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ポほ
2026-03-27 23:37:26
17247文字
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跡取り息子、やめました!?
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文化祭@静姉の高校
りやめ二学期編第1話。
二学期編は今まで以上にラブ話多めです。
個人的に恋愛話を書くのは得意ではないですが、なんとか頑張って書きました。
九月に入ったばかりの月城家。日中の暑さはまだ残っているが、夕方になると少しだけ秋の気配が混じる。
リビングでは、宗真がソファに転がりながらスマホをいじり、キッチンでは響が、先日海成からもらったスイカを黙々と切っていた。
「なー響姉。最近さ、静姉帰ってくるの遅くね?忙しいのかな?」
「ああ
……
そろそろ高校の文化祭だから、その準備じゃない?」
「そっか、もうそんな季節かぁ
……
」
宗真は天井を見上げる。去年のことを思い出して、少しだけ肩をすくめた。
去年の静乃のクラスはやる気がまるでなく、出し物は未完成のダンボール迷路。しかも当の本人から「来なくていいから」と強く言われたため、響も宗真も結局足を運ばなかったのだ。
「でもさ、高校の文化祭って一回は行ってみたいよなー。なんか楽しそうじゃん!」
「まあね。最近は防犯の関係で、身内とか知り合いだけチケット制で入れる学校も多いけど
……
お姉のとこも、確かそうだったはず」
「あ〜あ。静姉、今年はチケットくれないかなー」
その頃。静乃が通う高校では
——
「静乃、それめっちゃ似合ってるよ!」
声をかけたのは、
西垣
にしがき
ひより。静乃が二年生になってから同じクラスになり、すっかり意気投合した、今では一番の親友だ。
ちなみに、夏休みに静乃と東京旅行へ行く約束をしていたのも彼女だった。結局その時は、ひよりが夏風邪をひいてしまい、代わりに宗真が同行することになったのだが。
「えぇ〜?恥ずかしくない?」
「全然!静乃、背高いからロングスカートほんと似合うよ〜!なんかさ、昔のメイドさんって感じで!」
「おー、いいじゃん月城!」
「わかる。なんか本格的っていうか、ちゃんとしてるな」
その場にいたクラスメイト達にも好評だ。
「でしょでしょ!ねえ、家族も呼んだらいいじゃんっ」
「うーん
……
今年は、そうしてみようかな
……
?」
静乃は、少しだけ迷いながらも、どこか楽しそうに笑った。
夕飯時。玄関の方から、少し疲れたような足音を立てつつ、静乃が帰宅した。
「
……
ただいま」
「「おかえりー!」」
いつも通りのやり取りだが、静乃の表情はどこかそわそわしている。それに気づいたのか、静乃は一瞬だけ視線を泳がせてから、ぽつりと言った。
「
……
あんた達、文化祭
……
来る?」
「えっ!? 行く行く!」
間髪入れずに食いつく宗真。
「私も行きたい!お姉の高校がどんなとこか気になるし、進路の参考にもなるし!」
「別に、なんてことない普通の公立高校だけどね」
「それだけじゃないよ。お姉が学校でどんな感じか、ちょっと気になるしさ
……
ねえ、宗真?」
「屋台とかあるのかなー。美味しいもの食べられるといいなー!たこ焼きとか、焼きそばとか!」
「あんたは食べ物のことばっかり
……
ほんと、まだまだガキね」
軽く呆れつつ、響は箸を置いて静乃の方を見る。
「
……
で、お姉のクラスは何やるの?」
「えーと
……
純喫茶、っていうのかな?まあ全部出来合いだけど。パンケーキとか、固めのプリン
――
プッチンするだけのやつね
――
あとはクリームソーダとかを出すことになってるわ」
「えっ、じゃあ静姉も可愛い服着て、料理運んだりするの!?」
「
……
まあ、可愛いかどうかは分からないけど。一応、ホール担当にはなってるわね」
その言葉を聞いた瞬間、宗真と響が顔を見合わせ、声を潜める。
「どうする?お姉がめちゃくちゃ可愛いウェイトレス衣装とか着てたら」
「見たい!でもさ、逆に男装も似合いそうじゃね?静姉、わりと背高いし、絶対サマになる」
「おー、それも見てみたい!」
「
……
何よ、あんたたち」
じとっとした視線を向けられ、二人は一瞬で背筋を伸ばす。
「チケット要らないなら、別にあげなくてもいいけど?」
「も、もらうってば!えーと
……
あれ、四枚?お父さんとあたしと宗真と
…
」
「
……
あ」
静乃は手元のチケットを数えて、少しだけ困った顔になる。
「お父さんと、あんた達の分をもらったつもりだったんだけど
……
一枚余ったわ」
「そんなの、宗真が吉田くんか江沼くんでも誘えばいいじゃん?」
「あ、確かに?究極の選択ねー」
「な、なんでその二人!?
……
まあ確かに、ちなゆきのどっちかだけ誘うのは気まずいけどさ
……
」
宗真の中では、ちなつとゆきは完全にワンセットなのだった。
(くそ
……
姉ちゃんズめ
……
!)
内心で悪態をつきながらも、宗真はチケットを見つめる。誰を誘うか
――
その選択が、思った以上に重たいものになるとは、この時はまだ知る由もなかった。
翌日の1年1組。ぱたぱたと足音を立てて、誰かが教室に入ってきた。
一クラスに一人いるかいないかの、やたらと存在感のある女子
――
……
もっとも、ヨツダにとっては「女子」と呼ぶのも変な気がする相手だったが。
「海成ーっ! 今度の土日、どっちか空いてる?」
(
……
なんだ、江沼に用かよ)
内心で舌打ちしつつ、視線を外す。まあ別に、自分には関係ない。そう言い聞かせる。
海成はスマホを取り出し、予定を確認した。
「あぁ
……
ごめんね。今週は英検と漢検を受けるから、空いてないな」
「そっか
……
また遊ぼうな!
……
って、エーケン? カンケン? なにそれ」
「えっとね、英語と漢字のテストみたいなもので。〇級まで取ってると、受験で少し有利になったりして
……
」
(
……
俺には、声かけないだろうな)
ふっと、胸の奥がざらつく。この前も、泊まりで宿題をやったらしい。女として扱ってくれる江沼の方が、そりゃ
――
そう思った、その時。
つかつかと、「奴」は迷いなくこちらへ歩いてきた。
「じゃあヨツダでいいや。どうせお前、土日暇だろ?」
「
……
悪かったな、暇で」
(ていうか“でいいや”って何だよ)
口では文句を言いながらも、誘いを断るという選択肢は最初から頭になかった。
「よし、決まりだな!」
「おい。
……
で、予定の内容は何なんだよ」
「静姉の高校の文化祭。一緒に回んないかなーって思ってさ。なんか美味いもんいっぱいあるらしいぞ?行くのは、うちの父ちゃんと姉ちゃんとオレ」
「へえ
……
」
行ったことはない。だが、まったく興味がないわけでもなかった。
「
……
まあ、久々にお姉さんに挨拶しとくかな」
「よし、決まりだな!じゃあ姉ちゃんズに言っとくわー。またなっ」
ちょうど予鈴が鳴り、宗真はそのまま軽い足取りで去っていった。
「
……
良かったね。吉田くんも、宗真くんの家族と一緒に過ごせて」
「
……
は?」
「僕も、夏の終わりにね。宗真くんの家で、泊まりがけで宿題をしに行ったんだけど
……
楽しかったな」
「そ、そりゃ良かったな」
(
……
やっぱり泊まってたのか)
しかし、なんでそれを
――
わざわざ俺に報告する?胸の奥に、また小さく棘が刺さる。
だがそれでも、宗真が自分を選んだという事実が、その棘を完全には痛みに変えさせなかった。
文化祭当日の土曜日の朝。月城家では、すでに静乃の姿はなかった。クラスの準備があるからと、早朝に登校していったのだ。
「あっ、静姉いないから髪できない
…
!」
宗真は鏡の前であたふたとする。
「響姉、できる?」
「えっ
……
お姉がやるみたいな、あんまり凝ったのは無理だよー?」
そう言いながらも、響は手慣れないながら丁寧に髪をまとめていく。完成したのはツーサイドアップ。童顔な宗真には少し子供っぽい印象だが、編み目は整っており、後れ毛もなくきちんとした仕上がりだった。
「
……
これはこれで、いいかも」
「でしょ?」
ほどなくしてインターホンが鳴り、ヨツダがやって来る。宗二も加わり、宗真・宗二・響・ヨツダの四人でバスに乗って高校へ向かうことになった。
(あれ
……
今日はあんまり「オレを見ろ」って感じじゃねえな)
宗真は普段より大人しい。
(自信ないのか?いや、見た目はいつもとそんなに変わらないけど
……
って、俺がそれを期待してるみたいな考え方してんじゃねえか)
一方の宗真も、落ち着かない様子だった。
(なんか今日、ちょっと子供っぽいかな
……
髪はちゃんとしてもらったけど
……
服も自分で選んだのに、どっか変な気がする)
バスの最後列に空きがあり、なぜかヨツダと宗二、響と宗真、という組み合わせで座ることになった。
「吉田くん、いつも宗真と仲良くしてくれてありがとうね」
「あ
……
いえ、こちらこそ
……
」
「あいつの相手、大変だろう?ワガママだし、イタズラ好きだし
……
と思ったら性別も変わるしで」
「まあ
……
でも、宗真くんは宗真くんなので。根っこは昔から、あんまり変わってない
……
と思います」
宗二は少しだけ目を細めた。
「そう
……
だな。きみが宗真の友達で良かったよ。あんなやつだが、これからもよろしくな」
「
……
はい」
(お姉さん達もだけど、この家の人達、すぐ「あいつをよろしく」って言うよな。社交辞令かもしれないけど
……
なんか、妙に責任感じるんだよなぁ)
バスは揺れながら、高校へと向かっていった。これから始まる文化祭が、ただの「見物」で終わらないことを、誰もまだ知らない。
校門をくぐり、チケットを提示して入場受付を済ませる。すでに校内は人で溢れており、あちこちから呼び込みの声や楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「ここが静姉の高校かー。人すごいなっ」
目を輝かせた宗真は、展示や屋台に気を取られ、そのまま夢中で先へ先へと進んでいく。
「おい、はぐれんなよ!」
「あはは。吉田くん、もう保護者みたいだねー」
軽く笑い合いながら、一度その場で立ち止まり、どう回るか相談することにした。
時間はまだ午前十時。静乃のクラスの喫茶はシフト制だが、今はちょうど店頭
――
正確には教室の入り口で接客に立っている時間帯らしい。
「じゃあ、早速お姉のとこ行こっか!」
「そうだな。顔見せて、その後は好きにぶらぶらしてくるかっ」
そうして向かった、静乃の教室。中では複数人の生徒が給仕をしており、男女それぞれがレトロ調の衣装に身を包んでいた。
――
その中でも、ひときわ目を引く存在があった。
クラシカルなメイド風の給仕衣装。落ち着いた色合いのロングスカートに、きちんとアイロンのかかったエプロン。
背の高さが映えるよう計算されたシルエットで、普段の制服や私服姿とは別人のように洗練されている。長い髪は低めの位置でまとめられ、首元がすっと綺麗に見える。
凛とした立ち姿で客に微笑みかける様子は、どこか大人びていて
――
「
……
え、お姉。その格好
……
?」
「マジ?あれ、静姉かよ
……
!」
宗真は思わず声を落とした。
「家では普通のお姉ちゃん」だった静乃が、そこでは完全に“看板メイド”として成立している。
「
……
後で、写真撮るか
……
!」
思わず本音が漏れた父をよそに、静乃は家族に気づくと、一瞬だけ驚いた顔をし、それから少し照れたように、でも接客用の笑顔のまま軽く会釈をした。
その仕草一つで、宗真と響は改めて思い知らされる。
――
静乃は、普段よりずっと「可愛い」。そしてそのギャップが、妙に胸にくるのだった。
一般客が入り始めて間もない時間帯だったため、静乃のクラスの教室はまだ比較的落ち着いていた。席も半分以上空いており、喫茶店というより「準備万端で客を待っている」雰囲気に近い。
「よく似合ってんじゃん!」
「
……
何よ。褒めても何も出ないって」
そう言いながらも、どこか落ち着かない様子でエプロンの端を直すあたり、まんざらでもないらしい。
その時
――
「あ〜!もしかして、月城家の皆さん!?」
明るい声とともに、給仕役の女子生徒の一人が割って入ってきた。人懐っこい笑顔を浮かべたその子こそ、西垣ひよりだった。
「えーと、こちら、友達の西垣ひよりさん」
「初めまして!」
「はじめましてー」
全員が一斉に頭を下げてから、静乃が家族たちを紹介する前に、ひよりは一瞬全体を見渡し
――
次の瞬間、なぜか宗真ではなく、ヨツダの方へと駆け寄った。
「もしかしてあなたが宗真くん?いやー、こんなに可愛い彼女持ちで来るなんて、やるねぇ〜」
「えっ!?あ、あの
……
宗真は
……
」
ヨツダは慌てて、すぐ隣にいた宗真の方を指さした。
「
……
こっちです」
「えーーーっ!?あなたが宗真くん!?確か弟じゃ
……
?」
言葉の途中で、ひよりはぴたりと止まった。宗真はというと、思考が追いつかず、完全に固まっている。
「
…………
」
「詳しくは言えないんだけど、色々あって
……
」
静乃がそっと補足すると、ひよりは数秒だけ宗真とヨツダを見比べ
――
すぐに状況を飲み込んだように、軽く眉を上げた。
「じゃあ
……
こっちの子は?」
今度はヨツダを指しながら、にやりと笑う。
「彼氏?」
「「違います!」」
二人はほぼ同時、即答だった。
「えっとね、男の子だった時から仲良しの友達で
……
あのねひより、この事は他の人には秘密で
……
!宗真のことは『妹』で通してもらえると助かるんだけど
……
」
「
……
なるほどね?」
一瞬だけ意味ありげに笑った後、ひよりはぱっと表情を明るくした。
「オッケーオッケー!詳しい話は後で静乃から聞くわ!文化祭、楽しんでってねっ!」
そう言って、宗真と響を見て、
「かわいい妹ちゃん達っ」
「は、はい
……
!」
苦笑いしながらも、どこかホッとした表情で返事をする宗真だった。
宗真はクリームソーダ
――
とはいっても、ポップメロンソーダにトップバリュのバニラアイスをスプーンですくって浮かべただけの、ごくごくシンプルなもの。響たち三人はコーヒーを注文し、ついでにヨツダは少し気になっていた固めのプリンを頼んだ。
しばらくして、それぞれの前に品が置かれる。
「意外と美味いなー」
宗真にとっては満足らしい。
(どんなもんかと思ったけど、完全にスーパーの焼きプリンだな。まあ高校の文化祭で一から手作りしてる方が逆に怖いし、まずくはないけど)
ヨツダはスプーンを動かしながら、ちらりと宗真のクリームソーダを見る。
(
……
あっちにすりゃよかったか?)
「ん?なにヨツダ。一口飲む?」
「いや、いいよ」
(てかそれ間接
……
!相変わらずなんでこいつこんなに無防備なんだよ。見た目“だけ”は女なんだから、もう少し気をつけろっての)
そんなことを考えていると、給仕役の男子生徒がやってきて、宗真の前に小さな飴を置いた。
「サービスです」
「あれ、オレだけ?」
「小学生以下のお子さんに配ってるんです!」
「しょ、小学生
……
あはは
……
ありがとうございます
……
」
(やっぱり子供っぽかったか
……
)
男子生徒はそのまま、他のテーブルの注文を取りに去っていった。
「
……
訂正しないんだな」
「だってさ、ミルクの国だったし。普通ののど飴だったら文句言ってたけど」
(基準そこかよ)
しばらくして、響がコーヒーカップを置く。
「ね、この後どうする?私は剣道部の体験、ちょっと見に行ってみようと思うんだけど」
「げ、響姉
……
道場破りにでも行くの?」
「違うって!ただ高校のレベルってどんなもんなのか、興味あるだけ」
目が妙にギラついている。
(なんか怖い
……
!)
宗真もヨツダも少し引き気味だった。
「お父さんも行く?」
宗二は一瞬間を置き、首を横に振ってから、ガタッと席を立った。
「ちょっと
……
花を摘みに
……
!」
実のところ、宗二はコーヒーを飲むと高確率でお腹を壊す体質だった。皆と同じものを頼んだのは、完全に見栄である。
「父ちゃんって、そんなに花好きだったんだな」
「いや、それトイレだろ」
「
……
まあお父さんのことはいいや。じゃあ時間決めてさ、宗真は吉田くんと自由に回ってきたら?」
「お、そうだな!なあヨツダ、一緒に回るか?」
「
……
ああ」
そう答えながら、ヨツダは何となく胸の奥がざわつくのを感じていた。
……
文化祭はまだ始まったばかりだ。
廊下に貼られた模造紙の案内を横目に見ながら、二人は校舎内を歩き始めた。クラスごとの出し物の呼び込みの声や、鉄板の焼ける匂いがあちこちから漂ってくる。
「どこ行く?」
「うーん、食べ物系だな!今はクリームソーダだったから、ラーメンとかたこ焼きとかポテトとか食べたい!」
宗真は指折り数えながら、目をきらきらさせている。
「まだ昼には早いけど、昼時は混むだろうし
……
まあ、いいか」
「そうそう!ちゃんとそういうの考えて回ろうとしてんだよ!さす宗だろ?」
「
……
さす宗?」
「さすが賢くて可愛い宗真ちゃん!
……
の略。ヨツダもどんどん使ってなんなら流行らせていいぞっ」
ヨツダは一瞬だけ宗真の方を見て、何も言わずに歩き出した。
「
……
行くか」
「流すなよ!」
慌てて横に並び、腕をぶんぶん振る。
「いや
……
『さすが』以前に、ただ食い意地張ってるだけとしか思わなかったから」
「もうこの作品始まって半年経ってんだから、いい加減デレろよな〜」
「メタくなるなよ
……
」
呆れたように返しながらも、歩幅は自然と宗真に合わせている。呼び込みの声に混じって、油の弾く音と香ばしい匂いが一層強くなってきた。文化祭のざわめきの中、二人はいつもの軽口を叩き合いながら、食べ物エリアへと向かっていった。
二人は校舎を行き来しながら、食べ物系の模擬店を片っ端から回っていった。
まずはラーメン屋。教室いっぱいに立ちこめる湯気と、どこか懐かしいスープの匂い。
「スープおいしいけどさ、この麺って
……
」
「おい、これ以上言うな」
二人とも視線は、同じ一点
――
器の中の麺に向いていた。
(伸びきってる
……
)
次はたこ焼き屋。鉄板の前で必死にひっくり返す生徒たちを横目に、出来立てを受け取る。
「おっ、中身トロトロじゃん!本場のたこ焼きってこんな感じって聞くし、本格的だなー」
(外カリ中トロとかじゃなくて
……
俺の、ちょっと生焼けじゃねえか
……
?)
そう思いながらも、ヨツダは何も言わずに黙々と食べ進める。結果、二人ともきっちり完食した。
※文化祭とはいえ、生焼けのたこ焼きを無理して食べるのはやめておきなさいよ! By静乃
そして、ファストフード店を模した教室。サイドメニューとして出されていたポテトに、二人は自然と手が伸びた。
「これは文句なしに美味いなっ」
(たしかに。冷凍だろうけど、こういうのが一番安定してるんだよな
……
)
「にしてもさ、どこの教室もみんな楽しそうだよな。回ってる方も楽しいけどさ、きっと店やる側はもっと楽しいんだろうな」
「
……
まあ、そういうもんなのかもな。お前のお姉さん達も、なんやかんや楽しそうだったし」
「オレも高校生になったら絶対飲食やろ!」
「別に飲食やっても、食べるのはお前じゃないだろ」
「なんだよぉ。じゃあヨツダには食わせてやんねー!」
「あー、そうですか
……
」
そう言いながら立ち上がり、腹もそれなりに満たされた二人は、次の目的も決めないまま、文化祭のざわめきの中へと歩き出した。
中庭を歩いていると、ウサギの着ぐるみが行き交う来場者に風船を配っていた。どうやら年少の子ども向けらしく、楽しげな声があちこちから上がっている。
「お、サンキュー♪」
手際よく風船を受け取る。
「あれ、ヨツダは貰わなかったのか?」
「貰わなかったっていうか
……
あれ、小学生くらいまでの子にしか配ってないっぽいぞ」
振り返ると、確かにウサギはそのくらいの年代の子どもにだけ風船を渡していた。
「なにっ!バカにしやがって
……
!」
一瞬むっとしたあと、
「
……
でもまあ、貰える物は貰っとくか」
(
……
意外と嬉しそうだな。見た目だけじゃなく中身もガキだからか)
宗真が風船を手にしたまま、二人は再び校舎へ戻り、廊下をぶらぶらと見て回る。
「なあ、ヨツダはどこ行きたいんだ?」
「え?俺は別に
……
」
「ほんとかよ?なんかさー、今日だけじゃなくて、いっつもオレが行きたいとこ連れ回してる気がするからさ。たまにはお前に付き合ってあげてもいーよ?」
「上からだな
……
」
「それで、行きたいとこないの?」
「別にそんな
……
」
本音を言えば、宗真と一緒ならどこに行ってもそこまで退屈しない。だから「行きたい場所」を改めて聞かれると、意外と答えが浮かばなかった。
(
……
このまま廊下歩き続けるのも、なんだしな)
そう思って、最初に視線に入った模擬店の看板を指差す。
「じゃあ、ここ入るか
――
」
看板をちゃんと見て、固まった。
「
……
えっ!?」
そこに書かれていた文字は、でかでかと。
『恐怖の館』
――
お化け屋敷。
(
……
よりにもよって、なんでここだよ!?)
「おっ、いいじゃん!お化け屋敷!」
「い、いや
……
今のはその
……
間違えたっていうか
……
」
「なに?怖いのか?」
にやっと、悪戯っぽく口角を上げる。
「は?怖いわけねーだろ。ガキかよ」
(
……
何こいつ相手に意地張ってんだよ。完全に墓穴掘った
……
)
「じゃあ入ろうぜ。ほら、すぐ入れそうだし!」
「
……
今じゃなくてもよくないか?他にも色々
――
」
「今『ここ入るか』って言ったの誰だよ〜。ヨツダが行きたいとこ、付き合ってやるって!」
結局、押し切られる形で入口へ向かう。段ボールと黒布で作られた簡易的な入口だが、内部は薄暗く、流れているBGMだけが妙に本格的で不安を煽る。
「二名様ですね〜。次どうぞ〜」
「よっしゃ!」
(よっしゃ、じゃねえ
……
)
中へ足を踏み入れた瞬間、視界は一気に暗くなった。足元もおぼつかず、空気もひんやりしている。
「お〜、雰囲気あるじゃん。高校生すげーな!」
「
……
まあ、な」
(無理。暗いのも、急に出てくるのも、全部無理だ)
一歩進んだ瞬間
――
ガタッ。
「っ!?」
「ん?今のなんだ?」
(来る
……
来る
……
!)
次の瞬間、壁際から白い手がぬっと伸びてきた。
「うらめしや〜
……
」
「うわっ!?」
反射的に、宗真の袖を掴んでいた。
「ちょっ、ヨツダ!?」
「
……
っ」
(やった
……
最悪
……
)
一瞬驚いた表情を浮かべた宗真だったが、すぐに何か察したように口元を緩める。
「
……
あー。なるほど?」
「な、なんだよ」
その時、別の方向からまた物音がした。
「
……
っ!」
今度は自分から、宗真の腕をぎゅっと掴んでいた。
「
……
ふーん」
「見るな」
「いや、だってさ
……
」
少し楽しそうに、
「お前、オバケ苦手なんだな?」
「
……
悪いかよ」
「別に?」
少し間を置いて、
「
……
でもさ、こういうのって普通逆っていうか。オレみたいな可愛い女の子がキャーとか言って怖がって、お前に手引いてもらう側の役じゃね?」
「
……
うるせえな。男同士だし関係ないだろ」
宗真は小さく笑った。
「出た、男扱い」
そして、今度は自分からヨツダの手をぎゅっと握る。
「ほら、行くぞ。置いてかれたら、もっと怖いだろ?」
「
……
っ!」
(吊り橋効果だ
……
よな
……
)
「目瞑ってさっさと歩けば、なんも気になんないって。ほら、もうすぐ出口だから」
半ば引っ張るように、スタスタと出口へ向かう。出口のぼんやりした明かりが見えた、その瞬間。
ヨツダの中で、ひとつの記憶がふいに蘇った。
――
小学校の頃のことだ。 運動会の種目、連続大縄跳び。クラス全員でやる八の字飛びで、吉田樹はなかなか輪の中に入れずにいた。
(引っかかったらどうしよう)
(俺のせいで、記録が止まったら
――
)
そんなことばかり考えて、足がすくんでいた。
「入れないの?」
声をかけてきたのは、宗真だった。
「だって
……
引っかかりそうで怖くて
……
」
「じゃ、オレと一緒に行こ。ほら」
そう言って、ためらう間もなく手を引かれた。強引なくらいだったが、不思議と嫌じゃなかった。
二人でタイミングを合わせて、縄の中へ
――
入ろうとして、結局、見事に引っかかった。
「おい、何やってんだ月城!吉田!いきなりろくに跳べないやつ引っ張ってさ、記録が途切れたろ!」
「あー、失敗しちゃった!」
「つ、月城
……
」
自分だけが責められると思った。けれど。
「でもオレだけじゃなくて、吉田も一緒に怒られてるから、まーいっか」
「な、なんだこいつ
……
次からはちゃんと跳べよな!」
「はいはーい」
軽く流すように答えて、宗真は振り返った。
「
……
ありがとう」
「なにが?」
「
……
タイミング掴むの、手伝ってくれて。あと
……
一緒に怒られてくれて」
「あー、それ?オレ、いつも家族に怒られまくってるからさ。父ちゃんとか、姉ちゃん達に比べたら、今のとか全然だし」
まるで何でもないことのように笑って。
「あのさ
……
」
少しだけ、勇気を出して。
「今日から
……
一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
――
あの時も、こうだった。怖くて立ち止まっている自分の手を、理由も理屈もなく、当たり前みたいに引いてくれた。
(
……
変わってねえな)
今も昔も。こういう時、必ず前を歩いて、何も言わずに連れていく。
「ほら、出口だぞ」
引かれたままの手の温度が、やけに現実的で。
(
……
また、一緒に怒られてるみたいなもんか)
そんなことを考えながら、ヨツダは黙って歩き続けた。
出口の光がはっきり見えたところで、宗真はふと足を止めた。その瞬間
――
自分が、まだヨツダの手をぎゅっと握ったままだということに気づいてしまう。
「
……
あ」
慌てて、けれど照れ隠しみたいに笑って。
「へへー。こんな美少女にお化け屋敷で手ぇ繋いでもらえるとか、幸せ者だな?お前」
軽口のはずだった。いつもの調子で、からかってるだけのつもりだった。
――
けれど。
ヨツダは、何も言わなかった。ゆっくりと視線を落とし、自分の手のひらを少しだけ見つめている。
「
……
おい」
いつになく歯切れが悪くなる。
「まさかお前、今の本気にしてないよな?体育祭ならぬ文化祭マジックとか言わないよな?
……
な?」
冗談だと、念を押すように。
(
……
よかった)
胸の奥で、そんな言葉が浮かんだ。
(今日が、新月じゃなくて)
なぜそう思ったのか。それが安堵なのか、逃げなのか、あるいは別の何かなのか
――
ヨツダ自身にも、まだうまく分からなかった。ただ、手の温度だけが、妙に長く残っていた。
そして二人は、なんとなく校舎の外へと出た。少し離れた中庭では人だかりができており、何かイベントが行われているらしい。遠目でも、派手な衣装や歓声が見て取れた。
「あ、あれ女装コンテストじゃね?」
「
……
っぽいな」
「オレが高校生だったら余裕で優勝できるな!絶対可愛いだろ、JK宗真ちゃんって!」
一拍置いて、
「
……
って、女装コンテストだからオレは失格か〜!あははっ」
自分で言って、自分で笑う。ヨツダはその横顔を見ながら、少しだけ言葉を探した。
「
……
お前さ。高校行く頃になっても、まだ女でいるつもりなのか?」
「あー
……
」
少しだけ視線を泳がせてから、肩をすくめる。
「正直、あんま考えてなかったわ。それまでに呪いが解けなかったとしてもさ、まあ
……
それはそれかなって」
「ま、それも一理あるか」
「
……
なんか意外だな」
ちらっとこちらを見る。
「ヨツダって、呪い解けて男に戻った方がいい派だと思ってた。いっつも『男の時の顔に見える』とか言うしさ。戻ってほしいのかと
……
」
「
……
いや」
一瞬、言葉に詰まる。
「お前が戻りたいなら、それでいいと思うけど。そうじゃないなら
……
別に、無理しなくてもいいっていうか
……
」
(今すぐ呪いが解けて、男に戻られたら
……
俺の方がおかしくなりそうだ)
その理由を、彼自身もうまく説明できなかった。
「ふーん?」
にやっと、いつもの調子で笑う。
「じゃあ当分、お前はかわいいオレを楽しめるな!良かったな〜」
「そんなこと言ってねえよ」
(まあ
……
ある意味では、良い
……
のかもしれないけど)
そう思ったこと自体が、もう答えの一部なのかもしれなかった。
静乃の教室で宗真たちと別れた後。響は、剣道部の体験と称したほぼ実戦形式の道場破りを無事に終え(※被害者:剣道部一同)、校内を一人で歩いていた。
その時、ポケットのスマホが震えた。静乃からだった。
『赤星流のやつらが、うちの教室に来てる!私、今ちょっと接客で手が離せなくて
……
見に来てくれる?』
「
……
え!?」
一瞬で顔色を変え、踵を返す。嫌な予感しかしない。静乃の教室
――
純喫茶の看板を掲げたそこに、響は駆け込んだ。
そして目に飛び込んできた光景に、思わず声が漏れた。
「えっ
…
!?」
そこには、例の狐の面をつけた四人と、リーダー格らしき女性。呪いだの因縁だのとはまるで無縁そうな顔で、テーブルに腰掛け、パンケーキや固めのプリン、クリームソーダ。
――
を、普通に楽しんでいた。
「なにやってんのよ、あんた達!?というか明らかに浮いてるでしょ、その格好!!」
そう突っ込んだものの、周囲の一般客やクラスメイトはというと、
「演出かな?どこのクラスだろ?」
「演劇部の人かな?世界観作り凝ってるね〜」
といった具合で、誰一人として不審に思っていない様子だった。
(嘘でしょ
……
文化祭だから馴染んでる
……
!?)
「何しに来たの!また宗真に何かしようとしてるんじゃ
――
」
すると、リーダー格の女性が静かに一筆箋を取り出し、さらさらと迷いのない手つきで文字を書き始めた。それを、ひらりと響に差し出す。
『静乃の様子を見に来た。宗真に用はない。響も静乃も元気そうで何より。宗真は元気?』
「
……
はぁ!?」
思わず声が裏返る。
「『元気?』って、なにそれ!?あんた達があの子に呪いかけたんでしょ!?」
一瞬の間。次の一筆箋が差し出される。
『
……
宗真は、毎日楽しそうにしてる?』
「
……
それは
……
」
言い淀む。悔しいが、否定はできなかった。
「前よりは
……
ずっと、ね」
また、さらさらと文字が綴られる。
『あの子が幸せなのに、何が問題なの?』
「ちょっと
……
何その言い方。開き直りにも程があるでしょ
……
!」
だが、女性はそれ以上何も答えなかった。立ち上がり、他の面の者たちを促すと、そのまま出口へ向かう。
去り際、最後に一枚の一筆箋だけが、テーブルに残された。
『まだまだ暑いから、みんな体に気をつけて』
「
……
はあ?」
呆然と、その紙を見下ろす。
(何なのよ
……
敵なの?それとも
……
)
純喫茶には、相変わらず軽やかなBGMと、何事もなかったかのような喧騒が流れていた。
――
ただ一人、響の胸に残る、不気味な違和感を除いて。
静乃がシフトを終え、エプロンを外した頃には、校内はすっかり文化祭らしい賑わいに包まれていた。ひよりと合流し、これから自由に回ろうかというところで、静乃はふと思い出したように足を止める。
「ごめん。ひより、ちょっとだけ妹と話してきていい?」
「うん、いいけど
……
深刻そうだね?」
静乃は曖昧に笑い、響を手招きして人通りの少ない場所へ移動した。
「
……
で、あの人たちはなんて言ってたの?」
響は少し言いづらそうに視線を逸らし、要点をかいつまんで話し始める。
「厳密には向こうは筆談だったんだけどさ。お姉の様子を見に来ただけで、別に宗真には用はないって」
「
……
は?」
「そもそも、宗真が今日ここに来てることも知らなかったみたい」
静乃の眉が、わずかに寄る。
「
……
それで?」
「なんかね、私たちのこと心配してるっぽくてさ。『体に気をつけて』って」
「
……
何それ。何目線なのよ。親戚のおばさんかなんかのつもり?」
吐き捨てるような静乃の声に、響は苦笑する。
「でしょ。でもさ
……
」
一拍置いて、響は言葉を続けた。
「宗真に呪いをかけたことを問い詰めたら、『宗真は毎日楽しそうにしてる?』って聞かれて
……
」
静乃は、はっと息を詰めた。
「あたし、否定できなくて」
「
……
」
「そしたらね、『あの子が幸せなのに、何が問題なの?』って。
……
完全に開き直られて、そのまま帰っちゃった」
沈黙が落ちる。
「以上
……
かな」
静乃はしばらく黙ったまま、床を見つめていた。やがて小さく息を吐く。
「
……
教えてくれて、ありがとう」
少し間を置いて、
「ごめんね。せっかく文化祭なんだから、回りたいところもあったでしょ?」
響はあっけらかんと肩をすくめた。
「ううん。もう剣道部は見てきたし」
「
……
見てきた、って」
「体験って言ってたけど、全員倒してきたからさ。もう暇」
静乃は思わず頭を抱えそうになる。
(ちゃんと手加減したでしょうね
……
?)
文化祭の喧騒の中で、狐の面の言葉だけが、妙に静かに胸の奥に残っていた。
「
……
あたし、思ったんだけどさ」
少し声を落として、響は続けた。
「あの人たち、体育祭の時も『何かしに来た』っていうより
……
ほんとに、ただ見に来ただけなんじゃないかな」
静乃は小さく頷く。
「私も、今まさに同じこと考えてたところ」
視線を遠くに向けて、
「響と宗真が出た体育祭。それから、私の文化祭
……
わざわざ両方に来てるのよね。まるで、保護者じゃない」
「
……
それにさ、筆談ってのも気になるんだよね」
「ええ。声を出さない理由があるとしたら
……
、私達はその声を知ってるかもしれないってこと」
静乃は一瞬、言葉を選ぶように口をつぐみ、それから思い切ったように言った。
「もしかして、あのお面の女の人
……
私たちの、お母さんだったりしてね」
響は一瞬目を見開き、次の瞬間、はっとした顔になる。
「あ!そうだ、最後の一筆箋だけ残ってた!」
響はポケットから丁寧に折られた紙を取り出す。
「これ、お父さんに見せたらさ
……
筆跡とかで、あの人がお母さんかどうかわかるんじゃない!?」
「
……
なるほど」
だが次の瞬間、静乃は鋭く視線を向けた。
「
……
で、そのお父さんは今どこにいるの?」
「あー
……
」
視線を逸らしつつ、
「コーヒー飲んで、それっきりトイレに籠ってる
……
」
「
…………
」
静乃のこめかみに、ぴきっと青筋が浮かぶ。
「
……
あのクソ親父。ほんっとうに、肝心な時に限って役に立たないんだから!」
「まあ、割といつものことだけど
……
」
「っていうか!なんでお父さんだけ、赤星流の人たちと全然会ってないわけ!?私たち三人には全員顔見せてるのに!」
「
……
確かに、それ不自然かも」
静乃は腕を組み、唇を噛む。
「
……
どっちかがわざと避けてるとか?それとも
……
」
答えは出ないまま、姉妹の間に重たい沈黙が落ちた。
――
そして。
ようやく、ようやくトイレの扉が開き、静乃の教室に宗二が戻ってきた。
「はあ
……
生き返った
……
やっぱり俺、コーヒー体に合わんわ
……
」
静乃と響は、同時に父親の方を振り向いた。
「お父さん!ちょうどよかった!」
「これ、見てほしいものが
――
」
響が一筆箋を取り出した、その瞬間。
① 近くを走っていた文化祭スタッフの生徒が、
「すみませーん!」
とぶつかりそうになり、響が思わず一歩後ろへ下がる。
② その拍子に、一筆箋が手から滑り落ちた。
③ 同時に、別の生徒が「お化け屋敷の霧が出すぎてます!」と叫びながら、消臭用の送風機を最大出力で起動。
④ ふわりと舞い上がった一筆箋が、風に乗って屋外の模擬店へ。
⑤ そこは
――
歴史研究会の「縄文時代の火起こし体験コーナー」
……
そして。
ボッ。一瞬の沈黙。
……
ひらひらと、燃えカスが地面に落ちた。
「
…………
」
「
……
え、なに?今の」
宗二はぽかんとしている。
「あーーーーもうっっっ!!」
頭を抱えて叫ぶ静乃。
「なんで!なんでこういう時に限って奇跡的に全部噛み合うのよっ!!」
「お、お姉
……
落ち着いて
……
」
「え、父さんなんかした?してないよな!?」
静乃は深く、深くため息をついた。
「
……
もういいわ。確信が持てない以上、この話は宗真には黙っておいたほうがよさそうね」
「
……
うん」
少し間を置いて、響がぽつりと言う。
「
……
癪だけどさ。宗真が前より楽しそうなのは、あの人の言う通りだと思う」
「
……
そうね」
静乃は、校舎の外
――
中庭の方をちらりと見る。きっと今頃、宗真は笑いながら歩いている。
「
……
だから余計に、厄介なのよ」
燃え尽きた一筆箋の灰は、誰にも拾われることなく、静かに文化祭の喧騒の中へ溶けていった。
「あー、なんか疲れた
……
もう一旦『赤星流リーダー=お母さん説』は忘れて、ひよりと回ってくるわ」
「うん。私もお父さん戻ってきたし、また適当に回ってるね。じゃあね」
「うん。来てくれてありがと。宗真たちにもよろしく」
軽く手を振り合い、二人は別れた。
一方その頃。宗真とヨツダは女装コンテストをひとしきり眺めたあと、まだ入っていなかった体育館へと、なんとなく足を向けていた。
体育館のステージでは軽音楽部の演奏が続いている。ドラムの音が床を震わせ、アンプから歪んだギターの音が響き、観客席では手拍子が起きていた。
「バンドもさ、なんかカッコいいよなー!」
「ああ」
ステージを見上げる宗真の目は、さっきまでの軽口とは違って、少しだけ真剣だった。
「オレもガールズバンドとかやりたいなー。なんか最近そういう系のアニメが人気あるって、静姉から聞いたことあるし」
(
……
って、やっぱ高校行ってもまだ女でいるつもりなのか?)
ヨツダの中で、また小さな引っかかりが生まれる。
「ちなつとかゆきを誘うとかさ!」
少し楽しそうに指を折りながら、
「
……
あ、そこに海成とお前足したら、ちょうどよくね?オレがボーカルで、ちなつとゆきがギターで、海成がベースで
……
お前がドラムかな?なんかそれっぽいしさ」
「
……
お前、楽器やる気ないだろ。ていうかガールズバンドじゃなくなってるし」
一拍置いて、視線をステージから外し、ぽつりと続ける。
「それに
……
江沼は漢検とか受けるって言ってたし。頭もいいし。いや、江沼だけじゃない。他のやつらも含めてさ
……
」
言葉を選ぶように、少し間が空いた。
「
……
みんな、同じ高校に入るのかな」
「
……
あ」
その一言で、空気が少しだけ変わった。さっきまで未来を勝手に並べていた宗真の指が、そこで止まる。体育館には変わらず音楽が鳴り響いているのに、二人の間だけ、ほんの一瞬、静かになった。
ヨツダは、少し居心地の悪さを誤魔化すように、わざと軽い調子でからかった。
「
……
ていうかさ。お前の成績って、そもそも高校行けるのか?」
「な、なんだよっ!そこまで悪くねーし!お前だって別に普通くらいじゃ
――
」
言い切る前に、ヨツダは少し得意げにピースサインを作った。
「俺、期末テスト、五教科はクラスで江沼の次だったけど?」
「くそっ!オレを置いていきやがって
……
!ていうか、そのピースなんかムカつくからやめろ!」
悔しそうに睨みつけながらも、すぐにいつもの調子に戻る。
「見てろよ。お前らと同じ高校行くために、オレだって成績上げまくってやるからな!そのうち、帰りに誘ったら『友達に噂されると恥ずかしいし
……
』とか言って断る系美少女になってやる!」
「後半、何言ってんのか全然わかんなかったけど
……
」
そう言いながらも、口元はわずかに緩んでいた。軽口の応酬に戻った
――
はずだったが。
(
……
そっか)
宗真の胸に、ふと現実が落ちてくる。
(呪いとか関係なく、高校に行ったら
……
こうやって、いつも一緒にいるわけじゃなくなるかもしれないんだ)
今の毎日が、ずっと続くものじゃない。そんな当たり前のことを、宗真ですら、静かに噛み締めていた。宗真は、無意識のうちに
――
横に立つヨツダの肩へ、そっと体重を預けた。
「
……
ん」
「
……
お前、何企んでんだよ」
肩に触れた宗真の髪から、ほのかにシャンプーの香りがする。おそらく姉たちのものだろう。その匂いに、ヨツダの鼓動が少しだけ早くなった。
(ほんとこいつ
……
急にこういうことするから、心臓に悪いんだよ)
そう思いながらも、体を離そうとはしなかった。
「なんかさ
……
ちょっと寂しくなって急にこうしたくなったんだけど
……
ダメだった?」
「だ、ダメかどうかは
……
俺にもわかんないけど
……
」
視線を泳がせながら、ヨツダは小さく息を吐く。
(バンドの人たちが、「何、俺たちの演奏中にイチャついてんだ」って顔してる気がする
……
)
ステージでは音楽が鳴り続けている。だがその音が、やけに遠く感じられるほど、二人の距離は、ほんの少しだけ近づいていた。
週が明けて、月曜日。教室に入ったヨツダは、少しだけ周囲を見回したあと
――
珍しく、自分から海成の席へ向かった。
「あのさ
……
ちょっといいか?」
海成は一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。
「
……
宗真くんとの文化祭が楽しかった、って話でもするの?」
「そんなこと一言も言ってないし、する気もねえよ。それより
……
前に言ってたろ。宗真の呪い、調べるって。あれ、どうなってる?」
海成はすぐには答えず、視線を落としてしばらく考え込んだ。周囲のざわめきが、少し遠くなる。
「
……
正直に言うね。どう調べても、手がかりらしい手がかりは見つからなかった」
「
……
そうか」
「でも
……
それ以上に、最近は
……
呪いを解くことが、本当に宗真くんのためになるのか、わからなくなってきてる」
一拍置いて、海成は小さく息を吐いた。
「
……
いや、嘘だね。僕自身が、このままでいいって思い始めてる」
ヨツダは何も言わず、ただ聞いていた。
「端的に言えば
……
僕のエゴだ。僕は男の子の宗真くんも、女の子の宗真くんも好きなんだ。宗真くんのことを思ってるつもりで、実は自分の気持ちを優先してる。
……
軽蔑、するよね」
少しだけ、覚悟したような声音。
「
……
いや」
「え?」
ヨツダは視線を逸らし、短く答えた。
「俺も
……
たぶん、そっち側だ」
それ以上は、何も言わなかった。けれどその一言で、二人の間にあった見えない距離が、少しだけ縮まった気がした。
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