猫澤
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オーバーヒート



 ぐぬぬ、と、オレ――天馬司は、胸中で歯ぎしりをしていた。
 吹き荒ぶ山風。目の前は断崖絶壁。そしてぴくりとも動かない我が体躯――
 ――まさに、絶体絶命の大・ピンチ‼︎‼︎‼︎


 ……とはいえ嘆いてばかりもいられないので、ここはロボットらしく、つとめて冷静に現状を分析するとしよう。
 風の吹くまま気の向くまま、世界中を旅して『笑迂』を届ける旅芸人……ならぬ旅ロボット。それがオレ達『ロボピース』だ。メンバーは座長のオレ、演出家兼メカニックの類、それから役者のえむ・寧々・ミクの五体で構成されている。
 『笑迂』――人々を笑顔にするために演じる物語だ――のためにオレ達がこれまでに訪れた土地は数知れず。しかしここ数日彷徨ったジャングルは特別ひどいものだった。
 獣道のひとつもない鬱蒼とした森の中は常に湿気を帯びていて、鉄の体ではどうしたって錆びてしまう。寝ても覚めても軋む関節。心なしか気分も憂鬱になりつつあるなか、昨晩になってようやくジャングルを抜け、これで錆びともおさらばかと喜んだ矢先――なんとも不幸なことに今度は行く手を大渓谷に阻まれてしまった。
 幅にしておよそ十メートル。アクションモデルのオレやえむ、ミクならばまあまあ飛び越えることもできなくはないが、インテリモデルの寧々と類はそうはいかない。渓谷は深く、いくら頑丈な体であろうとも落ちたらめしょめしょになってしまうのは目に見えている。
 どうにか――迂回してでも渡る方法はないか。そう思いひとり周囲をウロウロと見て回っていたところ、これまたなんとも不幸なことにオレの内蔵バッテリーが切れてしまった。
 先を急ぐあまり、今朝の充電が甘くなってしまったか……と反省しても遅い。しかしスコールに次ぐスコールに見舞われ、日に日にザリザリと軋む関節にいい加減限界を感じていたのだ。口には出さなかったが、きっと皆も同じ気持ちだったにちがいない。
(バッテリーが切れてもしばらく意識は保つが……いかんせん、強制省エネモードで思考以外のすべての機能が停止してしまうからな……。ぐぬうう、助けを呼ぼうにもなかなか……。都合よく誰か通りかからんものか)
 仲間の誰にも行き先を伝えずに出てきてしまったのが仇になってしまった。せめてバッテリーが切れる前ならば通信のひとつでもできたのだが……
 ……む? いかん。止まり木か何かと勘違いした小鳥が頭上で羽休めをし始めてしまった。おーい、そんなところで寛ぐんじゃない。こら。寝るな。オレの頭はリゾートホテルじゃないぞ――
……おや? そこにいるのは……司くんかい?」
(る、類〜〜〜〜‼︎)
 凪いだ湖畔のような。落ち着いたテノールが聞こえて、はっとする。木陰から現れた仲間の姿に、不覚にも目から水が出そうになった。
 類は白衣を翻しながらこちらへと近づいて、固まるオレをしげしげと眺めたあと、ふむ、と小さく頷いてみせた。キュイ、と類の薄黄色の瞳の奥で、レンズが収縮する。
「どうやらバッテリーが切れてしまったようだね。まったく、こうなることを見越して君のあとを追いかけてきた僕を褒めてほしいよ」
(さすがは我らの演出家兼メカニックだ……! そのすばらしい洞察力には頭が上がらんな。さあ類よ、一思いに撥条を回して――ん? んん?)
 オレを追ってきたと言うならば話ははやい。すぐにでも撥条を回してもらおうと待つ傍らで、不思議なことに一分、二分と経っても類はじっとオレの体を見つめていた。
 あまりに微動だにとしないので、まさか類もバッテリーが切れてしまったのでは……と一瞬嫌な想像が過ぎったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。きっちり三分待って、類はオレの肩に手を伸ばし、それから腕の線をなぞるようにして撫でた。
「そういえば……最近、司くんのバッテリーだけ消耗がやけに激しいのが気になっていてね。せっかくだ。ここで少しメンテナンスをしておこうか」
(お、おお……。メンテしてもらえるのはありがたいが、できれば早く充電してほしいというか……
「失礼するよ」
(どわ――⁉︎⁉︎⁉︎)
 ずぼ! と胸の中心にある動力コネクターに、いったいどこから取り出したのかケーブルを挿されて一瞬意識が飛びそうになった。こ、コネクターは機械の体の中で一番繊細な部分だぞ。メカニックの類にわざわざ言うことでもないが、できればもっと優しく扱ってほしいのだが⁉︎
 不満を垂れるオレに気づくはずもなく、ケーブルの先に繋がれたデバイスを指先で操作して、類はしきりに眼球を左右に動かしている。おそらくオレのシステム周りを細かくチェックしているのだろう。
「ふむ……。バッテリー異常なし、回路問題なし。冷却機能がやや落ちているね。司くんは運動量が僕達の中で頭ひとつ抜けているからオーバーヒートしやすいのかもしれない。どうも最近はよく顔を赤らめているようだし……
(ギクッ……
 思い当たる節があり体を強張らせる。いや、すでに体はカチンコチンに固まっているのでこれは言葉の綾だが、気持ち的にはそうだった。
 まさか類にバレているとは――。たしかにここ最近のオレは、類の言うとおり、顔を赤らめる……つまり軽度の熱暴走状態になっていることが度々あった。しかし原因は運動量ではない。なんといってもオレは最新型のアクションモデルだからな。まったくの別問題だと胸を張って言える。
 ……原因があるとすれば。
「一度ファンを強化しようか。ええと、君に合った型番は……
 ごそごそと工具箱を漁り始めた類の頭部を見下ろす。それだけで、オレの体の中心――コアが徐々に熱くなっていく。
 どうやら、類と共に『笑迂』をしていくうちに……オレは、類に恋をしてしまったようなのだ。
 無機質なロボットが暮らす郷の中で、より精密にヒューマナイズされて生み出された類は、異端で、変わり者だった。けれどもオレ達は皆そんな類の手によってシステムをアップデートされ、元々のプログラムにはなかった感情を得て、喜怒哀楽を覚え、人々を笑顔にする楽しさを知った。
 だから、その過程で。ロボットがロボットに恋をしてしまったのも、なんら不思議なことではないとオレは考えている。
 特別なことは望んでいない。オレ達は生き物ではないから生殖を必要としないし、オレの想いが類に伝わらなくても構わない。ただ……ただ、これからも肩を並べて、共に『笑迂』をして。支え合って、互いに笑顔でいられたら。それは、なんと素敵なことだろうかと思うのだ。
(だがそれが原因で熱暴走を起こしてしまうとは……こちらも可及的速やかに、対策を講じる必要性が出てきたな……。これではいずれ類に気持ちがバレてしまうのも時間の、問、題――……
 ふと。急激に頭が重たくなり、視界にノイズが混じる。思考も端から焼けて消えていき、オレという個が黒く塗りつぶされていくのを感じた。省エネモードも持続できないほど、バッテリーがなくなってしまったらしい。
 ……こうなっては仕方がない。類がメンテナンスを終え、撥条を回してくれるまで暫し眠るとしよう。
 ザザ、とノイズが走る。最後に視えたのは、うつくしく微笑むロボットの顔だった。


……司くんは眠ったようだね」
 デバイスに映された文字の羅列が、ある時を境にぴたりと止まった。司くんの思考が途絶えた証拠だ。
 なんだか気まずくて言い出せずにいたけれど、司くんがいま考えていたことはすべてコネクターを通じて出力されている。
 可視化された司くんの感情。まさか僕にダダ漏れだっただなんて、司くんが知ったらどんな反応をするだろうか。……うん、言わないでいたほうがよさそうだ。プロのメカニックとして、ロボットのプライバシーはしっかり守らないとね。
 ――でも、そうか。司くんは僕に恋をしていたのか。
 このところ不自然……というか、不可解な挙動が増えたと感じてはいたけれど、どれも前向きに作用しているようだからとそのままにしておいて正解だった。ロボットとしてはエラーのたぐいなのかもしれないが、ある側面では奇跡ともいえる。
 なぜなら、僕自身も……
「フフ……
 もちろん、彼の気持ちはうれしい。僕も彼のことは少なからず好ましく思っている。この気持ちを恋と定義したとしても、疑いなく頷けるほどには。
 とすると、つまるところ僕達は、両思いだったというわけだ。
 ぱたん、と工具箱の蓋を閉める。その表面を撫でて、僕は微かに口角を持ち上げた。
 ……ロボット同士の恋、か。奇抜な僕達にはぴったりじゃないか。でもまだ、当分は彼の気持ちに気がついていないふりをしておきたい。
 ――なんといっても僕達はロボットで、時間ならいくらでもあるのだから。今しか味わえないこの瞬間を、最大限に楽しまなくては損だ。
 眠る司くんの背後に立って、首の後ろの撥条に触れる。カチン、と金属音。
 それから。
 そろそろ彼の元気な声が恋しくなってきた僕は、ぐっと指先に力を込めた。



 end.