ポほ
2026-03-27 23:27:49
8940文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

杏奈ちゃん襲来☆って誰!?

りやめ夏休み編第7話。
仙台周辺はベローチェがやたらと多いのですが、ベローチェが地方に初出店するにあたり、その土地に選ばれたのが仙台だったそうで、そのまま定着したんだとか。
そんなわけで仙台生まれ関東育ちの私はベローチェがローカルネタだと気づきませんでした。

 宗真と静乃が東京から帰って数日後。昼の仙台駅前は、夏休み中のせいか平日でもそれなりに人が多く、真夏の湿った空気が漂っていた。
 東口のカフェベローチェ。先に席を取っていたゆきとちなつの元へ、宗真は少し遅れて駆け込んできた。
「あー、やっと来たー」
「よっ、東京の女っ」
 宗真は軽く手を振り、悪びれもせずに笑う。
「へへー、ごめんごめーん。お土産持ってきたから許してっ」
 カバンを肩から下ろし、宗真は得意げに中を探る。正直なところ、東京で買ったお土産を渡すこの瞬間を、ずっと楽しみにしていた。大したものじゃないかもしれないが、「自分が選んだもの」を渡したかったのだ。
「えー、なになに?」
「これっ!」
 宗真が取り出したのは、上野動物園で買ったパンダのキーホルダー。2つセットになっており、頭の部分には小さな磁石が仕込まれている。
——カップル用。
 もちろん宗真はそんなことを知る由もなく、「2個入りでお得」という一点だけで即決した代物だった。
「2個セットってことは、これ1個ずつってこと?かわいいじゃん!ありがとっ!」
 無邪気に喜ぶちなつの横で、ゆきは一瞬だけ言葉を失った。
(え……これ、カップルがお揃いでつける系のやつじゃん……!?)
 ちなつが1つを手に取ろうとした、その瞬間。ゆき用のパンダが、ちなつ用のパンダに——ちゅ、と吸い寄せられるようにキスをした。
「!?」
 一瞬の静寂。そして次の瞬間、ちなつが声を上げて笑った。
「あはははっ!宗真なにこれ!カップル用じゃん!?おもろ〜」
「え、そういう系のやつだったのか!?オレてっきり2個入りでお得なセットなのかと思って……!」
 本気で驚いた宗真に、ちなつはますます楽しそうだ。
「ま、ゆきとお揃いとかむしろ嬉しいし。ありがたくいただきまーす♪」
 そう言って、ちなつは何の迷いもなく自分のバッグにつけた。
 その直後。ゆきが、ぐっと宗真の手を強く握った。
……宗真、ほんとありがとう!大事にするね」
 少し照れたようで、でも真っ直ぐな声だった。宗真は一瞬きょとんとし、それから照れ隠しのように視線を逸らす。
(え、そんな嬉しい?もしかしてめちゃくちゃプレミアついてる系か?……もっと買えばよかった……
 そんなことを考えながら、宗真はもう一度だけ、二人のパンダがくっついたキーホルダーを見た。自分の知らないところで、ちゃんと「喜ばれていた」らしい。
 それだけで、東京で歩き回った疲れは、少し報われた気がした。

 ゆきはアイスティー、ちなつはオレンジジュース、宗真はアイスココア。それぞれストローをくわえながら、夏休みの近況報告が始まっていた。
「宿題やった?」
 ちなつの一言に、宗真の手がぴたりと止まる。
「私は、あとは読書感想文だけかな。ちなっちゃんと宗真は?」
……なんとなく想像つくけど……
「まだなーんも。宗真もだよね?」
 宗真はきょとんとした顔で首を傾げた。
「うん。てか宿題って何のこと?」
……夏休みの終わりに泣きついてきても、私は知らないからね?」
「き、今日帰ったらやるからぁ〜!」
 ゆきの前でわざとらしく両手を合わせるちなつの横で、宗真はアイスココアを一口。
(まあ、お盆にスパートかけたらなんとかなるだろ)
 楽観的にもほどがある思考だった。
「それで、東京は誰と行ってきたの?」
 一瞬だけ、ゆきの視線が宗真の顔を探る。
「上の姉ちゃんと!」
 ゆきは小さく息を吐いた。
……さすがに吉田くんや江沼くんと行ってるわけないか)
「えー、楽しそう!何してきたの?」
 宗真は指を折りながら思い出す。
「えーと、漫画の展示会?見てー、ハラジュクでドトール入って、ホテルでピザ食べて、動物園行ってきた!」
「原宿でドトール……?」
 一拍置いて、ゆきはパンダのキーホルダーに視線を落とす。
「じゃあ、このお土産は動物園で買ったんだね」
「うん!」
「吉田くん達にも買ったのー?」
 ちなつが本当に、何の気もなしに聞いた一言だった。
「ゴホゴホッ!」
 宗真は盛大にむせ、アイスココアを危うく吹き出しかける。
「ちょ、だいじょぶー?」
 背中を叩こうとするちなつを制しながら、宗真は必死に咳をこらえた。
(ちなっちゃんは今日もちなっちゃんだ……
 ゆきは苦笑しつつ、ストローをくるりと回した。

(もうあいつらのことは気にしてないって思ってたのに、ちなつが急にぶっこむから……!)
 宗真は視線を泳がせながら、誤魔化すように言葉を続けた。
「うん、パンダの型抜きバウムっていうの買ってさ。あ、お土産同じ袋にまとめてたから実物持ってたわ。これなんだけど……
 袋の中の型抜きバウムの箱を見せる。
「わー、かわいいー!」
「一緒に型抜き勝負したら面白いと思って、みんな集まれないかなーって考えてたんだけど」
(なるほど……宗真的には、あくまでも仲良し三人組で遊ぶつもり……と)
「でも海成のやつ、お盆まで親戚の家に行ってるみたいでさ。ヨツダの方は知らんけど、海成が来れないならと思って連絡してなくて」
 少し間を置いて、肩をすくめる。
「結構日持ちするお菓子だから、それなら2学期になったら渡してもいいかなーって」
「そうなんだ。じゃあ、夏休みが終わるまで二人とは会わないかもなの?」
「うーん、そこまで決めてるわけじゃないけど……
 その時だった。
「ねえ、あの外の二人ってさ……?」
 ちなつの視線の先を追って、宗真は反射的に顔を上げる。
「え……?」
 ガラス越しに見えるのは、店の外に立つ同年代くらいの男女。カップルなのだろうか。やけに距離が近く、自然に並んで歩いている。
 そして、男の方の横顔。見間違えるはずがなかった。
……は?)
 その顔は、間違いなく。ヨツダ――吉田 樹のものだった。

――その少し前の吉田家。
 今日は、神奈川の方からいとこの杏奈が遊びに来ていた。
「いーっちゃん♪」
「あ、杏奈ちゃん……大きくなったね?」
 杏奈は――既存の人物で言えば、雰囲気はちなつが一番近いだろうか。ミニ丈のトップスなど露出度の高い服装に、いかにもギャル系といったファッション。明るい色のネイルに、くるりと巻いた髪。全身から「今どき」が溢れている。
 ヨツダと会うのは、3年ぶりくらいだった。最後に会った時の杏奈は、もう少し地味めだったような。呼び方だって、「いっちゃん」ではなく、きちんと「いつきくん」だったはずだ。
……この3年で、何があったんだ?)
「もー、何言ってんの?親戚のおじさんみたいなこと言ってさ。同い年じゃん?」
 少し身を乗り出して、にっと笑う。
「ね、私さ、仙台ってちゃんと歩いたことないから、いっちゃん案内してよ。地元でしょ?」
「えー?駅の方は俺もそんな来ないけど……それでもいい?」
「いい、いい。どーせやることないし、行こうよ!」
 有無を言わせない軽いノリに押され、ヨツダは曖昧に頷くしかなかった。

 ヨツダと杏奈は、駅前に建つ高層ビルの展望台に来ていた。
(地元っつっても、こっちの方はそんな来ねえし……都会から来た女の子連れてくのに、気の利いた場所なんか知らねえよ……
 ヨツダのスマホ画面には、ブラウザで開いた《駅周辺おすすめ観光スポット10選》という、いかにも間に合わせで探したページが表示されていた。
「ねー、いっちゃんの家ってどの辺ー?」
「えーと……あっちの方かな。駅の東の方」
「こっから見える?」
「いやー、ここからは多分見えないんじゃないかな……
 そう答えつつ、自宅の方向を見る前に、ヨツダはふと周囲に目をやった。視界に入るのは、並んで景色を眺めるカップル、肩を寄せ合って写真を撮る男女。
 どう考えても、いとこ同士で来る場所ではない。
……ミスったかも)
 じわじわと気恥ずかしさが込み上げてくる。
……お、降りよっか」
「えー、もう降りちゃうのー?」
 少し不満そうにしつつも、
「ま、いいけど」
 エレベーターで下に降り、ビルを出てからも、ヨツダはどこへ向かうか決めきれずにいた。
……ほんとに、行きたい場所とかないの?」
「うーん、特にないかな」
 肩をすくめて、軽い口調で続ける。
「土地勘ないしさ。適当に、いっちゃんについてってブラブラして、時間潰そうかなーって」
 その言い方がやけに自然で、ヨツダは「そういうもんか」と頷くしかなかった。

 東口を並んで歩く。ヨツダは駅前に特に用事があるわけでもなく、せいぜい東口のヨドバシで電池でも買って、あとは適当にファストフードでも食べて帰るつもりだった。
「ね、私さ。結構変わったでしょ?」
「う、うん……
 少し言葉を選びながら、
「正直言うと、ちょっとびっくりした。前と雰囲気、全然違うなっていうか……
「だよねー」
 軽く笑ってから、ふっと声のトーンを落とす。
「実はさ……割と無理してたりして」
「え、そうなの?」
「うん」
 視線を前に向けたまま、ぽつりと続ける。
「女子ってさ、気づいたら周りに合わせるのが当たり前になってくじゃん。私、一人になるのが嫌でさ。場の空気に合わせて、ノリ合わせて、無理して笑ってたら……
 一瞬、言葉を探すように間を置いて。
……なんか、こうなってた」
 ヨツダは返す言葉が見つからず、歩幅を少しだけ緩めた。
(変わった、って一言で片付けていい話じゃねえんだな……
 ヨドバシの入口が見えてきても、ヨツダは「電池買うか」という言葉を、なんとなく口に出せずにいたまま、ヨドバシを背に歩き出してしまっていた。

 ――そして現在。
 宗真が、杏奈とともにいるヨツダをベローチェの中から目撃したところに至る。
「行ってきなよっ」
「お前、絶対面白半分じゃねえか……
「えー?ちょっとはあるけど?せっかくお土産も持ってきてるんだしさ?」
「でも、宗真は気になるんだよね。このままだと、お土産渡せないまま2学期だよ?」
 ちなつも、ゆきも、迷いなく背中を押してくる。二人とも、宗真の性格をよくわかっているのだ。
……一理ある、か)
 宗真はグラスに残ったアイスココアを一気に飲み干し、椅子を引いた。
……行ってくる」
「いってらっしゃーい。修羅場になったら報告よろしく!」
「ならねーよ!」
 半ば勢いに任せるようにして、宗真は店の外へ飛び出した。外は相変わらず人通りが多く、夏の熱気がむっと肌にまとわりつく。
 少し先、駅前広場の方で、見覚えのある背中が並んで歩いていた。
……あいつだ)
 ヨツダ――吉田 樹。その隣にいる女の子は、やはり見間違いではない。派手な服装で、距離の近いその姿は、どう見てもヨツダにとって「知らない人」ではなかった。
……なんなんだよ、あれ)
 胸の奥が、ちくりとした。怒りでも、悲しみでも、嫉妬でもない。ただ、自分だけが知らない時間を見せつけられたような、妙な居心地の悪さ。
 宗真は無意識に、持っていた紙袋を強く握りしめた。中には、あのパンダの型抜きバウムクーヘンが入っている。
……別に、深い意味なんかねーし)
 そう、自分に言い聞かせる。
……よし」
 意を決して、声を張り上げた。
「おーい!」
 その声に、ヨツダが振り返る。一瞬きょとんとした表情を浮かべ――そして、目を見開いた。
……宗真?」
 杏奈も、少し遅れて宗真に気づき、首を傾げる。
……え?知り合い?」
 夏の午後。仙台駅前の雑踏の中で、思いがけず交差した視線が、次の波紋を予感させていた。

 しかし……杏奈と並んでいるヨツダを前にすると、宗真はいつもの調子で声をかけることができなかった。無意識に、口調を少しだけ――いや、わざとらしいほど女の子っぽくする。
……あの。『私』、『お姉ちゃん』と東京……行ってきてさ。その……お土産。渡せてなかったから……
「は?何だよその喋り方。ウケ狙い?イメチェン?」
(初対面の人に、呪いがどうとか性別がどうとか説明すんの、めんどくさいだろ!)
 宗真は必死にヨツダに向かって、目配せと謎のハンドサインを送る。
――「黙れ」「察しろ」「今はスルーしろ」と伝えているつもりだった。
……何踊ってんだ?もう夏祭りは終わっただろ」
(なんでわかんねーんだよ!バカ!鈍感!ボクネンジン!)
 その様子を、杏奈は面白そうに眺めていたが、ふっと何かに気づいたように目を輝かせる。
「え、なに?この子、いっちゃんの彼女?」
(え……?ってことは……カノジョ、じゃない!?)
 一瞬で頭が真っ白になる宗真をよそに、ヨツダが眉をひそめる。
……お前、なんか盛大に誤解してんだろ」
「え?」
「この子は、神奈川から来た俺のいとこの杏奈ちゃんだよ。俺らと同じ、中1」
「はじめましてー。よろしくー」
(神奈川!?本物の都会の女だ……!服も派手だし、大人っぽいし……この人と比べたらオレ、完全にエセじゃん……!負けた……!)
 勝手に敗北感を噛みしめていると、杏奈がもう一度、悪戯っぽく尋ねてくる。
「でさー、結局この子はいっちゃんの彼女?」
「「ちがうっ!」」
 二人の声がぴったり重なった。

「こいつは小3からの付き合いでさ。もう腐れ縁だよ。今は訳あって見た目は女になってるけど、中身は男なんだ。……まあ正直、俺にはこいつが男の時の面にしか見えないけど」
(まーたそんな意地張って……こんな美少女が、わざわざ土産まで持ってきてやったってのに!)
 宗真はむっとして頬を膨らませ、不満を隠そうともしない。
「えー、信じられない。こんなに可愛いのに。ねえ?」
「ほ、ほんとだよなー」
 思わず乗っかると、杏奈は一瞬だけ宗真を見つめ、それからふっと表情を緩めた。
……でも、中身は男の子なんだよね?それに、いっちゃんの彼女ってわけでもないんだよね?……よかったぁ〜」
「え、杏奈ちゃん……?」
「ねえ、知ってる?……いとこ同士って、結婚できるんだよ?」
「は……はあ!?」
 あまりに唐突な爆弾発言に、ヨツダの声が裏返る。
「いっちゃん。今日のデートさ、正直言って……20点くらいの内容だよ?」
……え?」
(そもそもデートだったのか?あれ……
「でもさ。それでも私が、なんでついてきてたと思う?」
……わ、わかんない、けど……
「いっちゃん、昔より背も伸びたし。サッカー部入って、ちょっとカッコよくなったよね?前より少しオシャレ意識してんのも、わかる」
……っ」
「変わったのは私だけじゃないんだよ?……いっちゃんも、ちゃんと変わってる」
(な、なんだこの子……?距離感バグってない……?)
 宗真が内心で戸惑っている間に、杏奈は一歩、ヨツダに近づいた。
「いっちゃん……ううん、樹くん」
 その声は、さっきまでの軽い調子とは少し違っていた。
「私、あなたが……好き」
 空気が、ぴたりと止まった。

 宗真は――お土産の入った紙袋を、ぽろりと足元に落としていた。
「はは……オレ……邪魔、だよな?」
 乾いた笑いを浮かべたまま、じりじりと後ずさる。視線を逸らし、ベローチェの入口へ戻ろうとした、その時。
「おいっ!待てよ!」
 背後から追いかけてきたヨツダの声に、宗真の肩がびくりと跳ねた。
「オレのことなんてほっとけばいいじゃん!いとこ同士、仲良くすればさ!あの子は都会の風吹かせてるし!」
「と……都会の風?」
 振り返らないまま、言葉だけが止まらない。
「オレはあの子と違って、ちゃんとした女の子じゃないし!月イチでは男だし……どんなに着飾ったって、『エセ』なんだよ!」
「いや……あのな?」
「え?」
 ヨツダは、ゆっくりと杏奈の方を指さした。宗真が恐る恐る視線を向けると――杏奈は、いつの間に用意したのか。
『ドッキリ大成功!!』
 と大きく書かれた看板を、満面の笑みで掲げていた。
「えへ☆」
「杏奈ちゃんってさ……こういう子なんだよ」
 一瞬の沈黙。
「ずこーーーーっ!」
 思わず大声で突っ込み、宗真はその場に崩れ落ちそうになる。さっきまでの自己嫌悪も、胸を締めつけていた不安も、全部まとめて、見事にすっ転んだのだった。

 ……今でこそ派手な見た目だが、杏奈は一見おとなしそうなのに、実は人を驚かすのが大好きな子だった。
 幼い頃のヨツダは、何度もその標的にされている。カエルや蛇のオモチャ、板ガムそっくりの指挟みトイ――思いつく限りの手段で、ことあるごとに肝を冷やされてきたのだ。
「だからさ……今回ギャルっぽくなってたのも、周りに合わせてどうこうって話も、そういうエピソード込みで、正直ぜんぶ疑ってたんだよ。俺は……
「うはー。いっちゃんにはバレてたかあ!」
「な……なんだよ!もー!人騒がせなことしやがって……!」
 思わず声を荒げた宗真だったが、その直後。杏奈が、ふっと距離を詰めて宗真の耳元に顔を寄せた。
……でもね。いっちゃんがカッコよくなったって思ったのは本当だよ?そのうち、急にモテだすかも〜?」
「あ……あんな、さん……なんで、そんなこと……オレに……
「さあね?」
 にっと意味ありげに笑うと、
「じゃ、私そろそろ帰ろっかな〜!またねっ」
 そう言い残して、杏奈は本当に光の速さで去っていった。
「ほんとに、杏奈ちゃんってヤツは……あ、そうだ。お前、これ落としてたぞ。なくすなよな」
 差し出されたのは、さっき宗真が取り落とした紙袋だった。
……それ、ヨツダ宛のお土産だよ」
「あー、そうだったか」
「なんか……杏奈さんがいる時は、渡しづらくてさ」
「いや、そもそもお前、杏奈ちゃんがいる前でわざわざ渡しに来てただろ。もう忘れたのか?」
……うるさいな。結果的に渡せなかったんだから、一緒だろ」
「はいはい。で、中身は?」
……見ていいよ」
 袋を覗き込むと、中には例のパンダの型抜きバウムが入っていた。
「ヨツダ、不器用だからさ。海成とオレと3人で型抜き勝負して、お前を負かしてやろうと思ってたんだ。でも、海成のやつ、しばらく親戚の家にいるみたいで……結局一緒にはできなかったけど」
「ふーん。……いや、この程度の形なら、俺でも余裕だろ」
「言ったな!?じゃあ海成抜きだけど、今からタイマンな!」
「いや、出先でやることじゃねえだろ……でも、ありがたくもらっとくわ」
 そう言って、素直に礼を口にする。宗真は、ぷいっとそっぽを向いた。
……どういたしまして」
 その横顔を見て、ヨツダはまた、ほんの少しだけ笑った。
「このあと、どうすんだ?帰るか?」
「あ、実は……ちなつとゆき、待たせてて……
 そこへ、ちょうどいいタイミングで二人が戻ってきた。
「あー、いたいた!はいこれ、宗真の荷物ね!」
「私たち、これから駅ビルエスパル寄ってくからさ。また遊ぼうね」
「あれ?吉田くんじゃん。奇遇だねー!じゃ、宗真のこと、よろしくねー」
(よろしく、とは……?)
「は、はあっ!?なんだよお前ら、勝手なこと言って……!」
 そうして、なんとなくの流れで。宗真とヨツダは並んでバスに乗り、帰路につくことになった。エンジン音に揺られながら、ヨツダは先ほどの宗真の言葉を思い返していた。
――どんなに着飾ったって『エセ』なんだよ!
……確かに、そうかもしれない。でも、そんな言い方するってことは……こいつ、案外“女の子になりたい”とか、本気で思ってんのか?もし、そうだったら……俺は、どうしてやるのが正解なんだ……?)
 一方で宗真も、窓の外を見つめながら別のことを考えていた。
(ヨツダが……いや、海成でも誰でも。そのうち女の子と付き合うようになったら……男でも女でもない、こんなわけのわかんないオレのことなんて、もう相手にしなくなるんだろうな……
 バスに揺られ、ヨツダが――念のために――宗真を自宅まで送り届ける間。二人はほとんど言葉を交わさなかった。家の前に着いて、宗真がぽつりと言う。
……またな」
……ああ」
 それが、この日、二人が直接交わした最後の言葉だった。

 夜。宗真は自室で、一人黙々とパンダの型抜きバウムに向き合っていた。慎重に、慎重に。力を入れすぎないように、息を止めて――
……ぱき。
 綺麗にくり抜かれた、パンダの形。そして、机の上に残った、ぽっかりと穴の空いた“枠”。
……みんなは、パンダで。オレは……この、枠、みたいなもんだよな)
 完成したパンダを見つめて、次に枠へと視線を落とす。
(結局、女の子としても……エセ、なんだし)
 そう思いながら、口に運ぼうとした――その時。
 スマホが震えた。
『結構うまくできたと思う』
 送られてきたのは、ヨツダからの写真付きのメッセージだった。帰ってから挑戦したらしい、パンダの型抜き。
……が。宗真のものと比べると、どう見ても酷い出来だった。輪郭は崩れ、耳もどこかへ消え、最早「枠」が枠としての役割すら果たしていない、ぐちゃぐちゃの残骸。
……ひでー。これのどこが「うまくできた」んだよ)
 思わず吹き出しそうになる。
――でも。その写真を見た瞬間、宗真の胸の奥が、じんわりと温かくなった。
……なんだろ)
 上手くできたかどうかじゃない。形になっているかどうかでもない。
(この、何にもなれてない感じ……
 それを見せられて、笑われるでもなく、「まあ、こんなもんだろ」と投げ出されるでもなく。
……オレのことも、こういうのも含めて)
――吉田 樹は、認めてくれている気がした。男でも、女でも、きれいなパンダでもなくて。枠のままの、どうしようもない自分ごと。
 宗真は、少しだけ口元を緩めて、綺麗に抜けたパンダと、残った枠を一緒に口に運んだ。
 どちらも、同じ甘さがした。