。暫く彼が何かをしている音を聞きながら紅茶を飲む。別に調子が悪いわけじゃないからいいんだけどな、と思いつつ、何かをしてもらえるのが嬉しいので黙っておく。
少しして、アシュトンが朝食を出してくれる。トーストに目玉焼きと切ったトマト。やはり自分は食べないのか、俺の分だけをテーブルに並べると、彼は席について紅茶のカップを傾ける。
「今日は家にいろ」
出された朝食を半分ほど食べた頃、アシュトンが静かに言う。
「アシュトンはどこか行くの?」
「少し出てくる」
「俺も一緒に行っちゃダメ?」
普段ほとんど外出しない彼が急に言い出すということは、俺のこの状況をどうにかするためじゃないかと思って言ってみる。
アシュトンは俺の言葉に眉をひそめた。
「その格好でか?」
「確かにサイズは合ってないけど、ギリギリ女の人がメンズ服着るファッションとしては成り立ってると思うけど……
アシュトンの気まずそうな怪訝そうな視線が胸元に刺さる。その視線につられて自分の姿に目を落とす。
……もしかして透けてる?」
シャツは厚手のものを選んだので大丈夫かと思ったが、端から見たら気になるのだろうか。
彼はそうとも違うとも言わず、視線を逸らす。
「まあ、どうせ上着羽織るし。ちょっとだらしないかもしれないけど、別に若い女の子じゃないんだから」
「ジャック」
言葉を遮られる。諌めるような声音と視線が向けられる。思わず口を閉ざして彼を見つめる。
「いい子だから、今日はここにいてくれ。昼には戻る」
……わかっ、た」
そう返すとアシュトンは席を立っていった。
久しぶりに彼の緑の瞳に見つめられてドキドキする心臓に、年甲斐もないなあ、なんて。苦笑いをした。