尋木
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花見

2026.3.28 ささろワンドロライ
🍅🌸🍡


「おっしゃ、やるか」

 躑躅森家、春の恒例行事。ベランダで行われるミニトマト苗の植え付け。

 行事と言うほど大層なものでもないが、盧笙にとってはこの時期に行っている数年前からの習慣だ。
 そして、今年のはちょっと特別。去年は近くのホームセンターで購入した苗だったが、今年は畑をやっているという、暁進高校の用務員さんから分けてもらったものなのだ。

「甘くて大ぶりな実がたくさんつくよ」と言われて、育てていくのが今から楽しみで仕方ない。昨日は植え付けをするための下準備としてプランターに土を入れておいた。今日は苗を植えて水をたっぷり与える。

 さて、天気は晴れて絶好のトマト日和だ。カラカラとベランダの窓を開き外に出て、気づく。

「あ」

 土を張っただけのプランターに、ピンク色がひとつ落ちていた。狭いベランダを見渡せばそこかしこに点々としていて、摘んで拾ってみるとそれは柔らかな花びらだと分かる。

「桜……? あー、あそこのか」

 道路を挟んで斜向かいの一軒家。このベランダからよく見えるその家には、大きな桜の木が植えてある。花は見頃を迎え、落ちた花びらが風に乗せられてこんなところにまで届いたらしい。
 多分、あの桜は今が満開の時だろう。そのうち散り始めて、風が吹いたらもっと大量の花びらが飛んで来そうだ。

……しゃあないか」

 植え付けの前に玄関掃除用の小さな箒を持ってきて、腰を屈めながら花びらを掃いていく。
 去年はこんなことをした覚えがないから、桜は咲いていなかったのだろうか。だとしたら今年は咲いて良かったな、と思う。


 🌸


「お、植えられとる」

 その日の夜。リビングに寝転がる簓が、カーテンの隙間を見て呟いた。

「気づいたか? 今日植えたんや」
「今年ももうそんな時期かぁ」
「今回は苗がすこぶる元気でなぁ、ピンピンしとる」
「おー、どれどれ」

 簓はよっこらせ、と年寄り臭い言葉を呟いてから体を起こした。窓ガラスを開き、ベランダとリビングの境に腰を下ろしてプランターを眺めている。

「なんか、今年の苗デカない?」
「分かるか? 畑やっとる人からもろてん。育てがいあるやろ」
「ほー、そら良かったなぁ……あ」
「ん?」
「ここ、葉っぱのとこ。花びら引っ掛かっとる」

 ほら、と簓が摘んで見せてきた。簓のそばに寄ってベランダを見渡してみると、一度掃いたはずの空間にちらほらと花びらが落ちていた。また飛んで来たらしい。

「それな、あそこの斜向かいから飛んで来てんねん。よくここまで届くよな」
「あー、あの木か」
「そうそう……

 例の家に目をやると、桜は道路の街灯に照らされてぼんやりと、白く光っているように見えた。辺りは暗いのに、そこだけがやけに明るく見える。

「ずいぶん立派な桜やなぁ」
「な。庭で花見できんの羨ましいわ」

 簓の隣に腰を下ろす。窓ガラスを開けたひとつ分の空間は、2人で座るには狭くて肩が重なってしまう。

「でもさぁ」
「ん?」
「これも花見って言えるんちゃう?」

 簓が思いついたように言った。

「そうか? 人ン家勝手に眺めて花見って、なんかズルしてるみたいやけど」
「桜見て綺麗やなぁって、これも立派な花見やん。盧笙は頭固いな」
「やって、遠いし」
「まぁ、たしかに」

 足元に落ちていたひとひらを拾い上げる。ふうっと息を吹きかけると、ベランダの柵を抜けてひらひら下に落ちていった。

「なぁ盧笙、花見の話したら行きたなった。零も呼んで3人で行こうや」
「それはええけど、来週になったら散り始めてまうで。行くなら今週中やけど休みとれんのか」
「夜桜なら行けるやろ。酒とつまみ買って、桜の下で花見酒しよ」
「あー、それええな。そうするか」

 夜桜の下に簓。花見をしているところを想像すると、ピンクと緑で三色だんごを連想した。なんとなく食べたくなる。春だな、と思う。

「俺、だんごも買うわ」
「定番やなぁ。ええな、俺も食いたい」

 勝手にベランダにやってくるピンク色が煩わしくも思えたが、思いがけず春めいた話題を提供してくれて、楽しみが増えたのも花びらのおかげだ。

 花見の計画に免じて、今回は大目にみてやることにする。