ぬす
2026-03-31 20:10:29
4415文字
Public
 

口約束

3月も終わりということで卒業をテーマに書いたンポ夢

「私を見て何か言うことはない?」
 左手には大きな花束、右手には赤の卒業証書。
式を終えて、真っ先に向かったのは友人達の元ではなく私と彼の秘密基地。
滅多に人が来なくて、行政区と夕陽が綺麗に見える。そんなお気に入りの場所だった。
「ふふ、そろそろ来ると思っていました。
 卒業されたんですね。おめでとうございます」
「違う!」
「ああ、赤色!頑張った証ですね!」
「そうだけど、それも違う!」
「ええ?何が違うんです?」
 いつものように商品の整理をしながらそこで過ごしていたサンポに卒業証書を突きつけて、もう一度答えを促す。
ですから卒業でしょう、とつまらない返答をする彼の膝に花束を投げて、腰に手を当てて息を吐いた。
「私が学校を卒業したってことは?」
「しばらくお休みですか?」
「ち!が!う!」
 困り果てた様子で花束を抱える彼にずいっと圧をかける。
わからないなんて言わせない。
いや、きっと彼は理解している。
その上で、この先起こる面倒事を避けたくて口に出さないでいるのだ。おそらく。
「言わないなら私が言う。私、大人になったの!」
 そう。私は今日、もう子供ではなくなった。
だから彼にも大人として扱ってもらわなければならない!
ぽかんと口を開ける彼の前で、誇らしく顔を上げる。
 サンポ・コースキは私の憧れの人だ。
三年前。出会ったのは偶然だった。
学校で嫌なことがあって、誰にも泣き顔を見られたくなくて人目のない場所を探していた時にここで彼と出くわした。
逃げ出そうとした私を引き留めて、相談に乗ってくれて。
そこから私は彼に懐いて、何度もこの場所を訪れるようになって――気付けば、異性として惹かれていた。
それからは何度も彼にアピールを繰り返して、何度も玉砕している。
私ぐらいの年齢の娘には大人の男が魅力的に見えるものだ、なんて言葉を耳にタコができるほど浴びて、子供であることを理由に何度も振られ続けて。
だけどそれも今日で終わりだ、私は大人になったのだから!
「大人ぁ?ぷっ……あなたがですか?」
「サンポが言ったんじゃない!あなたはまだ学生でしょうって!」
「ああ、言いましたね。それで?」
「だから!卒業したから大人になったの!」
「いかにも子供の理屈ですねぇ」
 こうしてまた私の玉砕記録は更新された。
何が、何がいけないのだろう。
彼は以前こう言っていた――学生は子供、子供に手を出す気にはなれないと。
そう振られた日は中途退学を考えたほどだ。
失恋ひとつで人生を棒に振るのは勿体無い、と周りに説得されてなんとか思い直したものの、それほどまでに私は本気だった。
それならば卒業するしかないと毎日頑張って、そして今日優秀な生徒に送られる赤色の卒業証書まで手に入れた。
しかしそうして学生でなくなった今の私も、彼の中ではまだ子供らしい。
「全く、まだそんなこと言ってるんですか?
 学生のうちに同年代の男の子とデートでもしておけと言ったでしょう。後悔しても知りませんよ?」
「やだ!サンポとデートしたい!」
「困りましたねぇ。僕、通報されちゃいますよ。
 サンポおじちゃんが女の子を誘拐してる!ってね」
 彼の目線の先を見下ろせば、クリフォト城の前でシルバーメインが隊列を組んでいる。
そういえば前に変装したサンポがシルバーメインから職務質問を受けていたことがあったっけ。
あれはなんだったのだろう、なんてことを考えていると彼がそのうちの一人を指差した。
「彼が見えますか?あの金髪の男性です」
「うん?あれって……ジェパードさんじゃないの?
 私の友達、あの人のファンだよ。あの人がどうかした?」
「あなたの次の恋愛対象にどうかと。
 優秀なあなたには、真面目な坊ちゃんがお似合いでしょう」
「はぁ!?」
 なんて酷いことを言うのだ、この男は!
いや、ジェパードさんに不満があるわけではない。
いつもこのベロブルグを守って戦っているとても立派な人だと思う。
だがこの男はよりによってそんな人に自分の面倒を、つまり私を押し付けようとしているのだ!
しかし睨みつける私を見る彼の目はとても楽しそうなもの。
つまり、これは煽りだ。私を煽って次の言動でまた揶揄おうとしているのだ。
ここで彼に怒りを見せるのも、話に乗るのも悪手だ。
……私が好きなのはサンポだもん」
 心の中でジェパードさんに謝罪しながらそう呟く。
私の返事は意外だったのか、それとも想定内だったのか。
彼は笑いながら眉を下げるとまた「困りましたね」と溜め息をついた。
 実際、彼も本当に困っているのだろう。
愛しい者からの好意は嬉しくても、そうでない人間からの好意なんて迷惑でしかない。
それでも彼が私と関わり続けてくれたのは、それこそ私が子供だったからだろう。
そして私もその優しさに甘えて何度も告白を繰り返していた。
だけどそんな関係はもうおしまいにしたい。
派手に散るにせよ、実るにせよ――私は彼の特別になりたいのだ。
「ねぇサンポ、私もう大人だよ」
「またですか。
 何度も言いますが、僕から見ればあなたはまだまだ子供です」
「お酒も飲めるし、化粧だってしてるよ」
「甘いカクテルだけでしょう。化粧は……ああ、そのピンク。泣いた跡かと思いましたよ」
「サンポ、私本気だよ。本気でサンポが好き」
 勇気を出して、花束を抱える彼の手にそっと触れて思いの丈を伝える。
また困ったと眉を顰めるのだろうか。深い溜め息をつくのだろうか。
そのどれもが恐ろしいのに、それらに安堵する自分が嫌だ。
しかし今回は反応がない。それが不安になって、ちらりと彼の顔を見上げる。
その口元はいつもよりも少し高めに笑っていて、穏やかな目で私を見つめていた。
……なに」
「いやぁ、必死で可愛いなぁと思いながら見てました」
「また馬鹿にしてる?」
「ふふ、どうでしょうね」
 そう笑うと彼は私の手に花束を返して、商品の入った箱をごそごそと漁り始めた。
何しているの、と問い掛けても具体的な返答はない。
しばらくして、わけのわからないものが次々と出てくる箱の中から彼が見つけ出したのは細長い箱。
渡されたそれを開けると中には一本のネックレスが収められていた。
「綺麗!」
「そうでしょう。つけてみてください」
 軽々しくそんなことを言うが、差し出されたそれは私にもわかる高級品だ。
繊細なプラチナのチェーンの先には小さなダイヤが円を描いており、その中央にはちょうどサンポの髪色のような深い青色の宝石がキラキラと輝いている。
傷つけてはいけない気がして触れないでいると、彼がそのネックレスを取り私の首の後ろに手を回した。
どきり、と心臓が強く音を立てて、うなじに微かに触れる彼の指先を意識させる。
少し屈んでいるせいか、顔が近い。
息が掛かりそうな距離に彼がいて、思わず呼吸を止めて、それでも耐えきれずに目を閉じてしまう。
くすぐられるような感覚が消えて、かち、と小さな音がした。
目を開ければ彼はすでに離れていて、手鏡をこちらに見せている。
「わ……!」
「気に入りましたか?
 そちらを卒業祝いに差し上げようと思いまして」
「え……?」
 つけてみると小さめのジュエリーにも確かな存在感があり、それでいて落ち着いた上品な印象を与えてくれる。
何より、彼と同じ青色というのがとても良い。
それを彼の手から貰えるなんてまさに夢のようで、今にも踊り出してしまいそうだ。
ただ、私に渡すにはやはり高級品が過ぎるのではないだろうか。
私の中の彼は知っての通り。だけど、彼の中の私は何?
ぐるぐると思い悩む私を見て、サンポが顔を顰める。
「受け取っていただけないのですか?」
「う、ううん!ほしい!欲しいけど、良いのかなって」
「なんだ、そんなことですか。遠慮しないでください!
 あなたの未来に相応しいものを選んできたんですよ?」
 選んできた、という言葉が気になって話を聞けば私を祝おうと前から考えていてくれたらしい。
悪いものから身を守れるように、という意味を込めてネックレスを選んだなんて普段の彼からはあまり想像できない話までして、それをつけた私を満足そうに見ている。
どうやら私が思うよりも彼はずっと私を大切に扱っていてくれたようだ。
それが子供に優しくという社会倫理から来るものか、それとも私を一人の人間として見てくれているのかは私にはわからないが――後者であることを願う。
「ああ、ですがやはりまだあなたにジュエリーは早かったかもしれません」
「この流れでまだ子供扱いするの?」
「ええ、あなたは可愛らしいお嬢さんですから」
 また彼の手が首に伸びて、ネックレスを外される。
首筋に仄かに彼の体温を感じて、指の固さに異性を意識させられる。
それだけで頭が熱くなって今にも倒れてしまいそうだ。
やけにくっきりと明るくなった視界の中で彼の目が細まって、その緑に吸い込まれるような感覚に陥る。
「ほら。こんなことで赤くなるようでは、まだまだ大人とは言えません」
 外したネックレスを箱にしまって勝ち誇ったような笑みを浮かべる彼に、何一つとして反論ができない。
だけどこればかりはどうしても慣れようがない。
恋しい男に触れられて胸の高鳴りを抑えようなんて土台無理な話だ。
惚れてしまった以上、私に勝ち目なんてないのかもしれない。
花束で顔を隠した私を揶揄うように覗き込む彼から逃れるように顔を背ける。
そんな私を追い詰めるように耳元に顔を寄せて、彼が口を開いた。
「どうか、これが似合う素敵な女性になってください。
 僕から口説きたくなるような、ね」
 ネックレスの箱を差し出しながら囁かれたその言葉に花束も卒業証書も落としてしまって、魂の抜けた身体が無意識にそれを受け取る。
ばくばくと心臓の音がうるさくて、脳が蒸発してしまいそうだ。
聞きたいことは山ほどあった。私が面倒じゃなかったのか、だとかサンポの女の人の好みは、だとか。
それなのにうまく声が出せない。
そんな私をまた笑う彼の表情が愛しくて恋しくて、ああ、正気ではいられない!
……そ、その言葉、忘れないでよ。絶対に!」
「ええ、お待ちしております」
 やっとのことで絞り出せた言葉と共に花束と卒業証書を拾い上げて、逃げるようにその場を走り去る。
彼と過ごしたかったはずなのに、こんな私では彼の前にいられない。
走ったせいか、それとも彼のせいか。帰宅しても私の顔はずっと熱いまま。
家の鏡の前で貰ったネックレスをもう一度試せば宝石の青がさらに私の赤を引き立てて、ひどく不格好だ。
まずはこの熱を隠すことから始めなければ。
冷めることのないその頬を両手でぎゅっと覆って、はぁ、と大きく息をついた。