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たもヤロウ
2026-03-29 23:57:55
6045文字
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恋心を自覚しろ
サイテリ。サイラス自覚編。
―
アトラスダム王立学院
—
サイラス・オルブライトは王立学院の教師である。約一年前、冤罪で王都を追放されたことをきっかけに七人の仲間と旅をすることになった。
その旅で得た辺獄の書とその知識の解読と研究を現在は行っている。また、復帰した教師としての仕事や王族の家庭教師も兼任しており、日々忙しくしていた。
(ふぅ・・・漸く仕事も落ち着いてきたかな。解読が思ったより早く進んだのは、やはりフィニスの門に入ることができたのが大きいか)
「皆は今頃どうしているだろうか。元気にしていると良いが・・・」
あの七人との旅はサイラスにとって非常にかけがえのないものとなった。目的も職業も思想もなにもかも違う八人が奇跡的に出会い、助け合い、仲間として共に過ごした日々はとても興味深く、そして楽しい日々であった。
そんな旅も永遠に続くわけではなく、みな旅の目的を果たし、クリスを救い、ガルデラと対峙した数日後に終わりを告げた。しかし、仲間との思い出はいつも思い起こせるし、たまに連絡を取っている者もいる。サイラスにとっての七人は今でも大切な仲間である。
(オルベリクはコブルストン、オフィーリア君はフレイムグレース、トレサ君はリプルタイドで各々平和な日々を送っているようだ。プリムロゼ君はハンイットと共にシ・ワルキで暮らしつつ時々ノーブルコートに顔を出したり、気まぐれに旅をしている。アーフェン君は未だに人々を救う旅をしているようだし・・・テリオンはアーフェン君に付いて行ったんだったか。まだ一緒にいるのだろうか・・・いるのだろうな。彼は義理堅いから)
特に気にかけていた者が盗賊のテリオンである。彼はサイラスにとっての最初の仲間であり、旅した時間が最も長い。
テリオンはまさに未知の存在であった。アトラスダムは治安が良い方であり、盗賊との関わりなぞサイラスにとって皆無に等しい。そんな中、堂々と罪人の腕輪をひっさげた盗賊が町中に現れたのだ。興味を持つなと言われても無理な話であり、ちょうど盗難事件の調査の最中だったこともありついつい関わりにいってしまったのである。
彼は邪険にしたような態度を取りつつも結局事件の解決まで手伝ってくれた。さらに追放されたことを話すと旅に付き合ってくれることにまでなった。思えば魔法こそ強力だがそれ以外の旅適正がからっきしだった自分を放っておけなかったのだろう。テリオンは優しいから
――
(おや・・・またテリオンのことを考えているな)
サイラスは度々不思議な現象に見舞われていた。旅の回想をしていたり、紫のものを見たり、盗賊、マフラー、林檎・・・挙句の果てに些細な単語などからも常にテリオンを連想し、思考がそちらに傾きがちなのである。
もちろんテリオンのことは旅の仲間として好ましく思っている。だが、薬であればアーフェン、動物や踊りならばハンイットやプリムロゼと結びつけるのが自然である。なのに”テリオンの助手としての手腕が見事だった”とか”あの猫、テリオンみたいだ”とか、”テリオンの踊子衣装は露出が多かったな”など余計なことを考えがちであった。そしてなぜ彼のことばかりを考えてしまうのか・・・それは
(謎・・・だな)
謎は解き明かしたくなる性質である。次に休暇を取ることになった時にでもこの謎を解明してみよう
―
—
「先生!!!」
思考を切り裂くように一人の生徒が叫びながら慌ただしく教員用の部屋に入ってきた。思考に沈みすぎていつぞやの図書館のように遅刻をしたかと思いつつ時計を見るも授業の時間はもう少し先である。ならば何かの緊急事態と考える方が自然だろう。まずは目の前の生徒を落ち着かせることにした。
「落ち着いて・・・そんなに慌ててどうしたのかな?何か緊急の用事でもあるのかい」
「はぁ・・・はぁ・・・す、すみません!実は女生徒が一人、町で暴れておりまして・・・このままだと傷害事件を起こしてしまいそうなんです!助けてください!」
「・・・なんだって!?すぐに行く!案内してくれ」
「は、はい!こちらです!」
事件の詳細はこうだった。
暴れていた女生徒はとある男と昔から仲が良く、ほんのりその男に恋心を抱いていた。
しかしその男はその女生徒の知らない女と恋仲になり、さらに婚約までしたという。ただそれだけの話であったのだが、恋に破れたその女生徒は自暴自棄になり男の婚約者に暴行を働こうとしていたのである。
幸い暴走は一時的なものであり、サイラスが諫めて何とか落ち着いたものの未だに辛そうな顔をしている。なお、衛兵ではなくサイラスが呼ばれた理由は学院の目の前の出来事であり、サイラスの教え子の一人だったためである。彼女は未遂ではあるものの傷害事件を起こしたため謹慎処分となった。
(彼女は普段から真面目で人にも優しく、勉学にも手を抜かない優秀な子だったはず。どうしてこんなことを・・・?)
暴走した原因は失恋だと言っていた。恋とはそんなに恐ろしいものなのだろうか。相手に特定の好きという感情を持つのが恋というものではなかったのか。好いた相手が幸せになるという事は好ましいことではないのだろうか。恋をしたことのない己にはわからないことだった。
再三のことであるがサイラスはわからないことは解き明かしたくなる性質である。この恋というものを理解するべく、いつものように思考の海に沈んでいく。
彼女はなんと言っていたか
―
—
『私のほうがずっと彼のことを想っていたのに!!!』
他人の心はわからない。勝手に人の胸中を測ってしまうなんて傲慢ではないだろうか
『あんたたちが一緒になったっていいことなんて絶対にない!』
どうして他人の幸福を素直に祝福できないのだろうか
『本当は私がそこにいるはずだったのに!ズルい!ズルいわ・・・!!!』
ズルい?気持ちも伝えずに後で喚いたキミの方がズルいのではないか
『違う・・・違うの・・・本当は分かってた。でも激情が抑えられなくて・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・あなたは何も悪くない・・・』
どうしてその感情をコントロールできなかったのか・・・
(恋とは
―
——
書物の中ではしばしば美しい話で書かれがちだが現実では薄暗くて汚い感情を孕んでいるのかもしれないな)
サイラスは恋をいうものをしたことが無い。焦がれてやまないという意味ならば書物や知識に恋をしているのかもしれないがそれは何かが違うということはわかっていた。
これは人に向ける感情だ。恋物語での表現ではしばしば恋に落ちるだの恋の病だの何やら物騒に書かれており、コントロールが効かないものとしての象徴に思えた。昼間の彼女を見る限りきっとこれは正しい一面なのだろう。
他にもその者をずっと想ってしまう、幸せな気持ちになる、献身したくなるなど・・・
「・・・ん?その者をずっと想う・・・?」
テリオンについての謎のピースが一つ嵌ったような気がした。
しかし、テリオンはれっきとした成人男性であり、自分に男色の気があるわけではない。同性愛というものもあるが自分の恋愛対象は異性であると思っている。が
(そもそも私は恋愛という意味で誰かを好きになったことはないし、欲情することも無かった・・・要検証だ)
まずはテリオンのことをどう思っているか・・・彼は盗賊という褒められた稼業ではないものの、その手腕は間違いなく人生をかけて磨かれてきたものであり、その所作は美しいものであった。また、潔さや律義さ、誠実さもあり決して善人ではないものの根っからの悪人というには無理があるほどにはお人好しで優しい男である。
(あれ・・・)
身体には無数の傷があるがその肢体や筋肉は美しく、顔立ちも整っていて可愛らしさも感じさせられる。ふわふわの髪は手入れが行き届いている様子はないものの触れているとあたたかな気持ちになれる。戦闘で宙を舞う姿は力強くしなやかで、まるで上等な劇場でのパフォーマンスを見ているようでサイラスはすっかりその技に魅了されていた。
(待って・・・)
彼はあまり自分を大事にしている様子がなく、無茶をすることもあった。特に兄弟と会ってからの精神的憔悴は傍から見ても顕著であり、仲間からも心配されていた。もちろん私もそんな彼を護りたい、慈しみたいと思った。
(まだ・・・庇護欲・・・庇護欲だ・・・)
仲間たちに徐々に心を開いていく姿は見ていて安心できた。くだらない話に段々参加していくようになり少しずつ口角が吊り上がる頻度が増えた。そんな彼を見てると幸せになる気持ちはあったがその笑った顔を私にも向けてほしいと思うことが増えた。
そしていよいよ兄弟との因縁に決着をつけ、心からの笑顔を見た時私は
――――
「わああああああああああ!!!」
(私は・・・テリオンが好き・・・なのか!?)
落ち着けサイラス・オルブライト(30)。まだこれが恋と決まったわけでは無い。仲間として・・・年上や保護者として年下を可愛がりたい気持ちが強いだけかもしれない。
例えばテリオンに恋人や結婚相手ができたとして、盗賊の彼が信頼できる・・・たとえばオフィーリア君やコーデリア嬢などだろうか。誰も信頼できず孤独に過ごしていた彼にそういった存在ができるのはとても好ましいことだろう。
「・・・・・・え?」
しかし、サイラスはそれをちっとも祝福できる気がしなかった。それどころか想像だけでどす黒い感情が増幅していくのがわかる。
(プリムロゼ君とハンイット・・・心から素直に祝える。オルベリクとプリムロゼ君・・・大丈夫。なんならオルベリクとトレサ君や、オルベリクとアーフェン君だったとしても心から祝福できる自信がある)
「嘘だろ・・・」
しかしテリオンが混ざると全く心から祝福できる自信がなかった。何ならその相手に自分が収まりたいとすら考えてしまった。この感情は間違いないと突き付けられた気分だった。
(私は・・・テリオンに恋をしている!)
どうしてこの感情に行きついてしまったのかは全く分からなかった。本当にいつの間にか・・・本人も自覚のないうちに、まさに恋に「落ちて」いた。
恋を自覚してしまったそれからのサイラスは酷いものであった。
辺獄の書の研究はなんとか一段落ついたものの、授業では些細ではあるがミスを繰り返し、挙句の果てに研究室で大炎上を起こすというとんでもない失態をやらかしてしまった。
ずっと休まずに働いていたから疲労が溜まっているのだろう。と、新学長に長期休暇を強制的に取らされてしまい、ならば休まねば、と意気込むものの働いていなくてはずっとテリオンのことを考えてしまう。悪循環であった。
(彼はまだアーフェン君と各地を回っているのだろうな・・・)
以前は微笑ましく思えていたものが、恋を自覚した途端羨望を向けてしまうようになり、サイラスは自己嫌悪を蓄積させていった。自分がそこを変わりたい、テリオンと旅をしたい、あの二人は随分仲が良かったから本当に恋仲になっていてもおかしくない・・・そんな邪な考えが次々と浮かんでくるのである。
いっそのことテリオンに告白して一度玉砕したほうがいいのかもしれない。
(しかし告白などして振られるだけならまだしも気持ち悪がられたり嫌われるのはちょっと・・・いやかなり嫌だな・・・)
いつテリオンに会えるかどうかもわからないということもあり、サイラスはこの感情を一度しまい込むことに決めた。少しの刺激で簡単に飛び出てきそうなほど脆い仕舞い方だが時がいつか解決してくれることを信じて・・・
「あれ?サイラスさん、散歩ですか?」
「メルセデス君?珍しいね。君がこの時間にこんな場所にいるなんて」
三日後、読書などに時間を費やしていたサイラスであったが、いい加減一度外に出て身体を動かさねば健康に悪いということで城下町の方へと歩きに出て来ていた。
そこで偶然会ったのがアトラスダム王立図書館で司書をしているメルセデスである。彼女は普段は図書館に居てこんな時間に町中で会うことなど滅多に無い。それによくよく見てみれば彼女は普段の司書の仕事服ではなく、私服・・・それも少々旅向けのものであった。
「はい、実は何日か休暇が取れたのでゼフに会いに行こうと思いまして」
「なるほど、クリアブルックに帰るための準備だったというわけか」
ゼフはアーフェンの親友でありメルセデスの恋人である。サイラスたちの協力で手紙のやり取りを経て幼馴染から恋人へと昇格した。その思いは純粋であり、彼に会いたいという気持ちから時々休暇を取り、故郷へと足を向ける用になったようだ。
「ええ、明日はクリアブルック行きの馬車が出るらしく、乗せてもらえれば都合がいいと思って急いで準備しているんです。それに手紙によると、今はアーフェンも帰省中らしいので久々にみんなで会うのも良いなって思いまして」
「アーフェン君が?」
「あの旅で知り合ったという助手の方も一緒だそうです。私も以前お世話になりましたし、彼にもお礼を言いたいですからね」
「!!!!」
テリオンだ。
テリオンが・・・いる。今、クリアブルックに行けば会える・・・
問題はアーフェンの存在であった。アーフェンは何も悪くない、むしろ完全に好青年なのだが如何せんずっとテリオンと一緒に旅をしていたのだ。彼とテリオンの仲睦まじさを目にするのが少し怖くもあった。あの女生徒のように己が暴走しないとも限らないからである。
自分よりアーフェンのほうが仲が良いことも歳が近くてお似合いなことも完全に理解している。こんな感情をぶつけてしまえばテリオンを困らせる事になりかねない。しかしテリオンに会いたいという気持ちを抑えることも、今のサイラスには不可能であった
「メルセデス君、馬車は・・・もう一人分空いているだろうか」
「あ、はい。ここからクリアブルックに向かう人なんて私以外はほぼいませんので、荷物など抜きにしてもあと数人は乗れるはずですよ」
「では、私の分の手配も頼めるだろうか?明日だと考えると旅支度を急がないと間に合いそうになくて・・・すまないね」
「わかりました。では明日の朝に正門の前に来てくださいね」
「ありがとう!」
(大丈夫だ。今はちゃんと心が制御できてる。それに、テリオンは聡い子だから万が一私が間違いを犯せばきっと殴ってくれる。だから会いに行くぐらいは・・・許してほしい)
この爆弾を抱えた心の箱が将来どうなるかは想像もつかなかったが、今はテリオンに会いたいという一心のまま、サイラスは旅支度をするべく踵を返すのだった。
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