ポほ
2026-04-01 21:03:42
7144文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

学問の神様もツラいよね?ごめん

りやめ三学期編第1話。
皆ちょっとずつ痛い回。
痛くなければ覚えませぬ(藤木源之助)
今回宗真のビジュアルに言及しなかったのは初売りでコート新調させようかなと思っていたからです。結局初売り回は入れない気もするけど…
仙台二高はこの辺で一番偏差値が高い公立高校だそうです。

 大晦日の夜。テレビから流れるカウントダウンの声に合わせて――
 54321その瞬間、宗真は勢いよくジャンプした。
「よっしゃ!オレ、年が変わる瞬間地球にいなかったぞ!あけましておめでとう!」
 着地と同時に満足げな顔を見せる。
「はい、おめでと。それ、今やる人いたんだ……
「お父さんはほっといて、あたし達も寝ようか」
 響の言うように、宗二は酔い潰れ、こたつで爆睡している。
「そうね。SNS見たら私も寝ようかな」
「宗真はまだ起きてるの?」
「うん。カレシに電話する!」
「はーあ。まさか私たちの中で一番早く彼氏できるのが弟のあんただなんてね……
「お姉は来年受験だしね……
「いや、なんならあんたは来月受験でしょ。早く寝てさっさと勉強頑張んなさい」
「うう、正月ぐらい……!」
「ダメよ響、その油断が命取りになるの!」
 そんなやり取りをしながら、姉たちはそれぞれ自室へ戻っていく。その背中を見送ってから、宗真はスマホを手に取った。
 少しだけ間を置いて――発信。数コールのあと、吉田樹に繋がった。
「あけましておめでとう!」
「あ、そっか。おめでとう。……にしてもこんな時間に電話しなくても」
「だって一番早くオレの声聞かせてやりたかったんだもん。カノジョなんだから当然だろっ」
……まあ、な」
 短い返事の奥で、少しだけ照れた気配が混じる。
(にしてもなんでこっちが声が聞きたいと思ってたタイミングに、丁度よく……
「明日の昼、初詣行こうぜ」
「いいけど」
「じゃあうちの前で待ち合わせな!榴ヶ岡行こっ」
「ああ」
 通話を切ったあと、宗真はそのままベッドに倒れ込む。新しい年の始まり。けれど、胸の奥にある高揚は――それ以上に、明日への期待で満ちていた。

 翌朝。
 まだ外の空気に冷たさが残る中、台所からは出汁の香りが静かに広がっていた。静乃が、朝から雑煮を仕込んでいる。
 仙台の雑煮は、細切りにした大根や人参、鶏肉に加え、いくら、せり、凍み豆腐、かまぼこなど――具だくさんなのが特徴だ。月城家でも毎年変わらず、この少し贅沢な一椀で新年を迎えている。
 居間の神棚には、海老が描かれた「玉紙」と呼ばれる紙が飾られている。こうした風習も、この土地ならではのものだった。
「おはよ」
 まだ少し眠たそうな声で、宗真が顔を出す。
「あら、自分から起きてくるなんて珍しいわね」
「へへ。だって今日デートだもーん」
「はあ、羨ましいですこと。お餅何個食べる?」
「二個食べたい!あれ、響姉は?」
「新年初稽古だって、ランニングに行ったわ。ほんと新年早々熱心なんだから」
「そっか」
 湯気の立つ鍋を横目に見ながら、宗真はふと思い出したように呟く。
「今日、何着てったらいいかなー。振袖とか可愛くね?」
「いや、うちにそんな立派なものないから」
「そうなの?母ちゃんが父ちゃんとの結婚式の時に着てたのが残ってるとかないの?」
……うち離婚してるし、お母さんの私物が残ってるわけないじゃない」
 一瞬だけ、空気が止まる。
「そっかー。残念だなー、ヨツダに見せたかったなー。浴衣じゃダメ?」
……振袖と浴衣じゃ全然違うから。諦めてコート着て、いつも通り可愛くしていきなさい。髪型は私がやったげるから」
「わーい!ありがと、静姉っ」
 ぱっと明るくなるその表情に、静乃は小さく息をついた。
(この子の髪をセットしてあげるのも、あと何回かしら)
 湯気の向こうで、そんな思いが静かに揺れていた。

「はあ、宗真は吉田くんとデートか……
 宗真が家を出る準備をしていると、こたつで寝ていたはずの宗二が、いきなり口を開いた。
「わっ!?なんだよ父ちゃん、起きてたの!?」
 宗真は思わず肩をびくつかせる。宗二は半分寝ぼけたような目のまま、もぞりと身を起こした。
……言っておくが、父ちゃんはお前達の交際をまだ認めたわけじゃないからな」
「なんでだよっ!」
 間髪入れずに返すと、
「だって三人とも父ちゃんの可愛い娘だろ?どこにも出してやらん……ひっく」
 言葉の最後に、小さくしゃっくりが混じる。まだ酔いが抜けていない。
「まだ酔ってるの?ていうか宗真は娘じゃなくて元々は息子でしょ」
 呆れたようにため息をつきながらも、どこか苦笑が混じる。
「と、とにかくオレは行くからな!」
 照れ隠しのように声を張り上げる宗真に、宗二はぼんやりとした視線を向けたまま、
……遅くなるなよ」
 ぽつりと、それだけを言った。その声はさっきまでよりも少しだけ落ち着いていて、父親らしい響きを取り戻していた。

「初詣なんて行くの、久しぶりかも」
「オレも。去年まではずっと稽古だったし。おみくじとか引いてみたかったんだよなー!大吉当てたいよなっ」
 弾んだ声で言いながら、繋いだ手を軽く揺らす。
「宗真のお姉さん達の分もお参りしてこないとな」
「へ?なんかあったっけ」
「覚えてないのか?下のお姉さんは来月受験だろ。上のお姉さんも春からは受験生だし」
「ヨツダ……オレの姉ちゃんズの心配するとか、オレんちに嫁ぐ気満々かよ!」
「嫁ぐって……どっちかというと婿入りじゃ?」
「まあどっちでもいいけどさっ」
 軽口を叩き合いながら、二人は歩く。
……よく考えたらすごく恥ずかしい話してないか?学校の奴らとか、その辺歩いてないだろうな?)
 ふと我に返り、周囲を気にし始めた頃――視界の先に、榴ヶ岡天満宮が見えてきた。
 閑静な住宅街の中にある、小高い丘の上。普段は人の少ない場所だが、三が日の間だけは様子が違う。
 境内へと続く階段から、丘の麓まで。参拝客の列が、途切れることなく続いていた。
「うわ、こんなに混むんだな。近所のちっちゃい神社だからもっと空いてるかと思ってた」
「学問の神様らしいから、受験生とかその身内とかに需要あるんだろ。ほら、俺らぐらいの年のヤツら、結構来てる…………?」
 言いかけて、言葉が止まる。
 宗真もつられて前を見ると――二人のすぐ前に並んでいた少年が振り返った。見覚えのある顔。
――江沼海成だ。
「あ、宗真くん、樹くん……?」
「よ……よお」
 思わずぎこちない返事になる。さっきまでの軽い空気が、一瞬で別の緊張に塗り替わった。

「あの、これは、その
 言葉を探すように口ごもるヨツダ。海成は、二人の繋がれたままの手を見て――それだけで、すべてを理解したようだった。
……いいよ、誤魔化さなくても。前の八木山の時から、そんな気はしてたしね」
 穏やかな声だった。けれど、そのまま海成はふっと視線を逸らし、列から外れようとする。
「海成……?」
……僕がいたら気まずいでしょ。いいよ、今日はちょっと混みすぎてるし。三が日終わって空いたら来てもいいかなって思ってたし……
 どこか独り言のように、淡々と。自分に言い聞かせるように。
その背中が――妙に遠く見えた。見ていられなかった。
 宗真は、とっさに手を伸ばす。ヨツダと繋いでいない方の手で、海成の手を掴んだ。
「宗真!?」
「宗真くん、何を……
……ここ、学問の神様なんだろ」
 振り返った海成の目を、まっすぐ見て言う。
「お前、前も漢検とか英検とか受けてたし……いい高校行きたいんだろ?別にオレ達に遠慮するとか、ないだろ」
「宗真くん……
 ほんの少し、言葉が詰まる。やがて、小さく息を吐いて――
……そうだね。樹くんが宗真くんをいきなり襲ったりしないように、見張っていないと。二人の共通の友人として、ね」
「だ、誰がするかよ!こんな人前で……
……隠れてはするんだね?」
「しねえよ!」
 思わず声を荒げるヨツダに、周りの視線が少しだけ集まる。
「おい、列進んでるぞ。二人とも、他の人達に迷惑かけんなよな」
 少しだけ呆れたように言いながら、宗真は前を向く。
(くそ、こいつに正論言われるとか
 三人はそのまま、ぎこちないながらも並んで階段を上がっていく。
 けれど。
……宗真くん」
 数段進んだところで、静かに声がかかった。
「ん?」
「樹くんがいるのに、僕の手をいつまでも握っていていいの?そうやって他の男の子を勘違いさせるのは、よくないよ?」
 責めるでもなく、ただ事実を指摘するような声音。
「え!?えーと……ごめん……
 はっとして、慌てて手を離す。その瞬間、少しだけ冷たい空気が入り込んだ気がした。海成は、ほんの一瞬だけその手を見下ろして――何事もなかったかのように、前を向いた。
(これで……これで良かったんだ……
 その表情は、いつもと同じ穏やかなままだった。

「海成は冬休みは、ばあちゃん家とか行かなかったのか?」
「うん。あっちは雪がすごいみたいでさ、春になったらおいでって言われてるんだ」
「へえ。お前の田舎ってどこなんだ?」
「ああ、そういえば樹くんには話してなかったね。山形の尾花沢の方だよ」
「へえ……
(なんか意外だな。勝手に東京とか都会の方かと思ってたけど)
「夏にスイカもらったけど、めちゃくちゃ美味かったんだよな!」
「ありがとう。毎年ちょっと多めにもらっちゃうから、消費するの大変でさ。今年ももらったら、樹くんにもお裾分けするよ」
「ああ、ありがと……
(ていうか、なんか、さっきから僕に気を遣って話振ってくれてる感じがするな……
「二人とも、やっぱり縁結びのお願いに来たの?」
「いや、違くて……! 宗真のお姉さんたち、今年と来年で受験だから、その代わりにな!」
「そ、そうなんだ」
――ヨツダなりに場を和ませたつもりだった。けれど、その“即答の否定”が、宗真の機嫌をわずかに損ねる。
……違うって、何が?お前、オレとの関係って姉ちゃんたちより優先度低いのかよ」
「ち、違っ……! そういう意味じゃなくて!その……人前でそういうの、まだ恥ずかしいっていうか……!ていうか海成は――
 一瞬の迷い。けれど、口は止まらなかった。
「海成は、お前のこと好きだったし……
「え? 今それ言っちゃうんだ」
――一番触れちゃいけないところに、いちばん雑に触れた。
(あ、やべ)
……は?」
 空気が、わかりやすく凍った。

「お前、そんな……
「あーあ。よりによって元恋敵ライバルにバラされるかあ。まあ実際、僕も本気だったんだけどね」
 軽く笑ってみせる。その声音は柔らかいのに、どこかだけ少しだけ遠い。
……でもさ。さっき言った『八木山の時』っていうのは、ウソかも」
「へ?」
「夏休みの終わり。僕、宗真くんに告白した“つもり”だったけど……その時、『どうしていいかわかんない』って言われちゃってるしね」
 淡々と、思い出をなぞるように言葉を重ねる。
「あの時は、まだ早かったかなって思ったけど……たぶんもう、その時点で君の中では決まってたんだよね」
 一拍置いて、視線を少しだけ逸らす。
「樹くんだって、きっと」
 またも、独り言のようなあの口調。
 ちょうどそのタイミングで列が進み、海成は二人に背を向ける。
「別に、誰が悪いとかじゃないから」
 少しだけ振り返って、いつもの調子に戻った声で続けた。
……選ぶって、こういうことだから」

 そして、無言のまま列は進み――やがて海成の番が来た。
(二高に行けますように……!)
 まずは、ずっと願おうと決めていたことを。そして、ほんの一瞬だけ間を置いて。
(それと……新しい恋ができますように)
――気づけば、そちらの方にこそ強く力がこもっていたかもしれない。
 小さく息を吐いて、顔を上げる。
……また、休み明けにね。じゃあね」
「あ、ああ……
 今日は――泣かずに、逃げずに、ここに立っていられただけで十分だ。それだけで、満点にしておこう。
 そう自分に言い聞かせて。
……海成は振り返らず、バス停の方へと足早に去っていった。

 やがて、二人の番が来た。
(姉ちゃんたちが、行きたい学校に行けますように)
……海成にも、いいことありますように)
(あと――ヨツダと、ずっと一緒にいられますように!)
……お前、必死すぎだろ。後ろつっかえてんぞ」
「そ、そーだな! おみくじ引いてくかっ」
 二人はそのまま、おみくじの列に並ぶ。
「そんな真剣に、何願ってたんだよ」
「ひ、秘密だよ! お前は?」
「じゃあ……俺も秘密、かな」
(海成のこと祈ってたとか……さすがに言いづらいし)
 やがて順番が来て、それぞれおみくじを引く。宗真は中吉、ヨツダは吉だった。
「なんだよ、大吉じゃねーのか……。でもヨツダよりオレの方が当たりだな!」
「そう思ってさっき調べたけど、大吉の次にいいのって吉らしいぞ」
「は!? ズルいぞそういうの!」
「ズルとかじゃねーから……。ていうかこういうのって、結果より中身の方が大事だろ。結果の下に学問がどうとか健康がどうとか書いてあるとこ」
「そっか。どれどれ……『出産はさわりなし、安心せよ』だってさ!」
……なんで最初に見るとこがそこなんだよ」
「ヨツダは?」
……なんか、全体的に『問題なし。あとは自分次第』って感じだったな。コピペか?」
「じゃあ、いいことあるってことじゃん」
「なんでそうなるんだよ」
「だってさ、お前中学入ってからさ。勉強も部活も、前よりもすげー頑張ってるっぽいし。……実際、それで岩切さんにもモテてたしな」
「いや、それは……
――“お前に釣り合う男になりたかったから”。
 その一言は、結局、今さら口にはできなかった。
 
「なんか腹減ったし、ミニストップ寄っていい?さっき並ぶ前に看板見えたんだけど……
「いいけど」
――そして、ミニストップのイートイン。宗真はフォンダンショコラ、ヨツダはクランキーチキン。それぞれをつつきながら、ぽつりと話し始める。
……海成、あのまま帰してよかったのかな。オレ……酷いことしたのかな」
「あいつも言ってただろ。誰かを選ぶって……そういうことだって」
ヨツダは、少しだけ視線を落とす。
「今のお前が、あいつに同情して何かしようとしてもさ。……多分、余計に傷つけるだけだと思う」
「でも……ほんとに、何もできることないのかな……
「こればっかりは、時間が解決するのを待つしかねえよ。……それに」
「?」
「多分あいつ、お前のそういう鈍いとこも含めて……可愛いって思ってたんじゃないか」
「か、可愛いって……!」
「あいつ、いつも普通に言ってたじゃん。宗真のこと『可愛い』って。全然照れもせずに、まっすぐ」
 少しだけ苦笑する。
……俺は、ああいうの結構無理な方だからさ」
「あー、確かに。『男の宗真のままに見える』とか、わけわかんないこと言ってたよな、お前」
……うるせえな」
 軽く睨みつつも、すぐに視線を逸らす。
「でも……あいつのああいうとこ、見習わなきゃなって思ってたんだよ。いや、違うな……
 一拍。
……負けたくなかった」
「ヨツダ、お前……意外と熱いとこあったんだな」
「なんだよ。悪いかよ」
「いや?」
フォンダンショコラを一口食べて、少しだけ照れたように笑う。
「なんかさ。オレ、めっちゃ愛されてんなって思って……嬉しくなった」
……は?」
「ヨツダにも、海成にも」
 その言葉は、軽いようでいて。どこか、逃げ場のないまっすぐさを持っていた。

(いや、待て待て待て)
 ヨツダの胸の奥が、ざわっと騒ぐ。
(その言い方だと、同列みたいじゃねえか……?今の俺はその中でも、特別枠だろ……?)
 言いかけて――飲み込む。
「なにその顔」
「別に……
「あ、拗ねてる?」
「拗ねてねえよ」
「絶対拗ねてるだろ」
 くすくすと笑いながら、宗真は残りのフォンダンショコラを口に運ぶ。
……じゃあ、なんで俺だったんだ」
「なんでだろ……いつもオレが困ってる時に、そばにいてくれたから……かな」
 夏休み、みんなで行った海。準備運動もせず飛び込んで、溺れかけた宗真に――迷わず飛び込んだのはヨツダだった。
 海成は一歩遅れて、すぐにライフセーバーを呼んでいた。
 冷静さで言えば、海成の方が正しかったのかもしれない。それでも――宗真にとっては、あの咄嗟の行動が、何よりも嬉しかった。
 夏祭りで泣いた時も。宿泊学習で拗ねた時も。
 この男は、突き放すでもなく、強く抱きしめるでもなく。ただ隣にいて、その気持ちを受け止めてくれた。
……ふーん」
「またそれ擦るのかって感じだけどさ。ほんとに借り物競走のネタじゃなくて――オレにとっては、頼れる異性なんだよ。お前は」
……それ、ズルいだろ)
 胸の奥が、さっきとは違う意味でうるさくなる。敵わない、と――思う。こういうところで、いつも。
……帰るか」
「おう。遅くなったら父ちゃんもうるせーし」
(あの人がお義父さんになるとか考えると、月城家って怖いな……
 店を出ると、空気はすっかり冷えていた。吐く息が白い。並んで歩く帰り道。
 さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、少しだけ静かだった。
「なあ」
「ん?」
……今年も、よろしくな」
 ヨツダは一瞬だけ驚いた顔をして――すぐに、いつもの調子でそっぽを向く。
……ああ」
 ほんの少しだけ、歩幅を合わせながら。
「こっちこそ、よろしく」
――その言葉だけで、今年はちょっとだけ特別な一年になる気がした。