……それは九月のこと。まだ残暑が厳しく、制服も夏服だった頃。
「なー、キャミソールってどうしても着なきゃダメ?これ着てない方が涼しくね?」
「
……諸説あるけど、制服は透けるんだからちゃんと着なさい。それに今日は午後から雨なんだから、折りたたみ傘持って
――って、いないし! ったくもう!」
宗真は説教の途中で、さっさと家を出てしまっていた。
教室に着き、席に座る。
(なんだよ。あんなの暑いだけじゃね?別に周りのヤツもオレのこと見てないし。全然平気じゃん)
一日を終え、昇降口を出た瞬間
――ざあ、と音を立てる雨。
「やば
……走って帰ろ
……」
徒歩十五分の道のりをダッシュで駆け抜けようとする。だが、無情にも信号が赤に変わった。
(うう
……びしょ濡れ
……)
夏服のシャツはじわじわと肌に張り付き、冷たい。そのとき、雨で部活が中止になったらしいヨツダが声をかけてくる。
「
……傘、忘れたのか」
「え、入れてくれんの!?」
宗真は返事を待たず、なんの躊躇いもなく傘の中へ滑り込む。
「おい、ちょっと!?せっかく傘さしてたのに、濡れたやつが中入ってきたら俺まで
――」
「いいじゃん、減るもんじゃないしさ!こんな可愛いオレと相合傘なんて、お前も幸せだろ? win-winじゃん!」
「
……何がwin-winだよ」
(距離、近
……)
肩が触れそうで触れない。雨音が、やけに大きく聞こえる。宗真は気にする様子もなく、傘の柄を少し引き寄せた。
「ほら、ちゃんと真ん中持てよ。濡れて風邪ひくのはごめんだからな」
「お前が言うな」
九月の湿った空気の中。黒い傘の下だけが、妙に落ち着かない空間になっていた。
(
……っていうか、相合傘が恥ずかしいとか以前に、こいつ
……)
ヨツダが気にしていたのは、距離の近さではなかった。雨に濡れた制服が、思った以上に水を含み、宗真のインナーがうっすら透けてしまっていること。
――本人はまったく気づいていない。
(
……言うべきか?でも今言ったら、こいつ絶対パニックになるよな
……)
ここで傘から飛び出して走って帰られ、風邪でもひかれたら、なんとなく責任を感じる。
……結局、言い出せないまま歩き続ける。
宗真はというと
――
「なー、今日さ、英語の小テストやばくて?あとあのさ、ゆきがさ
――」

いつもの調子で、ほぼ一方的にしゃべり続けている。二人きりのときは、だいたいこんな感じだ。
だがヨツダは、話の内容などほとんど頭に入っていなかった。
(早く家着け
……早く
……)
ようやく月城家の門の前に辿り着く。
「いやー、助かったわ。今度なんか奢
――」
「あのさ」
「なんだよ?」
ヨツダは一瞬視線を逸らし、それから小さく言った。
「その
……透けてるから。気をつけた方がいいぞ」
それだけ言い残し、黒い傘はくるりと向きを変えて去っていった。
「え、何が?」
ぽつりと呟き、何気なく自分の胸元を見る。
――そこで、ようやく気づく。雨を吸った制服の下。着ていたシンプルなスポーツブラの輪郭が、うっすらと透けている。
「うわーーーーーッ!?」
一気に顔が熱くなる。
(ヨツダにブラ見せて歩いて
……いや、ヨツダだけじゃない!すれ違った人とか、もしかして学校のやつらにも
……!?みんな気まずくて言えなかったってことか!?そういうの言うとセクハラになるとかで
……!)
思い返せば、昇降口で近くにいた男子の視線が妙に泳いでいた気もする。信号待ちで、誰かが変に目を逸らしていた気もする。
「うわああああああ
……!」
慌ててカバンを胸の前に抱え込み、そのまま門をくぐる。
(最悪だ
……!)
九月の雨は、思っていた以上に手痛い教訓を残した。
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