毎日、変わらないことが幸せだと思っていた。ずっと、きっとこのまま何も変わることなどないのだと思っていた。真樹姉さんに言われてもピンと来なかった感情の答え合わせが、こんなにも早いものだなんて思っていなかった。
──あの夢から醒めて、西園寺さんのことを思い出す日が多くなっていって。目を背けていた色々なことが目の前に突きつけられて、自覚せざるを得なかった。
これが恋なのだと、思う。
それも、人生で初めての。
胸がきゅぅ、と詰まる。心臓の音がうるさくて、火照る頬の熱に恥ずかしくなって。ずるずると自室のカーペットに座り込んで、両手で顔を覆った。
あの時私は、なんて言ったの?
必要だって、返してほしいって言った気がする。どうしてあんなにも必死に声を荒らげてしまったのか……全てを理解してしまった今、羞恥で涙が滲んでくる。
「返してほしいだなんて、そんなの」
決してあの人は私なんかのものではないのに。どうしてあの言葉を選んだのか、どうしてあの時恐怖の中でも腕を掴む勇気が出たのか。答えはどれも一つの事実に行き着いてしまう。
──私があの人に、好意を抱いているから。
西園寺さんには笑っていてほしいと思う。
今までずっと、そう願っていた。マスターとして他のお客さんに向けた表情を見てお酒を頂く、穏やかな日常に満足していた。
けれど、今はどう? 問いかけた鏡の先に、泣きそうな顔をした自分が映る。今まで通りでいられたら良かったのに、それだけなのに何もかも変わってしまった。
「……これが、すき、ってことなんですね」
声に出してしまえば、もうどうしようもないほどに胸が痛む。頬を伝っていった涙は、どれだけ拭っても止まってくれなくて。
どうしよう、好きになってしまった。どうすればいいのかもわからないのに、好いてほしい期待と好かれるはずがないという絶望だけが胸の内で膨らんでいく。疲れてしまって、鏡にもたれるようにおでこをくっつける。
……眠りから覚めて意識を取り戻したころには、もう夜も更けていた。あのまま寝てしまったせいで体中が凝り固まって悲鳴をあげている。
赤くなった目元を擦りながら、いつも通りの笑顔を作る。自分とはつり合わない感情に振り回されたくなくて、外側だけでも取り繕いたくて。
エンバーズに行きたい。あの優しい声を聞いて、顔を見て、もうそれだけで充分だから。いつもみたいにお酒を飲んで、いつもみたいに笑っていられれば、それでいいから。
高望みしない、緩やかに生きていたい。
線香花火みたいに……ずっと未来の話でもいい。いつか、この想いが穏やかに消えてくれればいいのに、と願った。
***
あかねは、誰からも慕われるであろう西園寺さんに迷惑をかけることを何より恐れていそうだな……という妄言。
昔から何事にも自信がついてこなかったあかねだから、西園寺さんに対する自分の感情さえもおこがましいと思って口を噤んでいそう。自分の深層心理で気づいてしまった、自覚してしまった感情を出すことを極端に恐れてる。
関係性が変わってしまうことが怖いって、生来の臆病さが出てると嬉しいよね。自分が理解できない何かに変わってしまったような気持ちになって、自分自身のことがわからなくなってしまうのも怖くて。初恋だから持て余してるし、捨てることも隠すこともできなくて、ただそっと誰にも見せないように隠れて抱き締めてる。
(以下ちょいifの妄言話)
そのうち他のバー(恐らくはソーニョ)で酷い飲み方してから悪酔いしてふらつきながらエンバーズに来店しそうだし、酔い方は泣き上戸なのでいつもの席についたらす〜ぐぐずぐずとカウンターに突っ伏して泣いてそう。ちぐさが迎えに来るまではずっと食事をつつきながら、自分の中でぐつぐつ煮え立って言語化できない感情を垂れ流しにしてると思う。
つまるところ告白ではないけど、自分が西園寺さんをどう思ってるのか、好きだけどどうしようもないとか、感覚的な色々を散文的に垂れ流してそうだよなっていう……幻覚……
でもこれあかねは主語というか、あの、誰に対する感情かの目的語を言わないので西園寺さん的には熱烈な感情を誰かしらに向けてることしかわからなさそう。
後日あかねはしょぼしょぼしながら謝りに来るけど、酔った時の記憶は無くなってそうだよね。
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