見知らぬ土地でモーディスと偽装結婚をする。彼と結婚するなんてありえないことだけど、人生とはわからないものだ。これを頼んできたのはモーディスの方なので、テーブルの下で足を蹴っても彼は眉を少し跳ね上げただけで赦してくれる。ちょっとだけ胸がスカッとする。
「僕って運命の赤い糸が見えるんだ」
偽装結婚前日、「どうしてこんなばかげた提案を受けてたのか」と今更聞いて来たモーディスに真実を口にした。
「君には見えないだろうけど、実は僕の小指の赤い糸は君の小指と繋がってる。だから君と結婚してもいいかなと思って」
笑顔で答えた僕に、モーディスは呆れた顔をして「嘘をつくのなら、もう少しましな噓をつけ」と口にした。勿論真実なので、僕としてはどうにも答えようがない。
さておき、そういう次第で僕たちは結婚した。
この場所では誰も僕たちを知らないから、新婚の嘘を誰も見破れない。
実際、僕たちは上手くやったのだ。渋々彼と手を繋いで星を見に行ったり、人気のスイーツ店に週末にデートに行ったり。モーディスと星座を見て、死んで空に上げられるより、生きている間に評価してほしいよな、と神話に文句を言って「お前には英雄の素質がないな」と鼻で笑われる。口ぶりに反して、モーディスの表情はいつだって柔らかだった。
そうして僕たちは楽しく暮らし、モーディスがカフェを開くか悩む姿に、とりあえずテイクアウトだけはじめてみたら? と提案した。メニューを考えるモーディスの隣で、僕は店の広告を考えて、色のセンスがないと罵られる。そう笑いあった翌日、モーディスは崖から落ちて死ぬ。暮らし始めて間もなかったが、大勢の人が葬式を訪れ、幸福な暮らしの痛ましい死を慰めてくれる。そう、誰もモーディスが自殺したとは考えない。
死にたがりだったくせに、どうしても自殺したと思われたくなかったらしいモーディスの最期の相手に僕は選ばれたというわけだ。どうして彼があれほど死にたがっていたのかは、僕にもわからない。
僕との赤い糸は命綱にならなかったらしいが、それでも、選ばれた一瞬の幸福を手放すことはできず、来もしない未来を皆の前で口にしたりもした。
他人には理解ができないだろうけどそれでも確かに、これが僕たちの幸福な暮らしだったのだ。
*
「そんな悲劇的な話ばかり書いていて疲れないのか?」
「注文の多い読者様だなあ。君の趣味じゃないかもしれないけど、僕の作風は案外人気なんだ。まぁ、時々はうんざりすることもあるけどね」
夜食を運んできたモーディスは草稿を勝手に読み、不満そうな顔でモニターから視線を外す。
「言いたいことはいくつもある」
「はいはい、僕たちをモデルに書くのはやめろっていいたいんだろ? でも仕方ないじゃないか。君とのことを考えるのが一番筆が乗るんだから」
運ばれてきたサンドイッチには薄いきゅうりとチーズが挟まっていて、塩加減もちょうどいい。
不満そうに鼻を鳴らしたモーディスは僕の隣で湯気の立つ甘いココアを飲んでいる。
カップに添えられた左手の小指には、今も赤い糸が結ばれていた。もちろん糸の先にあるのは僕の指だ。
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