――夕方。
仙台ローカルの情報番組が
月城家の居間のテレビに映っている。
「こちら、
八木山ベミーランドでは現在、1日10食限定の“カップル限定パフェ”が大人気でして
――」
画面には、やたらと高さのある巨大パフェ。ハート型のチョコが刺さっている。
宗真は思わず身を乗り出して画面に食いつく。
「うわー、うまそ
……! ん? カップル限定?」
一瞬止まる。
「
……そうだ!」
ぱっと顔を上げる宗真。ろくでもないことを思いついた顔だ。
翌日の帰り道。ヨツダが所属するサッカー部が休みの日なので、宗真はヨツダと二人で帰っていた。
「なあ、今度さ、二人で八木山の方行かね?」
「なんで急に?
……てか、二人?」
(嬉しいけど、なんでだよ)
宗真はニヤッと笑う。
「お前のデートの練習に付き合ってやるって言ってんの。好きなヤツいるって言ってたじゃん?まずはちゃんとオレのことエスコートできるか見てやるよ」
「
……そんなんいいって」
「照れんなよ〜。オレとお前の仲じゃん?」
(
……だからこそだよ!)
――とは言えない。そしていつものように、断りきれない。そこへ。
「ん、お二人さんお熱いなぁ〜?」
嵐士が乱入する。
「うるせえな! やるか!?」
咄嗟に謎のファイティングポーズ。というか、『ドラゴンボール』19巻2コマ目の悟空の構えだが、誰も突っ込まない。
「何をだよ
……」
「てかなんでこんなとこにいんだよ!」
「だってボク、吉田くんと同じマンションなんやからしゃあないやん。後つけてた訳ちゃうで?」
「そういえばそうだった
……」
嵐士はにやにやしながら二人を見比べる。
「というわけで、偶然聞こえちゃったわけやけど
……ボクも行ってもええ?」
ヨツダとしては、まだ二人きりで本格的にデートをする心の準備ができていない。ある意味ありがたい申し出だったが
――
「そしたら二人きりのデートの練習にならないだろ!」
即答。バッサリ。
「あーあ、フラれてもうた。やっぱ宗真くんは吉田くんと相思相愛なんか〜。ヨヨヨ〜」
わざとらしい泣き真似。
「うるせえ、どっか行っちまえ!
……って、ソーシソーアイってなんだ? なんかのスキルか?」
(こいつ、ほんと偏差値が低い
……)
夕暮れの帰り道に、三人の声がやたら響いた。
――そしてヨツダは気づいていない。
この“デートの練習”が、ただの練習で終わらない可能性に。
宗真の家の前で別れる。「じゃあな」と軽く手を振る宗真の背中を見送りながら、ヨツダは一度だけ視線を逸らした。
――問題はそのあとだ。
ヨツダと嵐士は同じ方向、というか同じマンション住まい。振り切ることもできず、なんとなく並んで歩く形になる。
「ちょ〜、吉田くん! そんな早く歩かなくてもええやんか」
ヨツダは足を緩めない。
「
……お前に恨みはないけど、話す用もないし」
(ていうか、こいつと宗真が決闘してから、あいつの顔まともに見れなくなってきてるし。お前さえいなければ、俺はこんなことには
……)
――とはいえ。嵐士が現れる前から、自分の気持ちはだいぶおかしかった。
半ば八つ当たりだとわかっている。それでも、嵐士への苦手意識は簡単に消えるものではない。嵐士は横から顔を覗き込む。
「なんや、冷たいなぁ。ははーん、さては緊張してんな?」
「は? 何言ってんだよ
……」
「宗真くんとデートするの、そんなに緊張するもんなんか? 小学校からの幼なじみなんやろ? ていうかデートいうてもイコール付き合うってわけやないんやし、二人で出かけることなんて昔から
――」
ヨツダは足を止めた。
「
……やってねえよ、ほとんど」
嵐士が一瞬きょとんとする。
「小学校の頃のあいつは稽古漬けで、放課後に遊んだことだって滅多になくて
……最近になってようやく、跡継ぎじゃなくなっ
――」
はっと口をつぐむ。
(あれ、このことはコイツに聞かれて良かったんだったか?)
表情の変化を察したのか、嵐士がひらりと手を振る。
「ああ、その辺は気にせんでええよ。ボクは赤星流の
者やけど、別に月城流を潰したいわけやないしな? 宗真くんが跡継ぎやないのも、もう向こうさん含めて知っとるし」
「
……え? じゃあ何が目的なんだよ、お前」
嵐士は少しだけ目を細める。
「んー、とりあえず
……宗真くんのボディガード、とでも言っとくかな?」
(ほんとかよ
……)
胡散臭さしかない。嵐士は肩をすくめる。
「話を戻すとやな。吉田くんが宗真くんと、思ったより二人きりで遊んだことないっちゅーのはよう分かったわ。幼なじみ言うても、放課後に限れば
江沼くんと吉田くんで一緒におった時間は、思ったより差はないのかもな?」
「
……なんでそこで
海成の名前が出てくるんだよ!」
「何言うてんねん。吉田くんの恋のライバルやろ?」
「“恋の”って
……あのなぁ」
思わず顔が熱くなる。嵐士はにやにやと笑う。
「自覚ないんは罪やなぁ、吉田くん?」
マンションのエントランスが見えてくる。ヨツダは小さく舌打ちした。
――ほんとに同じ家なのかよ。
そう思いながらも、胸の奥のざわつきは、嵐士のせいだけではなかった。
マンションのエントランスに着く。自動ドアが開き、二人は無言のまま中へ入った。それぞれ自分の郵便受けを開け、チラシや封筒を確認する。
やがてエレベーターへ。狭い箱の中、微妙な沈黙が落ちる。チン、と軽い音を立てて扉が閉まった。
「なあ。デートのこと、江沼くんに言ってもええ?」
「
……知らねえよ。宗真に聞いてみれば」
嵐士は小さく肩をすくめる。
「吉田くん、宗真くんと違うて頭ええ方やのに
……そんなにわかりにくい質問やったかな?」
ヨツダが眉をひそめる。
「ボクが江沼くんにデートのことを教えるん、“宗真くんが”やなくて、“吉田くんが”どう思うかを聞いてるんやけど?」
一瞬、息が詰まる。
「い、言うなよ! あいつを、傷つけたくない
……」
咄嗟に出た言葉だった。嵐士はじっと横顔を見る。
「それって、本気で江沼くんを心配する優しさで言ってるんかな?」
間。
「それとも、邪魔されたくないから言ってるんかな
……?」
エレベーターが減速する。ヨツダの住む低層階に到着した。チン、と乾いた音。扉が開く。
ヨツダは一歩踏み出しかけて、振り返らないまま言った。
「
……両方だよ」
そのまま外へ出る。扉が閉まる直前、嵐士の視線を感じた。完全に閉じきってから、ヨツダは小さく息を吐く。
胸の奥がざわついている。エレベーターの中で、嵐士はにやりと笑った。
(ま、どっちだろうと
……こんなおもろい話、ボクが黙ってられるわけないんやけどな?)
上昇する箱の中で、その笑みだけがやけに楽しげだった。
――デート当日。
二人は仙台駅方面へ向かうバス停の前で待ち合わせた。ヨツダの方が少し早く着いていた。腕時計をちらりと見たところで、遠くから小さな影が駆けてくる。宗真だ。
どうやら静乃に叩き起こされたらしいが、なんとか時間には間に合ったようだ。
「おはよっ! 結構待ったか?」
「いや、今来たとこだか、ら
……」
言葉が途中で止まる。今日の宗真は、いつもとまるで違っていた。
静乃に事前に相談し、“参戦服”をテーマに仕上げてもらったらしい。
ボウタイブラウスに淡いカーディガン。ピンクの千鳥格子柄の台形スカート。黒のストッキングに、黒の厚底レースアップブーツ。
中一女子としてはやや小柄な146cmの身長にヒールの高さが加わり、いつもより少しだけ大人びて見える。
……なのに。
宗真は、何も言わない。
(なんで、いつもみたく「可愛いだろ?」とか言ってこないんだよ
……?)
そう言ってきさえすれば、今日に限っては言うつもりだった。今まで一度も、面と向かっては言えなかった言葉。
――可愛い、と。
沈黙が数秒。宗真がじっとこちらを見上げる。
「はい、減点〜」
「は?」
「待ち合わせ場所に来た女の子のお洒落を褒めないとかないわー。もう80点まで下がったかんな」
「減点方式なのかよ
……」
宗真は得意げに胸を張る。
「女のデートはそういうものだってAIが言ってたぞ!」※諸説あります
「なんで急にAIの言いなりに
……」
「そんなんだから杏奈さんにも20点とか言われんだよ〜。あ、バス来た」
ちょうどタイミングよくバスが滑り込んでくる。宗真は勢いよく乗り込もうと一歩踏み出す
――が、右から来ていた自転車に気づいていなかった。
「おいっ!」
咄嗟に宗真の手を引く。キッ、とブレーキ音。自転車はすんでのところで通り過ぎた。
最悪の事態は回避。
「周り見ろよ、危ねえだろ
……」
「ごめん、ありがと
……」
そのまま、手を握ったまま。半ば無意識で、二人はバスへと乗り込んだ。
乗車してから、宗真がはっとする。
「い、いつまで握ってんだよ! バカ!」
「わ、悪い
……」
慌てて手を離す。二人とも視線を逸らしたまま、空いている席に並んで座る。
(くそ、こっちがドキドキしてどうすんだよ
……!)
バスが発車する。窓の外の景色がゆっくり流れ始める中、二人の間には、さっきまでとは違う沈黙が落ちていた。
仙台駅から市営地下鉄に乗り、八木山動物公園駅へ。改札を抜け、地上へ出る。
晴天。空気は少し冷たいが、日差しはやわらかい。ヨツダは動物園の案内板の方へ足を向けた。今日のためにデートプランを彼なりに練ってきたのだ。
――だが。
宗真は迷いなく、動物園ではなくべミーランドの方へ歩き出した。
※八木山動物公園とべミーランドは隣接しています!
「おい、べミーランドの方行くのか? 俺、動物園行こうって色々調べて
……」
「そんなん知るかよ。オレはべミーランドがいいの!」
「は?」
一瞬、カチンと来る。だが。
(まあ、こいつがこんな調子なのはいつもの事か)
すぐに飲み込んだ。
「言っとくけど、べミーランドのことは全然調べてねえからな」
「なんでもいいって! とりあえず10食限定行こ!」
「なんだ? 10食限定って
……」
宗真はくるりと振り返る。
「んー? テレビでやってたんだよ。カップル限定のでけーパフェがめちゃくちゃ美味そうでさ〜!」
「食い物かよ
……」
ヨツダは溜息をつく。
「へ?なんだよ急に、ノリ悪いな。お腹痛いとかか? じゃあもう
――」
すると突然、どこからか海成と嵐士が割って入ってきた。まるで先回りして駅前で待ち構えていたかのように。
……というか、実際嵐士が海成に今日の件を吹き込んでそうしていたのだが。
「あれ?宗真くん、
樹くん、奇遇だね〜!」
「二人ともええ感じ
……でもなさそうやな、意外と?」
「な、なんだよお前らっ!?」
(赤星のやつ、結局バラしてんじゃねえか
……。でも、こいつらが来る前からもう
……)
嵐士は悪びれもせず肩をすくめる。
「いやな、江沼くんがな、天気もええし動物見て癒されたいってボクのこと誘ってきてな〜。そしたら見慣れた顔がべミーランドの方向かってくから、声かけてみたわけや」
「そ、そうなんだよ! ほんと偶然
……」
明らかにぎこちない。宗真は首をかしげつつも、すぐに思いついたように言った。
「あ、そうだ! 海成、パフェとか好き?」
「? うん、人並みには
……」
「べミーランドで、カップル限定パフェっていうのがあってさ。ヨツダのやつを誘ってたんけど、なんか調子悪そうだから、よかったら一緒に食わねえ?」
「え?」
(吉田くんと何かあったのかな? チャンス
……いや、でもこういうのにつけ込むのって、あんまり良くないような)
今の宗真の一言が、ヨツダの逆鱗に触れた。
――誰でもいいのかよ。
「
……俺、もう帰るわ」
「なんだよ、急に機嫌悪くなっちゃって。男のくせにセーリか!?」

無神経な一言。空気が凍りつく。ヨツダは何も言わず、駅の方へ歩き出した。
「宗真くん、今のはアカン」
嵐士の声に、いつものふざけた調子は一切ない。静かな窘め。
「はあ!?お前には関係ないだろ!」
宗真を無視し、嵐士はヨツダの後を追う。その場に残された宗真と海成。
海成は少し迷ってから、やわらかく言った。
「
……宗真くん。ちょっと休憩しない?」
宗真と海成は自販機で飲み物を買い、べミーランド入口前のベンチに腰掛けた。休日のざわめきが遠くに聞こえる。
宗真は炭酸のプルタブを開けながら、むくれたように言った。
「なんだよ、あのパフェ、食いたかったのに
……なあ海成、ほんとに今から行かない?」
海成は少しだけ視線を落とす。
「いつもなら行っただろうけど
……今日は樹くんと約束してたんでしょ? そういうの、よくないと思うな」
(って、カッコつけてるけど。本当は樹くんのことなんて放っておいて今すぐ僕も行きたい。でもそんなことを言ったら、宗真くんはきっと
……)
内心、血の涙である。宗真は炭酸を飲み込みつつ、ちらりと海成を見る。
「
……海成はオレが悪いと思う?」
(宗真くん、拗ねた顔も可愛いな。けど
……)
海成は少し考えてから、穏やかに言う。
「僕はまだ、宗真くんと樹くんの間で何があったか知らないから、何とも言えないかな。
……話してくれる?」
宗真は少し迷ってから、ぽつりと語り出す。
「
……こないだテレビでさ、べミーランドのパフェのことやってて。で、この前ヨツダが、好きな人がいるって言ってクラスの女の子からの告白断ってて
……」
「え!?」
(そんなことが? 僕はそこからもう、ついていけてない
……)
「オレ、その現場をたまたま見ちゃって」
(「たまたま」っていうのは、どうにもウソっぽいけど
……)
宗真は気づかずに続ける。
「それで、あいつに好きな子がいるんだったら、デートの練習なら付き合うって約束したんだ。だからカップル限定パフェ食べに行くのにちょうどいいかと思って、八木山行こうって誘ってたんだ」
「ああ
……八木山って、動物園と遊園地、両方あるからね」
「そしたらあいつ、動物園の方に行きたかったっぽくてさ
……オレよりシロクマの方がいいのかな? まあここにいるシロクマは最近生まれたばかりの赤ちゃんだし、確かに可愛いけどさ」
「
……話、逸れてない?」
海成はペットボトルのお茶をひと口飲み、続けた。
「僕、思うんだけど。樹くんはさ、宗真くんとデートに行くって決まった時に、きっとすごく準備してきたと思うんだ」
「デートじゃなくて、デートの『練習』な」
「そこは、きっと樹くんにとっては同じようなものなんだよ」
「えー、そうなのか?」
海成は笑う。
「
……うん。宗真くんだって、今日はいつもよりお洒落頑張って、とびきり可愛くしてきたでしょ? それと一緒だよ」
宗真は、少しだけ目を見開いた。自分の服装を見下ろす。黒いストッキング。ピンクの千鳥格子。いつもよりヒールの高いブーツ。
「
……そっか
……」
風が少し吹く。べミーランドの入口ゲートが、きらきらと陽を反射していた。
――その頃。
ヨツダは駅には向かわず、本来行くはずだった動物園の中にいた。
カバの展示前。巨体が勢いよく水に飛び込む。
盛大な水しぶきが上がり、観客が一斉に声を上げ、スマホを構える。
(カバって、大人しいかと思ってたけど
……結構動き激しいな)
ヨツダは、こうしてモヤモヤした時は、単純な運動をしたり、今のように別のものに意識を集中させたりして、気持ちを切り替えるタイプだった。
「おー、いたいた。吉田くん、カバ好きなんか?意外
……ってほどでもないか。割とイメージ通りでもあんなぁ」
「
……監視対象、宗真から俺に変わったのか?」
「いや、今日はオフやから。単にボクが今こっち来たい気分ってだけ」
「あっそ」
再び、水音。嵐士は柵にもたれかかる。
「カバって哺乳類最強説とかあったよな? 実際迫力あるし、まあ見てて飽きんとこあるよなぁ?」
「そうなんだよ。時速3~40kmで走れるし、泳いだらそれよりも速いし、重さも何tもあって、野生にいたら
……」
嵐士が横目で見る。
「急に早口で喋るやん
……吉田くん、意外にもカバ話でスイッチ入るタイプやったんか」
――違う。ただ、宗真とは関係のない話をしたかっただけだ。頭を冷やすために。たとえ相手が嵐士でも。
二人はそのまま園内のカフェテリアに入り、コーヒーを頼んだ。紙カップから立ち上る湯気。
ヨツダはしばらく無言で、やがて口を開く。
「
……あのさ、赤星。前に“大切な人”がいるって言ってたよな。それって
……」
――以前。海成に宗真へ近づきすぎだと咎められた嵐士は、こう言っていた。
「安心してええよ。ボクは、ボクの“大切な人”以外に深入りする気はあらへん」と。
嵐士はにやりと笑う。
「吉田くん、ボクの話覚えててくれるなんて嬉しいなあ〜。やっぱ好きなんか、ボクのこと」
「
……嫌いじゃないけど、好きでもねえよ」
本気で興味があったわけではない。ただ、今は宗真以外のことで頭を満たしたかった。
「その人って
……どんな人なんだ?」
嵐士は少しだけ視線を落とした。
「
……ええ子やったわ。ボクと一緒に稽古しとった、赤星流の門下生でな。稽古もボクなんかよりずっと真面目に受けとった。次期当主なんか言われとって
……けど」
「けど?」
「
……事故や。人って意外と死なんこともあるけど
……死ぬ時はあっけなく死ぬんやなって。で、一応ボク、繰り上げで次期当主になった、てわけ」
紙コップを握る手が、少し強くなる。
(こいつ、軽いヤツだと思ってたけど
……)
「
……お前、結構苦労してきたんだな」
一瞬の沈黙。そして。
「まあ、今考えたウソやけど」
「はあ!?」
嵐士は腹を抱えて笑う。
「信じちゃった? ははーん、そういうピュアな所が宗真くんに刺さるんかもなぁ?」
「もう、あいつの名前出すんじゃねえよ!」
カップが机に軽く当たる。嵐士は笑いながらも、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
(ま、ウソいうのもウソやけどな。吉田くんにならなんか話したくなった
……ってとこか)
窓の外では、またカバが水を跳ね上げていた。
その頃。海成から嵐士へ、スマートフォンにメッセージが届いていた。
海成《今どこ?》
嵐士《吉田くんと動物園デート中。着いたら連絡してもらえればそっち行くから》
――そして。
海成は宗真の隣に立ち、優しく言った。
「
……宗真くん。動物園の方行こっか。ちょっと気分転換にさ? 入場料もべミーランドより安いし」
「うん
……」
立ち上がりかけて、ふと。宗真は海成のシャツの袖を、きゅっと掴んだ。
「大丈夫? まだ、座ってたかった?」
宗真は視線を落としたまま、ぽつりと言う。
「あのさ。次にヨツダに会って、謝ったとして
……許してもらえる、かな?」
海成は少し目を丸くする。
「へ? 樹くんとは付き合いも長いし
……今までケンカしても、すぐ仲直りしてきたでしょ?」
「それでもさ
……あいつがオレにあそこまで怒るとこ、初めて見たから
……。ほんとに酷いこと言っちゃったし」
(まあ、「男のくせに生理か?」もだいぶ暴言だったけど
……いちばんは「そんなの知るかよ」だよな。樹くんはきっと、本番のデートのつもりでちゃんと準備してたのに
……)
海成は一度息を整えてから、静かに言う。
「樹くんなりにエスコートしようと頑張ってたことは
……宗真くんが最初からパフェ目当てだったとしても、ちゃんと汲み取ってあげないといけなかったかもね」
「うん
……」
肩が少し落ちる。
「
……でもね。樹くんは、そんな宗真くんのこともきっと、嫌いになることはないと思う。だから大丈夫だよ」
宗真は顔を上げた。
「なんで? あいつ、好きな人いるのに
……」
(ちょっと樹くんのアシストしすぎたか?)
海成は少しだけ笑う。
「まあ、僕の勘ってことにしてよ」
宗真はじっと見つめてから、鼻で笑う。
「ふーん? お前、時々不思議ちゃんだよな〜」
(
……君ほどじゃないけどね)
袖を掴んでいた手が、そっと離れる。二人は並んで、動物園の入口へ歩き出した。
宗真と海成は、べミーランド側に近い東門から園内へ入り、ほど近いペンギン舎の前でヨツダと嵐士の姿を見つけた。
水槽の中を泳ぐペンギンたち。ガラス越しに子どもたちの歓声が上がっている。
「ほら、樹くん達、いたよ」
「うん
……」
一瞬ためらってから、宗真はヨツダに向かって駆け出した。
「ヨツダっ!」
「な
……なんだよ?」
振り向いた瞬間
――宗真は、まっすぐに頭を下げた。
「
……ごめん!」
周囲のざわめきの中でも、その声ははっきりと響いた。
「オレ
……食い物のことばかり考えて、お前の気持ちとか、色々準備してくれたこととか、全然考えられてなくて
……無神経だった」
(こいつがこんなにストレートに謝ってくるなんて
……雪でも降るんじゃ?)
宗真は顔を上げ、少し照れくさそうに指先をいじる。
「あのさ、今更だけど
……お前の考えたデートプランで、動物園回らね?」
ヨツダは目を瞬かせた。
「もういいのか? あんなにパフェ食べたがってたくせに」
宗真は少しだけ視線を逸らす。
「
……いいんだ。パフェよりも、お前と仲直りすることの方が大事だし」
「食べ物と比べられるんだな、俺は
……」
「なんだよ〜! じゃあパフェ食べ行っちゃうもんね
……って、あれっ!?」
「どうした?」
宗真がスマホを見せる。べミーランドの公式SNSには、
《本日のカップル限定パフェは品切れです》の投稿。
「もう、パフェ売り切れだって
……」
ヨツダは少しだけ笑う。
「
……そっか。でもまあ、またそのうち来ればいいだろ」
「だなー。パフェは今度にしよっか」
(え? 樹くん、何ちゃっかり次の約束取り付けてるの? どうしたらそのスピード感が身につくんだろう?)
宗真はぱっと表情を明るくする。
「じゃー諦めもついたし、動物園回るかなー!
……でも腹減ったかも!」
「おい、まだ午前だぞ?
……でも混む前に食べるのもアリか」
「うんうん! オレはそこもちゃんと計算に入れて
――」
「いや、パフェ食べるつもりで朝抜いてきただけだろ?」
「うわ、バレてた〜! やっぱお前にはわかっちゃうか!」
「
……お前ほど単純なやつもいないからな」
(ある意味、いちばん面倒くさくて、わかりにくくもあるけど
……)
宗真はにやっと笑う。
「じゃー昼メシのエスコート頼むわ!」
「はいはい
……」
二人は並んで歩き出す。
その途中、宗真はくるりと振り返り、嵐士と海成の元へ駆け寄った。
「
……お前らもありがとな。お前らがいなかったらオレ、ヨツダと喧嘩別れしてたかも
……」
嵐士は肩をすくめる。
「あーあ。ほんま世話焼ける二人やな。なぁ?」
「う、うん
……まあ
……」
嵐士は小声で言う。
「もしかして、ボクらもうあんまついてかん方がええ感じ?」
海成は少し迷いながらも、二人の背中を見る。
「宗真くんに変なことしないかな
……まあ、樹くんなら大丈夫か」
ヨツダと宗真は、すでに園内マップを覗き込みながら何やら相談している。嵐士はくすっと笑った。
「ほな、ボクらはボクらで回ろか。男二人の動物園デートっちゅーのも、まあ悪くないやろ。
……な?」
海成は苦笑しながら頷く。ペンギンたちが、水の中をすいすいと泳いでいた。
「なー、こっちの食堂じゃダメなの? ラーメンとかうどんとかあるけど
……」
園内マップを片手に、宗真は少し不満げに言う。
「ああ、こっちのレストランのピザが美味いんだって」
「ふーん? つってもこういうとこのってきっと冷凍だろ? 不味くはないだろうけど、なんとなく想像つくっていうか
……」
ヨツダは何も言わなかった。少しだけ口元を引き結び、そのままレジへ向かう。
まだ11時台。ピークタイム前で席も余裕がある。注文したのは、マルゲリータとクワトロフォルマッジ。番号札を受け取り、窓際の席へ。
やがて運ばれてきた焼きたてのピザから、香ばしい匂いが立ちのぼる。宗真が一切れ手に取り、ひと口。
「う
……うめえ!? なんでこんな美味いんだ?」
目を丸くする。ヨツダは少しだけ得意げに顎で厨房を示した。
「厨房の方見てみろって。生地もレトルトじゃなくて、そこのピザ窯で焼いてるんだよ」
宗真は振り返る。ガラス越しに見える本格的な石窯。
「すげえな! 本格的なやつじゃん!? てか、そういうのもちゃんと調べてんだな
……お前、結構マメなとこあるよな」
ヨツダは視線を逸らし、コーラを一口飲む。耳が少し赤い。宗真はニヤリと笑った。
「お前、案外いいカレシになりそうだな?」
「え
……」
「なーに分かりやすく照れてんだよ。オレ相手に照れてたら、本命の子相手にどうすんだよっ?」
ヨツダは言葉に詰まる。
(だから、お前だからだよ
……)
――とは、言えるはずもなく。ヨツダはただ、ピザをもう一切れ手に取った。チーズが伸びる。その沈黙の意味に、宗真はまだ気づいていない。