今日は女子だけのクリスマスパーティの日。外は冷たい空気に包まれているのに、家の中はまるで別世界みたいにあたたかくて、玄関を開けた瞬間からふわっと甘い匂いと笑い声が広がっていた。
リビングのテーブルにはケーキとチキン、その他持ち寄ったお菓子やオードブルが色とりどりに並べられている。
普段より少しだけ華やかなテーブルに、自然と気分も浮き立っていた。招待したちなつやゆきだけではなく、静乃と響も、この輪に加わっている。
「メリークリスマス!」
声を揃えた瞬間、パンッと一斉にクラッカーが弾ける。
カラフルな紙テープがふわりと宙を舞い、誰かの髪や肩に引っかかって、また笑い声がこぼれた。
「ケーキ切ってくるわね!」
静乃が台所に立った。
「ありがと!」
「二人とも、好きなの取り皿にどんどん取っていいからね〜」
響に勧められるがままに、ちなつはオードブルを取り分けていく。
「はいっ!いただきますっ」
「それにしても宗真の家って立派だよねー」
ゆきはきょろきょろと部屋を見回しながら、感心したように言う。柱や梁のしっかりした造りに、どこか落ち着いた雰囲気がある。
「あたしもびっくりしちゃった!ほんとに道場があるんだもん」
「そうかー?こう見えてあちこちガタが来てるぞ。ドアとかたまに立て付け悪いもんな」
「まあ、年季は入ってるかも……」
響も同調する。
「はは、静姉と同じだなっ」
「宗真?何か言った?」
その一言に、空気がぴしりと引き締まる。柔らかい空気の中に、ほんの一瞬だけ鋭い気配――いわゆる“殺気”が走った。静乃が戻ってきたのだ。
「い、いえ!なんでもないですっ」
「ケーキ切れたからみんなの分取り分けてあげなさい」
「はーい」
慌てて話題を変えるように立ち上がる宗真の様子に、ゆきがくすっと笑う。
「ふふ、今のやり取り、きょうだいって感じするよね」
「うん…!」
ちなつもどこかほっとしたように頷いた。こういう何気ない掛け合いが、この家のあたたかさを作っている気がする。
「い、いつもはこんな感じじゃないのよ、おほほ……!」
どこか取り繕うような静乃の言い方に、
「そうそう、いつもはゲンコツが飛んでくるもんな」
と、余計な一言を添える宗真。その瞬間――テーブルの下で、静乃の指が宗真の足の指をぎゅっとつねった。
「いだだだだだ!いつもの静姉じゃねえか…!」
痛みに顔をしかめながらも、どこか慣れている様子の宗真に、思わず響も、ちなつも、ゆきも声をあげて笑ってしまった。笑い声が重なって、部屋の空気はさらにあたたかくなる。窓の外には冬の夜が広がっているのに、この場所だけは、まるで灯りをともしたみたいに明るくて、やさしい(?)時間が流れていた。
「あのさ、スマホの動画をテレビに映せるケーブル持ってきたんだけど、見てみない?体育祭の時に宗真とちなっちゃんが踊ってたチアダンスの動画とか入ってるよ」
ゆきが少し得意げにスマホを掲げると、ちなつの顔がぱっと明るくなる。
「わー、懐かしいね!もう半年前か……」
(そんな前になるのか…)
あの時の空気や熱気が、ほんの一瞬で蘇る気がして、宗真は小さく息をついた。
「うちのテレビで見れるといいんだけど……」
「たぶんいけると思います!えっと、ここに繋げて……」
ゆきは静乃に確認しながら、慣れた手つきで機器をセットし始める。ケーブルを繋いで、画面を切り替えて――少しだけ手間取る様子もまた、どこか楽しい。
「あたしの席からはちょっと遠かったから楽しみ!」
響がわくわくした様子で身を乗り出すと、自然とみんなの視線もテレビに集まっていく。
やがて画面に映し出されたのは、あの日のグラウンド。歓声、音楽、そして――
センターで踊る宗真。その横で踊るちなつの姿。皆チキンやお菓子をつまみながら、映像に見入っていた。時折「ここすごい!」「この振り揃ってる!」なんて声が上がって、部屋はさらに賑やかになる。
そんな中で宗真は、画面の中の自分をじっと見つめていた。
(この時は、男どもにエロい目で見られんのが嫌だったな……)
軽やかに、楽しそうに踊っている。でもその裏で、確かに感じていた視線の重さ。
(今思うと、この時にオレの中では見てほしいヤツとそうじゃないヤツと、はっきりしてきてたのかな)
ぼんやりと、そんなことを考える。そして、ふと頭に浮かぶのは――あの出来事。
ダンスが終わったあと、クラスの男子に呼び出され「お前以外の女子はレベルが低い」とか、「中身が男でもいい」などと一方的で、どこかズレた言葉を並べられ。断って、その場を離れようとしたのに――腕を掴まれて、引き止められた。
その時。間に入ってくれたのが、ヨツダだった。何も言わずに、でもはっきりと守るように立ってくれて。あの時の空気と安心感を、宗真は今でもはっきり覚えている。
(もしかしてあの時から、オレ、あいつのこと……?)
胸の奥が、少しだけざわついた。
「宗真、なんか顔赤いけどだいじょぶー?」
ちなつに不意に声をかけられて、はっと現実に引き戻される。
「や、なんか改めて自分が踊ってるとこ見るとちょっと恥ずかしいなって……あはは!」
ごまかすように笑うと、
「えー?こんなに堂々と踊ってカッコいいんだからもっと自信持っていいのに……」
「そうだよねー、センターだよ?」
ちなつとゆきは素直に褒めてくる。画面の中の自分と、今ここにいる自分。その間にある距離が、少しだけ縮まった気がして――宗真は照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに笑った。
「あんたのことだから、吉田くんのことでも考えてたんじゃない?」
軽い調子で投げられた一言に、空気がほんの少しだけ変わる。
「響、ちょっと……」
静乃が小さくたしなめるように言う。それは、まだ軽々しく口にしていい話じゃない――そんな空気を含んでいた。
ヨツダと光のページェントを見に行った夜。人混みの中で交わした言葉と、静かに結んだ約束。
これからは、お互いに――ずっとそばにいる。そのことは、まだ宗真の家族にしか話していなかった。
「……いいよ、静姉。どうせこいつらにもそのうちバレてたたろうし。今日は女子会だしな」
少し照れたように笑いながらも、どこか腹をくくったような声。
「へー、随分余裕ねぇ」
からかうように肩をすくめる静乃に、
「え、どういうことですか?」
ゆきがきょとんとした顔で身を乗り出す。
「あのね、こないだ宗真と吉田くん……」
響がわざと間を取って、にやりと笑う。その“溜め”に、ちなつとゆきの期待が一気に膨らんでいくのが分かる。
「「えーーーーっ!?」」
次の瞬間、部屋いっぱいに大きな驚きの声が響いた。
「ちょ、ちょっと待って!?どういうこと!?」
「吉田くんってあの吉田くんだよね!?え、いつの間に!?」
一気に詰め寄られて、宗真は思わず一歩のけぞる。
「お、おい落ち着けって!順番に聞け順番に!」
さっきまでの穏やかな空気が嘘みたいに、場は一瞬で大騒ぎに変わる。でもその騒がしさすら、どこか楽しくて、あたたかくて。宗真は少しだけ頬をかきながら、観念したように息をついた。
「……まあ、なんだ。付き合うっていうか」
言葉を探すように一瞬視線を落としてから、
「これからも、ずっと一緒にいようって約束した」
そう言った。一拍の沈黙のあと――
「きゃーーーーーっ!!!!」
「それほぼ付き合ってるやつじゃん!!!」
再び爆発する歓声。響は満足そうに腕を組み、静乃は呆れたようにため息をつきながらも、どこか嬉しそうに微笑んでいた。にぎやかな声と笑い声が重なって、クリスマスの夜は、さらに一段とあたたかく盛り上がっていくのだった。
「どっちから伝えたの?」
興味津々といった様子で身を乗り出すゆきに、宗真は思わず言葉に詰まる。
「え!?えーと、どっちだっけ……?」
記憶を辿ろうとするが、あの夜のやり取りは不思議と輪郭がぼやけている。
はっきり覚えているのは言葉そのものじゃなくて――ただ、“お互いにそばにいたい”と確かめ合えた、その気持ちの方だった。
「他の奴といるなよって先に言ったのはオレだけど、スキって言ったのは向こう……だったような気が」
「えー!?『先に』ってことは吉田くんも同じこと言ってたんだ…!」
「それって両想いじゃんね〜!」
きゃいきゃいと盛り上がるふたりに、宗真は照れくさそうに視線を逸らす。
(あれ?ちなっちゃん、自分以外の恋バナには結構鋭くない…?)
そんなことを内心で思いながら、ゆきはくすっと小さく笑った。
こうして中一組が賑やかに盛り上がる中、静乃と響はそっと席を立ち、少し離れた場所へ移動する。笑い声が少し遠くなったところで、静乃がふっと肩の力を抜いた。
「なんだか若い子達が来ると元気貰えるな〜」
しみじみとした口調に、
「お姉、さっきの宗真じゃないけどその発言はフケてる感じするよ」
すかさず突っ込みが入る。
「あ、あんたまでっ!」
むっとしたように言い返すが、その顔にはどこか柔らかい笑みが浮かんでいた。
「でもほんとに賑やかでいい子達だよね。これも宗真が繋いでくれた縁か〜」
リビングの方に目をやると、宗真たちが楽しそうに笑っている。その中心にいる姿が、少しだけ誇らしくも見えた。
「……不謹慎かもだけど、呪い様様ってことになるのかしらね?」
ぽつりと漏れた言葉に、響が少しだけ目を細める。
「宗真が男の子のままだったら、あの子達をうちに連れてくることも……吉田くんと付き合うことにも、なっていたかどうか」
過去の“もしも”を思い描くように、静乃は静かに続けた。
「お姉、すっかり宗真の呪いのことどうでもよくなってない?」
響は半分呆れたように言いながらも、その声はどこか優しい。
「あんたはどうなのよ?跡継ぎだってちゃんと話ついて、学校も元気に通って、今こうしてあの子が友達や好きな人に囲まれてる。他に何か望むことなんてある?」
問いかけるようでいて、もう答えは分かっているような言い方だった。響は少しだけ考えるように視線を落とし、それから小さく息を吐く。
「今のお姉、あの時のお母さん(仮)と同じこと言ってない?」
宗真と響の中学の体育祭や静乃の高校の文化祭に現れた、例の狐の面の女性。響に問い詰められた彼女は、宗真が女の子になって楽しそうにしているのならそれが一番だと筆談で答えた。そのやり取りの証拠になる一筆箋は不慮の事故で燃えてしまい、女性を母親だと断定まではできなかった。
静乃はそもそも、宗真がいつまで女の子でいるか分からないし、いつかは男に戻る日が来るからこそ、今しかできないお洒落や性教育などに付き合ってあげていた節があった。しかし、いつの間にか静乃自身も宗真が女の子でいることを完全に受け入れていたのかもしれない。
「そうね。良くない……のかもしれないけど。でも、今更呪いを解くのもなんだか酷な気がして」
「……まあ、わざわざ今の生活を取り上げることもないか」
再びリビングの方へ目を向けると、変わらず楽しそうな笑い声が、あたたかく響いていた。その光景が、何よりの答えのように思えた。
プレゼント交換で宗真の元に回ってきた箱は、やけに軽くて、妙に嫌な予感がした。
リボンをほどいて中を開けると――真っ赤な布地に白いファー。
いかにも“それ”と分かる、サンタのコスプレ衣装。しかも、どう見ても露出度が高めのタイプだ。
「うわ、なんだよこれ〜!誰のやつ?」
思わず声を上げると、
「……私のだけど、なんか文句ある?」
静かに、しかし圧のある声が返ってきた。……静乃だった。
「ありません!」
即答だった。
「あはは。宗真って本当にお姉さんに頭が上がらないね」
「せっかくだから着てみたら?」
「写真撮って吉田くんに送ろうよ〜」
「な、なんであいつに……!」
反射的に否定しながらも、どこか動揺しているのが丸わかりで、周りからくすくすと笑いが漏れる。
結局、まんざらでもなかったのか――宗真は衣装を手に、そそくさと別室へと消えていった。少しして。
「き、着たけど……」
ドアが開き、遠慮がちに顔を覗かせる。
「なんかこれムネんとこがスースーしてない?……サイズあってんの?」
出てきた姿は、確かにサンタ。けれど、胸元の布が明らかに余っていて、手で押さえないとずり落ちてしまいそうになっている。そのアンバランスさに、思わず場に笑いが広がる。
「じゃあさ、これ入れてみたら?」
ちなつが手に取ったのは、パーティの飾りに使っていた小さな風船。空気を少し抜いて、隙間にぽん、とひとつ。もうひとつも同じように詰めてみると――
ふわっと、自然な丸みが生まれた。
「おっ!なんかいい感じになった!ムネもデカくなった気がするしな!」
思わずその場でくるっと回って見せる宗真に、
「風船だけどね?」
冷静なツッコミが入る。
「でも似合ってるじゃん、ちゃんとサンタっぽいよ」
「ほんとほんと!かわいい!」
「写真撮ろう写真!」
次の瞬間には、スマホのカメラが一斉に向けられていた。
「ちょ、待てって!まだ心の準備が――
言い終わる前に、パシャッとシャッター音。笑い声とフラッシュに包まれて、宗真は観念したように肩をすくめる。その表情はどこか恥ずかしそうで、でも楽しそうで――にぎやかなクリスマスの夜は、まだまだ終わりそうになかった。
そして、賑やかな時間も過ぎ――気づけば外はすっかり夜の色に染まっていた。宗二の車で、ちなつとゆきをそれぞれ送り届ける。
「今日は楽しかった!また学校でね!」
「またなっ」
ゆきを下ろし、あとは月城家へ帰るだけ――のはずだったが。
「父ちゃん、ちょっと寄りたいとこあるんだけど、いい?帰りは歩きで大丈夫だから」
「本当に大丈夫か?」
「うん。カレシに送ってもらうからさ」
「……そうか」
短い沈黙のあと、宗二はそれ以上何も言わなかった。やがて車が止まり、宗真が降り立ったのは――吉田家のあるマンションの前だった。
事前に連絡していたからか、エントランスへ向かうと、すでに「彼」はそこにいた。
「……お前、何その格好?」
「見たらわかんだろ?メリークリスマスってことで!今女子会しててさ、これは静姉から貰ったんだっ。お菓子も持ってきた!余りもんけど……」
誇らしげに言いながら、くるっと軽く回ってみせる。
「……まさかそれ着て外歩いてうちまで来たのか?」
「ここまでは父ちゃんが車で送ってくれた!」
「そんな肌出てたら風邪ひくだろ、ちょっと待ってろ」
そう言うなり、ヨツダはエントランスの奥へ引っ込んでいく。しばらくして戻ってきた彼の手には、厚手のウールコートがあった。
「……これ羽織ってろ。寒いだろ」
「あ、ありがと……って、お母さんか!」
思わずツッコミを入れながらも受け取るが――
「なんでせっかくオレがこんな可愛いサンタになって来てやってんのに、コート着せようとするなんて……」
どうやら“感想を聞くまで”は羽織る気がないらしい。ほんの一歩、距離を詰める。
「…オレはお前に一番可愛いとこを見せたいだけなのに、お前は違うの?」
いつもの軽口とは違う、まっすぐな声音。冗談の色は、どこにもなかった。
「……」
少しの沈黙。
「だって、今日のお前……すごく可愛いけど……胸のとこ、なんか変だし。あんま見ない方がいいだろ、そういうの」
「!!」
その言葉で――ようやく気づく。さっき詰めたはずの風船が、ない。どうやら車の中で落としてきてしまったらしく、今の宗真は、胸元の布がだらりと下がったまま。その隙間からは――ブラが、しっかり見えていた。しかも以前チュチュアンナで買った、宗真にしては少し派手な上下セットの下着。
「っ……!!」
一瞬で顔に熱が集まる。さっきまでの“見せつける気満々のサンタ”はどこへやら、今度は本気で隠すように胸元を押さえた。
「な、なんで早く言わねーんだよ!!」
「言えるかよ!」
思わず声を荒げる二人。けれど次の瞬間――どちらともなく吹き出した。さっきまでの騒がしさとは違う、少しだけ静かで、でも確かに温かい時間が、そこにあった。
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