ゑ/圓堂
2026-04-01 00:00:00
3958文字
Public 月詠サーバー(十五夜本丸)
 

【刀剣乱舞】fledge【山鳥毛×創作男審神者】

審神者を亡くした本丸の先代より近侍を務める山鳥毛と、後任としてスカウトされてきた虐待やらいじめやらで自殺未遂経験のある19歳審神者坊やのじゅうごくんのちょもさに♂。ちょもが最初は先代のことを「主」と呼びじゅうごくんのことを「小鳥」と呼んでいたけど、先代のことが吹っ切れてからはじゅうごくんを「主」と呼んでますという独自設定あります。
じゅうごくんの誕生日と成人のお祝いを同時に行うお話。モデルになったお酒は岡山県の丸本酒造さんによる『EARTH SCIENCE』というお酒です。多分まだ買えるので是非。


カレンダーを三月から四月へとめくる時、嫌な気持ちにならなくなってからどれくらい経ったのだろう——そんなことを思いながら、俺は貰い物のカレンダーを一枚びりびりと破いた。写真が菜の花の黄色から桜のピンクへと変わる。ずらりと並んだひと月分の数字を、俺は無意味に眺めた。
今日からまた、俺の新しい十九歳が始まる。

とはいうものの、実のところ今はもう四月一日の夜なのだった。
ここ最近珍しく十五夜本丸は突発的な任務が立て続けに舞い込んできていて、おまけに審神者である俺は年度末の色々な業務も抱えていたから、文字通り目が回るほど忙しい日々が続いていたのだ。それだけこの本丸に、俺自身に仕事を振ってもらえるということは、ある意味では嬉しいことだ。信頼して、期待してもらえている——ということなんだと、今の俺なら理解出来る。でもその分、ちゃんとやり遂げないといけないというプレッシャーも同時にのしかかってくる。やる気と緊張を張り巡らせたまま三月を駆け抜けて、やっと全てから解放されたのが昨日。昨夜は寝支度を整えた記憶もないまま眠りに就き、目覚まし時計をセットし忘れていたせいで、新年度の初日に軽く寝坊する羽目になってしまった。
午前中は審神者の全体集会があり、近侍である山鳥毛と共に出席した。その後、普段から仲良くしてくれている審神者の人達と昼食を共にし、それから少しばかり寄り道をして本丸に戻ると、刀剣男士達が俺の誕生日を祝うパーティーを早々に開催してくれた。——だから、俺はやっと今自室のカレンダーを更新するに至ったのだ。



——主、私だ」

障子戸越しにも凛と響く声が背中にぶつかって、俺は弾かれるように振り返った。ああ、うん——とつかえながら返事をすると、すうと静かに戸が引かれて、戦装束のままの山鳥毛が現れた。うっすらと苦笑を浮かべて、片手に紙袋を提げている。

「すまない、いつも驚かせてしまうな」
「や、全然、そういうのじゃないから。大丈夫、本当に」

無駄のない所作で障子戸を閉め、颯爽と俺の方に近付いてくる山鳥毛とは反対に、俺は意味もなくわたわたと腕を動かして、よく解らない弁明に必死になる。実際、それほど驚いたり慌てたりしているつもりはないのだけれど、どうしても誰かとコミュニケーションを取ろうとすると、こんな風にばたついてしまう。せめて山鳥毛の前では落ち着いていたいのに、この様だ。

だけど、山鳥毛はそんな俺だからこそ愛おしい——そう言わんばかりに、手荷物を持ったまま俺の身体を柔らかく抱き締めた。嗅ぎ慣れた香水のいい匂いに包まれながら広く逞しい背中に両腕を回すと、やっと俺の心身は沈静化する。

「疲れは出ていないか?」
「うん——山鳥毛こそ、無理してない?」
「無論だ。私の務めなど、主の抱えるものに比べれば些末なものだ」

労わるように背中を撫でる掌が、心地いい。ふ、と自然に吐息が零れた。俺も真似をして彼の背中をさすると、山鳥毛は嬉しそうに僕の首筋にキスをした。くすぐったくて小さな笑いがこみ上げる。


少しの間そうやって戯れを楽しんだ後、山鳥毛はやや名残惜しそうに身を引いて、手にした紙袋を持ち上げてみせた。外側から見た限りでは何が入っているのかは分からない。ただ、重さがありそうなことだけは見てとれる。

「本題に戻ろう。——主へ、贈りたいものがある」

山鳥毛はそう言って俺を畳の上へと座らせると、自分も膝をついて座り、紙袋の中から長方形の箱を取り出した。そしてその箱を、まるで献上品か何かのようにうやうやしい仕草で俺へと差し出す。導かれるように受け取ると、ややずっしりとした重みと共に箱は両手へ沈み込んだ。心なしかひんやりとしている。

「開けてごらん。——口に合うかは判らないが」
「これは……

丁寧に覆われた包装紙を傷つけないようにそっと開封して中身を取り出す——鮮やかな青の箱に、銀色の曲線が幾重にも重なって印字されている。くり抜かれた窓から、瓶らしきものが見えた。満を持して箱を開けると、シンプルなデザインの瓶が現れた。底に乳白色の硝子玉が沈んでいて、ころころと揺れている。思わず感嘆の声が喉から小さく漏れた。
それは、日本酒だった。俺がイメージする日本酒と違って、小柄でお洒落だ。山鳥毛の説明によると、天文台のある山の麓で作られた日本酒らしい。それを聞いてから改めてパッケージデザインを見てみると、箱の曲線は惑星の軌道を模していることが解る。瓶の底の硝子玉はきっと月だ——俺はもう一度、小さな歓声を零した。

「すごい……すごく綺麗だ」
「主にうってつけの品だと思ってな。喜んでもらえたなら何よりだ」
「嬉しいよ、本当に……ありがとう」

そこで俺ははたと気付き、手の中の液体へと目を落とした。
でも——と言う前に、山鳥毛が先に口を開く。

「君が良ければ、今から共に飲まないか」

山鳥毛が紙袋から更に何かを取り出した——白い磨り硝子で出来た、盃が二つ。
俺の胸は高鳴ると同時に、不安に揺れ惑う。

「い、いいのかな。俺……
「三上には既に了承を得ている。こちらの世界に来てからある程度年数も経っているので、君を成人とみなす申請を既に通しているそうだ。改めて報告があるだろうが——また我々が隠し事をしていたなどと怒らないで欲しい……『サプライズ』なのでな」

申し訳なさそうに俺を見つめて笑う山鳥毛に、怒らないよ——と俺も笑う。
三上さんというのはこの十五夜本丸を担当している、時の政府の審神者統括官だ。三上さんと山鳥毛は俺の一代前の審神者がこの本丸に居た頃からの付き合いで、色々と複雑な事情があってふたりに隠し事をされていた時期があったのだ。今思い返せば、随分と遠い昔の出来事のように感じる——山鳥毛と恋愛関係になったのもその頃だ。
あの頃から、気が付けば長い月日が経っている。少しは成長した——筈だ。

「そっか、俺、大人になれるんだ……
「時代が時代であれば、もう疾うに元服は過ぎている年頃だ。それに——主は十分、立派な大人の男だと私は思っている」

盃を差し出し、山鳥毛がきっぱりと言い切る。じん、と胸の奥が熱くなった。


硝子の器を受け取り、なすがままに開封した酒を注がれる。
まるで神聖な儀式のようで、震えそうになる指先をぐっと抑える。
山鳥毛はそのまま自身の盃に手酌で注いで、俺へと盃を手向けた。俺もそれに倣う。

「主、改めて——おめでとう」
「、ありがとう」

その言葉を合図に、俺は盃の中の液体をぐいと飲み干した。思ったよりも甘くて、濃い。喉がぎゅっと収縮するような、痺れるような感覚の後、かっと内側から熱が弾ける。
毎年お正月に御神酒を一口だけ貰うことしかしたことが無かったから、これほどの量の日本酒を飲んだのは生まれて初めてだ。もっと身体が拒絶するのではないかと危惧していたけれど、想像していたよりも抵抗感は無かった。

俺と山鳥毛は、暫く静かに美酒に舌鼓を打った。とりとめのない話を二三したけれど、慣れないアルコールで頭がふわふわして、話している最中もあまり意味を理解することが出来なかった。それでも、そのひと時は終始幸せな気持ちで溢れていたことは間違いない。

鼻腔に華やかな香りが満ちて、温かな膜に包まれているような熱が気持ちいい。座っているのに浮いているような感覚は、きっと無重力に似ている——宇宙を模したお酒は、俺に宇宙空間を体験させてくれたのだ。嬉しくて、自然と笑ってしまう。

今日はこの辺りにしておこう——と山鳥毛が俺の手から空の酒器を取り上げる。その腕を伝って、俺は山鳥毛の身体を引き寄せようとしたけれど、酔っている上に体幹がしっかりした彼の身体は今の俺の力ではびくともしない。すぐに諦めて、頑丈な頸へと縋りつくことにした。山鳥毛の呆れたような笑い声が鼓膜を震わせる。

「随分と酔わせてしまったな。水を持って来よう」
——いいよ、あとで」

気遣いを見せる山鳥毛を我儘で捩じ伏せて、俺は先程山鳥毛がそうしたように、彼のうなじに唇を押し当てた。山鳥毛の身体が微かに戦慄いて、すぐに観念したかのように脱力する。抱きかかえられ、彼のがっしりとした太腿の上にいとも容易く乗せられてしまう。

山鳥毛の匂いが、濃い。背骨を伝うようにそわそわと痺れが走る。
何故だか無性に切ない気持ちになった。

「、さんちょうもう、」
「ん?」

甘く低い山鳥毛の声が全身を蝕んで、苦しい。
——彼のことが、好きで好きでたまらない。

————したい」

爛れるように熱い呼気と共に、吐き出した。
山鳥毛の全身に微かに力が籠るのが伝わる。けれどもすぐに弛緩し、俺の背中をあやすように撫でながら低く笑った。

「酔いに任せて誘うのは、些か感心しないな」
「、だめ?」
「まずは素面に戻ってから、だ。——水を持ってくるから、少しだけ待っていてくれ」

戯れは終わり、とでも言うかのように、背中をぽんと一度叩いてから、俺の身体をゆっくり畳に降ろして山鳥毛は部屋を出て行った。触れ合っていた体温がすうと空気中へ溶け出して、静寂と共に消え失せる。
それでも俺は、心細さを感じることは無かった。アルコールに浸された心臓は走るように脈打ち、その振動に導かれるまま俺は高揚し続ける。
酔いが醒めたら——その後の展開に期待を膨らませ、俺はひやりとした畳の上に横たわり、全身を預ける。一秒でも早く、余計な熱が引いていくような気がしたのだ。


——そのまま眠ってしまい、折角の甘やかな時間を台無しにしてしまって落ち込む羽目になったのは、また別の話。