jerry-fish
2026-03-29 18:32:22
5918文字
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桃弓木くんのアピールタイム

小さくなったモグラと、いつも通りの真木くんのモグ真木。
この話(https://privatter.me/page/69c66c71c41c7) の続き。
モグラさんが頑張ってる間の話。
モグ→(←)真木

 モグラ告白事件(真木談)から数日後、真木と八重子が再び猫附邸を訪れると、そこには先日よりほんの少し背が伸びたモグラがいた。モグラは二人を視界に入れるや否や、ぱっと顔を輝かせて真木に抱き着いた。
「真木! 八重ちゃん! 会いたかったぜ!」
 顔見知りに見つかると面倒だから閉じこもってるんだけどもう暇で暇でと矢継ぎ早に話しかけるモグラに、真木は「わかった、わかったから」とモグラを宥めようと試みた。
「まずはいったん座ってからな」
「わかった! でな!」
 わかったと言いながらもモグラの多弁は止まることを知らず、真木は困ったように眉を下げて話を聞いている。
「おぉう、モグラさんが本物のお子様のように……
「面白いわねぇ。本当に体に引っ張られてるのね。それとも、引っ張られてるのは恋かしら」
 呆れ半分関心半分に八重子が言えば、隣にいた杏子がくすくすと楽しそうに笑う。そんな杏子に、どっちもですねと八重子も笑った。
「八重ちゃん、笑ってないで助けて……
「暇なんだよ、構えよ真木」
 なんとか腰を下ろした真木が助けを求めて言えば、モグラはつんと唇を尖らせて真木の袖を引いてそんなことを言った。
「大人だろうが、俺よりよっぽど」
「今は子供だもん」
 なあなあと一生懸命真木へ話しかけるモグラに、真木はどうすべきかと困惑を露わにした。そんな二人に八重子は苦笑を浮かべる。
「モグラさん、ちょっと引っ張られすぎてません? やりすぎですよ」
 八重子は何にとも、何をとも言わなかった。けれどもそれが何に対してなのか、モグラにはすぐ察せられておとなしくなる。
……ダメか。真木は面倒見が良いから子供らしくすれば気が引けるんじゃねぇかと思ったんだが、これはなしだな」
「演技かよっ!」
 思わず叫ぶように言う真木に、当然だろとモグラが返す。
「半分はな。こんな成りでもおっさんだからなぁ。時々姐ちゃんのとこに駄菓子買いに来る子供をイメージしてみたんだが、ちょっと下過ぎたか? 今時の子供は大人びてんもんな」
 モグラは顎に手をやりながら、適度なその年齢らしさがわからんとぼやく。
「もう……何? 怖ぇよお前」
 呆れと困惑と恐怖を顔ににじませて真木が呟けば、モグラは大慌てでそれを否定した。
「怖くない! 俺は怖くないぞ真木!」
 安心安全な男ですとモグラは主張するが、八重子も杏子もそれを肯定していない。むしろ、八重子は笑ってはいるが目が暗くなっている。それを見てアウトだと真木は判断した。
「嘘つくなよ」
「嘘じゃねぇよ! 真木が良いって言うまで手は出さねぇ! 外堀は埋めるけども!」
「埋めんな! つーかその言葉が出てくる時点で安心も安全もねぇんだよ!」
 子供がそんなこと言うな、俺を犯罪者にするつもりかと真木が言えば、モグラは目を丸くした。
……子供じゃなければ言っていいってことか?」
「少なくとも事案になることは避けられるからな。俺が良いというかは別の話だけど」
「そうか。わかった。どのくらいならいいんだ?」
 モグラは真剣な顔で真木にそう確認した。その質問に真木は怪訝な顔をする。
「えぇ……。少なくとも高校生とか、そのくらいじゃねぇの?」
「わかった。なら再来週か、遅くとも来月には良いってことだな」
「そんな速度で成長すんのお前? マジでえげつない成長痛が来そうだな……
 ご愁傷さんと真木が可哀相なものを見る目で言った。
「そんなに? お前がそこまで言うほどなのか、成長痛って……
「外面の良いクソな弟が、その時期は親戚に舌打ちしてたくらいにはしんどいらしい」
「弟レッサー……
 チャラいポーズをした梅晴が脳裏に思い起こされて、真木は眉間にしわを寄せ、モグラは何とも言えない顔をした。
「だからまあ、頑張れ」
「ひでぇ! 投げやりが過ぎるぞ真木!」
 そう言ってサクッと切り捨てた真木に、モグラはキャンキャンと喚いている。
「だって俺にはどうしようもないし」
 背が高いってのは大変だなと真木はにやりと笑う。
「くっそー! 良い笑顔しやがって!」
 今の俺はお子様だからもっと優しくしろよなんてモグラが言えば、真木は中身おっさんだろと軽く流す。そんな二人の姿が年の離れた兄弟のようにも見えて、微笑ましいなと八重子と杏子は表情を緩めた。

 お菓子を食べたり話をしたり、楽しい時間はあっという間に過ぎて真木と八重子はそろそろお暇しようかと腰を上げた。
「えー、もう帰るのかよ」
「そりゃな。あんまり遅くまでいるのも迷惑になるだろ」
「気にしなくていいのよ! なんだったらお夕食も食べて言ってちょうだいな。みんなで食べるご飯はおいしいわよ!」
 ママ張り切っちゃうなんて笑う杏子に、二人は恐縮する。
「なー、そうしろよ。毎日山ほど飯こさえてんだから真木と八重ちゃん増えたって大して変わんねぇって」
「だとしても、それをお前が言うのは違うだろ」
「そりゃそうだけど」
 帰るなよと言いながら、モグラは真木の袖を引いた。じっと見上げてくる鈍色の目に、真木の心が揺れる。
……今日だけでいいから。次はわがまま、言わないから……
 モグラの口からぽつりとこぼれ落ちた言葉に、真木は息をのんだ。
「や、悪い。なんでもねぇ。また遊びに来てくれよ、おっさん暇でしょうがなくてな。じゃあ、気ぃ付けて帰れよ」
 モグラはそう言うとへらりと笑って片手をあげてひらひらと振った。そんなモグラに、真木は小さくため息をつく。それから「八重ちゃん、ごめん」と言った。真木がどうしたいのかが手に取るようにわかって、八重子は「私は大丈夫だよ、そんなに遅くないから」と笑った。
「すみません杏子さん、もう少しお邪魔しててもいいですか?」
「もちろんよ! よかったわね、モグラちゃん」
 申し訳なさそうに真木が言えば、杏子は笑顔で頷いてモグラにそう言った。
……悪い」
 そんな真木に、モグラは罪悪感を抱いて俯いた。
「謝んなよ。俺がそうしたくなっただけなんだから」
「八重ちゃんも、ごめんな」
「ううん。モグラさんもたまにはちゃんと甘えたほうがいいですよ。じゃあ真木くん、モグラさん、またね」
「うん。またね、八重ちゃん」
「またな、八重ちゃん」
 八重子を見送るために杏子も席を立つ。表座敷に二人になって、真木とモグラは再び腰を下ろした。モグラは申し訳なさそうに俯いている。
……ごめん」
 小さな声で、モグラが言った。
「いいよ、謝んなくて。俺だって自分のために残ったわけだし」
「お前のため……?」
 真木がバツが悪そうに言えば、モグラは少し顔を上げて小さく首をかしげる。
「さっき、お前言っただろ。今日だけでいい、次はわがまま言わないからって。俺はそれ、思っても言えなかった。言ってもそれが通ることなんて、なかっただろうし。だから、モグラのは叶えてやりたいなって、ただそれだけだよ」
 俺はお前を通して、子供のころの俺を救ってるんだ。真木はそう言って、ひどく苦しそうな顔でごめんなとモグラに謝った。そんな真木にモグラは愕然として、ついでくしゃりと顔を歪めた。そして胸に沸いた衝動のまま真木に抱き着いた。
「お前が、真木が謝ることなんてなにもねぇだろ……! 俺が我儘でもなんでも聞いてやる! だからそんな顔すんなよ」
 本当は抱き着くのではなく抱きしめてやりたかった。甘えていいんだって思ってほしかった。なのに、今の体では何もかもが足りない。それが悔しくて、モグラは歯噛みする。
「ごめんな、モグラ。その気持ちだけありがたく受け取るよ」
 真木の手がゆっくりとモグラの頭を優しく撫でた。それはきっと、幼い真木がしてほしかったことなのだろうと察しが付く。今のモグラの手は小さくて、真木のパーカーをつかむことしかできない。ああ、口惜しい。せめてこれくらいはと、力いっぱい真木を抱きしめた。そうして、こう宣言した。
「決めた。絶対に真木は俺のもんにする。俺にならいくらわがまま言っても良いって、お前が思えるようにしてやる。絶対にだ」
「え? ああ、うん。えぇと、頑張れ……?」
 子供らしい高い声のそんな宣言に、真木はどう返したものか迷って、結局そんなありきたりな言葉を返した。
「おう」
 その短い返事からは、ひどく強い意志が感じられた。
 
 *   *   *

 翌週からのモグラの猛攻と来たら、それはもうすごかった。真木が遊びに来たと知るや否や玄関まで迎えに行き、開口一番必ず言うのだ。
「真木! 好きだ! 結婚を前提に俺と付き合ってくれ!」
 それに対する真木の返事はいつも同じだ。
「ごめんなさい」
 困ったように、呆れたようにそう断る真木に、モグラは頭をぐしゃぐしゃをかき混ぜて悔しがる。
「くっそー! 絶対にいつか頷かせてやる!」
「少なくともお前がその姿の間は無理だよ。ショタコンと思われたくない」
 これも毎度のやり取りになってきた。これは八重子がいても、梗史郎がいても、詩魚がいても同じだった。八重子は苦笑し、梗史郎は引いて、詩魚は恋バナに目を輝かせた。
「なあ、モグラ。これいつまでやんの?」
 ある日、真木はモグラにそう訊いた。今のモグラは小学校高学年か、中学生になったばかりくらいに見える。体格も子供らしいふにふにちまっとしたものから、徐々に男性らしさを帯びてきてがっしりとしてきた。もうじき声変わりするのではないだろうかと真木は思っている。
「お前が心から『うん』と言うまで」
 愛おしそうにふっと目を細めてモグラがそう言った。顔が整っているモグラは、幼い容姿ながらも不思議な魅力があって真木はぐっと言葉に詰まる。
……その日が来るとは限らないだろ」
 照れ隠しでぶっきらぼうに真木が言えば、絶対に来させるとモグラは二ッと笑う。真木がすごい自信だななんて呆れ気味に言ってやれば、時間だけはたっぷりあるんだとモグラは胸を張った。
「我儘でもなんでも言っていいって、安心して甘えられるってお前に思ってほしいんだ。俺がいくらでも甘やかしてやるから、嫁に来てくれ!」
「ごめんなさい」
「これもダメかぁ」
 真木の返事に、モグラはがくりと肩を落とした。
「そもそも、甘やかされすぎるとだめになるだろ」
「いいだろ。ダメになっちまえよ」
「ヤダよ」
 お前に寄っかかって迷惑かけたくないと真木は言った。人を慮れる優しく慎ましいところは真木の美徳ではあるが、モグラとしてはこれはいただけない。モグラはすねたようにむすりと表情を歪めた。
「迷惑なもんか! 好いた相手のわがままなんて可愛いもんだろ」
「俺が嫌なんだよ」
「なんでだよ」
 苦虫を噛みつぶしたような顔での真木の拒否に、モグラは一歩も引かずに問いを重ねる。真木は少しだけ迷って目を伏せて、そのままモグラに視線を合わせずに小さく口を開いた。
……お前がそうだとは言うわけじゃないけど、一度甘えることに慣れたら、それがなくなったとき、絶対今よりしんどいじゃん。それが嫌だ」
 愕然として言葉のないモグラに、真木は俯きながら小さな声で続ける。
「モグラがさ、泥の煮込みみたいな恋愛ばっかりだったモグラが、それでも俺なんかのことを好きだって言ってくれるのは……正直、悪い気はしない。でもさ、お前が俺に飽きた時、俺のことが嫌になったとき、お前に捨てられたときに、甘えることを覚えてたら余計しんどくなりそうだから……。だから、ヤダ」
 その言葉に、帰ったときではなくその前にモグラが真木を捨てることが前提になっていることに、モグラは眩暈がしそうだった。
「いいか、真木。俺は絶対にお前を離さないし、むしろ離してやれない。まして嫌いになるなんて、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ない」
……それでも、ごめん」
 真木の言葉を、モグラは力強く否定した。それでも真木は、眉を下げて申し訳なさそうに断りの言葉を告げる。
……わかった。これ以上はまた次の時にする」
「まだ続けんのかよ」
 モグラの言葉に、真木は心底呆れたというように言った。
「当然だ。言っただろ、お前が心から『うん』と言うまでだって」
「はぁ、好きにしろよ」
 真木はため息混じりにそう言った。許可をもらったと思ったのか、はたまた言質が取れたからか、モグラはパッと顔を輝かせると「おう!」と威勢良く返す。そのまま、畳の上で転がるマギーくんに近づいて、真木の目の前で次はどうしようかなんて相談の真似事をしはじめた。真木はそんなモグラの横顔をぼんやりとそれを眺める。モグラはマギーくんに「やっぱ求愛っつったら贈り物か? なんか作るとか? マギーくんはどう思う?」なんて言っていた。マギーくんはじっとモグラを見ると、ぷすんと笑うように鼻で息をした。目を丸くしてから「今笑ったか?」なんて顔を顰める子供姿のモグラを、可愛いと思ってしまう。そんな自分に真木は眉をしかめた。
 実のところ、真木はだいぶモグラに絆されている。与えることに慣れた男が、自分を求めてくれている。会うたびにきちんと気持ちを伝えてくれている。甘えていいのだと、言ってくれている。思えば、モグラがこの姿になる前から、モグラに対しては自分にしては気を許していたなと真木は思う。バイト先の廃棄品程度でも「ありがとな」と笑ってくれることが嬉しくて、渡しているところもある。
 でも駄目だと、真木は思う。元とはいえ、相手は神様だ。いずれ神様に戻る人でもある。自分は置いていかれる側になるのだと、確信している。それは同時に、モグラを一人にしてしまうことでもある。だから、まだ駄目だ。一人にすること、一人になること、神と番うその覚悟。それが決まるまで、真木はモグラの告白には頷かないと決めていた。
 真木がそんなことを考えているとはつゆとも知らぬモグラは、胡坐をかいてマギーくんを膝に乗せて撫でながら「お前の宿主は何なら喜んでくれると思う? 林檎? それマギーくんの好きなものだろ。真木じゃねぇじゃん」とひとり芝居を続けていた。そんな姿に思わず笑みを零す。
「言っとくけど、物で釣っても俺は靡かねぇからな」
「だよなぁ」
 真木が揶揄うように言えば、モグラは「どうすっかなぁ」と言いながら仰向けに寝転がった。真木からモグラの顔は見えない。当然、モグラからも。だからモグラは、真木がどんな目でモグラを見つめているのかを知ることはできなかった。