榎本奏江
2026-03-29 06:22:22
3264文字
Public 実さに
 

【実さに】君が安らげる場所

さにごて弐、新作展示作品です。
Twitterに掲載していたものを加筆修正しました。
今後、本編に取り組むかどうか悩んでいるため、ぷらいべったーでの投稿になります。
体調不良で一人で過ごしていた審神者を見つける実休の話。

君が安らげる場所

 審神者は現世での勤務をいつもより早く切り上げてきた。
 時刻は十五時。
 だが、戻って来て早々自室に入ってしまい、着替えをすぐに済ませたところでどこかへ行ってしまった。
 その様子を傍から見ていた実休光忠は、審神者のいつもと違う雰囲気に違和感を抱き、彼女の所在を探した。
 手合わせ部屋の地下、書斎室、執務室、居間、厨。
 いつもなら大体いそうなところを探し回るが、どこにも居なかった。
 審神者の自室の縁側に行くとサンダルは置いてあり、玄関に置かれた靴もそのままだったことを察するに、本丸内から出ていないことは見当がつく。
 今までの傾向から察するに、大体こういう時はどこかの空き部屋に独りでいることが多い。
 最近気づいたことは、大抵こういう場合はどこか体調が悪い時だ。
 周りに迷惑かけたくない一心でどこかで安静にしているのだろうと察する。

「やっぱり、ここに居たんだね」
「実休さん、どうしたの……?」

 案の定、一番人が来ないような空き室の机に伏せた状態で居た。
 実休の声に反応すると、審神者は気だるげな表情を無理やり取り繕って笑おうとする。
 実休は静かに襖を閉め、審神者に近づいた。
 隣に座り、手袋を外して審神者の頬に触れる。

「調子、悪いみたいだね?」
「ううん、違うよ。少し疲れただけ」

 いつもなら温かみのある柔らかい頬は冷え切っており、血色も青白く、非常に悪かった。

……嘘はいけないよ。こういう時こそ、素直にならなくちゃ」
「ん……

 普段なら何かしら反応する審神者は抵抗する気力もなく、素直に受け入れる。
 反応がないと言うことは、よほど余裕がないのだろう。
 繕おうとしていた笑顔も繕いきれず、瞼は自然と閉じてしまい、実休の手のひらに委ねてしまった。

「ちょっと、頭が痛くて……。回らないの」

  実休の諭すような落ち着いた、有無を言わせない言葉に、審神者は観念したように素直に今の症状を伝えた。

「いつから?」
「お昼ぐらいから。午前中は平気だったんだけど……。後頭部とこめかみのあたりが痛い……
「そうか、わかった。ちょっと待っててくれるかな?」

 審神者は返事をすることなく、微かに頷いた。
 実休はその場から離れ、作業部屋に保管してある薬と薬草茶の茶葉を取りに行った。
 その足で厨へ向かい、水とお茶の準備を行う。
 数分もしないうちに再び戻ると、審神者はどこにも逃げることなく大人しく待っていてくれた。

「主、頭痛薬だよ。それと、ヨモギとスイカズラと桑の葉で作ったお茶だよ。身体を温めて、頭痛を和らげる効果があるんだ」
「ありが……とう」

 審神者は実休から薬を受け取ると、水を先に口に含んでから薬を飲んだ。
 その後、審神者専用のマグカップに注がれた薬草茶に息を吹きかけ、ゆっくりと一口飲む。

……おいしい」
「よかった」

 審神者は一口、また一口とゆっくり飲み進める。
 力が抜けたように、小さい溜息を吐いた。
 審神者の中で何かが落ち着いてきたようだ。

「気圧の変動と肩こり、冷えからきているのかもしれないね。この時期は急な寒暖差が激しいから、自律神経が乱れてしまったのかな」
「ん、そうかもしれない……
「特に首の冷えは肩こりに繋がりやすいから、その肩こりが頭痛の原因になっているのかもしれない。それと、ここ数週間の無理が祟ったように見えるのだけれども」
「そうだね、ごもっとも。ちょっと無理しすぎたみたい」

 審神者はここ数週間、現世の勤務と審神者としての任務を同時進行しており、休みと言う休みが殆ど取れなかったことを思い出す。
 駆け抜けた先に、やっとひと段落できたところで今まで我慢して耐えてきた緊張感と疲れが一気に解放され、体調不良として表れたのだ。

「それと、睡眠はしっかりととって休めるときに休むんだよ? 主は無理をし過ぎてしまうから、辛い時は我慢しないでほしいな」
「うん、ありががとう。……ごめんね、心配かけちゃって。それにしても、実休さんはよく周りを見ているなぁ。まさか、こんなところ気づいてくれるなんて思ってもいなかったよ」

 審神者は先程と比べて少し余裕が出てきたのは、力なく笑いながら言った。
 実休は審神者の言葉に自然と「違うよ」とすぐに答えた。

「僕は、周りを見ているというよりも、君を見ているんだ」
「えっ……?」
「ん?」
「わ、私を……?」
「そう、君を。変かな?」

 審神者は目を丸くしていった。
 しかし、実休はどうしてそんなこと聞くのだろう? と疑問に思いながら当たり前のように答えた。

「そ、そう……なん……だ」

 審神者は実休の答えを理解すると、視線を流してしまった。
 恥ずかし気に片耳に髪をかけ、落ち着かない様子で視線を左右に泳がせる。
 実休は「気に障ることを言ってしまっただろうか?」と思いながら、俯く審神者を覗き込むように見た。
 先程の青白い顔から一変して、顔色は良くなったようで耳まで赤くなっている。
 身体の調子が安定してきたのか、心なしか表情も増えたように見え、実休は確認するために審神者の頬に触れ、見えやすいように顔を上げさせた。

「ふっ…………?」
「よかった、顔色良くなったようだね」
「ふぇあっ……?」

 実休の端正な顔立ちが審神者の視界いっぱいに入り、思わず間の抜けた声が出てしまった。
 変わった鳴き声のような漏れた声に実休は何故か面白おかしく、それと同じぐらいに可愛らしく感じてしまい、自然と笑いが込み上がってくる。

「ふっ……ふふっ、主、その声はなんだい?」
「だ、だって、実休さんが……
「僕が?」
「う、ううん……何でもない」
「変な主だ」

 審神者は更に顔を赤くし、耳だけではなく首筋まで赤くした。
 くすくすと笑う実休に審神者は、恥ずかしさを誤魔化すようにマグカップに入った残りのお茶を飲む。
 実休は審神者の一つ一つの仕草がまるで小動物のように可愛らしく見えてしまい、ついつい本丸近くにいる野良猫を愛でるように審神者の頭を撫でた。
 穏やかで少し、面白いと感じている実休の瞳に審神者は何も言わず、不服そうな視線で訴える。
 その視線もまた何となく面白くて思わず目を細めて審神者を見つめた。

「少し、落ち着いたかも。さっきより頭、痛くない……?」

 お茶を飲んだ審神者は一息つくと、自分の身体の変化を実感した。

「それはよかった。でも、休息は大切だから、夕餉の時間まで少し休んだ方がいいんじゃないかな?」
「うん、そうだね。そうする。ねぇ、実休さん、一つお願いしていい?」
「僕にできることなら」

 審神者のお願いに実休は快諾した。

「少しの間だけ、胸かしてくれる?」
「胸……かい?」

 審神者の意図が伝わらず、ポカンとした表情で見つめると、審神者は「胡坐をかける?」と指示をした。
 実休は言われた通りに胡坐をかくと、その足の間に審神者が入ってきて寄りかかった。

「少し、ここで休んでいい?」
「うん、いいよ」
「ありがとう……

 断る理由がなかったため、実休は素直に受け入れる。
 審神者は了承を得ると、安心したように目を閉じた。
 先程、薬草茶を飲んだおかげか、氷のように冷たかった審神者の身体は温かさを少し取り戻し、それが実休の身体へと伝わっていた。
 用意したひざ掛けを審神者の身体にかけ、あやすように優しく背中をゆっくり叩く。
 すると、やはり体調がまだ万全ではないのか、数分もしないうちに審神者は小さな寝息を立てて眠ってしまった。
 寝たことを確認した実休は少し体勢を直し、審神者を優しく抱きしめた。

「おやすみ、主」

 君にとって安らげる場所になるなら、それも悪くないと思うよ。

「こんな僕でも、君の居場所になれるのであれば、いつでもきていいからね」