Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
みずあめ
2026-03-30 21:05:43
2579文字
Public
brmy
Clear cache
ゆづあい
ワンライお題「お花見」
時間オーバーしてます🥲
『緊急開催! 夜桜花見飲み!』
まるで声が聞こえてくるような相沢からのメッセージは、社員全員が入っているチャットグループにたったいま投稿されたものだった。サッと目を通すだけ通し、返信もリアクションもせずにチャットを閉じる。うちは飲みたがりが多いからそれなりに集まって楽しくやるだろう。
「あ」
静かな事務所にぽつりと落ちた小さな呟き声に顔を上げ、俺は隣の席に目をやった。視線を感じたのか由鶴も顔を上げ、俺と目が合うと申し訳なさそうに笑う。どうした、と言う前に、由鶴は手に持ったスマホの画面を俺に見せた。
「お花見、いいなと思って。でも今日はこの後カフェのシフトも入ってるし定時では上がれないかな」
「
……
行きたいなら仕事は早く切り上げていいから行ってこい。人数が多い方があいつらも喜ぶだろう」
「本当ですか? 逢さんは、行きます?」
「俺のことは気にするな」
「そんな。お花見好きじゃないですか?」
「好きも嫌いもない。だが、
……
騒がしい中で見るよりは、静かに見たい。だから飲み会はいい」
「あぁ、なるほど。
……
予定は空いてるんですか?」
「今夜は特に予定はない」
「それじゃあ、俺に逢さんの時間をくれませんか?」
「
……
は?」
にこっと笑った由鶴はそれ以上何も言わずに仕事を再開した。しばらくすると相沢の投稿に返信する形で『また次の機会に参加します。楽しんでね』と送っている。どうやら今日の飲み会には参加しないらしい。
会話の流れからして、俺と二人で花見をするつもりなのかもしれない。わざわざ俺を優先しなくても、由鶴は大人数の場だって楽しめるタイプなのに。
「由鶴」
「はい」
「
……
いいのか」
「うん? なにがですか?」
「花見、行かなくて」
「ああ。ふふ、これは俺のわがままなので、逢さんが気にする必要はないですよ?」
「だが」
「逢さんとの時間を優先したいんです。それに、みんなとはいつでも飲めるし」
「
……
俺もいつでもいるだろう」
由鶴はふっと嬉しそうに笑い、それでも、と柔らかく声を紡いだ。
「今日は逢さんとデートしたいです。だめですか?」
だめだなんて返せるわけがなく、俺は由鶴から目を逸らした。
定時を過ぎると飲み会に行くらしい何人かが事務所に顔を出しに来た。パソコンに向かう俺を見つけると揃いも揃って「お!」という顔をする。
「あ、逢さん、今日のお花見くる?」
「陛下おるやん。お仕事中? 夜桜飲み会は不参加なんです?」
「あれ、逢だ。おまえがいるなら家から酒持ってきたらよかったな」
「紙コップは確か倉庫に残りが〜、あっ! 逢さーん、今日来れないんですか? 残念、また今度飲みましょうね!」
出入りが激しく騒がしい数分を耐えればようやく全員出て行って、それから少しするとカフェの閉め作業を終えた由鶴が事務所に戻ってきた。すっかり静かになった空間に由鶴の「お疲れ様です」という声が穏やかに響く。
「疲れた
……
」
「え、どうかしましたか?」
「ついさっきまで飲み会に行くらしい連中が出たり入ったりとうるさくて」
「あぁ、ふふ、みんな逢さんと飲みたいんですよ。でも今日は俺が独り占めですね。すみません、あと少しだけ仕事片付けちゃっていいですか?」
「
……
デート、どこ行くんだ?」
「え
……
」
「?」
「
……
いえ、
……
すみません、逢さんからデートって言われると、
……
照れちゃって」
「
……
」
「嬉しいって意味です。
……
やっぱり仕事は明日にします。急ぎじゃないので、はやく逢さんとデートしたい」
「
……
俺ももう終わらせる」
「はい、ありがとうございます」
机の上を片して戸締りをし、二人で事務所を後にする。いまだにどこに行くのか教えてくれない由鶴についていくと駐車場にたどり着いた。運転席に向かった由鶴に続いて俺も助手席に乗り込む。シートベルトをして、俺は由鶴の横顔を見つめた。
「それじゃあちょっと移動しますね。逢さんのお家からは離れちゃうんですけど、帰りはちゃんと送りますので」
「それは構わないが
……
どこに?」
「着いてからのお楽しみです」
由鶴が楽しそうだから、向かう先がどこだっていいか。俺は座席に深く座り息を吐いた。なめらかに走り出した車はすぐに高速に乗りあっという間に渋谷から離れていく。
運転の邪魔にならない程度にぽつぽつと話しながら二人きりの時間を味わってどれくらい経ったか、高速を下りて空いた道を進んでいたと思ったら、由鶴が「逢さん」と楽しそうな声音で俺の名前を呼んだ。
「前、見ててくださいね」
何を?とただの道が広がるだけの前方を見ていると、ウインカーを出してゆっくりと車が曲がり、突然、視界いっぱいに桜並木が広がった。
「は
……
」
「よかった、夜でもちゃんと見えますね」
「
……
すごいな」
「ね。これなら逢さんもただ綺麗だって思ってくれるかなって思ったんですけど、どうでしょうか?」
「
……
由鶴はいいのか、こんな通り過ぎるだけで」
「逢さんと一緒に見られたから、今までで一番綺麗な桜です」
そんなわけがないだろうと、思わずため息混じりに溢す。確かにとても綺麗だけれど、車のスピードで進めば数秒で通り過ぎてしまう道だ。桜の下でゆったりと座って見るお花見とは比べ物にならないだろう。
「ここ、先週通勤の時に工事のために回り道して見つけたんです。朝は明るいからもっとよく見えて、でも先週はまだ蕾が多かったからたぶん今が一番綺麗ですよ」
「
……
通勤で通るのか」
「はい、寄り道とも言えないくらいちょっと道を変えるだけで。散る前にもう一回くらい通ろうかな」
「由鶴」
「はい?」
「朝ならもっと綺麗に見えるんだろう」
「はい
……
?」
「
……
明日、朝、一緒に見たい」
「
……
、
……
俺の家のベッド、狭いですよ」
「構わない」
「
……
夜ごはんは何が食べたいですか?」
「おまえの好きなもの」
「じゃあ買い物して帰りましょう。ああもう、本当にちゃんとお家に送るつもりだったのに」
「たまには強引に連れて去ってくれてもいいんじゃないか」
「逢さんがそうしてほしいなら」
勝手なことを言って困らせていないだろうかとかすかに抱いていた不安は由鶴の楽しそうな笑い声が綺麗に拭い去っていく。俺にとってはそれが春風よりもなによりも心地良かった。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内