墨色
2026-03-31 19:13:29
2196文字
Public れめししお題
 

ラストページに花丸を

れめししお題企画「幸せ」お借りしました。
年越しれめしし


 大晦日の夜、厳かな除夜の鐘が響く。車中でその音を聞いている叶は、隣の運転席に座る獅子神を横目で見る。
 (まさか、敬一君が御朱印帳ガチ勢とはな)
 ため息を吐き出さず、心の中でやれやれと肩を竦める。
「で、その神社で元日限定で特別な御朱印が貰えるわけ?」
「金色の墨で書いてもらえるのと、切り絵と二種類あるらしい」
 嬉しそうに話す獅子神の頬をつついて、叶も頬を緩める。
「渋滞に嵌まらず、行けそうだな」
 初日の出を目指す車たちのテールランプは、順調に流れていっている。
「敬一君は神頼みとかしないと思ってたけど、なんで御朱印集めてんの?」
「最初はスタンプラリー気分だったな」
 ハンドルを握り直した獅子神が話し始める。
「色んなとこに旅行し始めた頃に、御朱印の存在知ってよ、旅の記念になるかと思って始めたんだ。そのうち、神社の自然が多いとことか、空気が……なんつーか厳かな雰囲気も気に入ってよ……なんだよ?似合わねえか?」
 語りすぎたかと少し恥ずかしくなった獅子神が、ジト目で叶の方へ顔を向けた。
「敬一君のことが知れてウレシイだけだぞ」
 ヒョイと体を伸ばし、後部座席にある獅子神のバッグを手に取り、中から御朱印帳を取り出した。
「テメー、人のもんを勝手に!」
「まあまあ、ちょっと見せてよ」
 ペラペラと書かれた御朱印を捲る。最初の面は関西の有名な神社のものだった。そのまま同日の日付で二つ目の御朱印があり、少し空いて獅子神の自宅から遠くはない東京の神社のものが。そこからは、旅行ついでに訪れているのだろう各地の神社の御朱印が連なっている。
「あれ?あと一個なのか?」
 空白の面が残り一面なことに気付き、叶が顔を上げ獅子神に問う。
「あぁ……だから、オメーと行きたくて……おいっ!危ねえっ!!」
 獅子神の言葉が終わるより前に、叶が獅子神の首に抱き着いた。
「ホントだよ、敬一君。死にたくなかったら、そんなカワイイこと言わないで。我慢できなくなるから」
 離れ際に名残惜しそうに、頬にキスを落とす。
「なあ、敬一君。全部集めたら何かあんのか?」
「オメーな。スタンプラリーじゃねえんだから」
 呆れる獅子神の声に、けれど叶はニヤリと八重歯を覗かせる笑顔を浮かべた。
「それなら、オレがご褒美をあげるぞ」
……ご褒美?」
 叶の言葉を素直には受け取れず、怪訝な顔をする。
「レイメイスタンプ帳だ!!」
 叶がグローブボックスから、薄い冊子を取り出し高く掲げる。表紙には、叶が配信時に使っているデフォルメのレイメイマークが描かれている。獅子神は、叶の手元にチラリと視線を送るが、すぐに前方に視線を向け直した。
「もっと興味持てよ!!」
 ブーと唇を尖らせる叶が、獅子神の顔のすぐ横に冊子を押し付けた。
「へえへえ。で?なんだソレは?」
 赤信号で止まっていた車の列が進み始めたので、アクセルを緩やかに踏み込む。
「だから、レイメイスタンプ帳だぞ!」
 ちっとも分からない説明に、獅子神はため息をついた。その名前からすると、どうやらショップのスタンプカードのようなものだろうか?
「スタンプ貯めればイイのか?」
「その通ーり!」
 叶がペラペラとページを捲ってみせる。
「御朱印帳と同じく、一ページに一個な」
「で?どうしたらスタンプ押してもらえんだ?」
 スタンプを押すのは叶自身なのだろう。しかし、その基準が分からない。会ったら?それならば、あっという間に埋まってしまいそうだが。
 獅子神の疑問に、再び叶の表情が変わる。瞳を三日月のようにして、猫のように笑う。
 
「敬一君が、オレを魅せたら押してやるよ」

 簡単な条件だろ?とニッと浮かべる笑みに、獅子神も左頬を上げて答えた。
「いいのか?簡単にいっぱいになるぞ?」
「恋人として魅せるのはノーカンだ。それこそ一秒でいっぱいになっちゃうからな」
 スタンプ帳にキスして、叶がそれを獅子神に渡した。
「最後のページ見て」
 交差点の信号で止まったタイミングで、獅子神がページを捲る。叶の指定した最後のページには、赤いインクで花丸が書かれていた。
「賞品も用意してるからな」
「賞品?」
「そう、幸せへの切符だ」
「幸せ?」
 叶がスマホの画面を獅子神に向ける。
「『幸福駅』ってのがあるんだよ。一緒に行こう」
……そんな面倒臭いことしなくても」
 行けばイイだろう、と獅子神が言い掛けると、
「コツコツ貯めるのがイイんだろ?」
 と叶がにんまりと笑う。
「それに、北海道の神社の御朱印はなかったしな」
「おめー……
 一体いつから、どこから叶の掌なのか。まだ獅子神には分からない。しかし、このスタンプ帳を埋められる頃には――
「そうだな、せいぜい頑張ってみるぜ」
 スタンプ帳を叶の手から抜き取った。
「最初の一個目のアドバイスとして、神社でオレへの愛を誓ってくれてもイイぞ」
「神に誓う必要があるかよ」
 獅子神は自分の言葉に引っかかりを覚え、口元を綻ばせた。
 (そもそも、幸福を目的地にしなくとも、今ここが幸せじゃねえか)
 少し浮かれた気持ちで、獅子神がアクセルを踏み込んだ。
「早くスタンプ埋めてくれないと、オレの方が我慢できなくなりそう」
 助手席では、叶がいそいそとレイメイスタンプを押していた。