2026-04-01 03:09:35
4201文字
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年下の男の子

北石さん視点の土利



 とっても、きれいな顔をしてるのに。

 このひとったらいつもそのおきれいな顔が汚れようが傷がつこうが、いつもお構いなしだ。
 忍びの仕事をしていて顔に傷をつけたくないなんて考えがら甘っちょろいどころの話ではないことは当然、わたしだって分かっている。
 それにしたってあまりに頓着がない。
「あ、利吉さん、お顔、また傷が。瞼のとこ」
 隣り合う山田利吉というひとの瞼にいまもまた、切り傷を見つけた。そこには瘡蓋が薄らと生まれている。まだ、新しい傷のように思う。
 利害の一致を得たために今回はこのひととの協力が叶った任務。利吉さんのおかげもあり、そして利吉さんにとっては、わたしのおかげがあり、互いに予定よりも随分早めに仕事を無事終えられた。
 では余裕を持ってそれぞれの依頼主へと、ぼちぼち報告に上がりましょうか。みたいな話を、街道から少し逸れた廃村のあばらやでし終えたところ。
 その場で別れても当然良かったのだけど、たまたま向かう方向が同じだったのでなんとなく並んで、開かれている市を通るその途中だった。
……しくじった、と笑いたいのか」
「やだ、ひねくれてるう。普通に心配しただけですよ。きれいなお顔に傷が残っちゃうんじゃって」
「君だって、傷くらいあるだろう?」
「まあそれはそうですけど、利吉さんってきれいな顔してるから、とても」
 行き交う人が、すれ違う人が、さっきからずうっとあなたのことをちらちらと見ている。
 あなたは、こういう視線にいつも晒されているのね、とあらためて思っている。
 不躾な。
……顔だけきれいでも仕方がない」
 顔がきれいなのは否定しないんだ。
 まあそりゃそうよね、と思わされるだけの顔ではある。
 とある城に潜入しての調査をしていた。
 利吉さんはその間ずっと女装姿でつとめていた。利子と名乗って。
 下女として居る方が、目的の為には都合がよかったのだろう。詳しい仕事の内容までは知らないからそのへんの事情も憶測だけど。それで今回はこの人が女装姿を長く見てたけど相当に違和感のない、けどちょっと珍しいくらいのきれいさがある。なのに、どこか男っぽさも残ってはいて不思議な感じのうつくしさだった。
 うつくしい、ってきっと、境界線を越えるのだわ。
 そんなふうに思わされてしまうほど。
 まあそのうつくしさでもって、城内において悪目立ちもしてたせいで、ちょっとあれこれと痴情の縺れ的なものが発生してたっぽいけれど。
 この傷ももしかしたら、そういうあれの結果の産物なのかも。
「それってどういう意味? 利吉さんは、心根がきれいじゃないからです?」
「そーだよ。心根がきれいなほうがよほど価値がある。だってそれってそのひとの努力の結果でしかないだろう? 見た目なんて所詮、生まれつきだ」
……へえーなんだか意外」
「なにが」
「利吉さんってえ、わたしは絶対に必ずいつも正しい! って感じするのに、そーいうとこあるんだあって」
……きみって失礼だな。前から思ってたけど」
「えっ利吉さんだってまあまあにそうよ。気づいてないかもですが」
「そーかい、それならこれから言動には気をつけさせてもらうよご忠告ありがとう」
 きれいな顔でにっこりと笑って、けれど気に食わないを隠し切らない声音で利吉さんはひといきに言う。
 本当、この人って面倒くさい男だわ。
 とはいえ顔貌は抜群だから男にも女にも言い寄られるし、簡単に人同士の感情を縺れさせる力を持ってしまってる。
 それはそれで、さぞ面倒なことだろう。
 うつくしいからといって珍しげに向けられる視線が、隣にいるだけでもさっきから本当にうざったいもの。

 ああ、だから、この人って決まった人を持たないのかしら。
 心を交わした相手がいる人ってなんとなくわかる。だってわたしは優秀なくのいちだから。
 このひととは仕事で何度か関わっただけだし、私生活になんてさほど興味もないから定かではないけど。
 それでも、きれいなものって目を引く。
 隣を歩くかれの涼しい目元。
 うつくしいかたちは、傷の跡、瘡蓋さえもが、彩りのようにも見える。
 きれいな花を眺めるような心持ちで眺めていたら、その利吉さんの瞼のまわり、さらに頬と耳のふちが、急に、ぶわっと赤く染まった。
 大輪の花が綻ぶその、瞬間を、目にしたみたいな、そんな。
 あらまあ、これは本当にきれいだわ。
 うっかり見惚れた。すると利吉さんの足がぴたりと止まってしまう。
 二、三歩、行きすぎて、ちょっとどうしたのと聞こうとしたたその時。
「利吉くん!」
 聞き覚えのある声がしてそちらを見遣ると、そこには忍術学園の若手先生が、手を振りながらこちらに駆け寄ってくるところだった。
 一年は組の教科担当担任、土井半助先生。
「先生、こんにちは。ご無沙汰しています」
「やあ、利吉くん。ああ、北石くんも」
……こんにちは土井先生。お久しぶりです」
「はい、こんにちは」
 土井先生は笑顔で挨拶をくれる。こちらも笑顔を返しながら、なるほど、とわたしは胸のうちで密かに、合点がいってしまっていた。なんの当たり障りもない、このわずかなやり取りの中で、勘のいいわたしは気づいてしまっていた。
 けど、利吉さんの頬の赤みはもう随分とおさまっている。その点は、さすがって感じ。
 ていうか、なんなら。
 なんなら。
 どっちかっていうと。
……君たち今日は一緒だったの?」
「はい!」
 一緒なのはそれは見たままのことだから、そうやって土井先生に返事を返した。
「いえ、あの違うんです。北石くんとは、その、さっきまで仕事が一緒で、そして行く先は違うんですが、この辺までは同じ道で」
「そうだったんだね」
 にこにこと土井先生は笑顔を崩さない。
 先生が優秀な方であることはもちろん存じている。学園ではよい子たちに振り回されている、とても気のいい先生なことも。
 でもいまのこの笑顔って、よい子には見せないお顔では?
 なんて考えるのは、流石に穿ち過ぎかしら。
 楽しい。
「ええ。利吉さんには今回、すっごくお世話になりました」
「今回『も』だろう」
 隣から利吉さんが余計な一言を差し挟んでくる。
 いつもならこのひとのそーゆうところがカチンと来るけど今日はたのしい。
「はいはいそうね……今回『も』ありがとうございます」
……えっと、同い年だったっけたしかきみたち」
「いえ、北石くんがひとつ上で」
「ええ、ひとつ違いで」
「そうなんだ。歳が、近いせいかな。二人は仲、良いんだね」
 土井先生が遠慮がちに聞いてくることに対して、学園なよい子みたいに利吉さんが居住まいをただして応える姿に、笑いだしそうになった。
「ええー、仲、良くなんてありませんよ。わたし、こんな利吉さんみたいなひと、面倒くさくって。だから、一体どんな方が、利吉さんにとっての好いひとになるのかしらっていつも」
「きみって本当に失礼だな……
 ああ、利吉さんって優秀なのにこういうとこが、こうだからわたしにさえすぐには気付けなかったんだわ。わたしが悪いわけでもにぶいわけでもない。よかった。
「そうかしら……まあ、とにかく、だから、あまりご心配なさらないでくださいね。先生」
「なんのことだい?」
 しらばっくれる先生と、首を傾げて本気でわかってなさそうな利吉さんがおかしい。
 堪えきれない笑いをどうにかこうにか堪える。
「それよりも先生。利吉さん、目のところに」
「うん、傷が、……あたらしい」
「そうなんですう。瘡蓋がもう、きれいにできはじめてるから大丈夫とは思うんですが、でも」
「あの先生、こんなのどうってこと、」
「ダメだよ利吉くん。いつも、傷ができたらみせてって言ってるだろ」
……はい」
 会話の内容は、ただ、身近な年長者が親しい若い人を労ってるだけのこと。
 でも、利吉さんへ向ける先生の目は私に向けるものとは明らかに違っていた。
 労りのその奥に、まだ。
 利吉さんは利吉さんで、なんだかはにかんでいてまるで十かそこらの歳の子どものよう。
……
 こんなにも、分かりやすいことってあるのね。
 二人とも、とびきり優秀な忍びなのに。
 一緒にいるところをあまり知らなかったからこんなあからさまな様子なのに驚いてしまう。
 もしかしたら揃ってわたしに何か、術でもかけているのかもしれない。矢羽音でやりとりなんてされてたら分かりよう無いもの。
 きっとそうだわ。
 そういうことにしといてあげましょ。
「利吉くん、だからこのあと少しいいかい?」
「はい、もちろんです。先生こそお時間、」
「大丈夫だよ。じゃあ、」
 三人でいるのに、二人きりのやり取り。それを見守ってあげていると土井先生がようやくわたしの方を見て、会釈をする。
 じゃあ『ここからはわたしたち二人で行くから』ってことね。理解が早い。
「ええ、じゃあ、また。土井先生」
……ありがとう、北石くん。世話になった」
「いーえぇ! こちらこそ。利吉さん」
 このひとから、こんな素直にお礼言われたの初めてでびっくりしちゃう。
 きれいな顔をした美丈夫が、えらくかわいい顔をして。
「あ、……ねえ、利吉さんって、心根の方もちゃんと、いい、と思うわ。案外」
……は? 案外は余計だろう」
「ふふ、じゃあまたね」
 不満そうな顔をする利吉さんと、その隣の、これまたちょっと眉の角度が不満げに見えちゃうひとに、手を振って、別れた。
 
 別れた途端に、どうしても口元が緩む。
 堪えてた笑いがこぼれてしまう。
 わざわざ、二人とは違う方向へと足を向けてあげながらわたしは考える。
 とってもきれいな顔をしているのに、傷なんて。
 なんて、思ったけど、そんな、傷の一つや二つどうってことないどころか、もしかしたらいくら増えたって構わないんだろうなって。
 利吉さんにとっては。
 というより、あの二人にとっては。
……
 なんだか当てられちゃったわ。
 報告に向かうのは、どこかで美味しいお団子でも食べてからにしようっと。
 
 そっと振り返ると、背中で並んで歩く二人の距離が、とても近く見えた。

 とても。