機械と少しだけ和解したフリンズさんの話

※ほよふぇあ2025「境界越え彼方へ至る」KVイラストのフリンズさんから着想したパロディです。

「おはようございます、良い朝ですね」
……おはよう、フリンズさん」
 まさかこんな朝の挨拶が出来る距離感になるとは、初対面の時は思いもしなかったね。

 
 一緒に仕事をして上手く行った経験からコンビを組んだ私とフリンズさんだったが、先日なぜか本当に全く理由がよく分からない(私が理解しようとしていない)提案が、彼からあった。
 
『貴女の護衛も兼ねて、僕と一緒に住みませんか?』

「良いわけないですよね⁈」
 記憶に新しい彼の発言を復唱する機会に恵まれたので、あの時の気持ちを表現するために、目の前のテーブルを勢い良くダンッ!と叩く。
『まぁまぁ、落ち着きなさいよ。……すごい音たけれど、平気なの?』
 カメラオフの通話越しに、刻晴先輩が心配してくれている。その優しさが今の私の身に沁みる。
「大丈夫です。テーブルに打ちつけた手が痛いぐらいです」
『そう? なら良いけど、怪我には気をつけなさいよね。――でも貴女は結局、そこに引っ越したんでしょ?」
「だって、あのまま流されそうだったから……
……から?』
「ここに、引っ越しました」

 
 少し前にちょっとした騒動があり、過去に恨みを買った――私ではなくフリンズさんが――相手に自宅付近がバレてしまったため、今後の安寧のために引っ越しは必須だった。手近な良いところをネット上で探し、内見に行くこと数カ所。私ひとりでの内見予定だったが、何故か、フリンズさんが毎回付いてくるのだ。そして、やれここは立地が悪い、やれここは夜道が危険……など、ご意見(文句)を言うのだ。……なんで?
 そんな状況を繰り返し、もう面倒になってきた私が最終的に選んだのは、フリンズさんのマンションの空き部屋――――ではなく、別の階の独り身用の空き物件である。
 
「なぜ貴女は、僕との同室を嫌がるのでしょうか?」
「逆に嫌がらない可能性、選ぶ可能性ありましたか?」
「おや、質問に質問で返すのはあまり良くないですよ」
 
 眉をひそめて納得いかないような顔で、彼はそんなことを言う。……だめだ、口で勝てる相手ではないのだから、相手にし過ぎない。これが大事。最近やっと覚えました。
 というか、ほぼ私が折れる結果になったのだから、早く納得してくれませんか?


 刻晴先輩との通話を終えて、ふぅ……と息を吐く。愚痴まで聞いてくれる優しい先輩だ。今度お礼も兼ねてご飯にでも誘おう。
 ふと窓の外を見ると、日が傾き始めていた。
「コンビニでも行くか」
 暗くなる前には帰りたいし、サッと準備をして玄関に置いてある鍵を取り、お気に入りの置物を一撫でする。それから外へ出て玄関の鍵を閉める。マンションの一階ロビーに着くと……ほら、ね。
 
「こんばんは、良い夜ですね」
「まだ夜じゃないです……てか毎回現れますよね? なんで⁇」
「散歩に行く時間まで重なることが多いとは……僕たちは気が合いますね、ふふっ」
 
 ふふ、じゃないんですよ……まったく。思わず私はガクリと項垂れて、深いため息を吐いてしまう。
 それにしてもおかしい。私の部屋に盗聴器や監視カメラが無いことは確認済みだ。本職の私が見逃す訳ない――はずなのだが。一体どうやって把握されてしまっているのか。……今のところは実害は無いので放置しているけれど、そろそろ種明かしして欲しいところだね。
 
……コンビニ行きますけど、一緒に行きます?」
「是非ご一緒しましょう」
「誘わなくても付いてくる気でしたよね」
「それはそうですね」
 
 一度否定する素振りぐらい……しませんか? いやフリンズさんは、しないか。
 以前、「今後は貴女を護衛します」と宣言されているので、そういうことなのだろう。お礼も兼ねて、コンビニではアイスをひとつ多めに買って渡しておいた。


 ***


 今日は刻晴先輩とランチとショッピングという、最高な休暇だった。沢山お話しして遊んで、気分もリフレッシュできた。次の労働も頑張ろう、と気合を入れつつ一人で自宅まで帰ってきた。
「あれ、そういえば……」と、ふと独りごちる。一人で家まで帰るのって久々かもしれない。何故かいつも隣に、フリンズさんが居るからね。今日は忙しい日とかなのかも。
 …………いや、なんか最近も、こんな事あったよね?

 ――ピピっ
 そんなことを考えた途端、手元の端末が何かを受信する。
…………嘘でしょ?」
 画面を確認して、今まで見たことのない表示に目を見開く。これは、……フリンズさんからの救難信号?
「あ〜〜もう、なんでこんな勘ばかり当たっちゃうんだよぉ!」
 持っていた手荷物を部屋に投げ入れ、いつもの仕事道具を引っ掴み、救難信号の発信場所まで走った。


「おや、早いですね」
……何を、してるんですか、フリンズさんっ」
「貴女が今見ている通りですね。――色々あって、落とし穴に落ちました」

 全力疾走して息が整わない私に対し、涼しい顔をしながら彼はそんなことを言う。物理的に距離があるので、若干声が遠い。
 救難信号があったのは、とある工事現場のようで、ビルの解体工事中のようだ。彼が今いるそこは、落とし穴というには規模が大きすぎる。いつも身につけているランプの蒼い光のおかげで、仄暗い縦穴からボンヤリと彼の姿が浮かんで見えた。
「少し待っていてください、なんとかしてみますので」
「それは心強いです。お待ちしてますね」
 表情は見えないのに、いつものように微笑む彼の顔が見えた気がする。――さてさて、期待に応えるとしますか。

 手元の端末を操作し、工事現場に配置されていたクレーン車をハッキングして、動作確認。……よし、なんとか動かせそうだ。
 クレーン車を動かした経験など勿論ないけれど、そういったゲームで動かしたことあるし、なんとかなるでしょ。
…………よっと」
 やってみたら上手いこと操作できそうで、ちょっと安心。フック部分を縦穴に差し入れていく。少し距離が足りなかったけれど、フリンズさんなら問題なく飛び移れるだろう。
 縦穴の中をもう一度覗き込み、口元に手を添えながら彼に声をかける。
「フリンズさーん。これが限界みたいなので、飛び移ってくださーい」
「結構な高さが、まだあるんですが」
「なんとかしてくださーい」
 小さくため息が聞こえた気がするけれど、フック部分に難なく飛び移る彼が見えた。やっぱり余裕じゃんね。そのままクレーン車を操作して、彼を地上へ引き上げた。

「いやぁ、助かりました。オフの日にすみません。救難信号の送り方がいまだに自信がなくて、結果として貴女にしか送れてなかったみたいです」
「そうでしたか。……で、本当のところは?」
「この機械で救難信号を出す方法をせっかく覚えたので、貴女が来てくださったら嬉しいな――と思い、まずはお一人に送ってみました」
 悪びれもせず、いけしゃあしゃあとそんなことを続けて自白してくる。なんか、途中からそんな感じがしてたので驚くことも出来なかった。
「この縦穴も、一人で脱出できたのでは?」
「流石に大変なので、助けていただきたかったのは本当ですよ」
「その言い方だと、なんとか出来る手段もあったんですか……相変わらずスペック高いですね」
 フリンズさんが壁走りを会得していても違和感がない。なんなら言えばやってくれそう。いや、そんなことはどうでも良くて――

――そもそも、なぜここに? 今日は仕事じゃなかったはず……あれ、そう言うこと……?」
 
 ここまで一人で情報整理をしていたら、ある事に気付いた。気づいてしまった。
「もしかして……ボスから緊急依頼があったけど、私が出かける予定あったのを知ってて、わざと私へ連絡しませんでしたね?」
「ご推察の通りです。相変わらず素晴らしい洞察力ですね」
 パチパチと雑な拍手を笑顔の彼から贈られた。そんな彼を見て、私は苦笑いをするしかなかった。

「あのですね、フリンズさん。私がオフでも用事が入ってても、なるべく来れるようにしますから。次はしっかり教えて下さい。私達はコンビ――なんですからね」
……そうですね。ふふ、分かりました。次回こそは貴女のご随意のままに」

 現場を後にしながら、「そういえば依頼は済んだのですか?」と聞くと、「えぇ勿論。工事現場で暴走した機械を数台壊しただけです」と彼は言う。なるほど、だから工事現場に人気が無いんだなぁ……と思いつつ、勝手にクレーン車動かしてごめんね……と心の中で誰かに向けて謝っておいた。


 
 玄関の靴箱上に、小さな飾りランプを飾っている。これは、フリンズさんから引っ越し祝いに貰った物で、可愛くてお気に入りの置物になった。彼の持つランプと同じ蒼い炎が揺れる様が綺麗で、仕事前に眺めて癒し効果を求めたりしている。もちろん盗聴器などが仕掛けられていないことは確認済みだ。
「へへっ。では、今日も仕事にいきますか」
 玄関の鍵を手に取り、ツンっと飾りランプを突いてから扉を開け、外へ出て玄関の鍵を閉める。今日もロビーにいるであろう相手には、どんな朝の挨拶をしましょうか。
 
 ……この時の私は、このランプの炎のせいで私の行動が彼に筒抜けだったことには、気付いていなかった。



『とはいえ、貴女はいつ気が付いてくれるのでしょうか?』