ten_matoi
2026-03-31 04:16:09
3085文字
Public
 

戯れに鉄槌

クリレオ。ロシアンルーレットするレオンの話。




「死か? 幸運か?」
 目の前にはリボルバー式の拳銃。随分と使い古されているようである。レオンは冷静にそれを眺めていた。
 背後では捕らわれているクリスがレオンを必死に呼んでいる。しかし、彼に応えてやることをレオンはしなかった。
 
 
 クリス・レッドフィールドを解放してほしければ、一人で来い——と示されたのは港の倉庫街だった。コンテナが並ぶ中を愛車で進んでいけば、明らかに武装した人間が集まっている倉庫があった。レオンだと示さなくても彼らはこちらの顔を見知っているらしい。果たしてどこの犯罪集団か……はたまた、企業に雇われた傭兵か?
 薄汚れた倉庫だ。穀物を扱っているらしく、古ぼけた小麦の匂いがする。レオンは小突かれるがまま、その中央に椅子を置いてふんぞり返っている男の前に立った。
「一人で来たのか……本当に?」
 相手は驚いているような、呆れているような顔をしている。レオンは肩を竦めて、レオン! と叫ぶ巨躯を手で制した。
 鉄枷をつけられているクリスが、レオンの後ろに引っ立てられてくる。少し殴られているが、元気そうだ。レオンは柳眉を上げて集団のリーダー格を見つめた。
「お前たちの要求は?」
「なに、ちょっとしたお遊びさ。俺はあんたと命懸けの賭けをしたい」
「随分と高く買ってくれているようで、光栄だね。で? 何をして遊ぶんだ」
 レオン! やめろ! クリスが叫んでいるがレオンは応えない。むしろわざと無視をして、男に視線を据えたままだった。
「死か? 幸運か?」
 リボルバー式の拳銃のシリンダーを適当に回転させた男が、それを差し出してくる。彼の意図は分かりすぎるほど分かっている。レオンはクリスの声を後ろに聴きながらそのリボルバーを受け取る。手に馴染んだ拳銃たちよりも軽いそれは、一発こめられた銃弾の重さを示しているようだった。
 死か? 幸運か?
 問いかけられた問いには嘲笑が漏れる。何が幸運だ、クソ野郎。きっと彼らはこの銃弾がレオンを貫いた瞬間にクリスをも殺すのだろう。くそったれ。悪態をつきたくなるのを堪えて、レオンはその拳銃のシリンダーを己でも力任せに回転させた。
「レオン!」
 いつの間にか正面に移動させられていたクリスが、真っ青な顔色でこちらを見ている。青筋が額に浮かんでいるので、彼が相当キていることをレオンに知らせてくれた。
「さあ、頼むよレオン・ケネディ」
 興奮しているらしいリーダー格の男が、レオンを期待の眼差しで見ている。レオンはそれに鬱陶しそうに視線を投げてから、リボルバーをべーっと出した舌に押し付けた。
 クリスが息を飲んでいた。
——ッ!![#「!!」は縦中横]」
 クソ喰らえ、という気持ちだった。人の大事な男を人質に取りやがって。死んでもこいつらを皆殺しにしてやる——そんな風に殺意のこもった視線を正面に向けながら、レオンは引鉄を引いた。
 ——かちん。
 虚しく撃鉄が空のシリンダーを叩く。まさに危機一髪……もう一つズレていれば、銃弾のこめられた【当たり】だった。
 クリスが咆哮した。
 あ、とレオンが思った途端——クリスを拘束していた鉄枷が引き千切られる。そして瞬きをする間にクリスを拘束していた男どもは地に伏し、レオンは彼に抱き寄せられていた。
 手に持ったままだったリボルバーを奪われ、クリスが撃鉄を起こす。リーダー格の男が慌てて後ろから拳銃を取り出そうとしたが、その時にはクリスが引鉄を引いていた。
 銃声と男の悲鳴。向こう脛を撃ち抜かれた男はもんどりうって倒れ、悶絶している。
 抱き寄せられた腕の中、クリスの体温は高い。怒りに満ち満ちている瞳は、未だに男たちから目を離さない。
「レオン」
 奥歯を噛み締めているらしい、クリスの地の底を這うような低く怒気のこもった声にレオンは竦み上がった。
「あとで覚えてろよ」
「オーケー……ボス」
 久しぶりに本気で激怒したクリスの声は、レオンの全身を震わせた。
 
 
 レオンは一人で来たわけではない。ちゃんとハウンドウルフの面々にも声をかけ、外の連中を掃討してもらう手筈になっていた。
 アンバーアイズは計画通りに事が進んでいることに満足していたが、倉庫内から聞こえるクリスの咆哮に飛び上がった。
 一体中で何が起きているのか? 怖くて確認したくないが、他のメンバーも何事かと倉庫内を窺っているので確かめるしかない。
 そっと——本当にそっと隙間から覗こうとしたのだが、その前に鉄扉を薙ぎ倒しそうな勢いでクリスがレオンを引っ張って外へ出てきた。
「言い訳はするな。じゃないと俺はお前を今から部屋に監禁する」
「そりゃないだろ。折角あんたを助けに来た俺に褒めの言葉もないのかよ?」
「褒めろ? 褒めろだと? ……何処が褒められると思ったのかきちんと説明してみろ。聞いてやる」
 ……なにがあったかは分からないが、アルファがひどく怒っている、のは、分かる。凄まじい怒気だ。ぞわっと寒気がするくらいの怒気に晒されているというのに、レオンはまるで叱られている子どものように不貞腐れていた。
「俺はいつもお前に言っているつもりだったが……レオン。自分の命を軽々しく使うな」
「軽々しく使ってない……
「じゃあ、なんだ。さっきのあれは? 俺の目の前であんな……命を捨てるような真似をしやがって!」
 吐き捨てるように言ったアルファ——クリスが、レオンを引き寄せる。抵抗しようとしたらしいレオンだったが、諦めて彼の腕におさまった。
 あれ? 俺たち何を見せられている?
 アンバーアイズは見てはいけないものを見ているような気持ちになったが、物珍しすぎて目が逸らせない。他のメンバーもそうらしく、興味津々で二人を見守っていた。
 何せ、自分たちが知っている二人と言えば様々な伝説を作り上げた二人である。その二人が、こうやって本音をぶつけあっている場面は早々見られるものではない。
「くそっ、まだ体が震える……頼むから、俺のために自分を犠牲にするな」
……、やだ」
「っ、レオン!」
「嫌だっつってんだろ! 俺はあのシーンが繰り返されるとしても、同じようにする! あんたが助かるなら何度でも!」
 彼を突き飛ばし、泣きそうな顔をしているレオンにうちのボスは動揺している。あーあ、レオンの気持ちも知らずに。アンバーアイズはそう思ったがのほほんと見守るだけだ。
 夫婦喧嘩は犬も食わない。
 介入するだけ野暮である。それに、クリスたちはたまには本音をぶつけ合ったほうがいいと思うのだ。
 言葉が足りないシーンが多すぎる。
「レオン」
「うるさい。簡単に捕まりやがって……俺の考えは変わらない! 監禁でもなんでも好きにしやがれ。……俺は帰るからな!」
 ぷいっと踵を返してしまったレオンを慌てて追いかけていったクリスの後ろ姿を見て、アンバーアイズも仲間たちに撤収の合図をかけた。
 
 
 後日、後始末に参加していたレオンにアンバーアイズは声をかけてみた。
「昨日は大変だったな、ケネディ」
「あー……その、見苦しいものを見せて悪かったな」
 赤面して頬をかくレオンに、アンバーアイズは笑って「いいもの見せてもらったよ」と言ったあと——後悔した。
 後ろからの視線がびしびし、痛い。この赤面顔はどうやらアルファ限定のものだったらしい。
 アンバーアイズは溜息をついて、案外心の狭い己のボスに愛されている男の肩を、ポンポンと慰めの気持ちで叩いたのだった。