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史加
2026-04-01 11:57:08
7837文字
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原神(ルカキリ)
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目から遠くなると
ルカキリ/ファルカ伝任後に想いを自覚するふたりの話
ナシャタウンは夜の帳が降りても騒々しい。売れ行きが良かったのか満足げな表情で帰路に着くヴォイニッチ商会の商人や、夜回りに向かうライトキーパー、依頼の報告を終えて酒場へ向かう冒険者など、所属も人種も国籍もばらばらな人間たちが集まり、そこかしこを行き交っている。鉄材で出来た物々しい街の中を吹き抜ける風は冷たく、無法の地であるナド・クライにおいて身の安全を担保するものは少ないが、人々の表情はどこか明るく、穏やかであるようにも見えた。
おそらくは月の狩人、ファデュイ執行官のひとりである「博士」、そして血染めの騎士ローランド率いるワイルドハントの一件と、立て続けに降りかかった脅威が払い除けられ、この地に生きる人々の間に今までになかった団結の動きが見られ始めたからだろう。近頃はすっかりワイルドハントも落ち着き、今まで夜回りの予定表というものを気にしていなかったフリンズもそれを確かめて趣味に割り当てる時間を増やしているくらいには平和だ。無論完全に気を緩めているわけでもなく、いつまた悪質な魔物が発生しても対処出来るようにと警戒を怠るようなことはしないが、このまま穏やかな日々が続き、やがてはワイルドハントそのものが完全に消滅して真の意味での平和が訪れれば良いと思わずにはいられない。差し迫る危機に怯える人々の表情よりも、平穏の中で幸せそうに笑う人々の顔を見ているほうが喜ばしいに決まっているのだから。
ブーツの踵をしとやかに鳴らしながら、夜に溶け込む黒衣を纏ったフリンズは人々の間を縫うように歩き、慣れ親しんだフラッグシップへ向かう。以前までは買い出しのため月に数度しか訪れていなかったナシャタウンも、ここのところはライトキーパー代表として連合会に参加するイルーガの所用に付き合ったり、ニキータから他のライトキーパーたちの任務を手伝うよう指示されたりとで立ち寄る機会が増えた。イルーガがフリンズに声をかけてくるのは、また知らないところで無茶をしていないか案じてのことだろう。ニキータもおそらく同様だが、フリンズの正体を知る彼はそれ以上のことも案じて手を回している。そう察するのは容易いことだった。
そこまで心配されずともフリンズは今の生活を十分に楽しんでおり、自己封印などといった真似をする気もないのだが、ここ最近のあれそれのせいで残念ながらそういった側面におけるフリンズへの信頼は下がっている。別にフリンズとてなりふり構わず自分を犠牲にしようとしたわけではなく、あくまで冷静に状況を把握したうえでそれが最適解であると判断して選んだことなのだが、正しさと感情は別だ。今は彼らのお節介とも言える気遣いを受け取り、多少面倒であってもまだ俗世から離れる気はありませんというアピールをしておくべきだろう。
ともあれそういった事情もあり、フリンズは今日のように夜までナシャタウンに滞在することが増えた。そうなれば当然一夜を明かすのにフラッグシップの部屋を借りる頻度も増える。深夜にナシャタウンを出て夜明かしの墓まで戻るのもまったく苦ではないが、それが普通の人間のやることかと問われれば答えはノーだ。それにカウンター席でひとり酒を飲み、気まぐれに声をかけてくる人間と話すのも悪くないものなので、今宵もそうして一日を終えようと扉を開く。暖房で温められた空気と酒精のにおい、そして酔っ払いたちのざわめきがフリンズを出迎えるのも、すっかり慣れたものだった。
「いらっしゃいませ、フリンズさん。今日は何になさいますか?」
真っ直ぐにカウンター席へ向かうと、デミアンがいつも通りに尋ねてくる。
「こんばんは、デミアンさん。白のスパークリングワインをお願いします」
どれほど強い酒を飲んでも酔うことを知らないフリンズは、このところ香りを楽しみながらじっくりと味わえる酒を選びがちだった。酒に酔った人々の談笑の声や店に流れる音楽に耳を傾けながらひとりで過ごす時間には、ジョッキに並々と注がれたエールよりもグラスに注がれた芳醇なワインのほうが合う。無論、ワインもそれなりに度数の高いものもあるが、炎水を使ったカクテルや炎水そのものに比べればかわいらしいものだ。
すぐにデミアンが差し出してきたグラスを受け取り、くるりと手の中で回す。曇りひとつないガラスの中で揺れる淡い金色の液体が照明の光を受けてなめらかに輝き、ふわりと葡萄と酒精の香りが立ちのぼった。良い香りだと思いながらグラスのふちに唇をそっと触れさせて、舐めるようにワインをひと口飲む。口の中に広がる芳醇な香りと、舌の上に広がるしゅわしゅわとした炭酸の刺激。飲み込むと喉をわずかに焼く辛口のワインの味わいに、相変わらずデミアンの選ぶ酒は間違いないとひそやかにバーテンダーの目利きを褒めそやす。
グラスを傾けながら周囲を見回すと、テーブル席は満席で、ちょうど酒場が一番賑わう時間帯を迎えたようだった。次から次へと舞い込むオーダーを受けてデミアンは忙しなく酒を用意している。声をかけては邪魔になると判断して、フリンズはしばしの間ひとり静かに酒と喧騒を楽しむことにした。
報告書やボーンクラフトのように手元に集中することのないこの時間は、自然と物思いに耽ってしまう。磨かれたカウンターの上のグラスが光を弾いて鈍く光るさまを見るたびに思い出すのは、あるひとりの男のことだ。
血染めの騎士ローランドの一件で、彼はモンドへ帰った。彼の無事を知らせにナド・クライを訪れた旅人の様子を見るに、詳細はわからないが相当な無茶をしたらしい。あの戦いで西風騎士団に助力した者はみな、彼の身を案じていた。なにせ攻め入ってくるワイルドハントを凌ぎ切りようやく一段落ついたと思ったら、あの男は影も形もなくなってしまっていて、安否不明の状態だったのだ。耐え切れなくなったアイノがイネファをモンドまで向かわせると言い、ネフェルが情報網を使ってモンドの伝手に聞いてみるから数日待っておくれとたしなめる、そんなちょっとした騒動になりかけていたときに旅人がやってきて場が落ち着いたのはここだけの話である。
西風騎士団大団長。北風騎士。生きる伝説と呼ばれる男はそう簡単に死ぬような人間ではないし、フリンズは戦いに身を投じる前の会議の場で、彼がなにかを隠していることを察していた。あの男が秘め事をするのはただの正義感ですべてを背負い込むような真似をしたいからではなく、知り得る情報と状況を照らし合わせて熟考した上でそれが最善であると判断したためであるというのも理解している。ゆえにそれを暴く気も、責める気もなく、ただすべてが無事に終わればいいと思っていた。あの男に無茶をするなと真っ直ぐに怒るのは彼を慕い敬う若い者たちに任せればいいし、たっぷりと怒られたあとは事の顛末を報告書にまとめるのに苦労していればいい。ひいひい言いながらもそうやって掴み取った平穏と、ようやく果たした帰郷を誰よりも感慨深く想い喜ぶ姿は簡単に想像出来るものであり、それが現実になるのは幸福なことであると素直に思っていたから。
「まさかこうもあなたのことを思い出す日がやってくるとは思ってもいませんでしたがね
……
」
グラスを傾けてワインを飲み、舌を刺す酒精が胸の奥までざわりと撫で上げてくるのを感じながら、フリンズはぽつりと呟く。独り言は酔っ払いたちの喧騒に溶けて誰の耳にも届くことはない。
出会い、その正体を知った時点で、いつかモンドへ帰るとわかっていた男だ。夜更けのフラッグシップのカウンターで、その背に郷愁を滲ませながらひとりで酒を飲む彼の姿を遠目に見たこともある。ナド・クライで長く酒に付き合ってくれるのはフリンズくらいなものだといってしばしば一緒に飲んでいたときも、彼の言葉や振る舞いから故郷への想いは深く伝わってきていた。人々の平和な日々を守り夜闇を照らすライトキーパーとしても、はるか遠き日に雪原で彷徨える魂を導いていた蒼炎としても、帰る場所のある彼が目的を果たした暁には無事に帰郷出来ることを心より願っていた。だから今こうして過ごす時間は満ち足りたものであるはずなのに、胸の片隅にうっすらとした寒さに近い、心細さのようなものを覚えている。
きちんとした別れの言葉も伝えられないままにこの日を迎えたからだろうか。否、妖精としてもライトキーパーとしても数多の別れを経験してきたフリンズは、相手の息災と幸福を祈る言葉をきちんと伝えられる別れが贅沢なものであると知っている。突如として身に降りかかる離別にこそ慣れているはずだ。ならばこの心の片隅に巣食う憂いに似た物寂しさは、一体何と言い表すのは正解なのだろうか。
自らの心のかたちを探る間にグラスの中身は空になる。注ぎ込んだ黄金の酒では満たされず、空いたかたちさえもわからない胸の隙間を、こうしてひとりになった瞬間に冷たい風が通り抜けていく。炎を掻き消すには不十分で、けれど生まれ故郷である冬国の寒さを思い出させるこのもどかしさに似た想いを、フリンズはどうにも持て余していた。
同じものをもう一杯もらおうと顔を上げる。唇を開くより先に、フリンズの背後で重たい足音が響くのが聞こえた。
「よう。隣空いてるか?」
手にしていたグラスが震えてカウンターにぶつかり、わずかに高い音を立てる。
「
……
、ええ。どうぞ」
酒精で焼けた喉から引き絞ったような、掠れた声が出てしまった。まだ一杯しか飲んでいないのにとんだ失態だと、フリンズは動揺しながらもどこか冷静に思う。
「おや、ファルカさんじゃないですか。お久しぶりですね。モンドへ帰られたとお聞きしたので、てっきりもう来られないのかと思っていました」
シェイカーを振りながらも新たな客の来店に気付いたデミアンがそう声をかけてきた。どうやら紛れもない現実のようだとフリンズは内心安堵する。もしこれがたった一杯のワインであろうことか酔ってしまったフリンズの幻覚だとしたら、前言撤回して再度の自己封印を検討するくらいには居たたまれないことだった。
「ははっ、まだまだこっちでやらなきゃならないことがあってな。しばらくはモンドとナド・クライを行ったり来たりすることになる予定だ」
「それはまた忙しいですね。ご注文は?」
「蒲公英酒を二樽持ってきて裏口に置いてある。それで午後の死を作ってくれないか。フリンズの分もな」
「もちろんです。少々お待ちください」
デミアンは人当たりの良い笑みを浮かべて頷くと、従業員をひとり連れてフラッグシップの裏口へと姿を消した。
フリンズがフラッグシップを訪れてからどうやらそれなりに時間が経っていたらしい。周囲の賑わいは幾分か落ち着きを見せており、テーブル席に着くひとの数は減って、残る人々もみな静かに酒の余韻に浸っている。
「久しぶりだな。ここでひとりで飲んでるなんて珍しいじゃないか」
記憶にあるものと何ひとつ変わらぬ気さくさで話しかけてくるファルカに、フリンズはほんの少しだけ目を伏せたあと、唇を開く。
「
……
最近はいろいろあってナシャタウンを訪れる機会が増えましてね。それよりもお元気そうで何よりです、ファルカさん」
言の葉を紡ぎ名を呼ぶ声は、きちんといつも通りの音をしていた。
「おかげさまでな。前の一件では色々と助かった。礼を言う」
「ワイルドハントと戦うのはライトキーパーの務めですから、僕たちは当然のことをしたまでですよ」
「それもだが、お前はなんとなく気付いていながら何も言わないでいてくれただろう」
曇りのない蒼の目がフリンズをじっと見つめてくる。ほんの少しだけ申し訳なさそうな、けれど穏やかな表情を前に、フリンズは返すべき言葉を見失った。
何のことを言っているのかと、すぐにはぐらかしてしまえばそれで済んだだろう。けれど言葉を発するタイミングを逃したことで生まれた沈黙は、フリンズの胸の中に生じている隙間の存在を明白にする。
「
……
あなたがそうすることを選んだのに、意味があると思っただけです。考えもなく無鉄砲に、自分を犠牲にすればいいなどと考えるひとではないのはわかっていますから」
言うつもりのなかった言葉がぽろりとこぼれ落ちるのに、フリンズは内心驚いた。理性が上手く働かず、本心が勝手に口をついて出るという経験をまったくしてこなかった訳ではないが、フリンズにとってそれは常人よりもはるかに頻度が低く珍しい事象だった。
ふっとファルカの双眸が緩んで、向けられるまなざしが優しさを帯びる。たったのそれだけ。それだけなのに、胸の奥をひゅうひゅうと通り抜けていた冷たい隙間風が止んで、代わりに温かな春風の吹き込むような感覚がした。
生まれてはじめての心の機微に困惑は尽きない。だがそれを表に出すのはなんだか気恥ずかしいように思えて、フリンズはファルカから少しだけ目を逸らす。そのわずかな動きさえもファルカには動揺を悟らせる材料として足り得ると理解しているが、普段の紳士の仮面を身に着けてやり過ごすだけの余裕もない。
「
……
悪かったな。何も言わないで進めちまって」
「謝らないでください。あなたが何をしたのか、その詳細は知りませんが、あなたにとってはそれが最適解だった。一パーセントのリスクもない手段などこの世には存在しません。あなたは自らの経験と力、人脈、そういった持ち得るすべてを使って事を為し、勝利を掴み取った。その結果として今僕はまたあなたと話が出来ている。ならばそれで十分でしょう」
ファルカが何をしたのかを問い詰めたい訳でもなければ、おそらく相当な無茶をしでかしたのであろうことを責めるつもりもない。そんな権利はそもそもフリンズにはないと理解しているし、思いがけずこうして再会出来たのは喜ばしいことだと思っている。ただ、ファルカがナド・クライを去ってはじめて、フリンズは自分の心の中にファルカという存在が思いのほか大きく居座っていたことを知ってしまい、生まれた空白の扱いにまだ戸惑っているだけだ。それはフリンズの都合でしかないのだから、当然ファルカが慮ることではない。
今日ばかりは取り繕ったところで不自然さを覚えさせてしまうだけだと、フリンズは半ば開き直って己のままならなさに身を任せることにする。自分が酒に酔わないことを知っているファルカ相手では酔ったという口実も使えないが、あまりにも居たたまれなくなったら明日も用事があるなどと適当に理由をつけて帰路に着けばいい。幸い今日はまだデミアンに一泊する旨も伝えていないのでどうとでもなる。
フリンズの言葉を受け止めたファルカは、そうか、と頷くだけで何も言わなかった。沈黙を破るようにデミアンが戻ってきて、午後の死が入ったグラスをふたつ、ファルカとフリンズの前に置く。華奢なカクテルグラスに注がれた酒は、大酒飲みのファルカならショットグラスを煽るのと同じ要領で瞬く間に飲み干せてしまうものだ。けれど騎士の大きな手は静かにグラスを持ち上げると、まるでなにかを持て余しているかのように回す。
「
……
フリンズ」
低くやわらかな声で名を呼ばれた。
ただのそれだけでフリンズの心臓はとくりと跳ねて、ランプの中の炎が揺らめいた。
「モンドに帰ってから、毎日のように騎士団のやつらや友人たちと酒を飲んだ。どこに行っても知り合いや仲間がいて、みんな遠征の話を聞きたがるもんだから、最初の一週間くらいは喋るのに忙しくて十分に飲めなかったんだが」
「それは大変でしたね。きっとあなたの語る物語は、モンドの人々にとってどれも美酒に相応しいものなのでしょう。それで、念願叶って帰り着いた故郷で挙げる祝杯はいかがでしたか?」
「もちろん、最高だった。相変わらず俺に飲み比べで勝てるやつはいなくて、みんな酔い潰れていったがな」
「それはそうでしょうね。ファルカさんほど飲める方はスネージナヤでもそう多くいませんから」
「ああ。だから最後はひとりで静かに飲むことになるんだが
……
そのとき、必ずと言っていいほどお前のことを思い出した」
未だ口を付けられていないグラスの中の酒からはどんどんと気泡が抜けていき、酒場のぬるい空気に染まっていく。
酒を愛し、その味や質にもこだわりを持つファルカが、目の前の酒よりも言の葉を紡ぐことを優先するのはなんだか珍しいことのようにも思えたし、見慣れているようにも思えた。フリンズと飲むときのファルカは騎士たちの前で大団長として威風堂々と振舞っているときや、旅人たちを統率し鼓舞しようとあの戦いの中で指揮を執っていたときとも異なる、ひとりの男の姿をしていたからだ。
しかしここでフリンズがひとり酒を飲みながらファルカのことを思い出していたように、ファルカも故郷でフリンズのことを思い出していたというのは、どうにもむずがゆいような気持ちになる。胸の片隅に生まれて冷えていた空白はまるで嘘のように塞がって、温かなものに満ちていた。
フリンズは目の前のグラスの中の酒へと視線を落とす。その水面に映る自分の顔はいつも通りだ。おそらく。
「西風騎士団の大団長という肩書きを、今更重荷だと思うことはないんだがな。
……
お前の隣でこうして酒を飲んでいるときは、自分がそういう肩書きを持った人間だってことを忘れるよ」
手元にある金色の液体から立ちのぼる気泡は減って、もうしゅわしゅわと弾ける音すら聞こえない。まだ背後に酔っ払いたちの喧騒は聞こえているが、それもどこか遠く、フリンズの耳に明瞭に届くのはファルカのやわらかな声ばかりだ。
蒼眼がちらりとフリンズを見つめてくる。視線が交わると緩むそのひとみに宿る熱は甘い。きっと同じ色をしているのだろうなと思いながら、フリンズは優美にグラスを持ち上げる。
「
……
僕もここでひとり飲みながら、あなたのことをよく思い出していました。どうやら僕たちは気が合うようですね」
「そうだな。
……
っと、悪い。すっかり酒がぬるくなっちまったな」
「構いませんよ。夜はまだ長いですからね。ひとまず乾杯しましょう」
グラスをそっと差し出すと、ファルカも倣ってグラスを寄せる。まだ一滴たりとも酒精を口にしていない彼の頬がわずかに赤く染まり、なんだかうれしそうに笑っているのに胸の奥がぎゅっと締まって、また心臓が高鳴りを覚えるのをもう誤魔化す術はない。
「それじゃあ、再会を祝して、乾杯!」
「ええ。再会を祝して、乾杯」
寄せたグラスのふちとふちが触れ合い、ほんのかすかに澄んだ音を立てる。そのまま互いにひと息に煽った酒はすっかり気が抜けていてぬるい。そのくせ胸を焼き焦がすような味がして、吐き出す息に熱が混じる。
「
……
またお前に会えてよかったよ、フリンズ」
グラスを置いたファルカの、今度こそ明確な熱を帯びるまなざしと、同じくグラスを置いたフリンズの手に重ねられる手のひらの温度が退路を断つ。
頬がじんわりと熱を持つのを感じながら、フリンズは静かに頷いて、そっとファルカの手を握り返す。
胸に空いた空白のかたちを言葉にするまでもなく、同じ空白が相手の胸にも空いていたのだと知るにはそれで十分だった。
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