円環

環くん誕生日おめでとう🍮
これまで過ごしてきた場所の台所の話(※カプ要素なし・過去捏造・お誕生日配信のセリフひとことだけネタバレあり)

 はじめに住んでいた家の台所は、夕方になると橙色の光が差しこんだ。それは流し台のふちや、水切りかごや、伏せられたままの茶碗の底――もう戻ってこない日々の輪郭――をやさしく照らした。母が帰ってこなかった日も、それは同じだった。穏やかな西日の向こう、褪せたクリーム色のカーテンを切り裂くように回転する赤い光が、今でもまなうらに残っている。ほかに縋るものもなく、理の手を握りしめて玄関の乾いた床板の上に立っていた。小さな手のひらは、どちらのものともわからない汗で冷たく湿っていた。

 施設の台所には、家とも学校の調理室とも違う騒がしさと匂いがあった。大きな鍋、たくさんの食器、泣きわめく子がいても時間どおりに進んでいく支度。リビングで過ごしていると煮物や汁物のだしの匂いが流れてきて、今日もちゃんと食事がある、と胸をなでおろした。そこは子どもたちが生きていくための規律で整えられていた。

 アイドルたちが共同生活する寮の台所は、夕方になると賑やかな空気が満ち始める。レッスンや収録の気配を残したまま、帰ってきた誰かが冷蔵庫を開ける。ペットボトルの水やプロテイン、作り置き、王様プリン――いろんなものが、いつも乱雑に詰めこまれている。コンロに火をつけるキチチチという音も、あわただしく棚を開ける音も、包丁がまな板をたたく規則正しい音も、すべてがやさしく環を包みこむ。
「タマ、具合悪いなら言いなさいよ」
「環くん、早く寝ないと明日が大変だよ」
「環、ちゃんと飯食えよー」
 この場所でかけられた言葉を思い起こす。
 環が「朝飯をちゃんと食う」と言い出してから、大人たち――特に三月は、毎朝環に食事を作ってくれた。寝ぼけまなこのまま席につくと、炊きたての米や湯気のたつ味噌汁が、当たり前のようにそこにあった。学校に行く日は大和が弁当を持たせてくれたし、ふたりがいない日は壮五が比較的辛くない食事を作ってくれることもあった。誰も恩着せがましい顔はしなかった。あたかもそれが自然であるかのように、環の食事は用意されていた。
 誰もいないときでさえ、この場所はいつも誰かの気配に満ちている。三月が干した布巾、大和が買ってきたキャラ弁用の調理道具、壮五が綺麗に揃えた保存容器。そういうものを見るたび、窓のない寮の台所が、西日に照らされたように眩しく見える。

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 誕生日配信のコメントが流れていく。お祝いの言葉に混ざって、「いっぱいプリン食べてね」「体調に気をつけてね」という言葉が見える。環は笑ってカメラに手を振った。
「ちゃんと飯も食えよー?」
 三月たちが何度も環に言ってくれたように、その言葉はするりと口をついて出た。画面の向こうの誰かの日々を、少しでもやさしく応援できればいい。その言葉がまた、どこかで誰かに手渡されていくように。