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ポほ
2026-03-28 05:49:49
2067文字
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跡取り息子、やめました!?
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天使になった日
りやめ二学期編第8.6話
十字架は死ぬまで背負うもの
「ゆきってほんと頼りになるよなー。オレさっきも
ナプキン
アレ
貸してもらったし」
昼休み、宗真が机に頬杖をつきながら言った。
「えー、宗真また忘れたの?でもわかるな〜。ゆきは優しいし、いつも助けてくれるし。天使さまって感じだよね」
ちなつが笑う。ほかの女子も「それな」と頷く。絆創膏も、替えのナプキンも、いつだってゆきのポーチから出てくる。忘れ物をした子にハンカチを貸して、泣いている子の背中をさりげなくさする。
「天使」「優しい」
その言葉を、ゆきはいつものように笑って受け取る。けれど胸の奥で、小さく何かがひっかかる。
(天使
……
?私が?)
視線を落とすと、机の木目がぼやけた。
――
昔のことを、思い出す。
小学一年生の春。まだ大きすぎるランドセルを背負っていた頃。ゆきは教室の端で本を読んでいた。騒がしいのは苦手だった。鬼ごっこに誘われても、うまく笑えなかった。
その日、目の前に影が落ちた。
「ねえ、何読んでるの?」
顔を上げると、目の前立っていたのは、やけにまっすぐな目をした女の子だった。
「
……
藤枝ゆき」
とっさに、本の題名ではなく自分の名前を答えてしまう。
「フジエダユキって本なの?」
「
……
あ、ごめん、本じゃなくて、わたしの名前だった」
「そっか、ゆきちゃん! あたしは櫻井ちなつ!」
彼女は笑った。ためらいもなく、手を差し出す。
「一緒に遊ぼ!」
その手を取った瞬間、ゆきの世界は少しだけ広がった。ちなつは、ゆきと正反対だった。よく走り、よく転び、よく笑った。誰とでも仲良くなれるのに、不思議と毎日、ゆきの隣に戻ってきた。
それが、うれしかった。それだけで、よかった。
四年生の春。同じクラスになった二人の間に、もう一人の女の子が加わった。
――
水
みな
瀬
せ
あきほ。
明るくて、でも出しゃばらない。空気を読むのが上手で、三人でいるときの距離を自然に整えてくれる子だった。
三人で帰る道。三人で笑う放課後。最初は、本当に楽しかった。
それなのに、いつからだろう。ちなつがあきほと並んで笑っているのを見て、胸がざわつくようになったのは。二人だけで先に校門を出ていく姿を見て、足が止まったのは。
「ゆきもおいで!」と呼ばれて、ほっとしてしまったのは。
(私、やだな)
ちなつは誰と仲良くしたっていい。そんなの当たり前だ。
なのに、心のどこかが言う。
(私だけの
……
)
その思考に気づいた瞬間、ゆきは自分がひどく醜く思えた。
あきほが転校することになったのは、冬の終わりだった。放課後の教室は、いつもより静かだった。
「これ、ゆきに」
封筒を一通。
「それと、ちなつに。今日休みだから、帰りにちなつの家のポストに入れておいてくれる?ゆき、いつも一緒に帰ってるもんね」
「うん、いいよ」
二通の手紙を受け取る。あきほは一瞬だけ、ゆきをまっすぐ見た。何も言わない。けれど、何かを見透かされたような気がした。そのまま彼女は手を振り、教室を出ていった。
ゆきは、二通の手紙を鞄にしまった。
家に帰って、自分宛の封を切る。
「三人でいられて楽しかった」「またどこかで会えたらいいね」
優しくて、少し寂しい、当たり障りのない言葉。
本人に渡すことなく、机の上に置いたままのちなつ宛の封筒を、指先でなぞる。
(きっと、同じようなことが書いてあるんだよね)
そう思いながら、開けない。
(もし、ちなっちゃんのことを一番大好きって書いてあったら?もし、私の知らない二人の思い出があったら?)
怖かった。知らないままでいれば、傷つかない。開けなければ、比べなくて済む。
翌日も、ちなつは風邪で学校を休んだ。「明日でいいよね」と、自分に言い訳をする。
次の日も、なんとなくタイミングを逃した。
(また今度でいいよね)
あきほは、何も言ってこなかった。
そうしているうちに、日にちが過ぎた。そのうちに、遠い街に去っていくあきほを見送った。
封筒は、机の引き出しの奥にしまわれた。
開くことも、渡すこともなく。そして、あきほの名前は、ちなつの口から少しずつ出なくなっていった。
覚えているのは、ゆきだけだった。
(天使っていうのは、私なんかじゃなくて
――
)
そして、現在。
「やっぱこの三人って落ち着くよな〜」
放課後、宗真が笑う。
「うん!」
ちなつも笑う。
今は、ちなつと宗真と、ゆき。また「三人」。
ゆきは微笑む。
「そうだね」
(そういえば今も、三人なんだ)
胸の奥に、あの日の封筒の重さが蘇る。
(今度は、うまくやらなくちゃ)
独り占めしない。誰かを追い出さない。自分の気持ちを押しつけすぎない。
……
時々失敗もするけど。
誰も傷つけない三人でいられるように。だから、ゆきは優しい。誰よりも優しく。
そうしていれば、あの日の自分を、少しだけ許せる気がするから。机の奥に眠ったままの、開かれない手紙。
それを知っているのは、ゆきだけ。
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