Hnyanko
2026-04-02 08:43:37
8824文字
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悠アキ妖パロぼちぼち

いきぬき



 春先の朝だった。
 夜のあいだに降っていた雨はもう止み、窓の向こうには水を含んだ白い光だけがぼんやりと残っている。まだ冷たい風の気配が、閉めた硝子越しにさえ伝わってきそうだった。

 窓辺に、黒いものが見えた。

 最初は濡れた葉か何かだと思う。けれど違った。かすかに震え、小さく身じろいだそれは、硝子越しのこちらをじっと見上げている。

 金色の目だった。

 雛だった。
 羽はまだ生え揃わず、ところどころに綿毛が残っている。左の翼だけが不自然に垂れ、その根元には乾ききらない血が滲んでいた。黒い羽に赤が混じるさまが痛々しく、目にしただけで胸の奥がひやりと冷える。

 かわいそうだ、と思う。

 ただそれだけのはずなのに、アキラはもう窓を開けていた。冷えた空気が頬を撫で、雨上がりの匂いが部屋へ流れ込む。そっと差し出した手のひらへ、雛は意外なほど素直に身を預けてきた。

 軽い。

 拍子抜けするほど軽く、頼りない。少し力をこめれば壊れてしまいそうなのに、指先へ意識を向けると、小さな胸がかすかに上下している。そこに宿った熱だけが、この命の現実を伝えてくる。

……生きてる」

 独り言のつもりで零した声に、雛は細い首を持ち上げた。
 金色の瞳が、じっとアキラを見返す。

 妙な目だ、と思った。
 弱っているくせに怯えが薄い。幼い鳥にあるはずの無防備さより、何かを見極めるような静けさのほうが勝って見える。まるで試されているみたいで、少しだけ落ち着かない。

 それでも、放っておけるはずがなかった。

 部屋へ連れ帰り、タオルで水気を拭き、ぬるま湯で傷の汚れを落とす。翼へ触れるたび壊してしまいそうで、指先ばかりが慎重になる。何を食べるのかもわからず、スマホで調べながら柔らかい餌を用意した。

 けれど、差し出してもすぐには口をつけない。
 黒い雛は皿より先にアキラの顔を見る。ひどく落ち着いた目で、まっすぐに。

 試されているようだ、とまた思う。

……食べないと治らないよ」

 言い聞かせるようにそう告げると、雛はようやく観念したらしい。小さく嘴をひらき、差し出した餌を啄んでいく。

 その瞬間、胸の奥にやわらかな安堵が落ちた。

「えらいね」

 思わずそう言うと、雛は不服そうに目を細める。
 その顔つきが妙に人間くさくて、アキラはふっと笑った。

 たぶん、そのときにはもう駄目だったのだと思う。

 傷が塞がるまでの、ほんの数日。そう線を引いていたところで、守ると決めてしまったものを簡単に手放せるほど、アキラは器用じゃない。

 黒い雛は、そのまま居ついた。

 朝になれば窓辺ではなく枕元にいる。外へ出そうとすると、あからさまに機嫌の悪い顔をする。まだ満足に飛べもしないくせに、アキラのいるほうへ、いるほうへと寄ってきて、気づけば肩や膝の上へ収まっていた。

 賢い鳥だった。
 賢い、では片づかないほどに。

 言葉がわかるようだった、というのは、今ならきっと正しい。けれど当時のアキラは、そこまで疑い深くなかった。ただ懐かれているのだと思った。助けたからだろうと、素直にそう受け取っていた。

 だから名前をつける。

「悠真」

 夕暮れどきだった。
 窓の外で風が鳴り、部屋の中には西日のやわらかな橙が差している。膝の上で黒い羽を休めていたその雛を撫でていたら、ふいにその音が口をついて出た。

 深い意味なんてなかった。
 けれど妙にしっくりきた。

「悠真」

 呼びなおすと、黒い雛は一度だけ瞬きをする。
 それから満足そうに喉を鳴らし、するりとアキラの指先へ額を擦り寄せた。

 可愛い、と思う。
 どうしようもなく。

 そうして季節が巡った。

 寂しい日には肩に止まり、眠れない夜には枕元へ来る。泣いてしまった日には、涙の跡を覗き込むようにして、いつもより静かに寄り添ってくれた。

 小さくて、あたたかい命だった。
 守ってやりたいと思うには、充分すぎるほどに。

 だから、いなくなった朝のことをアキラは長いあいだ忘れられない。

 夏のはじまりだった。
 窓がひらいている。風がレースを揺らし、床には黒い羽根が一枚だけ落ちていた。

……悠真?」

 呼んでも返事はない。
 窓辺にも、机の上にも、カーテンの陰にもいない。外へ出て探しても見つからず、そのときようやく、アキラは自分があの鳥をどれほど当たり前に日々の中へ置いていたのかを知る。

 たかが一羽の鳥だと、言い聞かせようとしたこともあった。
 けれど無理だった。

 悠真はもう、“助けた雛”ではない。
 気づけば、いなくなることなんて考えたこともないほど、大事な存在になっていた。

 それでも時間は流れていく。
 喪失は薄れないまま心の底へ沈み、やがて窓辺を振り返る癖さえ、少しずつ遠のいていった。

 ――だから。

 何年も経ったある夜、路地裏で異形の気配に足を止めたとき。
 逃げなければと思うのに身体が強ばり、息さえ浅くなるその瞬間。頭上を切り裂くような羽音がして、視界を黒が横切ったとき。

 アキラはなぜか、先にそう思った。

 ああ。
 帰ってきた。

 次の瞬間、目の前に降り立ったものを見て、息が止まる。

 それはもう、小さな鳥ではなかった。

 夜の色をまとった男だった。
 背からひろがる黒い翼は月明かりを弾き、人のかたちをしているくせに、その気配のどこひとつ人ではない。ぞっとするほど美しく、ぞっとするほど強い。倒れ伏した異形を見下ろす横顔には、わずかな倦んだ気配さえ滲んで見える。

 そして、その目だけが。

 金色の目だけが、記憶の底にあるものと少しも変わらない。

「間に合ってよかった」

 軽い声だった。
 昔からそうしていたみたいに、当然の口ぶりで。

 喉が乾く。心臓がうるさい。何か言わなければと思うのに、声がうまく出てこない。

……誰」

 ようやく絞り出したひとことに、男は目を細めた。
 わずかに、拗ねたように。

「ひどいなあ、アキラくん」

 その呼び方に、胸の奥が強く打つ。

「僕のこと、忘れたの?」

 忘れるもなにも、知らないはずだった。
 知らない男だ。こんなふうに完成された姿をした、こんなにも強い妖を、自分が知っているはずがない。

 けれど。
 呼ばれた名前の響きだけが、妙に懐かしい。

……忘れたも何も、僕は君を知らない」

「知ってるよ。ずっと一緒にいたでしょう」

「いた覚えがないよ」

 きっぱり返すと、男は一瞬だけ黙る。
 それから確かめるように口をひらいた。

「黒くて、小さくて。羽を傷つけて、窓辺で震えてた僕を拾った」

 その言葉に、アキラは息を呑む。

 雨上がりの朝。
 黒い雛。
 金色の目。
 名前を呼べば、指先へ額を寄せた、小さな命。

 忘れるはずなんてない。
 けれど、それと目の前の男とは、あまりにも結びつかなかった。

……それは、小鳥の話だろ」

 思わずそう言うと、男は目を瞬く。
 本気で予想外だったらしい。

「小鳥」
「そうだよ。怪我してて、ちょっと生意気で、でも可愛い、小さな鳥」
「うん」
「君はどう見ても違うだろ」

 半歩、距離を取る。
 助けてもらったことには感謝している。しているけれど、この男の距離感はどうにもおかしい。目の奥にも、声音にも、昔から自分のものだとでも言いたげな馴れ馴れしさが滲んでいる。

「僕が優しくしたのは、その小鳥に対してであって」
「うん」
「君みたいな、でかくて、強くて、やたら距離の近い妖にじゃない」

 言い切ると、男はしばらく黙りこんだ。
 やがて信じられないものを見るような顔で、金色の目をアキラへ向けてくる。

……ひどくない?」
「事実だよ」
「中身は同じなんだけど」
「見た目が違いすぎる」

 ぴしゃりと返すと、男はうっすら眉を寄せる。
 その表情に妙な既視感があった。納得いかないときの顔。拗ねたように黙る癖。記憶の奥で、小さな黒い雛が同じようにこちらを見ている。

 けれど、やっぱり違う。

 あの子は守るべき存在だった。
 手のひらに包めるほど小さく、温めてやりたいと思う命だった。

 目の前の男は違う。
 大きくて、美しくて、得体が知れなくて、少しこわい。簡単に呑まれてしまいそうで、だから本能が距離を取れと告げている。

……じゃあ、アキラくんは」

 ふいに落ちた声が思いのほか静かで、アキラは顔を上げる。

「小さくて、弱くて、守ってあげなきゃいけない僕が好きだったんだ」

 責める響きは薄い。
 ただ確かめるように、低く、やわらかく届く。

「今みたいな僕は、嫌?」

 その問いに、うまく答えられなかった。

 嫌いではない。
 けれど、怖い。戸惑う。知らないものが多すぎる。それなのに、ふとした目つきや声の調子に、どうしようもなく“あの子”が滲んでくる。

……嫌いとかじゃないよ」
「じゃあ」
「別なんだ。僕の中では」

 ようやく出てきた言葉は、それがいちばん近かった。

 小鳥に向けていた慈しみと、目の前の男へ向ける警戒。
 そのふたつは、アキラの中でまだ、ひとつにはなっていない。

 男――悠真はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。
 不満げではあるのに、どこか諦めきれない顔をしているのが少し可笑しい。

「まあ、いいけど」
「よくない顔してる」
「よくなくはあるよ。僕としては、同じ僕なんだけど」

 その言い草に、少しだけ苛立ちが勝つ。

「僕としては別だって言ってるだろ」
「頑固」
「そっくり返すよ」

 そう言い返した、その瞬間だった。
 路地の奥で、別の気配が蠢く。

 悠真の表情が変わった。
 軽さが消える。黒い翼が夜気を払うようにひらき、次の瞬間には風が走っていた。異形の気配が音もなく断ち切られていく。

 圧倒的だった。

 強い、と思う。
 そして同時に、やっぱり怖い、とも。

 無意識に息を詰めたアキラへ、悠真が振り返る。

……こわい?」

 静かな声だった。

 すぐには否定できない。
 その沈黙だけで充分だったのだろう。悠真はかすかに目を伏せ、苦く笑ってみせる。

 その顔が、ほんの少しだけ寂しそうに見えてしまい、胸の奥が痛んだ。

「違う」

 慌てて口を開く。

「怖いっていうか……追いつかないだけだよ。知らないことが多すぎる」

 言い訳みたいな言葉だった。
 それでも悠真は、わずかに目を細める。

「じゃあ、追いつくまでそばにいる」
「それは困る」
「なんで」
「なんでじゃない。君みたいな正体不明の妖を、はいどうぞって家に入れられるわけないだろ」

 すると悠真は、少しだけ唇の端を上げた。

「正体不明じゃないよ」
……何」
「悠真だよ。アキラくんが名前をくれた」

 その言い方が、ずるい。

 家の前まで送ると言い張られ、押し問答の末に結局並んで歩くことになった。隣を歩く男は人ではない。そう思うたび緊張するのに、時折向けられる横顔には妙な懐かしさが滲み、余計に落ち着かなくなる。

 そうして家の前まで来たときだった。

 悠真が当然みたいに窓辺へ目をやり、ふっと目を細める。

……まだ、この位置なんだ」

「何が」

「窓。昔、雨の日になると、あそこだけ少し水が溜まりやすかったでしょ」

 喉が鳴った。

「だからアキラくん、雑巾を持ってきて、いつも拭いてた」
……なんで、それを」
「見てたから」

 知らない誰かが知っていていいことではなかった。

  悠真が一歩だけ近づく。
 身構えた、その瞬間だった。

 持ち上がった手が、ゆっくりとアキラの指先へ触れる。正確には、触れるより先に――額が、そっとそこへ寄せられた。

 息が止まる。

 昔、よくしていた仕草だった。餌をねだるとき。撫でてほしいとき。寂しい夜、枕元で、指先へ頬を擦り寄せて甘えてきた、あの小さな黒い雛の癖。

……あ」

 声にならない。

 悠真が顔を上げる。
 月明かりの下で、金色の目がまっすぐこちらを見つめていた。近い。近すぎる。吐息が触れそうな距離で、逃がす気なんて最初からないみたいに。

「ね」

 低く、やわらかな声が落ちてくる。

「少しは、思い出した?」

 胸の奥が、ぐしゃりと音を立てた気がした。

 小さくて可愛かったあの鳥は、もうどこにもいない。そう思っていた。喪ってしまったのだと、ずっと。

 なのにいま、その記憶だけを鍵にして、目の前の男が立っている。

 知らないはずの存在なのに。
 知らないままでいさせてくれないほど、懐かしい。

……悠真」

 掠れた声で名前を呼ぶと、悠真はゆっくり目を細めた。
 満足そうに。嬉しそうに。あの頃と少しも変わらない顔つきで。

 その表情が、どうしようもなくずるい。

「やっと呼んでくれた」

 囁くような声音に、アキラははっとして半歩引こうとした。
 けれど、その動きより少し早く、悠真の指がアキラの手首へ触れる。

 強くはない。振りほどこうと思えばできる程度の力だ。
 なのに、その触れ方には妙な確信があった。拒まれないと知っているような、昔からそうしてきたみたいな馴染み方をする。

……近い」
「そう?」
「そうだよ」

 返すと、悠真は少し首を傾げた。
 本気で不思議そうな顔だった。

「昔はもっと近かったけど」
「昔は鳥だっただろ……!」
「でも、アキラくん。僕がどんな姿でも、僕に触ってた」

 その言い方に、喉が詰まる。

 事実だった。
 傷の手当てをして、餌をやって、撫でて、抱えて、掌の中へ包み込んだ。小さな命を守るつもりで、アキラは何度も触れてきた。

 なのに今、その記憶をこの男の声でなぞられると、意味が変わってしまう気がする。

「それは……小鳥だからで」
「うん」
「君に対してじゃない」
「でも、その“小鳥”は僕だよ」

 悠真の指先が、手首からするりと落ちる。
 離れた、と一瞬思ったのに、次には指が自然な顔でアキラの髪へ触れていた。頬のすぐ横、耳にかかるあたりを軽く梳いて、そのまま名残惜しむみたいに指先が滑る。

 ぞくりとする。

……何してるの」
「触ってる」
「見ればわかるよ」
「じゃあ、触りたくなった理由まで説明しようか」

 からかうように言って、悠真がふっと笑った。
 けれど金色の目は少しも冗談めいていない。

「ずっと会いたかったから」
……
「やっと届くところにいるから」
「そういう言い方、やめて」
「なんで」
「なんでじゃない。こっちはまだ、何も整理できてないんだよ」

 そう言うと、悠真は少しだけ黙った。
 それから、困ったように息を吐く。

「わかってるよ。アキラくんは、まだ僕を“あの鳥”と同じには見られないんでしょ」
……
「でも、僕は違う」

 その声が、少しだけ低くなる。

「ずっと同じ気持ちでいた。離れてたあいだも、ずっと」

 路地裏の夜気が、ふいに重く感じられた。

 悠真はもう一歩だけ距離を詰める。
 壁際に追い込むほどではない。ただ、逃げようとすればすぐ腕を伸ばせる位置へ、あまりにも自然に入り込んでくる。

「アキラくんは助けただけのつもりかもしれない」
……
「でも僕には、それで充分だった」

 静かな声だった。
 なのに妙に逃げ場がない。

「名前をくれて、そばに置いてくれて、帰る場所をくれた」
「悠真」
「だから僕、ずっとあんたのところへ帰りたかったんだよ」

 その一言で、胸の奥が強く打つ。

 帰る場所。
 そんなふうに思われていたなんて、考えたこともなかった。

 アキラが言葉を失うと、悠真はその反応を確かめるみたいに目を細めた。
 それから、ごく自然な仕草でアキラの頬へ手を添える。

 今度こそ、本当に息が止まる。

 掌は大きく、指は長い。昔、掌に収まっていた小さな雛とはまるで違う。違うはずなのに、触れ方だけが妙にやさしくて、逃げるべきだという感覚を鈍らせる。

……こわい?」

 また同じことを訊かれる。
 けれど今度は、さっきとは少し意味が違っていた。妖として怖いか、だけじゃない。この距離も、この触れ方も、この男のまなざしも、全部ひっくるめて問われている気がする。

 すぐには答えられない。
 その沈黙を、悠真は拒絶とまでは受け取らなかったらしい。

「そっか」

 小さく笑う。
 けれど手は離さない。

「じゃあ、慣れて」

「慣れないよ」
「慣れるよ。昔だって、すぐ慣れた」
「だから昔は鳥だったんだって……

 半ば呻くみたいに返すと、悠真はくす、と喉で笑った。

「ねえ、アキラくん」
「何」
「僕、けっこう我慢してるんだけど」

 どきりとする。

……何を」
「再会したら、もっとちゃんと抱きしめていいと思ってた」
「は?」

 間の抜けた声が出た。
 悠真はまるで当然のことを口にするみたいに、静かな顔で続ける。

「だって、やっと会えたんだよ」
「いや待って」
「ずっと会いたくて、ずっと探してて、やっと見つけた」
「待ってってば」
「それなのに、名前を呼んでも警戒されるし、近いって怒られるし。僕、かなり譲ってる」

 拗ねたような口ぶりなのに、言っている内容がまるで可愛くない。

 アキラは思わず一歩退いた。
 けれど背が塀へぶつかり、それ以上は下がれない。しまったと思うより先に、悠真がその逃げ場のなさへ気づく。

 金色の目が、わずかに細くなる。

 まずい、と直感した。

 次の瞬間、悠真の腕がアキラの横へ伸びる。
 壁へ手をつくみたいな乱暴さはない。ただ逃げ道を塞ぐように、ゆるやかに囲いこむだけだ。なのに、そのほうがずっと性質が悪い。

……悠真」
「大丈夫。無理やりしないよ」

 そう言いながら、声がやさしすぎる。

「でも、これくらいは許して」

 囁いて、額がこつりと触れた。
 鼻先がかすめるほど近い距離で、悠真は目を伏せる。

「ほんとは、足りない」

 低く落ちるその声に、心臓が大きく跳ねた。

「アキラくんを見るたび、触りたくなる」
……
「昔みたいに撫でられたいんじゃないよ。もう」

 そこでいったん言葉を切り、悠真はゆっくり目を開ける。
 金色の瞳が、熱を持ったみたいにアキラを射抜く。

「恋人みたいに、抱きしめたい」

 息が止まる。

 真正面から言われるとは思っていなかった。
 冗談でも、からかいでもない。静かな口調のくせに、一歩も引く気のない目をしている。

 アキラの頬が熱を持つ。
 何か返さなければと思うのに、うまく声にならない。

……そういう顔、やめて」
「どんな顔」
「わかっててやってるだろ」
「うん」

 即答だった。

「アキラくんが可愛いから」

 もう駄目だ、と思った。
 この男は距離感が壊れている。鳥だった頃の無邪気さの延長みたいな顔で、とんでもないことばかり言う。

 けれど、完全に振りほどけない。
 懐かしさが邪魔をする。帰ってきてくれたのだという安堵が、警戒を鈍らせる。

 それを見透かしたみたいに、悠真がふっと微笑んだ。

「今日は帰るよ」

 意外な言葉に、アキラは瞬きをする。

……帰るの」
「うん。これ以上やると、本気で怒られそうだから」
「自覚はあるんだ」
「あるよ。あるけど、次はもう少し甘やかして」

 最後のひとことが余計だった。

 呆れてものも言えないアキラの前で、悠真は満足そうに目を細める。
 それから、名残を惜しむみたいに頬へ添えていた手をようやく離した。

「でも、アキラくん」

「何」

「次に窓を叩いたら、今度は入れてよ」

 昔みたいに、ではない。
 もっとずっとはっきりした顔で、悠真は言う。

「今度は、ちゃんと迎えて」

 その言い方が、たまらなくずるい。

 アキラはすぐには答えられなかった。
 ただ、閉ざしたままだと思っていた記憶の窓辺が、きしむように開いていく気がする。

 春先の、冷たい朝。
 雨上がりの光。
 黒い小さな雛。
 金色の目。
 手のひらに宿った、あの頼りない熱。

 喪ったと思っていたものが、何事もなかったみたいな顔で戻ってくる。そんなこと、あるはずがないと頭では思う。

 それでも、悠真はここにいる。

 救いのようでもあった。
 厄介ごとの始まりのようでもある。

 そのどちらとも決めきれず、アキラはしばらく黙りこむ。胸の奥では、懐かしさと戸惑い、それから言葉にしにくい熱が、まだうまくほどけず絡まっていた。

……考えさせて」
「うん」
「あと、恋人みたいなことを言うのはやめて」
「無理」
「即答しないで」
「だって、ニンゲンは恋人にならないと触れ合えないんでしょ?だからアキラくんに合わせてあげようかなって」

 今度こそ絶句する。

 そんなアキラを見て、悠真がたまらなく楽しそうに笑った。

 その笑い声を聞きながら、アキラはようやく実感する。

 小さな鳥は、もういない。
 けれど、いなくなったはずの悠真は、たしかに帰ってきている。

 それが救いになるのか、厄介ごとの始まりになるのか。
 ――たぶん、その答えはもう、悠真の中ではとっくに決まっている。