碑硫竜紀
2026-04-02 15:21:44
1568文字
Public R1999:donriveryaoi
 

重荷は半分にできない

イヴァンゴール #donriveryaoi、リバース:1999

「イヴァン」
 聞き慣れた声で聞き慣れない呼ばれ方をされ、俺は思わず素早く顔を上げた。司令室に入ってきたイゴールの表情はどこか暗い。思い詰めているようにも見えた。立ち上がり問い詰めるか、何にも触れずここにいるだけに徹するか迷った結果、俺は長椅子の座る場所をずらし、広めの空間を彼の傍に作った。すると、彼はその俺の隣の空けた空間に腰掛けた。
 小さく息を吐いたのが聞こえた。肩にかけているコートが重くのしかかっているのはまさしく彼が背負う罪そのものだ。その罪の数だけ、彼のコートは大きくなり、重くなり、皮革は色を変えていく。その血染めのコート越しに、彼は身を寄せてきた。少しだけ凭れかけてきた重さを、俺は幸せに感じる。
「酒でも飲むか」
 なるべく彼に響かないように、少し取りにくい位置にあったものの、なんとか置いてあった酒瓶を掴んだ。まだ二人で分け合えるくらいには酒が入っている。
「いや、いい。酔うわけにはいかないからな」
「お前はこれくらいじゃ酔わないだろ。ほら、一杯にも満たない。飲まないよりはいいだろう?」
 コップに入れてみせたそれは確かに一度煽れば無くなる程度しかない。イゴールは灰色の目を伏せたあと、そうだな、と、そのコップを受け取った。
 同じくらいの酒が入った自分のコップを掲げると、イゴールはコップを当ててチンと鳴らしてくれた。
「乾杯」
 小さく行われる晩酌は一瞬だった。喉も焼けず、水を飲むのと変わらない。イゴールも同じだったようで、飲んだあとの苦々しい表情を見て、俺はくつくつと抑えきれずに笑った。
「お前がこれを飲ませたんだろ」
「飲むと決めたのはお前だ」
 俺は本当に最後の一口が残っていることを確かめた。悪い酒ではない。ただ、これは今の状況下においては贅沢なものであることも理解している。
 瓶をあおり、最後の酒を口に含む。飲み込まず、そのままどこか不満げなイゴールの顎を掴んだ。何事かと気付かせる前に口を合わせ、ゆるりと開かれた口のなかに酒を流し込んだ。
 波を打つ酒が全てイゴールに移り、嚥下した音を聞いて、次はそのまま舌を捕らえた。ん、と最初は鼻にかかった声を出して抵抗したが、結局互いに夢中になった。
 唇を名残惜しいまま解放する。酒の様子はもうどこにもなく、少しばかり香りがする程度だった。唾液がついた髭を指先で拭うと、イゴールは少し照れくさそうに目を伏せた。
「生娘じゃあるまいし」
「そうじゃない」
 イゴールは軽く顔も伏せて肩を震わせた。
「お前もだよ」
 イゴールの手は……少し体勢が苦しいせいもあるだろう、手ではなく、そのまま俺の髭に口を寄せてきて、べろ、といくらか舐め始めた。悪い気はしない。と、そのイゴールの意趣返しに満足していたら顎を噛まれた。
「おい」
「いたずらはそっちだろ」
 うっすらと見える笑顔に、俺は何も言えなくなった。入ってきたときとは正反対の雰囲気で、俺は作戦が功を奏したと理解した。
……まだ付き合うか?」
 肩に手を回し身体を寄せる。コート越しとはいえ妙に温かさを感じた。イゴールは身じろぎもせず、じっと黙り込んでしまった。
「やっぱり、頼む」
 ようやく聞こえた言葉に、俺は驚いてしまった。こういう誘いは意外にもこいつ相手には成功率が悪い。堅くて真面目なこいつは、何が目的でもない行為に慎重になるきらいがあった。
 よほど覚悟を決めている、ということはわかっていた。だからこそ、成功するとは思っていなかった。
 肩を抱く手に力がこもる。
 何年ぶりだろう。お前とそういうことをするのは。柄にもなく、年甲斐もなく、高揚していることに苦笑が漏れた。
 もう一度互いに唇を食む。寄せた身体と合わせた手の熱は、飲んだ酒とは比べ物にならないくらい甘美だった。