ポほ
2026-03-28 05:54:44
2296文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

風邪の翌朝

りやめ二学期編第9.5話

 宗真がヨツダと海成の家にお見舞いに行った日の翌朝。海成は、いつも通りの時間に一組の教室へ入ってきた。
 顔色も悪くない。
「おはよ。風邪、治ったか?」
 ヨツダが声をかけると、海成は柔らかく笑う。
「うん、お陰様でね。桃のゼリー食べたけど、美味しかったよ。ありがとう」
「ああ、良かった」
 ほっとしたように頷く。少し間を置いて、海成がふと思い出したように言った。
「ところで、昨日……僕のお母さんと何話してた?変なこと言われてないよね?」
「えっ?」
 一瞬、言葉に詰まる。
……転勤族だって、あいつ隠してたみたいだったし。黙ってた方がいいよな……?)
 ヨツダは視線を逸らし、できるだけ自然を装う。
……別に普通だよ。これからも仲良くしてもらえたら〜とか、それ系のこと」
「良かった。余計なこと言ってたらどうしようかと思った」
 心底ほっとしたように息をつく海成。
「あはは……
(言わなくてよかった)
 ヨツダは胸の奥で小さく呟いた。

 その頃、三組の教室。登校してきた宗真に、後ろの席の嵐士がにやにやしながら声をかける。
「宗真くん、おはようさん。昨日は吉田くんとのデート楽しかった?もうキスくらいはしたんか?」
……うるせえな。はいはい、したした」
 机に鞄を置きながらの、雑な返事。話半分どころか、ほとんど聞いていない。嵐士は目を輝かせた。
「へーえ?宗真くんって吉田くんとチューしたんや〜、大人やなぁ〜!」
 わざとらしく張り上げられた声。一瞬で、教室がざわつく。
「え、あの月城が……?」
「身体は女の子だから、相手は男?」
「ていうか、吉田って言ってなかった?」
「え、マジ!?」
 ひそひそ、ひそひそ。……宗真はようやく状況を理解し、顔を真っ赤にした。
「わーっ!何勝手なこと言ってんだよっ!」
「だって今、自分で言うたやんか。ちゃんとボクの話聞かんからや」
 嵐士は悪びれもせず、肩をすくめる。教室のざわめきはしばらく収まりそうになかった。

「宗真。……詳しく聞かせて?」
 ゆきが静かに詰め寄る。
「ついに吉田くんとか〜……
 ちなつは面白がるように身を乗り出した。
「ち、違うからなっ! ソースこいつだし!」
 宗真は嵐士を指さす。
「ええ加減、ボクのこと名前で呼んでほしいなぁ?」
 にこにこと言う嵐士を、宗真はきっぱり無視した。
「確かに昨日はあいつと一緒にいたけど……海成が休んでたから、お見舞いに行ったんだよ」
「な、なんだ……びっくりした」
 ゆきが胸をなで下ろす。
「でもさー、デートには変わりないよね?」
 ちなつがすかさず突っ込む。
「お、ちなつちゃん鋭いな〜!で、手ぇくらい繋いだんやろ?」
 嵐士はあくまで軽い調子でからかったつもりだった。だが――
「な、なんで知ってんだよっ!ひょっとして後つけてたとか……?」
 宗真が本気で慌てる。
……いや、ないない。放課後はボクも宗真くんもプライベートやし。宗真くん見守るんは学校いる時だけって、こないだ『かあさん』と約束……って、キミ墓穴掘ったな?」
 にやり。
「吉田くんと、手は繋いでたんだ……?」
 ゆきの声が低くなる。
「宗真、江沼くんの家に行っておきながら……
 ちなつもじとっと見る。
「そ、そういうんじゃねえよ! 暗くて道が怖かったから、つい……!」
 必死の弁明。しかし嵐士は肩をすくめる。
「いやもう、そういう“無意識に頼る”ってのが、既に答え出てるやんか」
……赤星くん、話わかるね?」
 ゆきが真顔で頷く。
「いやー、宗真くんツッコミどころ多いもん。なんならちなつちゃんもな。ゆきちゃん、いつも苦労してるやろ? わかるわかる」
 嵐士は大きく頷き、なぜかゆきとがっしり握手を交わした。
(こいつら……あんまり仲良くなかったのに徒党を組んできてる……!)
 宗真は取り囲まれながら、ひとり天井を仰いだ。教室のざわめきは、まだしばらく収まりそうにない。

 次の休み時間。宗真は迷いなく一組の教室へ向かった。
「海成、風邪よくなったか?」
 机に頬杖をついていた海成が顔を上げ、ふわりと笑う。
「うん。宗真くんと吉田くんが来てくれたお陰で、すっかり元気になったよ」
「良かった〜!桃のゼリー美味かった?」
「うん、喉越しが良くて、熱があっても食べられたよ」
「そっか〜!あれオレも気になっててさ〜!今度買おっ」
 無邪気な調子に、教室の空気も少し柔らぐ。
……変な夢見たせいか、本人を前にしたらまた熱が出ちゃうかも……
 海成は内心でそっと頬に触れた。今のところ平熱だ。たぶん。

 そのとき。
「海成、俺ちょっと熱っぽいかも……保健室行くから、先生に言っといて」
 ヨツダがやや気だるそうに言う。
「え!?うつしちゃったかな……?大丈夫?ごめんね……
 海成が慌てる。
「前から風邪流行ってたし、お前が謝ることじゃねえよ」
 ぶっきらぼうに返すが、声はどこか優しい。
「じゃあオレはなんで平気なの? まさか“バカは風邪ひかない”とか言わねえよな!?」
 宗真が割って入る。
「俺に寄んな、風邪うつるから……じゃ、もう行くから」
ひらひらと手を振り、教室を出ていくヨツダ。
「お見舞い行くからなーっ!!」
 背中に向かって宗真が大声で叫ぶ。
「ぼ、僕もー!」
 海成もつられて声を上げた。廊下に響く二人分の元気な声。
(ああもう、声が頭に響く……
 ヨツダは軽くこめかみを押さえながら、廊下を歩いていった。教室には、まだ二人の声の余韻が残っていた。