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ポほ
2026-03-27 23:23:59
12228文字
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跡取り息子、やめました!?
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東京!?行くに決まってんじゃん!
りやめ夏休み編第5話。
吉田達との進展はあるのかと思いきや、いきなり東京編。
お姉ちゃん萌え回…か?
8月上旬。夏祭りの数日後の夕方。スマホを耳に当てたまま、友人と通話中の静乃は思わず声を上げた。
「え、夏風邪!?」
「熱が全然下がらなくてさ
……
どうしても行きたくて、下がる方に賭けてたんだけど、こんな直前になってほんとごめんね? キャンセル料も払うから
……
」
「
……
いいよ、そんなの。体が一番でしょ。代わりに行ける人探して行くから! お大事にね」
「うう
……
ありがと
……
」
通話を切り、静乃はベッドに腰を下ろして天井を見上げた。
(はあ
……
好きな漫画家の展示会のために東京行く計画が
……
まあ、仕方ないか)
リビングに向かい、早上がりで自宅にいた父に声をかけた。
「お父さん、響は?」
「忘れたのか? 響は今日から己の精神を鍛えるために宿坊だ。3日は帰ってこないぞ」
「ち、中学生で宿坊って
……
」
小さくため息をつく。
……
となると。ちら、と視線を横にやる。そこには、床に座り込み、ガリガリ君〈梨味〉をかじっているもう一人の妹
――
いや、弟。
「ん?」
「宗真
……
明日から1泊2日で一緒に東京、行かない?」
一瞬きょとんとしたあと、宗真の目がぱっと輝いた。
「い、行く行く!行くに決まってんだろ!」
「即答すぎでしょ
……
」
「だって東京だよ!? 電車いっぱい走ってんでしょ!? うまいものも有名人もあらゆるものが集まってるんでしょ!?」
「ま、間違ってはないけど」
宗真は立ち上がり、無駄に気合いの入ったガッツポーズをする。
「よーし! オレ、迷子にならないようにする!」
「そこが一番不安なんだけど
……
」
(
……
宗真と二人で旅行か。ちょっと大変そうだけど、悪くないかも)
宗真はもう頭の中が東京でいっぱいらしく、スマホで「東京 でかい建物」などと検索し始めていた。
「ちょっと、明日朝早いんだからさっさと荷造りしときなさいよ。服もちゃんと決めとくのよ」
「え、ジャージじゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!」
そんなやり取りをしながら、静乃はふっと小さく笑う。
こうして、思いがけず「静乃と宗真の東京二人旅」が決まったのだった。
その夜。居間でカバンを広げながら、宗真はふと不安そうに口を開いた。
「東京ってさ
……
きっとゲーノージンとか、オシャレな人がいっぱい歩いてんだよな?」
「いっぱいかどうかは知らないけど
……
少なくとも、こっちよりは多いでしょうね。人口を考えたら」
「だよなぁ
……
オレみたいな東北の田舎者、向こうじゃきっと笑い者だよな?」
「いや、そこまでは知らないけど
……
」
「
……
よし」
「え、なにその間の『よし』は?」
「いつもよりお洒落した方がいいよな、うん!」
「まあ
……
どうせ遊びに行くなら、とびきり可愛くして行った方がいいかもね。私もさ、
SLUMP
スランプ
展行くのに『SLUMP好きが垢抜けてない』とか思われるの嫌だし」
「だよな
……
!よし、じゃあ準備してくる!」
勢いよく立ち上がり、自室へと駆けていく宗真。
「あ、ちょっと
――
」
バタン、とドアが閉まる。静乃はその場に取り残され、腕を組んだ。
(
……
なんか、嫌な予感すんのよね)
しばらくして。
「で、できた!」
呼ばれて振り向いた静乃は、
――
言葉を失った。そこに立っていた宗真が着ていたのは、
・なぜか肩が大きく開いたトップス
・雑誌で見たのを真似したらしい重ね着謎の
・サイズ感がちぐはぐな細身のパンツ
・そして決定打の、よく分からないチェーンアクセサリー
「
…………
」
「ど、どう?東京仕様!」
「
……
誰に聞いたの、その『東京』」
「AI!」
「ああ
……
うん、納得。AIって結構嘘つくから」
宗真は不安そうに自分の服を見下ろす。
「やっぱ変か
……
?」
「変っていうか
……
『初めて自分で頑張ってお洒落しようとした感』がすごい」
「ほ、褒めてる?」
「半分はね」
宗真はため息をつく。
「ちょっと来なさい。私が見る」
「えっ、いいの!?」
(はあ
…
結局こうなるんだから)
静乃はクローゼットに向かいながら、心の中で小さく苦笑した。
リビングのテーブルにスマホとメモ帳を広げ、静乃は予定の最終確認をしていた。
「新月は
……
旅程と被ってないわね。じゃあ、ずっと宗真『ちゃん』前提で動くか」
つまり、少なくとも東京滞在中は宗真は男に戻らないということだ。
「2日間ずっと可愛いオレと一緒にいられてよかったな?」
「はいはい」
「あっ、それよりさ!オレ、あのガラガラ引いてみたい!」
「ガラガラ?」
「ほら、旅行の時に引くやつ!なんか一気に『旅行してる感』出るじゃん!」
「
……
ああ、キャリーケースのこと?ダメよ」
「即却下!?」
「あんたがエスカレーターで手離して、誰かにぶつける未来が見えるもの。危なっかしくて使わせらんないわ」
「そんなことしねーよ!」
「いーや、そんなことする。それに夏場の1泊2日なんだし、そんなに荷物もないでしょ」
「むー
……
静姉のケチー」
「
……
そんなに言うなら、連れてかないわよ?」
「わっ、悪かったよ!」
宗真は気を取り直して、身を乗り出した。
「でさ、東京って、どの辺に行くんだ?」
「まず、六本木の美術館にSLUMP展を見に行きます」
「ロッポンギ
……
?」
「それから原宿を歩いて、何となくオシャレな感じのカフェに入って、ホテルに泊まって
……
」
「ハラジュク
……
」
「2日目は上野をぶらぶらして、気になる所があったら随時適当に入る予定」
「ウエノ
……
?正直、全然ピンと来ないけど」
「でしょうね」
「とりあえず、静姉についてくね!」
静乃は一瞬だけ顔を引きつらせ、そっと視線を逸らした。
(い、田舎者丸出し
……
!)
宗真はそんな姉の内心など露知らず、東京の地名を指折り数えながら、わくわくした顔をしていた。
翌日。仙台駅の新幹線上り線のホームにて。
「わーい、新幹線新幹線!ねえ静姉、なんか弁当とか買わねーの?」
「買いません!朝ごはん食べてきたでしょ。それにお昼は向こうで食べる予定だし」
「ちぇー。静姉ってばノリ悪〜」
「はいはい。ほら、もうドア開くよ。わざわざ窓際の席にしたんだから、中で景色でも見てなさい。見てたらあっという間だから」
「はぁい
……
」
そして予約した席に着いた。
「あっ、動いた!速い速い
……
うわ、どんどん山が増えてく!」
「そんなにいちいち大声出さないの」
「だってすげーんだもん
……
!東京行くのなんて久しぶりだし」
静乃はチルド飲料のパックにストローを刺しながら、何でもないことのように声をかけた。
「
……
そういえば。あんた、お祭りは楽しめた?」
「えっ!?ま、まあ
……
楽しかったよ。花火も見れたし」
「
………………
ふーん」
「な、何その間」
「別に?でさ、あんたって結局
――
吉田くん派か、江沼くん派か、どっちなわけ?」
「は!?い、いきなり何言ってんの!?」
「そのままの意味だけど」
「どっちも仲いい友達だっての!きのこかたけのこかみたいな言い方すんなよ!」
宗真は顔を赤くして、わざとらしく窓の外に視線を戻した。
(我ながら雑にカマかけてみたけど
……
)
新幹線は滑るように速度を上げ、景色が流れていく。
(
……
わかりやすく動揺するじゃんね)
静乃は小さく息を吐き、何も言わずにストローをくわえた。
「でもまあ
……
前よりは、少しドキドキしなくなったかな」
窓の外を眺めながら、ぽつりと呟く。
「ヨツダも海成もさ
……
オレが不安に思ってること、ちゃんと受け止めてくれるって分かったからかも
……
」
ふと隣を見ると、静乃はテーブルに飲み物を置いたまま、すでに目を閉じていた。
(寝てる?し、静姉ってば
……
)
日頃の家事にバイト、そこに旅行の準備まで重なって疲れていたのだろう。肩の力が抜けた静乃の寝顔を見て、宗真は小さく息を吐いた。
(でもまあ
……
オレ、いつも静姉にお世話になってるしな。そりゃ疲れも溜まるよな
……
)
「
……
いつもありがと、静姉
……
」
小さな声は、新幹線の走行音に紛れて消えた。
―――
静乃は、夢を見ていた。
なぜか、宗真が純白のウエディングドレス姿でそこに立ち、チャペルの鐘が鳴っている。新郎の顔は静乃からは見えなかった。
「今までありがと、静姉。オレ
……
幸せになります」
「は、はあああっ!?ど、どういうことよそれ!?」
混乱したまま叫んだ、その瞬間。
「まもなく大宮、大宮です」
という車内アナウンスと同時に、静乃は勢いよく飛び起きた。
「
……
っ!?」
隣を見ると、宗真は相変わらず窓に顔を近づけ、外の景色に夢中になっている。
「あ、起きた?なあなあ、大宮って埼玉?」
「
……
そ、そうだけど
……
」
「なんかさ。みんな埼玉のことバカにするけど、普通に都会じゃない?こんなにビル建ってるのに
……
」
「
……
まあ、ほんとの東京に行ったら、それも分かるかもね」
「へー、楽しみだなー」
再び窓の外に視線を戻す宗真。
(
……
はあ。変な夢見るせいで、調子狂うわ
……
ほんと)
そして2人は東京駅に降り立った。
「東京だー!」
「じゃあ早速、六本木ね。
……
駅でははぐれないように、私の鞄掴んどきなさいよ」
「はーい!
……
っていうか人多っ!すげ〜!どっから集まってくんだろっ」
「
……
あんた、結局田舎者丸出しね」
「しょうがないじゃん!こんなとこ滅多に来ないしさっ」
(まあ
……
こんなに楽しそうなら、連れてきて正解だったか)
「ちなつとゆきにも自慢できるな!今度会った時は、『都会に染まった女』の空気出してやるんだ」
「何よそれ。バカなこと言ってないで、ほら、もう行くわよ」
「はーい、静姉隊長!」
人の波に飲み込まれながら、宗真は静乃の鞄をしっかり掴み、初めての東京の景色を、きょろきょろと目に焼き付けていた。
――
その時だった。通行人の一人が、すれ違いざまに宗真を狙って急に進路を変えてきた。
「うわっ
——
」
肩がぶつかりそうになった瞬間、ぐいっと腕を引かれる。
「
……
っ、こっち」
間一髪で人の流れから外れ、宗真は思わず息を呑んだ。さっきまでいた位置を、何事もなかったかのように通り過ぎていく人混み。
「なんだよ、今の
……
!?オレもぼーっとしてたかもしれないけど、今のは明らかにあっちから
……
!」
「
……
うん。宗真は悪くないよ」
「
……
」
「でもね、残念だけど世の中には、今みたいな人もいるの。宗真みたいな小柄で反撃してこなそうな女の子は狙われやすいんだ。特にこの辺は人も多いし、気が立ってる人も増えるから、変な動きの人がいないか常に警戒しないと
……
」
「なにそれ、都会こえ〜
……
。あーあ、オレが父ちゃんみたいに背も高くてムキムキだったら、ああいうのも寄ってこないんだろうな
……
」
その想像がよほどおかしかったのか、静乃は思わず吹き出した。
「
……
それはそれで頼もしいけど、なんか嫌ね。むさ苦しいのは、うちに二人も要らないから」
「まあな。宗真ちゃんはかわいくあったほうがいいよな。きっと読者もそれを求めてるし」
「
……
なに急にメタくなってんの。ほら、次は私の横から離れないで。ちゃんと見て歩きなさい」
「はーい、静姉」
そう言って再び鞄を掴む。さっきよりも、少しだけ力を込めて。
(
……
都会、やっぱちょっと怖いな)
でも、自分のすぐ隣には。頼れる姉
……
静乃の背中がちゃんとあった。
そして地下鉄を乗り継いでいく。
「東京の地下鉄って、南北線と東西線以外にもいっぱいあんだな
……
!ていうか東京にも南北線と東西線があるなんて、仙台のマネか?」
「いや、一般名詞だから。なんなら札幌とかにもあるし
……
これだから東北の田舎者は」
「静姉だってそうじゃん!」
そんなやり取りを挟みつつ、昼頃には六本木の美術館に到着した。
「おおーーっ!?ここがギョーカイ人が言うところのギロッポン!?なんかオシャレすぎるし、建物でけえし
……
首痛くなってきた!」
「いつのイメージよ、それ。建物も全部見上げなくていいから。でも確かに、こっちじゃ見ないようなものばっかりね。
……
先にご飯食べちゃう?」
「うーん
……
まだあんまお腹空いてないし、静姉が見たかった展示からでいいよ!」
「ほんと?実は私もあんまりお腹すいてなくて、先に見ておきたかったの。じゃあ、行きましょうか」
「おう!」
美術館の入口へ向かう静乃の足取りは、どこか軽い。
(静姉、珍しくウキウキしてんな〜。いっつも姉ちゃん通り越して母ちゃんみたいな感じだけど
……
静姉も、こういうとこあんだな)
宗真は少しだけ、歩幅を合わせて隣を歩いた。
入場すると、静乃は弟(見た目は妹だが)の前にもかかわらず、少し浮き足立っていた。入口の壁にはSLUMP先生描き下ろしイラスト(撮影可)が描かれていた。
「し、写真撮って送っとかないと!」
夏風邪で来られなかった友人のため、入口の写真を撮影する。
「あ、オレも入った写真撮ってもらっていい?ちなつたちに送る!」
「はいはい、混むからさっさと撮るからね!」
「静姉は映んないの?」
「私はいいの。SLUMP先生の絵と並んで映るなんて、恐れ多いし!」
「ふーん
……
でもさ、さっき撮っちゃった」
「えっ!?」
先程楽しそうに入口の写真を撮る静姉を、宗真は後ろからこっそり撮影していたのだ。
「こっちのほうがさ、静姉がちゃんと東京楽しんでる感が伝わって、友達は嬉しいんじゃない?」
「な、何やってんのよもう
……
」
(でも、確かにそうかも。それにしても、撮ってるときの私の顔ったら
……
)
そして会場内を見て回る。静乃は、SLUMP作品について一切知識のない宗真に、所謂オタクのノリを押し付けるわけにはいかなかった。
からかわれるだろうし、それは静乃の中では徹底しているオタクとしての礼儀作法でもあった。
そのため、自然と口数は少なくなっていたが
——
足取りは明らかに軽く、時おり小さな感嘆の声が漏れていた。きっと心の中では饒舌で、行けなかった友人に向けたレポートを脳内でまとめ上げているのだろう。
そんな姿が、宗真の目にはとても新鮮に映った。
(なんか
……
展示より、今の静姉見てる方が面白いかも)
普段は響や宗真を見守り、時には叱り、しっかり者の長女として振る舞っている姿しか見てこなかった。でもこの姉にも、好きなものがあって、共有したい友達がいて、自分だけの時間がある。
当たり前のことなのに、なぜ今まで気づかなかったのだろう。
宗真にとって、今のところ東京で見るどの景色よりも
——
姉の今の姿が、いちばん新鮮で印象に残った。
そして最後に物販コーナーで図録とポストカードを購入し、会場を後にした。
「静姉、なんか静かだったね」
「そう?美術館は静かに見るものだから、当然でしょ」
「あ、なんか
……
いつもの静姉に戻った気がする」
「
……
どういう意味よ」
「静姉、展示見てる時すごい楽しそうだったからさ。静姉って、ちゃんと一人の人間なんだなーって思って」
「つまり普段の私は、楽しいという感情を持たない冷血人間と
……
?まあ、弟は女の子になったり戻ったりする生物学的変態だし、お似合いかもね?」
「そ、そこまで言ってないじゃん!そういう意味じゃなくて!」
宗真は少し慌てて言葉を継ぐ。
「静姉、いつもオレのこととか家のこととかで頑張ってるからさ。ちゃんと静姉にもシュミがあって、こうやって楽しんでるんだなって分かって
……
なんか嬉しかったってこと!」
「
……
そう」
静乃は、ほんの少しだけ口元を緩ませた。
「あんたが、そんなこと心配するようになるなんてね」
原宿駅を出た瞬間、人の波と色の洪水に飲み込まれた。
「うわ
……
なんだここ」
「
……
人が多いとは聞いてたけど、想像以上ね」
竹下通りの入口を前に、二人とも一瞬だけ立ち止まる。若者向けの派手な看板、奇抜な服装、甘い匂い。
「静姉、原宿ってもっとこう
……
オシャレで静かなとこだと思ってた」
「それは表参道側のイメージよ。原宿は若者文化、派手、映え
……
みたいな?」
「ふわっとしてんな」
「うるさい。行ったことないんだから仕方ないでしょ」
実際のところ、静乃も完全に“おのぼりさん”だった。地図アプリを何度も確認し、目当てのカフェの名前を小声で読み上げている。
「えっと
……
この辺に『ナチュラルで落ち着いた空間の隠れ家カフェ』があるはずなんだけど」
「隠れすぎて見当たらないとか?忍者みたいな」
「あんたも探すの手伝ってよ
……
」
そんな会話をしながら歩いていると、背後から声をかけられた。
「すみません、少しいいですか?」
振り返ると、オフィスカジュアル程度には整った服装の若い女性が立っていた。
首から下げたIDカード。いかにもそれっぽい。
「あの
……
とても可愛かったので、モデルとか興味ありませんか?」
「
……
『かわいい』って
……
オレのことですか!?」
宗真は一瞬目を瞬かせたあと、ぱっと顔を輝かせた。
「いやーありがとうございます!オレもそう思ってたんですっ」
「ちょっと宗真!?」
「えーと
……
」
(反応が素直すぎるし距離感が近い
……
)
「なんのモデルですか?雑誌?CM?親の同意とか必要なら横の姉が
――
」
「待ちなさい!話を勝手に進めない!」
スカウトは宗真と静乃を交互に見て、ほんの一瞬だけ迷うような表情を浮かべた。
(なんか使いにくそうな子だな
……
お姉さんしっかりしてそうだし、騙せなさそう)
「すみません、やっぱり間違えました」
「えっ
……
」
スカウトは軽く頭を下げると、そのまま人混みに紛れていった。
「
……
え、今のなに?」
「芸能界のスカウトってやつかしら」
「いや、それはわかるけどさ!途中まで本気だったじゃん!?なんで帰ったんだよ!」
「途中で正気に戻ったんでしょうね」
宗真はしばらくその場に立ち尽くしたあと、じわじわとダメージを実感した顔になる。
「オレ、かわいいって言われたの初めてじゃないのに
……
こんなにかわいいのに」
「その返しがもう“業界向き”じゃないのよ」
「そうなの!?」
静乃はため息をつきつつも、宗真を一瞥する。
「
……
でもまあ、声かけられるくらいには、今のあんた、目立つんでしょうね」
「フォローしてくれてるの?」
「解釈はあんたに任せるわ」
そう言って歩き出す静乃の背中を、宗真は少しだけ誇らしげな、でもどこか複雑な気持ちで追いかけた。原宿は、思っていたよりずっと騒がしくて、ずっと手強い街だった。
原宿の路地をあちこち彷徨った末、結局目当てのカフェには辿り着けなかった。混雑と暑さに負け、たまたま空いていたチェーン店に逃げ込む。
「わーい、ヨーグルンだ!夏はこれが一番うまいよなっ」
カウンターで受け取ったカップを掲げ、宗真はご機嫌そうだ。東京に来ていようが、原宿の真ん中だろうが、チェーン店であることは一切気にしないらしい。
「うう
……
せっかく東京まで来たのに、ドトールじゃ仙台にもいくらでもあるじゃない
……
」
「いいじゃん。涼しいし、うまいし。それにしても、ゲーノー界でチヤホヤされてみたかったな〜」
軽口のつもりで言った宗真に、静乃はストローを咥えたまま、少しだけ真面目な目を向けた。
「
……
いや、あんたはあんまり目立っちゃだめでしょ。一応、赤星流に狙われてた身なんだからそれにそもそも、あんたみたいなのが芸能界でやっていけるとも思えないわ」
え、ひどくない?
「厳しい世界だっていうし。いろんな人に“愛される”っていうのも、きっと簡単なことじゃないでしょ?」
その言葉に、宗真は言い返しかけて
……
やめた。
「
……
そ、そうだな」
ヨーグルンの白い表面を、ストローでくるくるとかき混ぜながら、宗真はふと二人の少年の顔を思い出していた。何気ない一言で、距離が変わってしまったこと。
(
……
目立つのも、楽しいことばっかじゃないか)
東京の喧騒から一時的に切り離されたチェーン店の片隅で、宗真は少しだけ大人しくなっていた。
「もう夕方か。静姉、今度はどこ行く?」
「今日は
……
もう宿に行きましょうか。結構疲れちゃって」
「だなー。明日もあるし。ホテルってどこにあんだ?」
「上野。明日すぐ観光できるようにと思って
……
山手線で30分くらいね」
静乃は、乗換案内だけは事前に完璧に調べてきていた。
「上野?なんか聞いたことあるかも!動物園あるとこ?」
「そう。あんたでも知ってるなんて、上野ってすごい
……
」
「オレの方を褒めろよっ!」
そしてホテルのチェックインを済ませ、部屋に入った。
「オレこっちのベッド〜!」
宗真は勢いよく片方のベッドに飛び込んだ。
「はいはい」
静乃はキャリーケースを開け、黙々と荷物を整理し始める。
「夕飯どうする?」
「実は
……
ちょっとやってみたいことがあって
……
」
「?」
「今日、まあまあ疲れたでしょ?」
「うん」
「外にご飯行くの、めんどくさいわよね?」
「えーと
……
?」
静乃は少しだけ言いづらそうにしながら、テーブルに置かれた宿泊者向けのファイルから一枚の紙を取り出した。
「これ」
それは、ビジネスホテルの部屋によく置いてある、宅配ピザの広告だった。
「ホテルに泊まった時に、たまーに入ってるじゃない?実はずっと憧れてて
……
今回夜にやってみたいって、友達にも言ってたの」
「へ、へえ
……
」
(なんか意外
……
)
「まあ、東京感はないけどいいんじゃない?静姉がやりたいならさ」
「じ、じゃあ
……
頼ませてね
……
!」
少しだけはにかみながら、静乃はスマホを手に取った。その様子を見て、宗真は思わず小さく笑う。
(こんな静姉、初めて見るかも)
都会の夜景よりも、いつもはしっかり者の姉が見せる、ほんの少しの“普通の女の子らしさ”の方が
――
宗真には、ずっと新鮮だった。
頼んだピザをつまみながら、宗真はテレビのチャンネルを次々と切り替えていた。
「あー!あっちじゃいつも変な時間にやってる番組が、ちゃんと夜にやってる!てかチャンネル多っ!さすが東京
……
」
「ほんとだ。なんていうか、こういうところで“うちの方って田舎なんだな”って思うわよね
……
」
「朝の5時にやってるアニメとか、誰が見るんだって感じだよな
……
」
そんな話をしながらピザを頬張る。
「それはそうと。今日は何が一番楽しかった?」
「うーん
……
六本木も原宿もすごかったけど
……
オレ的には、静姉が面白かった!」
「
……
え、私?SLUMP展でもそんなこと言ってた気がするけど」
「なんていうのかな?静姉の“レア顔”が見れて、なんかラッキーって感じ?」
「レア顔って
……
私は別にいつも通りだってば。まあ、普段よりははしゃいでるかもね?だって東京よ?うちの方と比べものにならないくらい都会だもんねー」
静乃は少し照れ隠しのように笑った。
「
……
静姉はさ。もしかして、高校卒業したら東京とか行きたいの?」
「うーん
……
どうかしら。正直、まだ決められてないかな。だって
……
まだ、あんたを置いていくの怖いし」
「むー。オレだってこれでも日々成長してるっつーの!
……
まあ、この辺はちょっと心もとないけどさ」
そう言って、自分の胸元を指す。もちろん物理的な意味での“成長”だ。
「うーん
……
一概にはそうとも言えない、か?
……
ごめん、ちょっと撤回」
「え?」
静乃は、宗真の胸の
――
心臓のあたりを指した。
「あんたの“ここ”、ちゃんと成長してるよ」
宗真は、はっとしたように目を見開く。それは体の話ではなく、“心”の話だった。
「やっぱりあんたは今もちゃんと成長してる。いつまでも子供じゃないってこと」
「えっ、マジか!?じゃあ今から脱ぐからちゃんと確かめて!」
「そういう意味じゃないの!」
ごつん、と静乃の拳骨が飛んだ。
(前言撤回を撤回
……
まだ宗真からは離れられそうにないわ!)
東京の夜は、まだまだ始まったばかりだった。
「静姉、今日お風呂先に入っていいよ」
「
……
あんた、まさか生理?大丈夫?ちゃんと持ってきてる?」
「違うよ。静姉って、いつも最後のほうに入ること多いじゃん」
……
確かにそうだ。必ずしも一番最後というわけではないが、宗真が粗相
――
たとえば髪の毛や、あるいは経血を落としていないか心配で、少なくとも父の宗二には先に入ってもらい、宗真のすぐ後に入るようにしていたのだ。
「だからさ。こういう時くらい、一番風呂どうかなって」
「
……
ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、静乃はユニットバスへ向かった。そして、シャワーを浴びる静乃。
(といっても、よくある三点ユニットバスだから
……
一番風呂って言われても、そんなにありがたみはないんだけどね。でもまあ、宗真が譲ってくれたし)
湯気のこもった鏡を手で拭う。そこに映った自分の姿に、静乃はふと目を細めた。
(
……
なんか、また少し胸のあたりが大きくなってる気がする)
服の上からでは気づきにくいが、こうして裸で見ると分かりやすい。最近、身体つきがはっきりと変わってきている。
(宗真は羨ましがるけど
……
太って見えるし、視線は気になるし、肩はこるし
……
そんなにいいもんじゃないのに)
シャワーの音が、静かな部屋に響いていた。
ボディソープの泡を流しながら、昼間の宗真の言葉が、ふと頭をよぎった。
「静姉、いつもオレのこととか家のこととかで頑張ってるからさ。ちゃんと好きなものがあって、それを楽しんでるんだなってわかって
……
なんか嬉しかった」
シャワーの音に混じって、胸の奥がじんわりと熱くなる。
(三姉弟の長女じゃなかったら
……
たとえば私が、宗真みたいな末っ子だったら
……
もっと自由に生きられてたのかな)
けれど、すぐに小さく首を振った。
(
……
いや。宗真だって、あの呪いのせいで性別を変えられて、いろいろ苦労してる。決して“自由”ってわけじゃない)
思い出すのは、普段は明るく振る舞っている弟の顔。
(響だって、次期当主になるからには面倒なことも多そうだし
……
今も宿坊なんかに行ってるし)
三姉弟、それぞれが、それぞれの立場で、何かを背負っている。
(結局、誰だって“楽なポジション”なんてないのかもね)
そんなことを考えているうちに、シャワーは終わっていた。
「
……
あ」
ふと気づいて、脱衣所を見回す。
「
……
着替え、出してなかった。ほんとに浮かれてるわ、私」
タオル一枚の姿で、思わずため息をつく。
「そ、宗真ー?いるー?」
浴室の中から、少し困ったような声がした。
「いるけど。どした?」
「着替え、ベッドの上に忘れちゃって
……
ごめん、持ってきてもらっていい?」
「え、オレに下着とか触られんの嫌じゃない?」
「緊急事態だし全然気にしないから!ていうか今のあんた女の子だしセーフよ」
(
……
焦ってんのかな、なんか雑だな
……
まあいいや)
部屋に戻り、ベッドの上の荷物を探る。
(あ、これか)
Tシャツ、スカート、そしてその下に置かれていた下着一式。何気ないふりをしながら、宗真はブラジャーのタグに視線を落とした。
(
……
でか)
自分のそれとはまるでかけ離れたアルファベットが書かれている。
(やっぱ静姉、すげーな
……
)
軽く咳払いして、下着を手に取った。そして浴室のドアの前へ。
「入っていいわよ。カーテン閉めてあるから」
「はーい」
ドアを開けると、三点ユニットバスの向こう、シャワーカーテンの奥で、静乃の姿は見えなくなっていた。宗真は、言われた通り、着替えを床にそっと置く。
「置いたよー
……
ちぇっ」
「
……
『ちぇっ』?」
カーテン越しに問い返す。
「なんでもないよ。じゃ、戻るわ」
(
……
何だったのよ、今の)
しかし、ひとまず助かったことにほっと息をついた。
21時頃、宗真も入浴を終えた。
――
おい!主人公兼メインヒロインの宗真ちゃんのドキドキ♡お風呂シーンはカットかよ!オレの扱いひどくない!? By宗真
そして二人は明日に備えてベッドに入った。
「静姉、まだ起きてる?」
「んー
……
」
「女だけの旅行の夜といえば恋バナだよな!ってちなつが言ってた!」
「ん
……
」
「静姉は好きな人いる?まあオレ、恋バナってそれより先なに聞いたらいいのか分かんないんだけどな。経験もないし
……
あれ、静姉?」
静乃はすでに夢の中だった。
「おいっ!新幹線といい、また先に寝ちゃうのかよ
……
」
しかし、その寝顔はどこか穏やかで、楽しそうだった。
(ま、でも静姉にしてははしゃいでたし、よっぽど楽しかったんだな。
……
夢の中でもSLUMP展に行ってたりして)
宗真は小さく笑い、静乃の布団をそっとかけ直してやるのだった。
……
しかし、その頃。静乃の夢の中では。
「あれ
……
胸元の辺りが
……
軽いっ!やった!」
そう呟いた瞬間、今の身長のまま、胸だけがやたらと大きくなった宗真が現れた。
「あはっ、実験成功!」
「は?」
「海成のやつがさー、近くの人とバストサイズを入れ替える方法教えてくれてやってみたんだけど、見事に上手くいったんだよ!」
「え、江沼くんが
……
どういうこと?」
「よーし!このでっかいおっぱいをヨツダ達にも見せてこよっと!」
「な、なにバカなこと言って
……
!」
と、いつものように拳を振り上げようとするが。
「あれ?静姉それなんのマネ?ちっちゃいくせにオレに逆らう気?」
「ど、どういうことよっ!」
「身長も入れ替えてみた☆」
「えっ」
「これでケンカしてもオレに勝てないね、静姉?」
「ちょっとほんとに
……
いやぁあああああ!!」
静乃は勢いよく飛び起きた。
「
……
はぁ
……
夢、か
……
」
隣のベッドを見ると、宗真はぐっすり眠っていた。
「まったく
……
変な夢見させるわね
……
」
呟きつつも、どこか安堵した表情を浮かべるのだった。
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