まきわ
2026-04-01 20:27:01
5184文字
Public クロリン
 

お揃いの沼

学院時代先輩編入後タメ口期のクロリンです
先輩とお揃いのものを買ってしまった後輩君と後輩君との関係性が深まっていくことに悩む先輩

放課後、HRでのサラからのチョークの猛攻にもめげずに爆睡していたクロウを起こしたリィンは彼の胸元にキラリと光るものがあって目を留めた。
タイピン?」
リィンの言葉と目線を追ったクロウは自分の胸元に視線を落とした後にや、と笑った。
「ああ、これな。たまたま見つけたんだがなかなかキマってんだろ?」
うん。さすがというか、なんだか大人ぽくてかっこいいな」
「だろ~?」
クロウは得意げにネクタイの先の方をつまんで動かしてみせた。
ネクタイピンはどちらかといえばきっちりとした印象を持たせるアイテムだが、クロウのバランスのいい着崩しと合わさるとアクセサリーのように見える。
深い青色がワンポイントになって、いかにも洒落た感じがする。
おしゃれに縁のないリィンからしてみるとこんな小さなアイテム一つでこんなに洒落っ気が出るのかと感心するばかりだ。
(やっぱりクロウはすごいな)
できれば授業に対する姿勢もすごくなくていいから普通くらいに良くしてほしいものだが。
そう思って苦笑しながらリィンは教室を出た。

その日リィンはどうしても買いたい本があって放課後帝都に出ることにした。
取り寄せてもらうよりその方が早いし、そういう手間を人にかけさせるのがリィンはどうにも苦手だった。
(帝都まで40分っていうのは助かるよなぁ)
列車はそれなりに遅くまで走っているし、放課後に出て多少ゆっくり買い物をしても夜の復習に支障のない時間には帰ってこれる。
こういうことを言うとクロウは「かーっ!真面目すぎ!『やっべ最終列車行っちまう!』ってくらい遊んでこいよ」などと言われるのだが、そんなに遅くまでどう遊べばいいのかリィンにはわからない。
(クロウが教えてくれれば
そう思いかけて慌てて頭を振る。
学生の内にやることではないだろう。
たまにクロウは夜間外出して夜更かししているようだがああいうのだって本当は良くないだろう。
(卒業したらお願いしてみようかな)
少し大人になった自分がクロウと帝都を歩くところを想像してリィンはなんだか胸が高鳴るような気がした。
欲しかった本を無事購入した後そんな事を考えながら歩いていたものだから、その雑貨屋に入ったのも深い考えあってのことではなかった。
なんとなくふらっと足を向けたという感じだ。
見るともなしに雑多に並べられている小物や日用品を見て回る。
使いそうなものもあったが、まだトリスタに来て数か月、痛んでいるようなものはないから買い替える必要も感じない。
出るか、と思ったところで『それ』が目に入った。
「あ……
思わず声を零してその棚に近付く。
並べられていたのはネクタイピンで、どう見てもクロウが着けていたものと同じ品物だった。
そっと手に取って、自分のネクタイに当ててみる。
すぐ横に顔より少し大きいくらいの鏡が置いてあったので覗き込んでみると胸元で得意げにピンがきらりと光った。
へ、変じゃないかな)
かっこよく、見えるだろうか。
面映ゆくもあったが、自分が少し大人になった気もする。
(クロウと同じもの
そう思うと妙にどきどきして、胸が苦しくなる。
嬉しいような、いけないことをしているような、不思議な気分。
その時点でリィンの中に『買わない』という選択肢がほぼ消えていた。
(さ、さすがに全く同じものは変だよな)
半端な自制心が働いてリィンはクロウの使っていた青色のピンの横にあった深紅のピンを手に取った。
(これならⅦ組の色って感じだしいいかな)
胸元の、ラベンダー色のネクタイに当ててみる。
なかなかかっこいいんじゃないかという気がしてきた。
(クロウと色違い
それだけでやけに嬉しくて、胸が甘く痛んで、リィンは弾む足取りでそれをレジに持って行った。

翌日、朝稽古を済ませて制服に着替えたリィンは何度も位置を調整して赤いタイピンをつけた。
そうして部屋を出ようとしたところで、これが人目にクロウの目に触れることになるのだと思った瞬間急に体温が上がった気がした。
どう思われるだろう、笑われるだろうか、クロウから見て変じゃないだろうか。
ぐるぐると考えるほど頭が熱くなって、恥ずかしいような何か期待するような気持ちでたまらなくなった。
クロウは既に一階に降りているようだった。
緊張しながら階段を下りていくと、玄関前のソファにクロウの姿があった。
「お、おはようクロウ」
「ん、おお、はよーさん」
また夜更かししたのかどこかぼんやりした様子だったクロウはリィンを振り返るといつもの笑みを浮かべた。
が、リィンがソファの横まで来た時一瞬クロウの表情が硬くなった気がした。
「っ……それ」
気のせいだったのか、もういつも通りの顔をしているクロウの視線は間違いなくリィンのタイピンに向いている。
リィンはどぎまぎしながらピンに触れた。
「あ、ああ。クロウがしてるのを見てかっこいいなって思ってたまたま同じものを見かけたからつい」
「へえ、そうなのかよ。あー腹減ってきたな。そろそろ飯できたろーし食堂行こうぜ」
………あ、ああ」
あまりにもあっさりと流されて反応が追い付かなかった。
食堂に入っていくクロウの背中を見て、ようやくリィンは胸にやんわりと切り裂かれたような痛みがはしるのを感じた。

クロウはそれ以降もなんの反応も見せることはなく、むしろ他の仲間達からの反応の方が大きかったほどだ。
けれど仲間達にどう褒められてもクロウにあっさりと流されたことで感じた痛みはリィンの心に居座り続けて消えなかった。
胸の辺りが重たく沈んだようで、深みのあるように見えたタイピンの紅が厭わしい色にすら思えてくる。
やっぱり、俺には似合わなかったかな。それとも同じものをつけていたのが嫌だったのかな)
放課後、気晴らしになればと雑用を引き受けて回っていたリィンはなんだか虚無感を感じて学生会館の前で足を止めた。
反応するほどの何かを感じなかったのかもしれないが、それはそれでマイナスの感情を抱かれるのと同じくらい胸が痛かった。
赤く煌めくタイピンに触れてリィンは重いため息をついた。
(分不相応だったんだやっぱり。背伸びしたって似合うわけない。俺には
ネクタイからピンを抜いてポケットに押し込む。
(同じものを持ってるって、それだけでもういいよな)
自分が何故お揃いに拘るのかもよくわからなかったが、同じものをつけたところで何かが届くわけではないのだ。
それを思い知った気がしてリィンはもう一度ため息をついた。
頭を振って気合を入れ直し、残りの雑用を片付けようと歩き出そうとしたところで学生会館の扉が開いた。
「ん」
「あ」
出てきたのはよりにもよってクロウだった。
なんとなく気まずくてリィンは視線を逸らしたが、クロウはこだわりなく歩いてきて片手を挙げた。
「よ、相変わらず駆け回ってんのか」
「あ、ああ。もう終わるけど」
こういう時にうまくポーカーフェイスを気取れないのも自分がまだ未熟である証なのだろう。
どう会話を繋げるか迷っているとクロウの視線がある一か所で止まった。
その瞬間、クロウはとても奇妙な顔を見せた。
その表情が本当にどう読み取ったらいいものかわからない顔だった事に気を取られてリィンはクロウの視線がどこを向いているかに気が回らなかった。
更にクロウは珍しくもとても困ったような、情けないような顔をして眉を下げたり寄せたりして、それから額に手を当てて小さく呻いた。
「あー……その。タイピン、外したのか?」
「あ……
気付いたのが意外だった。
気にも留めていないのかと思ったから。
リィンはネクタイに手を当てて眉を下げて苦笑を返した。
俺には、似合わないかなと思って。やっぱり分不相応かなって思ったからやめたんだ」
っ」
クロウは気まずそうに一瞬地面に視線を落とし、それから諦めたようなため息をついた。
制服が紅なのに」
言いながらクロウは自分のタイピンをネクタイから引き抜いた。
「同じ紅色にしたら沈んじまうだろ。ワンポイントにすんなら浮かねぇ程度に目立つ色にしねぇと、ほら」
クロウは鮮やかな手つきでリィンのネクタイに自分の青色のピンを留めた。
長い指が胸元で器用に動くのと、シャツを押さえる為にクロウの指がシャツの合わせから入り込んで肌に触れるのとで何故か鼓動が速くなる。
「ん、よし。いい感じじゃん」
「あ……
深い青色がリィンの胸元で存在感を放っていた。
リィンは恐る恐るピンに触れてみて、それから伺うように上目遣いでクロウを見た。
「変じゃないか?」
「おう、似合ってんぜ。ま、参考にしろよ」
「うんありがとう。あ、でもこれクロウのだから
「あーいいよいいよ、お前にやる」
「い、いいのか?」
クロウは指先でタイピンをリィンの胸に軽く押し付けるようにしてにや、と笑った。
「おう、オニーサンからのプレゼントってな」
………ありがとう」
リィンは胸を支配していたもやもやが晴れてじんわり温かくなっていくような気がしながらそっと青いタイピンを撫でた。
そしてふとポケットの中の自分のタイピンのことを想った。
んじゃオレはこれで
「クロウ」
リィンはクロウの言葉を聞くより前に彼の手を取ってぎゅっと握った。
そしてその手の中に自分の紅いタイピンを握らせた。
「おい……って」
リィンはクロウの手を両手で包んで、胸の温かさを全て表現するかのようにはにかんだ。
「代わりにこれ、プレゼントする。クロウならうまく使いこなせると思うから。ありがとう」
っ」
「それじゃ、俺手伝いがあるから行くよ。お疲れ」
リィンは満たされた気持ちで軽い足取りと共に駆け去ってしまったので、クロウが手の中のタイピンを見つめたまましばらく動かずにいたことは気付かなかった。

夜、クロウはベッドに仰向けに転がって掲げた紅いタイピンを見つめていた。
………どーすんだよこれ」
やや投げやりな口調で小さく呟く。
そもそも朝リィンが同じタイピンをつけているのを見た時の反応がまずかったのだ。
思った以上に動揺していて、あまりにもあっさり流しすぎた。
それでもこれ以上深く繋がらない為にはかえって触れない方がいいのだ、これが一番自然なやり方だと自分に言い聞かせて一日過ごしたのだが
「あ~~~~っ」
クロウはピンを持ったまま両手で頭をがしがしとかき回した。
(あの顔は反則すぎんだろ!)
朝つけていたタイピンを放課後につけていなかったことに触れるかどうか迷った。
それでもどこか沈んだ様子のリィンを放って知らんぷりができなかったのだ。
そして聞いたが最後、リィンが見せた悲しげな、寂しそうな表情はクロウの心を引き裂くのに充分すぎた。
(それでも自分のものを渡しちまえば、少なくとも『お揃い』って状況は消える。そんな風に繋がるべきじゃねぇ、だからなのに
不意打ちで実質交換状態になってしまった上に、なんの反応もできなかった。
お揃いで持っている上に、自分の持っていたものを相手に渡したというドツボにハマった状況になってしまった。
(これ以上ねぇくらいに沼にはまり込みまくってんじゃねぇか
両手で顔を覆ってクロウは呻いた。
いずれ捨てる場所なのに、いずれ裏切る相手なのに、上辺だけの関係にして、深く繋がってはいけないのに。
いや、自分が沼にはまるだけなら別にいいのだ。
いくら溺れても自分が傷つくだけならどうだっていい。
なのにリィンは何故かクロウという沼に踏み込んでくる。
拒絶してしまえばいいのに、それができなくてどんどん後戻りできないところに一緒に落ちている気がする。
それでも、オレがこれを捨てちまうなりすればそれでいい。……んだが
それを知った時どんな顔をするだろうと、それを想像しようとしただけでもういけない。
夕方見せた表情の、その比ではないだろう。
「くっそ~~~」
クロウはがばりと起き上がると胡坐を組んだ脚に肘をついて頭を抱えた。
もうどうにもならないところまで踏み込みあっている気がする。
だからせめて『その時』が来た時にその分思い切り恨んで、怒って、誰よりも憎んでくれればいいと思う。
そうして『クロウ』などという人間を慕ったことを後悔して歩き出してくれればそれでいいと。
けれど同時に『そうはならない』という確信も不思議なほどにあった。
……バカなやつ」
頭を抱えたまま呻くように呟く。
自分とリィンのどちらに向けたのかわからない言葉は誰もいない部屋に響いて、誰にも聞かれないまま空気に溶けて消えた。