ポほ
2026-03-27 23:25:01
7274文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

東京2日目!

りやめ夏休み編第6話。
夏休みはやりたいことが目の前にありすぎるし、やっぱり短い

 翌日。二人はホテルに荷物を預け、チェックアウトを済ませた。
「上野かー。やっぱ動物園行きたいな!パンダ見たいしっ」
「あんた……もうここにパンダはいないわよ?」
「え?じゃあなんで駅前とか、あんなにパンダ推しだったの?」
「それは……大人の事情よ!あんたには分からないことが色々あるの」
「えー、パンダいないのか……でもせっかくだし、行ってみようかな!」
「そうね。私も行ったことないし、今日は特に予定もないし。入ってみましょうか」
「よーし!動物園デートだなっ!」
「何がデートよ」
 二人はそんな軽口を叩きながら、上野動物園へと向かうのだった。

 上野動物園。夏休みだが平日ということもあり、園内は思っていたよりも落ち着いていた。
 宗真は入園するなり、あちこちの看板に目を輝かせる。
「すげー!ライオンにゾウにキリンだって!オレ動物園って初めてかも! 」
「あんた、八木山の方なら小さい頃連れていったはずよ?覚えてないの?」
「うーん……なんか、キリンがでっかかった記憶だけある!」
 そんな話をしながら歩いていると、一際人だかりができている場所があった。
「なんだなんだ?あ、あの鳥……?」
 そこにいたのは、灰色の羽をまとい、じっと動かない大きな鳥。
「なにあれ……全然動かない……
「ハシビロコウ、って書いてあるわね」
 二人は柵の前に並び、同じ方向を見つめる。ハシビロコウは、まるで石像のように微動だにしない。瞬きすらしていないように見える。
……ねえ静姉、あれ本物? 」
「本物でしょ。展示って書いてあるし」
「でもさ、全然動かなくない?ぬいぐるみじゃないの?」
あんた、ぬいぐるみだと思うなら名前呼んでみなさいよ」
「えー……ハシビロコウさーん……
 ぴくり。ほんのわずかに、首が動いた。
「うわあっ!?動いた!!! 」
……ちゃんと聞こえてたみたいね」
 宗真は柵に顔を近づけ、じっと見つめる。
「すげー……なんか、かっこいいなコイツ……
「地味だけど、風格あるわね」
「だよな!?なんか……“強キャラ感”あるっていうか……
「ふふ、わかるかも」
 ハシビロコウは再びピタリと静止する。宗真もそれに合わせるように、じっと動かず立ち尽くす。
「あんた何してるのよ」
「いや……どっちが先に動くか勝負? 」
「小学生かあんたは……
 しばらくして、ハシビロコウが羽を小さく揺らす。
……負けた……
「は?」
「オレの方が先に動いちゃったから……
……よくわからん」
 けれど静乃も、気づけばハシビロコウから目を離せなくなっていた。
……でも、なんかいいわね」
「だろ?オレこいつ好きだわ 」
「お土産にハシビロコウのぬいぐるみでも探す?」
「ほしい!!!」

 静乃は、売店のレジでハシビロコウのマスコットを買い、宗真に手渡した。
「ホテルと新幹線のキャンセル料、払わずに済んだお礼ってことで。はい」
「え、もらっていいの!?ありがと、静姉てば太っ腹!
やったー!大事にするね!」
 宗真は嬉しそうに笑い、さっそく鞄のファスナー部分にマスコットを取り付ける。ぶら下がったハシビロコウが、歩くたびにゆらゆらと揺れた。
「見てよ静姉!かわいいだろ?」
……ふふ、そうね」
 宗真の無邪気な様子に、静乃も珍しく、ほんの少しだけ頬を緩ませた。
「あんた、友達へのお土産とか買わなくていいの?」
「あ、忘れてた!ここには実物いないけど……パンダってやっぱ可愛いしさ。ねえ、パンダのお土産もらったら、女の子は喜ぶと思う?」
「あんたが女の子へのお土産を気にするって、なんか面白いわ」
「な、なんでだよっ!ちなつにもゆきにもいつも世話になってるし、どうせならいい物あげたいのは普通のことだろっ」
「まあ、あんたの言う通りね。……宗真、これ被ってみて?」
 そう言って静乃が差し出したのは、パンダの顔を模した子供用のキャップ。試着用のそれを宗真が恐る恐る被ると——
……どう?」
「に、似合ってる似合ってる……
 宗真の頭に、丸いパンダの顔。中学一年生とは思えないほど、妙にぴったりと収まっている。
(子供っぽいからか……
「これも買ったげようか?」
 しかし、鏡に映る自分の姿を見た宗真は、少し気まずそうに目を逸らした。
「いや……こんなん地元で被ってたらバカみたいだし、買わなくていいよ」
(くっ、変なところで思春期のシャイなとこが出た……!)
 静乃は小さくため息をつきながら、キャップを元の棚へ戻した。
「じゃあ、普通にキーホルダーとかにしておきなさい。そういうのなら文句ないでしょ?」
「それならいいかも!」
 再び元気を取り戻した宗真は、売店の棚を見渡しながら、パンダのマスコットやお菓子を吟味し始めた。

「あっ!これいい!2個セット!」
 宗真が見つけたのは、パンダのぬいぐるみキーホルダーの2個セット。頭部に仕込まれた磁石によって、近づけるとマスコット同士がキスする仕様らしい。
(か、カップル用じゃないの……!恥ずっ!まあ、女の子へのお土産だし、気にしないか)
「こっちの普通の2個買うよりも安いし、買いだな!いやー、オレってば買い物上手っ☆」
「そ、そうね……
 静乃は苦笑いを浮かべながら、そっと宗真の様子を見守る。
「吉田くんや江沼くんにはお土産買わなくていいの?」
「ふっ、静姉。男連中へのお土産はオレに任せな。だって男だからな」
「何そのキャラ……
「この年頃の男がお土産で一番喜ぶものといえば……ドラゴンが巻きついた金の剣のキーホルダー!これなんだよ」
「は?」
「あーあー、静姉にはこの剣のかっこよさ……男のロマンってやつが分かんねえだろうな〜」
「うーん、申し訳ないけど当分分かりそうもないかな……
「あ、もしかして静姉は銃派!?」
「武器の種類の問題じゃないわよ?」

 一旦お土産選びは保留し、昼になったので宗真たちはフードコートに移動した。パンダのイラストが描かれたかまぼこが乗ったうどんを、宗真と静乃は並んですすっている。
「オレさ、静姉が土日の昼とかに作ってくれるきつねうどん、なんか安心して好きなんだけど……このうどんも、うめえなー」
……私のご飯なんて、普段は何も言わずに黙々と食べてるくせに。今日はやけに素直じゃない?」
「あっ……パ、パンダ効果だよ!パンダ効果……!」
 宗真は照れ隠しのように笑い、慌てて話題を変える。
「で、動物園もだいぶ見て回ったけど、この後どうする?」
「実はね。昨日の反省を活かして、今日行きたいお店はちゃんと調べてあるの」
「ほう?」
「原宿のオシャレカフェのリベンジよ。この近くにある、有名なあんみつ屋さんに入るわ」
「おお……静姉が燃えてる……!」
「そのためにも、さっさと食べるわよ」
「うん!さっさと食べて、ちゃんとお腹空かせなきゃな!」
 
 動物園を出た二人は、腹ごなしとお土産探しを兼ねて――そして何より外にいるには暑すぎたため――上野のアトレを散策することにした。
「なんか……店はいっぱいあるけど、歩いてるだけで疲れるな。人が多すぎるせいかな?」
「それはあるかもね。東京のちょっと嫌なところ。私も少し、仙台が恋しくなってきたかも……
 そんなことを話しながら歩いていると、静乃がふと足を止めた。
「あ、ねえ。お土産にこれなんてどう?家族にあげてもいいし、友達にも良さそう」
「へー……パンダの形のバウムクーヘンか。見た目も可愛いし、美味しそうだな」
「しかも型抜きになってるみたいよ。一緒に食べたら楽しそうじゃない?」
「はは。ヨツダとか不器用だから、パンダの首がちぎれたりして悲惨なことになりそうだな」
「ふーん?もう吉田くんにあげるのは確定なんだ?」
 静乃がにやりと笑った。
「べ、別にいいだろ!友達へのお土産って、さっき静姉も言ってたじゃんか」
「じゃあ自分の分も買って、江沼くんとも一緒に型抜きしたらいいじゃない」
「もー……勝手に決めるなって〜」
 そう言いながらも、宗真の頭の中ではすでにその光景が浮かんでいた。パンダのバウムクーヘンを囲んで、あーだこーだ言いながら横で笑う二人の少年の姿を――

 アトレを出た二人は、あんみつ屋を目指して御徒町方面へ歩き始めた……のだが。
「あ!ガチャガチャいっぱいある!」
 上野駅前に建つ、六階建てのおもちゃ屋。その店先にずらりと並ぶガチャガチャに惹かれ、二人は自然と足を止め、そのまま中へ入っていった。
 この店はいわゆる“おもちゃ屋”ではあるものの、扱っているものは実に幅広い。子供向けの玩具はもちろん、本格的なテーブルゲーム、サンリオやサンエックスのキャラクターグッズ、さらにはマニアックなアニメ・漫画・ゲーム関連商品まで、ジャンルは雑多で節操がないほどだ。
 各階には所狭しと商品が並び、静乃は一つ一つを確かめるように、足を止めてはじっくりと見て回っていた。その様子は、明らかに“抑えている”テンションだった。
……静姉、これ。SLUMP展の時と同じだ。完全にオタクスイッチ入ってる感じ)
 昨日のこともあってか、静乃は自分のこうした一面を見せることに、良くも悪くも少し躊躇がなくなっているようだった。
(まあ、こういう時は温かく見守ってやるのが弟の務めだよな)
 宗真もさすがに空気を読んだのか、少し距離を取って遠巻きに様子を眺めていた――その時だった。
……“バンドル”、お好きなんですか?」
 声をかけてきたのは、20歳前後に見える女性だった。
「えっ? あの……?」
「あ、いきなりすみません!グッズの見方があまりに真剣だったので、つい……私も好きで、話しかけちゃって……!」
「いえ、とんでもないです!私も、好きなんです」
「どのバンド推しですか? 私、レンくん推しで〜」
「あ、レンくんいいですよね!私は『ミルクレ』のカズミくんが好きで……!」
 そこから先は、まるでスイッチが入ったかのようだった。用語が飛び交い、作品名と作中のバンド名、キャラ名が淀みなく続く。
……オタク同士って、仲良くなるの早すぎない?オレにはよく分からない世界だな……呪文?)
 姉が初対面の人と、あんなにも自然に盛り上がっている姿を見て、宗真は少しだけ不思議な気持ちになるのだった。

 初対面とは思えない熱量で、オタクトークはそのまま勢いを増していった。
「バンドルのライブとか、行かれたことありますか?」
「いえ……私、地元が仙台で、まだ学生なので。こっちの方にはなかなか来られなくて……たまに仙台の箱に来てくれる時があっても、全然チケットご用意されないんですよね……
「あー、地方あるあるですよね!うちも地元名古屋なんで、ライブ系は『名古屋飛ばし』に遭ったりして……めっちゃ分かります〜」
「ですよね……!」
 強く頷き合う二人。
「あ、でも私、結構運が良くて〜」
「え、そうなんですか?」
「はい。あの……ちょっとだけお時間いいですか?ライブが当たる“コネ”っていうか……秘訣みたいなのがあるんですよ」
……ん?コネ? 秘訣?なんか、この人の言ってること……ちょっと変じゃないか?)
 少し離れた場所で様子を見ていた宗真は、無意識に眉をひそめる。けれど同時に思った。
(でも……静姉だぞ?オタクだけど、変な話にホイホイ乗るタイプじゃないだろ。疑い深いし、オレのイタズラとかすぐ気づくし……
 その油断を裏切るように。
……ほ、ほんとですかっ!?」
 一気に声のトーンが上がった。
「えっ!?」
 思わず声が漏れる。振り向いた宗真の目に映ったのは、目を輝かせて身を乗り出す姉の姿だった。
(静姉……?ちょっと食いつきすぎじゃない!?)
 宗真の胸に、小さな不安が芽生え始めるのだった。

 不意に、宗真が二人の間に割って入った。
「静姉!あんみつはー?」
「ちょっと!今、私は真剣な話を――
「あ、妹さんですか?」
「そ、そうなんです!一緒に来てて……
 女性は宗真を見て、にこりと笑った。
「あなた、すごくかわいいね!バンドルとか、興味ないの?」
……誰?このおばさん!」
「お、おば……!?私まだ20代なんですけど!?」
「宗真!なんてこと言うの!」
 宗真は悪びれもせず、むしろじっと静乃を見上げた。
「ねえ静姉。いつも静姉は『知らない人にはついてっちゃダメ』とか言ってるのに……知らないオタクの人だったら、ついてっていいわけ?」
……っ」
 言葉に詰まる。――宗真の言う通りだった。
 確かに、同じ作品が好きなオタク同士という共通点があったこと。それだけで、一気に警戒心を下げてしまっていた。
(自分のテリトリーに入られたからって……油断しすぎた)
 街中で、唐突に声をかけてくる人間に――それも「コネ」だの「秘訣」だのを口にする相手に、ろくな人がいないことくらい、普段の自分なら分かっていたはずなのに。
……あ、えっと……
 女性は空気の変化を察したのか、少し戸惑ったように言葉を濁す。
……すみません、この後予定があって。この子も待たせてますし、失礼しますね」
「あ、はい……そうですか」
 軽く会釈をして、その場を離れる静乃と宗真。数歩歩いたところで、静乃は小さく息を吐いた。
……助かったわ、宗真」
「へ?」
「私、ちょっと舞い上がってた。昨日からずっと」
「まあ……静姉、オタクモード入ると周り見えなくなるもんな」
「あんたに言われるとは思わなかったけどね」
 そう言いながらも、静乃の声はどこか柔らかかった。
(今日は、宗真に助けられるなんてね)
 宗真は胸を張るでもなく、ただ「へへ」と照れたように笑うだけだった。

 静乃はレジに向かい、先ほどのフロアで見知らぬ人物から勧誘めいた声掛けを受けたことを店員に報告した。こうした手口はこの店でも時々あるらしく、店側としても完全には防ぎきれず、注意喚起を続けているのが現状だという。
※読者も気をつけろよ!By宗真
 
 どことなく居心地の悪さを引きずったまま、二人は約束していたあんみつ屋へ入った。
「宗真、ここは私がおごる」
「やったー!さっきのお礼?でもいいの?ハシビロコウも買ってもらったのに」
……いいの。あんたに借りを作ったままにしとくと、とんでもない利子つけられそうだし」
「オレはヤミ金じゃねーよっ!」
少し間を置いて、静乃は真面目な声で続けた。
「でもほんと、助かったわ。……ありがとう。ああやって盛り上がると、どうしても周りが見えなくなるのよね。反省しないと」
「いや、別に静姉は悪くないだろ。好きなもん見てテンション上がるのなんて普通だろ。そこにつけ込んでくる、さっきの……あの人みたいなのが悪いんだよ」
……そうね」
 あんみつが運ばれてくるまでの間、静乃は少し考えてから、ふっと苦笑した。
「ただね、あのくらいの年の人に面と向かって『おばさん』って言うのはどうかしら?今日はよかったとしても、今後は『お姉さん』って言った方がいいかもね?」
「う、うん……そうする」
(久々の女めんどくさい案件……
 そう思いながらも、目の前のあんみつを見て宗真の表情はすぐに緩んだ。甘味と一緒に、さっきまでの空気も少しずつ溶けていくのだった。

 あんみつ屋を出ると、陽は少し傾き始めていた。8月上旬。まだ日が長いせいで分かりにくいが、新幹線の時間は確実に近づいている。
「じゃー、荷物受け取って帰るか」
「そうね。帰りの新幹線は上野から乗るから」
「え!?東北新幹線って上野も通ってたんだ!」
……行きの時、止まってたでしょ」
「うん……
 そんな調子で荷物を回収し、駅弁を買い(宗真曰く「新幹線で弁当食べてみたかったんだもん!」とのこと)、二人は帰りの新幹線に乗り込んだ。
……あんた、寝過ごさないでよ?この新幹線、仙台止まりじゃないから。下手したら新青森まで行っちゃうんだからね?仙台なんて90分くらいで着いちゃうし、結構あっという間よ」
「う……気をつけるよ。でもまあ、弁当も食べるし大丈夫だろ!」
――しかし、弁当を食べ終えた直後、宗真は見事に爆睡していた。
……言わんこっちゃない)
 静乃はため息をつきつつ、スマホを開いて東京旅行の写真を振り返る。
 SLUMP展の写真。そして、入口ではしゃぐ自分の写真。後者は宗真が勝手に撮って送ってきたものだ。
(原画……良かったな)
 原宿のドトールで頼んだアイスティーとヨーグルンの写真。
(チェーン店だけど、普段宗真と入ることなんてないから……ちょっと楽しかったかも)
 ビジネスホテルで、ピザパーティをした時の写真。
(なんだか、普段食べるより美味しかった気がする)
 上野動物園で撮ったハシビロコウの写真。パンダのモニュメントの前でポーズを取る宗真。そして、通行人に頼んで撮ってもらった、二人並んだ写真。
(ハシビロコウ……私も何か買えばよかったかな)
 最後に、先ほど食べたあんみつの写真。
……これは、友達にも自慢できるかも)
 本来は友人と回るはずだった東京。それが、響でもなく、弟の宗真と――しかも女の子の姿の彼と回ることになるとは、自分でも想像していなかった。
……まあ、結構新鮮で楽しかったかもね)
 宗真はこう見えて、意外と頼もしいところもある。それが分かっただけでも、この旅行には意味があった気がする。
 
 来年には静乃も高校3年生になる。今後の進路次第では――少なくとも、こうして一緒に過ごす夏休みは、今年が最後になるかもしれない。
 この二日間は、今の静乃自身が感じている以上に、きっと大切な時間だったのだろう。