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mattsuu_mocchii
2026-04-01 08:15:51
6045文字
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甘くない嘘
エイプリルフール
ワンライまとめの付録にと思ったけどなんか違うので供養
それは、突然のことだった。
「なあキョウヤ、オレな、実は
……
」
めずらしく神妙な顔をしたカラスバが、一呼吸をおいて続ける。
「実は
……
甘いもの好きやないねん」
青天の霹靂。
稲妻が走る。
キョウヤは過去の己の行いを振り返り、事の重大さに激しくショックを受けて、すっかり魂が抜けてしまった。
+++
全ての始まりは、前日のことだ。
カラスバとジプソがいつものように二人で職務に励んでいると、突然ぷちんと何かが弾けるような音が聞こえた。それからすぐに軽い小石が落ちるような音がして、小さくて丸いものが床に転がり落ちる。
ジプソのシャツのボタンだった。
「オマエ
……
」
カラスバが後ろに控えたジプソを振り返る。ネクタイで隠れているが、シャツの腹のあたりがよれていた。ジプソは恥ずかしそうにうつむいた。
「
……
実はな、オレもやねん」
カラスバの目に同情の色がこもる。
「最近ベルトの穴、一個短くせんと入らんようなってもうて」
「
……
理由は、わかっているのです」
「ああ
……
間違いなくアレや」
カラスバもジプソも、同じことを考えている。
キョウヤが毎日持ってくる手土産のことを。
きっかけは些細なことだ。いつだったかに彼が持ってきたお菓子が美味しくて、ついカラスバが「このお菓子好きやなぁ」とこぼしたのを、キョウヤは聞き逃さなかった。それからというもの毎日のようにお菓子の手土産を持ってくるようになったのだ。
ミアレはお菓子でも有名な街だ。右を見ても左を見ても必ずどこかでお菓子が売られている。ケーキ、クレープ、ガレット、チョコレート、エトセトラ、エトセトラ。甘いものには事欠かない。
おまけにキョウヤはバトルゾーンで毎夜のように荒稼ぎをしているので、年齢の割に羽振りがいい。そのせいか、持ってくるお菓子は大抵が箱単位だった。
頭脳労働が多いので元々甘いものはよく食べるほうだが、毎日のように箱単位のお菓子が来てはさすがに食べきれないので、ジプソと一緒に食べていた。夜を徹する日には夜食にもしていた。
二十代も半ばを過ぎれば、代謝は自然と落ちていく。
そして異次元ミアレが発生してからは調査・調査のデスクワーク詰めで、生活も不規則になっていた。
つまりは至極当然の帰結である。
「さすがにそろそろ断らんとなぁ」
だが、馬鹿正直に言うのは抵抗があった。腐っても錆びてもサビ組のボスとその側近としての面子はある。お菓子の食べ過ぎで太りぎみですなどと、言えるはずがない。
「何か良い言い訳はないものでしょうか」
「うーん」
頭を捻らせていると、ふとカラスバの目にパソコンのカレンダーが目に止まった。今日は三月三十一日だ。
「
……
そういや、前にキョウヤが言ってたんやけど」
あることを思い出す。
「四月一日ってエイプリルフールいうて、嘘ついてもええ日なんやって」
「と、言いますと?」
「キョウヤには悪いけど、明日は嘘ついて、そんで何日かやり過ごさへん?」
「なるほど。してどのような嘘をつきましょう?」
「そやなあ
……
」
それから二人はしばらく議論を交わした。キョウヤに真実を悟られず、無用な心配もかけず、お菓子の持ち込みを控えさせられるような嘘を考えているうちに、気づけば夜になっていた。
そして冒頭につながる。
なんとかついた嘘に想像以上のショックを受けたらしきキョウヤの反応に、カラスバは戸惑いを隠しきれなかった。
「おれがお菓子持ってきてたの、迷惑でした?」
「いや、そんなことはあらへんよ」
急いで否定する。それでもキョウヤは目に見えて沈んでいた。
「でもおれ、嫌なことしてたんだ
……
ごめんなさい」
「いや、ちゃうくて」
「今日は帰ります。お邪魔しました」
キョウヤは肩を落として静かに部屋を出て行ってしまった。
「
……
悪いことしてもうたかも」
そうぼやいたカラスバに、ジプソが励ますように首を振った。
「今は心を鬼にしましょう。わたくし達の健康のためにも」
心が痛まないわけではないが、ジプソの言うことももっともだ。これもあと数日の辛抱だと思い、カラスバは「そやな」と返した。
+++
ホテルZに帰ってきたデウロが見たのは、談話スペースで膝を抱えて落ち込むキョウヤと、彼を励まそうと集まってきたタウニーとピュール、アンシャの姿だった。
「キョウヤ? なんか地下水道よりジメジメしてるね?」
頭に載ったタマゲタケが目を向ける。
「
……
しかも頭にタマゲタケまで生やして」
「なんでもカラスバさんに嫌われちゃったんだって」
そばに座っていたタウニーが代わりに答えた。
「えっ、もしかしてフラれた!?」
「さすがにそこまでではないと思うけど」
実際には『嫌われた』というのもかなり飛躍しているのだが、それをエムゼット団の面々が知る由はない。
「本当は甘いもの苦手なのに押し付けちゃったんだって」
「幼稚園児の喧嘩ですよ」
ピュールがばっさりと総括した。
デウロは膝に顔を埋めたキョウヤの前髪をさらさらと撫でた。
「キョウヤ、元気だしなー。あのカラスバだよ? そんな程度のことじゃ嫌いにならないって」
「あたくしも腕を振るいすぎました」
「アンシャのドーナツは絶品だからねえ」
総じて緊急事態ではないと考えているのか、エムゼット団メンバーはいたって呑気だった。アンシャだけが悲しそうな顔でキョウヤを見ている。
「ボクは用事があるので外します」
ピュールが立ち上がった。
「あ、それじゃついでに買い物お願いしたいんだけど」
すかさずタウニーが口を出した。
「なんですか」
「人参とジャガイモ切らしちゃってるんだ。帰りでいいからよろしく!」
「
……
ボクは食べませんからね」
お使いの内容で今日の夕食の献立を察したピュールは、苦い顔を浮かべながら返す。
じめじめと落ち込むキョウヤをよそに、エムゼット団はいたって日常だった。
ピュールの用事とは手芸用品店への買い物だったのだが、道中にブルー地区を通過する。いつもなら遠回りしてでも避けるのだが、さすがにキョウヤのことが気がかりだったので、あえてサビ組事務所の前を通ることにした。
明らかに周囲から浮いた門構えの前を遠巻きにしながらも歩いて、こっそりと中の様子を伺う。門の向こうの庭で何人かの下っ端が並んでいた。何か会合をしているのか、やけに賑やかだった。
「次、スクワット三十回いくで!」
拡声器を通して、聞き覚えのある声と訛りがこだまする。ピュールは足を止めた。すくわっと、という音列がスクワットを意味すると理解するまでに数秒かかった。
また変なことをしているのは間違いないが、一体何をしているのだろうか。
気になったピュールはさらに近づいて様子を伺った。
複数の列に並んだ下っ端たちがみなスクワットをしている。それと向かい合うように、カラスバとジプソもまたスクワットに励んでいた。なぜかガメノデスまで一緒だ。
「いや、何してるんですかアンタたち!」
想像を超えた光景に、思わず声が出てしまった。サビ組が一斉に顔を向ける。
「おい、何見とんねん。見世もんちゃうぞ」
カラスバに凄まれるが、ついさっきスクワットをしていた人間に凄まれても大した恐怖はない。
甘いものが苦手だ、と言ったその日に筋トレに励む姿。ピュールは全てを理解した。
「
……
なんとなくですが、理由がわかりました」
「は?」
「わかった上で言います。アンタらバカですか?」
ピュールはつかつかと事務所の敷地に立ち入った。普段なら絶対にやらない行動だが、友人のことを思うと勝手に体が動いた。
「あほ言われるんはええけどバカ言われるんはムカつくからやめえ」
「知りませんよ、そんなの。とにかくキョウヤに謝ってください。変な嘘つかないで素直に言えばよかったじゃないですか」
「せやけど、そんなん──」
カラスバはそこまで言いかけて、隣のジプソと顔を見合わせた。
「
……
恥ずかしいやん。オレらおっかないサビ組やで」
「はぁぁ? なに柄にもなく乙女ぶってるんですか」
こうなったときのピュールの舌戦は強い。カラスバ相手に、明らかに優勢だった。
「アンタたちねえ、友人の気持ちを無碍にされるこっちの身になってくださいよ。キョウヤはアンタに喜んでほしい一心で色々買ってきてたんでしょう? そりゃ、限度はありますけど」
ピュールの言葉に、カラスバは喉を詰まらせる。下っ端たちははらはらと成り行きを見守っていた。やがてカラスバは観念したというように首を振った。
「
……
あー、わかった! オマエの言うとおり、オレらに非があるんは事実や。今からキョウヤに謝り行くわ」
「わかってくれたならいいです。ほら、行きますよ」
用事のことなどすっかり忘れていた。ピュールとカラスバ、ジプソは一緒にホテルZへと向かった。
「うわ」
ホテルのロビーに入ったカラスバの第一声がそれだった。
「だいぶジメジメしてもうてる、頭にタマゲタケまで生えとるし」
そんなキョウヤの姿に、やはり罪悪感が芽生えたのだろう。カラスバは近くに寄ってキョウヤの頭を撫でた。
「なあ、キョウヤ。オレらが悪かったわ。すまん」
「
……
ぐすん」
「べそかかんといて。元気出し。甘いもの嫌いっちゅうの、嘘やねん。ほんまは甘いもの好きやで」
「
……
ほんと?」
キョウヤが小さく顔を上げる。
「ほんまに」
カラスバはうなずいた。
「じゃあ、なんでそんな嘘ついたんですか?」
「え? それはあの、えっと」
しばらく逡巡するように視線を泳がせて、今思いついたようにつづけた。
「そう、エイプリルフールや!」
後ろからピュールが『逃げるなよ』と言いたげな視線を送った。
「エイプリルフール?」
「そう。前に教えてくれたやろ。四月一日は嘘ついてもええ日やって」
すると、キョウヤががばりと顔を上げた。
「なんだ、そんなことだったんだ!」
さっきまでにジメジメはどこへやら、もうすっかり元通りだ。
「よかったー、おれカラスバさんに嫌なことしてたわけじゃなかったんだ! 安心したぁー!」
「え?」
カラスバだけでなく、エムゼット団たち──ピュールまでもが混乱を隠しきれなかった。
「エイプリルフールとはなんですの?」
「えっと、嘘ついてもいい日
……
かな?」
「なるほど。それでカラスバさまたちはお戯れに嘘をつかれたのですね」
アンシャとタウニーがこそこそと話をする。アンシャの解釈が正しいとも思えないが、
「
……
まあ、丸く収まったなら良しとします」
と言うほかなかった。
「ピュール、どうしたの?」
隣に立っていたデウロが顔を覗き込んだ。
「なんでもありません。独り言です」
そして気まずそうにしているカラスバたちに目を向ける。ちょっとした意趣返しのつもりで舌を出した。カラスバたちも気づいていたが、複雑な表情を浮かべるだけで、何も言ってこなかった。
「そうだ、せっかくみんな集まってるしドーナツパーティしません?」
いつもの調子を取り戻したキョウヤが提案する。
「いいねえ! やろうやろう」
「あたくしも腕を振るいます!」
「アンシャ、あたしも手伝うよ」
「じゃああたしは作戦会議室のセッティングに行ってくるねえ!」
女性陣はぞろぞろと移動を始める。
「ほら、カラスバさんも作戦会議室行きましょう!」
キョウヤはいつもと同じ爽やかな笑顔でカラスバの手を引いた。
+++
テーブルにドーナツの山が並ぶ。アンシャの作るドーナツは、やはり美味しい。一個だけのつもりがつい二個、三個と手が伸びてしまう。
「美味しいというのは罪深いものです」
ジプソが懺悔するように呟いた。
「ほんまになあ」
カラスバはそう言うと、思い思いにドーナツを頬張る若者たちを遠い目で見つめた。若さの放つ眩しさに目がくらみそうだ。
「カラスバさん、もう食べないの?」
キョウヤが近くに来て訊ねる。手には砂糖漬けのドーナツを持っていた。
「おう、もう腹一杯やから」
「えー、こんなに美味しいのに」
そう言ってドーナツをかじる。
「もしかして最近気にしてます?」
「え?」
「おれは全然気にしてないですけど。むしろ今くらいが抱き心地良くて好きなまである」
カラスバの顔が固まる。ジプソのシャツのボタンがぷちりと弾けた。
「
……
は?」
低くどすのきいた声。元気になったらなったで、キョウヤは無自覚かつ鮮やかに地雷を踏み抜いていった。
部屋にいたデウロとピュールも「うわ」という表情でキョウヤを見ていた。
「もうええ、帰るぞジプソ!」
至極当然の帰結だった。カラスバは勢いよく立ち上がり、そのままずかずかと作戦会議室を出て行った。
「え、おれ何か怒らせるようなことした?」
「今のはキョウヤが悪いよ」
「ええっ?」
「アンタ、デリカシーってものは無いんですか」
「え、ピュールまで?」
するとキッチンでドーナツを作っていたアンシャとタウニーが、ドーナツのおかわりを持って部屋に入ってきた。
「ねえ、どうかした?」
「カラスバさま、怒ってらっしゃいました」
ロビーですれ違ったのだろう。
「あ、あのね。キョウヤがかくかくしかじかで」
デウロが一部始終を説明すると、アンシャが「まあ!」と驚愕の声を上げた。
「それはキョウヤさまが良くないです」
「だね。今すぐ謝りに行きなよ」
「はあい」
キョウヤが手に残っていた一口分のドーナツを口に放って、そのままカラスバたちの後を追って出ていった。
「
……
仲直りするでしょうか」
ピュールが心配そうにこぼす。
「大丈夫でしょ、あの二人なら」
「喧嘩するほど仲が良いって言うしねえ」
ドーナツをむぐむぐと頬張りながらタウニーとデウロが呑気に返す。
「
……
実は、今日のドーナツにちょっとだけ混ぜ物をしたのです」
唐突にアンシャが言い放った。
「えっ!?」
「嘘ぉ!?」
「嘘ですよ」
驚くエムゼット団を見て、アンシャがころころと笑った。
「エイプリルフールってこんな感じなのですね。楽しいです」
「もー、びっくりさせないでよ」
「でも半分は本当なのです。ね、タウニーさま」
「え? 何か混ぜたっけ」
「仲良しのおまじない。いつも入れてますけれど」
アンシャはそう言うと、ドーナツを一つ取って足元のゴクリンにあげた。
「だから、あのお二人も大丈夫です」
それからキョウヤは、夜遅くに帰ってきた。幸せに満ちあふれた表情が何があったのかを物語っていたが、すでに寝静まっていたエムゼット団の面々がそれを知る由はない。
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