墨色
2026-03-31 20:13:18
3140文字
Public れめししお題
 

レンズ越しのラブレター・リプライ

れめししお題企画「お返し」お借りしました。
また趣味に走ってしまって……反省してます。
👿は、歌ってみたとかしてるかな?


 叶に頼まれ、『歌ってみた動画』のカメラマンをしたのは一週間ほど前のことだった。その時の動画が獅子神のスマホに送られてきた。
……オレは、こんな風に叶のこと見てんのかよ」
 流行りのボーカルダンスユニットのヒットソングを、叶は完璧に歌い上げていた。サビ部分では、振り付けまで付けている。
 カメラを回していた獅子神は、くるくる変わる叶の表情を逃すまいとしていた。叶もレンズ越しに獅子神に視線を送っていた。
 そうして出来上がった動画は、明確に熱を帯びていた。
 動画を確認した獅子神は、熱くなる耳朶に自身の恋心を思い知らされた。
 しかし、その動画はいつまで経ってもレイメイチャンネルにアップされることはなかった。不思議に思いつつも、あの動画が人目に触れないことに安堵している自分の心の狭さを気取られたくなく、叶に尋ねることはしなかった。


「姪がラブレターをもらったと相談してきた」
 いつもの集まりの中、村雨がポロリとこぼした。
「どうすれば良いのかと尋ねられた」
……人選、間違ってねえか?」
「まったく、恋だのと騒ぐには早すぎる年齢だ」
 思わず口に出た獅子神の言葉は華麗にスルーされ、代わりに真経津が聞く。
「それで?礼二おじさんは、なんて答えたの?」
 村雨が眼鏡のブリッジに指をやり、
「『恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか』と返せ、と教えてやった」
 にやりと笑みを浮かべた。
「なるほど、恋文には返歌を……というわけか」
 天堂が紅茶を口にし、頷いた。
「いやいや、何時代だよ?!っていうか、サラリと断りの和歌教えてんじゃねえよ!」
 獅子神の当然過ぎるツッコミは、またしても誰にも相手をされない。心の中でぼやいていると、叶が獅子神の方を向いて言った。
「現代で言うと、カラオケでお目当ての子にラブソング熱唱しちゃうようなもんだな」
そして、視線が合うと瞳を細めた。
 意味深なその視線に、獅子神の心臓が跳ねる。
「叶さんもそう言うのするの?」
「どうかな?」
 視線を逸らされると、獅子神側からは叶の瞳が見えなくなった。
「そうだ、黎明。最近流行ってるあの曲の『歌ってみた』はやらないのか?」
 天堂が口にしたのは、獅子神の目の前で叶が歌ったその曲だ。
「あぁ、甥と姪もよく歌っているな」
 珍しく村雨も知っているようだった。
「んー、あれはアップはしないかな」
「アップはしない?ってことは、撮ってるんだ?」
 小さなことも見逃さないギャンブラー。そしてそれも織り込み済みであろう叶は、唇の前で人差し指を立てると薄い笑みを浮かべた。
「だって、ラブレターは他人に見せないだろ?」
……なっ?!」
 その台詞に、堪らず獅子神が短く声を上げた。
「「「…………」」」
 真経津、村雨、天堂の三人から一気に視線を浴び、なんの誤魔化しも浮かばず顔を背ける。じーっと音が出そうなくらいの視線を背中に感じていると、
「オレも返歌もらえるかな?」
 叶の言葉がトドメを刺してきた。
 そろそろと振り返るとと、目尻を下げた叶と目が合った。その頬が紅く見えるのは、自意識過剰だろうか。
 獅子神が返事に窮している間に、真経津たち三人は興味をなくしたようだった。
 叶が獅子神の方へ一歩近付いた。反射的に後退りそうになるのを、足を床に縫い付けるように留める。
「待ってるぞ……返歌」
 小首を傾げる可愛らしいポーズを取りながら、その声はイエスかノーなど聞いていない。ノーを言わせない圧を与える。
……そんな風雅なことしねえよ」
 苦し紛れの一言だったが、
「そりゃそうだな」
 叶は楽しそうに笑い声を上げた。
 

 これが作法なのか分からない……いや、こんな荒唐無稽な作法なんてあるはずがない。それでも、獅子神はコレが叶に対する最適解だと信じている。
 無人の部屋で、固定したカメラを回す。すぅーっと大きく息を吸い込む。瞼を閉じ、神経を集中させる。両手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。瞳を開け、レンズを――いや、レンズ越しにこの動画を見せる相手を見据える。そこにはいない、想い人を。
 恋する和歌(うた)に返歌をするならば、歌ってみたには歌ってみたで返すのが現代の流儀だと決めたのだ。
 ワイヤレスイヤホンをタップして、音楽を流す。何度も何度も聴いて、何度も何度も見て、練習した曲。
 叶が歌った曲と同じユニットの、最近では耳にしない日のないヒット曲。
 しっとりと歌い上げるソロから、一気にパーティーソングへと上がるテンション。曲の中でも曲調やテンポがコロコロ変わり、歌詞もキャッチーでありながら、宇宙規模の愛をメロディーに載せている。
 いわゆるアイドルソングをほとんど聴かない獅子神にとって新鮮で、自分で歌って踊ることは想像より難しいものだった。
 さらに、MVを参考に表情もトレスした。自分のキメ顔や笑顔を練習段階で見返すのは羞恥の極みではあったが、その一つ一つに少女たちが黄色い声を上げる気持ちもよく分かった。
 最後まで歌い切り、獅子神はカメラに向かう。思い付いて、そのレンズに投げキッスを贈る。編集時には恥ずかし過ぎてカットすることになりそうだけどな、などと考えながら、停止ボタンを押すと――
「情熱的な返歌だな!敬一君!!」
「っ!?」
 いつの間にか部屋の入り口に叶が立っていた。
「なっ、いつからいたんだよっ?!」
「安心してよ、歌い終わってから入ってきたから」
「そ、そうか
 どうせ動画を見せるつもりではあるが、歌っているのを見られるのは照れ臭いので安堵した。
 ――のも一瞬、叶の満面の笑みにその気持ちが崩された。
「今から、見せてよ」
 両手を広げ「さあ早く」と促される。
 部屋の隅に押しやっていた椅子を持ってきて、カメラの横に叶が陣取る。いつから用意していたのか、叶の手にはペンライトとうちわが握られていた。
 そのうちわには片面に『爆裂』裏面に『愛してるぞ♡』と書かれていた。
「敬一君からの返歌、しっかり受け取るからな」
 バチッとウインクされた。ファンがアイドルよりカッコよくてどうする。
……これ、再生したんじゃダメか?」
 叶の望みは、今この場で歌えと言うことは理解しているが、獅子神はまだその羞恥が捨てきれなかった。
「うーん」と不満気に考え込む叶だが、その仕草は芝居がかっていて、何か企んでいるのが見え見えだった。そして「思い付いた!」とジェスチャーをして交換条件を提示してきた。
「見終わったあと、一個だけお願いしてイイ?」
……ぜってえ碌なことじゃねえだろ」
「嫌なら今ここで、踊ってくれる?」
……分かった、お願いをきけばいいんだろ」
 重いため息をついて、獅子神は渋々と頷いた。
 
 叶はご機嫌で再生ボタンを押す。獅子神は目の前で自分の動画を確認されることにいたたまれず、目をつぶり耳を塞いだ。
 対して叶はノリノリで、用意したうちわを使ってコールも完璧だ。何事にも妥協を許さない男、叶黎明。
 そして曲が終わる。画面の中で獅子神の投げキッスが映し出される瞬間――強い力で腕を引かれた。不意打ちをくらい、鍛えた体幹も簡単に揺らいで叶の胸元へと引き寄せられた。
「なんだ?!」
 抗議のために顔を上げると、すぐに視界が塞がった。ついでに唇も塞がれた。叶の唇が触れたのだと認識する頃には、チュッと音を立ててその温もりが離れた。
「投げキッスじゃなくて、キスしてイイ?ってお願いしようとしたのに、先にしちゃったな」
 悪戯が成功した子供のように叶が笑った。