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ねぶくろ
2026-03-28 18:06:38
3749文字
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Skeb
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時間殺しの夜は更けない
Skebにて納品した作品です。
時間を殺したあの日から、時計の針は生き返らない。
今日も今日とて六時を指し示す長針と短針と秒針を横目に、身を起こす。ベッドから起き上がったハントは、閉め切っていたカーテンを開いて、窓の外へと目を遣った。太陽はずっと中途半端な位置を漂っていて、それが夜明けなのか
黄昏
たそがれ
なのかもわからない。
ハントの世界に『夜』はない。当然、『夜』がなければ『昼』もなく、『朝』も『夕暮れ』も、何もない。
時間が流れることのない不思議の国は、今日も曖昧な位置から差し込む黄金色に照らされていた。時の流れない世界では、ベッドに横たわって目を瞑っても眠ることは出来ず、起き上がる度にただ長時間横たわっただけの体が不愉快に軋む。べったりと目の下に張り付いた
隈
くま
が解消される見込みはない。今日も今日とて、上質なシルクのナイトキャップを放り捨てて身支度をする。寝不足のせいか、鋭い頭痛に襲われて、ハントは顔をしかめた。
顔を洗い、着替えに袖を通して、『朝食』を摂る。ベッドから起き上がった後の食事は『朝食』で、ベッドに横たわる前の食事は『夕食』だ。それ以外の食事はすべて『間食』でいい。どうせこの世界に、『昼間』は来ないのだから。
庭でとれた野菜を煮込んだスープを前に考える。『今朝』はなんだか肌寒い。そろそろ冬が来るのだろう。六時から先にも後にも動かない時計の針とは裏腹に、月日は進む。ハントは半分ほどバツ印で消されたカレンダーを見遣った。もうじき、カボチャの旬が過ぎて、ホウレンソウの旬が来る。スープ皿を空にして、ハントは庭に出た。
几帳面に並んだ
畝
うね
の世話をして、丸々と太ったキャベツを収穫する。支柱に絡みついたえんどう豆の蔓から、枯れた葉を摘み取った。並んだプランターから顔を覗かせるホウレンソウは、まだ収穫には早そうだ。たっぷりの水を遣って成長を待つ。
ハントがそうして家庭菜園の世話をしていれば、「やっぱり~、ここにいたのね~」と間延びした不愉快な声が鼓膜を震わせた。振り返るまでもなくわかる。ヘイゼルだ。ハントは聞こえないふりをして、やたらと真剣にラディッシュの世話を続けた。
土を踏む音が聞こえて、ひょこりと金に流れる
長髪
ながかみ
が視界に入る。ハントの顔を覗き込んできたヘイゼルは、「ハントちゃんは~、飴は好きかしら~?」と歌うように問いかけた。視線がかち合い、無視することが出来ずに顔をしかめる。
ハントはため息を吐くと、「飴? 飴と言いましたか? 飴と言いましたね?」と問いを返した。
「好きに見えますか? あんな不健康な砂糖の塊みたいなものが!」
矢継ぎ早に放った言葉に、ヘイゼルはゆったりとした動作で首を傾げた。
「ハントちゃんは~、もう少し、肩の力を~抜いた方が~、いいわ~」
リラックスできるわよ~、とヘイゼルが瓶に入った飴玉を掲げて見せる。中途半端な位置から差し込んだ陽光が、色づいた飴玉を透かしてキラキラと輝いている。眩しさに目を細めて、ハントは「リラックスできるですって?」と言葉を返した。
「貴方が来なければもっとリラックスできていましたとも」
返した言葉に傷ついた風でもなく、ヘイゼルが「そうなの~?」と首を傾げたまま笑う。なぜ笑う、と
苛立
いらだ
ちながらハントは「それで、何の用ですか? またお茶会の誘いですか?」と水を向けた。返答を待たず、答えを返す。
「残念ですがお茶会には参加できません。ワタシは忙しいのですよ、この通り!」
「あら~、そうなのねぇ~? でもハントちゃん、残念だわ~。今日は、お茶会の誘いじゃあ、ないのよ~?」
ヘイゼルは時間をたっぷりと使いながら、ハントの予想を否定する。飴の入った瓶の蓋を開けると、キラキラと透き通った飴玉の一つを口に放り込んで、ヘイゼルは「甘くて~、おいし~い」と微笑んだ。人と話している最中に身勝手な、とまた苛立ちが募る。
ヘイゼルは飴玉を転がしながら、歌うような声で問いかけた。
「ハントちゃんは~、どうしてイライラ~、しているのかしら~?」
「馬鹿にしているんですか? 馬鹿にしているんですね? 馬鹿にしないでくれませんか?」
ハントはヘイゼルを睨むように見上げた。視線が交わる。ヘイゼルは丸い瞳で真っすぐにハントを見つめて、「あら~、酷い隈ね~」とハントの目の下を撫でた。ぽかぽかと、冬眠中のヤマネみたいに温かな指先に、肩が跳ねる。ハントが言葉を返すより先に、ヘイゼルはあくびをして、「ハントちゃん、眠れて~いないのね~」と間延びした声を重ねた。
「眠るって、と~っても素敵なことなのに~。もったいないわ~」
どうして眠れないのかしら~、と歌うように問いかけられる。
どうして。そんなのは決まっている。時間が死んでしまったからだ。六時から頑として動かない秒針。二進も三進もいかずに
留
とど
まっている太陽。日付だけが進んでいくカレンダー。目を瞑っても眠気は訪れず、瞼を持ち上げても疲れのとれない毎日。
ハントは、「ワタシは貴方のように眠るのが好きではないんですよ」とイライラしながら答えた。収穫して抱きかかえたままのキャベツが重たい。低い位置から睨むように差し込む陽射しが目に痛い。あぁ、はやくベッドに横たわって『今日』を終わらせてしまいたい。
ハントの気持ちを知る由もなく、ヘイゼルはゆったりとした動作で首を傾げた。カロン、と口の中で転がした飴玉が歯にぶつかる音がする。
「どうして、ハントちゃんは~、眠るのが嫌~いなのかしら~?」
どうして? 問われて、自分でも訳が分からないほどの怒りに襲われる。ハントは抱えたキャベツを取り落として、ヘイゼルの肩を掴んだ。
「嫌い? 嫌いですって? えぇ、嫌いですとも! 眠ることも、貴方のことも、大嫌いだ!」
だけどね、と口を衝いて激情が
迸
ほとばし
る。ハントは怒りのままに言葉を重ねた。
「ワタシだって好きで嫌っているわけじゃないんですよ! 好きで嫌いなわけじゃないんだ!」
どうせお前にはわからないだろう。時計の針が動かない絶望も、『朝』も『夜』もない恐怖も、ベッドから起き上がる度にカレンダーに印をつけて日々が進んでいることを確認する狂気さえ!
いかれているんだ、何もかも。時間が死ぬはずはない。太陽が動かないはずはない。それなのに、その道理を覆して時計の針が止まってしまった。ここは『不思議』の国だ。時間を殺したあの日から、ハントの世界に『正気』はない。
それだというのにお前と言えば! 無駄に間延びした言葉で時間をたっぷりと浪費して、意義なく時間を殺し続けている。要領を得ない会話。眠ってばかりの毎日。何でもない日のお茶会。いかれている。正気の沙汰じゃない。それだというのに、ヘイゼルの時計は止まらない。
なんて不条理! 気が狂いそうだ。
ハントの怒りを受けても、ヘイゼルは常と変わらぬ眠たげな表情のままだった。あら、と今しがた夜明けに気付いたような牧歌的な反応を返して、その双眸が掴まれた肩を捉える。痛いほどの力を込めているはずなのに、ヘイゼルは平然とした顔で「ハントちゃんは~、寝不足で、疲れているのね~」と笑った。その手が、ハントの頬を撫でる。
「ひと~りでうまく眠れな~いのなら、いま、眠ったっていいのよ~? お膝を~貸してあげるわ~」
もう片方の手に持ったままの瓶を揺らして、ヘイゼルがそれを地面に下ろす。ヘイゼルはふわふわと広がったスカートが土に汚れるのも構わず、その場に座ると、膝を叩いた。おいで、とばかりに見上げられて、思わずため息を吐く。
「こんなところで眠らなくてもいいでしょうに、貴方は本当に意味が解らない」
畑のど真ん中ですよ、とぶつくさ文句を言うハントの言葉を聞き流して、ヘイゼルはやや強引にハントの手を引いた。こうなったら、付き合うまでは決して解放されない。ハントは聞かせるために大きなため息を吐いて畑の土に膝をつくと、ヘイゼルの膝に頭を預けた。
外で寝転がるなんて、いつぶりだろう。目を瞬いて、中途半端に赤く染まった空を見上げる。こちらを見下ろすヘイゼルと視線が交わり、ハントは目を細めた。
キラキラと光って流れる金の髪の毛が星明かりのようで、なんとなく懐かしい気持ちになる。こちらへと注がれた眼差しの奥、
黄金
こがね
に染まったその先には、微かな空色が映っていた。その色が、夜明けの空を思い起こさせる。
止まったままの時間が、ここにある。そんな気がして、強張っていた肩から力が抜けた。疲れがたまっているのに、やっぱり、眠気は訪れない。それでも、どうせ眠れないとわかっているからか、気持ちは弛緩していた。ひどく久しぶりに無防備な気持ちで目を瞑りながら、口を開く。
「ヘイゼル、ワタシはやっぱり貴方のことが嫌いですよ」
畑のど真ん中で眠れだなんて、と憎まれ口をたたく。ヘイゼルはふふ、とやわらかく笑った。
「嫌いな相手のお膝で眠るなんて~、ハントちゃんは~不思議だわ~」
お前が言い出したことだろう、と抗議するために瞼を持ち上げる。交わった視線の奥には、一番星のような光が宿っていた。
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