夏祭りの日。宗真はヨツダと海成との待ち合わせ場所へ向かうため、まずは月城家の前でちなつ、ゆきと合流することにした。もちろん、三人とも浴衣姿でだ。
宗真は着付けを響に(意外な特技だ)、ヘアセットをいつものように静乃にお願いし、普段よりもさらに気合いを入れておしゃれをしていた。
ちなつがインターホンを鳴らすと、玄関の扉が開き、浴衣姿の宗真が顔を出す。
「よっ」
「あっ……宗真!今日は一段と可愛いねっ」
「ほんとだ〜!浴衣バフかかってるって感じ!」
「へへ、サンキュー。お前らも浴衣可愛いじゃん!」
「お、なんか宗真も女子っぽいコミュニケーションが上手くなってきたね〜?」
「おかげさまでな!……でもさ、この下駄、ちょっと歩きにくくてさ」
「わー、宗真は本格的なんだね!うちら普通にサンダルだよー?」
「げ、履き替えようかな……でも響姉が着付けてくれたしな。よし、下駄で頑張ってみるわ!」
そう言って、宗真は転ばないよう足元に気をつけながら、慣れない下駄で一歩踏み出す。少しぎこちない歩き方のまま、三人は夏祭りへと向かうのだった。
(でも正直、鏡見た時に今日はめちゃくちゃ可愛くできたと思ったんだよな。あいつら、どんな反応するかな……)
先の展開を想像して、どうしても口元が緩んでしまう宗真。だが、そんな期待とは裏腹に——。
待ち合わせ場所には、すでに二人の姿があった。
「おまたせー!」
「大丈夫、今来たとこだよ」
「あれ、櫻井と藤枝だけ?宗真は?」
「え?一緒に来たはずだけど……」
「まさかあのバカ、もうはぐれたんじゃ——」
ヨツダの言葉を遮るように、ゆきの浴衣の袖を、そっと引く影があった。
「は……はぐれてなんてないって!」
「なんだお前。いつものお前なら真っ先に俺らに『オレのかわいい浴衣姿見ろ〜!』とか言ってきそうなのに。今日はそのノリ休みの日か?」
(……あれ?そうだよな。なんで隠れちゃったんだ、オレ……?)
「でも、今日の浴衣姿もすごく似合ってるよね。髪型もちょっと大人っぽくて……素敵だなって思う」
海成の正面からの褒めに、宗真は、みるみる顔を赤くしていった。
「ちょ、ちょっと……!いきなりそんな褒めてくるなよ……!?」
ゆきは不思議そうな表情になる。
「ねえ、吉田くんもそう思うよね?」
「お、俺に振るなよ!……まあ、いいんじゃねえの?」
「そ、そーかよ……」
顔を真っ赤にしたまま、宗真の表情はへにゃん、と緩んでしまう。自分でも理由のわからない胸の高鳴りを抱えたまま、夏祭りのざわめきの中に立ち尽くしていた。
「あたしね、今日のお祭りを盛り上げようと思って、いいもの持ってきたんだ〜!」
「え?そんなの、いつ用意してたの……?」
どうやら、ゆきですら知らなかったらしい。ちなつは時々、こういう突拍子もないことをさらっとやってのける。
ちなつは懐から、ひらひらと五本のくじを取り出した。
「これ引いてさ、二手に別れて回らない?盆踊りが始まったら、またここで合流しよ?」
「面白そうだね!」
海成は無邪気に賛同した。
「櫻井って、結構強引なとこあんだな……」
「まあ……そこがいいとこでもあるんだけどね……」
(く、くじ引き……?ってことは、誰かと二人きりになる可能性もあるってことだよな……?)
一瞬、宗真の胸がきゅっと縮む。
(ちなつやゆきならいいとして……場合によっちゃ、ヨツダとか海成と二人きり……?)
さっきまで「かわいいオレを見てほしい」と思っていたはずなのに、いざその状況が現実味を帯びると、心臓が落ち着かない。
「……お、お前ら、こういうの好きだよな……」
誰にも聞こえないくらいの声で呟きながら、宗真は無意識にくじを見つめてしまうのだった。
「じゃ、いくよ〜?せーのっ!」
五人が一斉に、くじを引く。
「……っ!」
宗真の指が、ほんの一瞬止まった。
「……海成、と一緒?色つきのくじってことは」
「あ……よろしくね。宗真くん」
顔を上げると、視線がぶつかる。それだけで、胸がどくん、と大きく跳ねた。
(な、なんでだよ……海の時までは、普通にできてただろ……)
なのに今は、ただ名前を呼ばれただけで落ち着かない。
「お、じゃあ、あたしはゆきと吉田くんだね〜。吉田くん、ハーレムだけどいーい?」
「俺のことは気にしなくていいよ。ちょっと離れたとこで、変なやつが寄ってこないか見とくくらいの方が気が楽だし」
「え〜、せっかく一緒に来てるんだからさ。そんなん勿体ないっしょ!吉田くんだって友達なんだし!」
そう言って、ちなつは何の気もなしに、自然な仕草でヨツダの手を引いた。ゆきの目から、すっと光が消えた。
そして宗真もまた――自分でも名前をつけられない、知らない感情に包まれていた。
(……なんだ、これ)
胸の奥が、ざわついて落ち着かない。それが「視野が広がったせい」なのか、それとも――
宗真は、考えるのをやめて、そっと息を飲み込んだ。
「……行こっか?」
「……お、おう……」
並んで歩き出す。祭りの喧騒が、やけに遠く感じられた。
(なんでだ……?海成って、いつも穏やかで優しくて、別に怖い相手じゃないのに……)
しばらく、沈黙が続く。
「浴衣……お姉さんにやってもらったんだよね?髪も……かわいいね」
「そ、そんな何回も言うなって……!」
思わず視線を逸らす。でも海成は、変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「言いたくなるから、仕方ないよ。宗真くん、今日は……その……」
一瞬、言葉を探すように間を置いてから。
「いつもより、近寄りがたいっていうか」
「……は?」
「悪い意味じゃなくてね。綺麗で、ちゃんと『女の子』だなって思って……」
「っ!!」
一気に顔が熱くなる。
(や、やめろ……!それは……視野が広がっただけで……!大人の階段の途中で、そう見えるだけで……!)
「そ、そういうの……軽々しく言うなよ……!オレ……その……困るんだよ……」
「……ごめん。でも、困らせたくて言ったわけじゃないよ」
立ち止まり、少しだけ真剣な表情になる。
「僕は……宗真くんがどう変わっても、ちゃんと見ていたいだけだから」
「……っ」
胸の奥が、じんわりと痛む。
(それだ……こういうとこが……ダメなんだよ……)
遠くから、盆踊りの太鼓の音が響いてきた。
「そろそろ、合流の時間だね」
「……あ、ああ」
再び歩き出す。さっきよりも、ほんの少しだけ距離を保ちながら。
(――これは恋じゃない。だってオレは男だし……!身体が女だからって、男に惚れるなんてそんな単純なわけないし!きっと……父ちゃんが言ってたみたいに、視野が広がって、いろんなことが見えるようになっただけなんだ……)
そう言い聞かせながらも、胸の高鳴りは、さっきよりも確実に強くなっていた。
盆踊り会場のやぐらが近づくにつれ、人の数が増えていく。はぐれないようにと、海成が宗真の手を――そっと取った。
「きゃっ!?」
(やば……マジで女みたいな声、出ちまった……)
「ごめん、びっくりした!?はぐれないようにと思って、手、繋いだんだけど……嫌だったかな?」
(や、やばいやばい……!なんかもう……止まんないっていうか……)
「い、……嫌じゃ、ない……!」
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。それでも宗真はまだ知らない。この感情に、いつまで「視野が広がっただけ」という名前をつけ続けられるのかを。
そして、ちなつたちと合流した。
「……あれ? 江沼くんと宗真、その手……?」
そうゆきに言われて初めて気づいたのか、二人はまだ手を繋いだままだった。
「は、はぐれないようにだよなっ! 人混みすごかったし!」
慌てて手を離す。海成は何も言わず、こくこくと何度も頷いていた。微妙な沈黙が流れた、その時。太鼓の音が鳴り響き、盆踊りが始まった。
「あー、これ聞いたら自然と身体が……! ちょっと踊ってくる!」
「ち、ちなっちゃん!? 待って!」
「ぼ、僕も……ちょっと興味あるかも!」
海成はそう言って、ぎこちなくも輪の方へ向かっていった。今まであまりお祭りに来たことがなかったのか、すべてが新鮮に映っているようだった。
……あるいは、先ほど宗真と手を繋いでいたところを見られた空気から、逃げたかったのかもしれない。
結果的に、そこに残されたのは宗真とヨツダの二人だった。
「今日の櫻井、自由だな……」
「……よかったな。さっき、ちなつと手、繋げて」
「は?」
「お前、昔から女の子にモテてなかったしさ。……あ、言っとくけどオレは女の子に含まれないからな?」
「何言ってんだお前。ていうか、あれは櫻井が急にだな……!」
言いかけて、ヨツダは言葉を切った。
「……別に、そういうつもりじゃねえよ」
「……ふーん」
宗真はそう返しながら、胸の奥に残る小さなざわめきから目を逸らした。
太鼓の音と、人々の笑い声が、夜の空に溶けていく。その中で、二人の間だけ、少しだけ言葉が足りないままだった。
「何ムキになってんだよ。その点でいえば、お前も江沼と手繋いで、満更でもなさそうだったじゃん。身体が女子だからって、本気で江沼に恋でもしてる……なんてこと、ないよな?」
ヨツダ自身は、軽口のつもりだった。けれど、その一言は、宗真の胸の奥を正確に撃ち抜いた。
――違う。
――そういうんじゃない。
そう言い聞かせてきたはずの言葉が、音もなく崩れていく。
「大人の階段を上っているだけ」「視野が広がっただけ」
何度も自分に言い訳してきた建前は、もう形を保てなかった。胸の奥がざわつく。否定したいのに、否定する言葉が見つからない。
気づけば、宗真はヨツダの胸ぐらを掴んでいた。
「よっ、ヨツダなんかに……!オレの何がわかんだよ!」
声は震え、視線は定まらない。怒りなのか、焦りなのか、それとも――宗真自身にも、もう区別がつかなくなっていた。
「そ、宗真……?お前……どうしたんだよ……」
(まさか……泣いてる、のか……?)
「オレさ……女にされて、楽しいことも、大変なことも知って……なんとか、やってきたけどさ……!」
声が詰まり、言葉が途切れる。整えられていたはずの可愛らしいヘアセットも、メイクも、着付けも、もうぐちゃぐちゃだった。
「最近……なんか、ヘンなんだよぉ……!」
掴んでいたヨツダの胸ぐらから、力が抜ける。そのまま宗真は、逃げ場を探すみたいにヨツダの胸に額を押しつけ、声を殺して泣き出した。
「……『変』って……どう変なんだ?」
「海でお前らに助けられた時からさ。なんか……お前ら見ると、ドキドキすんだよ……!顔も赤くなるし……、もう、とにかく……わけわかんなくてさ……!いつもみたいに振る舞えないのが……それが、つらいんだよ!」
「宗真……」
(ふざけて、女の子みたいに振る舞って、俺や江沼をからかってきたりしてたけど……。ほんとはこいつ……ずっと、心の底では不安だったんだな)
もう、「浴衣の美少女に迫られたらドキドキするだろ」なんていつもの軽口を叩く余裕はなかった。宗真はただ、必死にしがみつくようにヨツダの胸に顔を埋め、泣きじゃくっている。
ヨツダは、そんな宗真を突き放すことも、茶化すこともせず、普段よりもずっと落ち着いた手つきで、その背中を受け止めていた。
(そういえば、中学に入ったばかりの頃も「ヨツダの声が聞きたい」とか、急に言い出して……朝、わざわざ俺の教室まで来たこと、あったよな)
あの時は、ただの気まぐれだと思っていた。けれど今なら――あれもまた、宗真なりの「縋り方」だったのかもしれないと、ヨツダは思った。
ヨツダは、何も言わなかった。宗真が自分で落ち着くのを、ただ黙って待っていた。それだけで十分だとは思えなかったが、今のヨツダにできるのは、それが精一杯だったのだ。
そして――盆踊りの輪に混じっていた海成は、櫓を挟んだ対角線上。宗真たちから見れば、いちばん遠い位置にいたにもかかわらず。
ヨツダの胸で泣く宗真の姿を、はっきりと目撃していた。
しばらく鼻をすすっていた宗真だったが、やがて大きく息を吐いた。
「ふー……なんか、泣いたらスッキリした!」
「はあ?」
「どうだ?浴衣の美少女に泣きつかれた気分は?一生の思い出になっただろ?」
「……今の流れでそれ言えるの、逆にすげえよ」
「なんだよっ!あー、腹減ったなぁ。あいつら、早く戻ってこないかな〜」
わざとらしいほど、いつもの調子。宗真は「もう大丈夫だ」と言わんばかりに、軽い口調を並べる。
そして、ふと声のトーンを落とした。
「……ありがと。オレの気持ち……受け止めてくれて」
「いや、受け止めたっていうか……うまい返しが思いつかなかっただけっていうか……」
「それでもさ。オレが泣いてる間、ずっとそばにいてくれたじゃん。宗真は宗真って、お前よく言うけど。ヨツダはヨツダだなーって思えて……嬉しかったんだ!」
そう言って、宗真は笑った。いつものからかうような笑顔とは違う、屈託のない笑顔だった。
「あ、でも」
「……なんだよ」
「オレがお前の胸で泣いてたのはさ、オレたちだけの秘密な……?」
そう言って、宗真はヨツダの唇にそっと人差し指を当てた。わざと可愛く見せるための仕草じゃない。計算も、からかいもない、自然な動作だった。
だからこそ――ヨツダの調子を、ひどく狂わせてしまったのだが。そのことに、宗真自身はまだ気づいていなかった。
そして、宗真がヨツダの胸で泣いていた頃――盆踊りの輪の中では。
「さ、櫻井さん……盆踊りの振り付けって、これで合ってるかな?」
「えー?そんなのテキトーでいいんだよ?周りの人見て、それっぽくやってれば大丈夫大丈夫ー!」
「ありがとう。でも僕、やるからにはちゃんとしたくて……!」
「お、江沼くん燃えてるね!じゃあちゃんとやるね。えっとねー、肘の角度はこれくらいでー」
ちなつはそう言って、自然に海成の腕に触れた。本人に他意はなく、ただ振り付けを教えるための動きだったのだが――
「わっ……!」
思わず一歩、距離を取ってしまう。
「あ、ごめん……!女の子に近づくの、まだ少し緊張しちゃってさ……。櫻井さんのせいじゃなくて!」
「えー?そうなの?なんか意外ー。江沼くん、もっと慣れてるタイプかと思ってた!」
「はは……全然だよ」
困ったように笑いながら、ぎこちなく振り付けを続ける海成。
その様子を、ゆきは輪の少し外側から――何も言わず、ただ静かに見つめていた。盆踊りの太鼓の音と、楽しげな掛け声。その中で、ゆきの表情だけが、周囲から切り離されたように静止していた。
そして、海成もなんとか盆踊りの輪に加わった頃――ちなつは、ゆきの姿が輪の中にないことに気づいた。
「ゆき!?……ゆき!ねえ、一緒に踊ろうよ!毎年ここに来て、踊ろうって約束したじゃん!」
ぐい、と迷いなく、ゆきの手を引く。
「あ……うん……覚えててくれたんだね?」
「当たり前でしょ!ゆきはあたしの一番の友達なんだから!」
(一番の……「友達」……)
ゆきは、一瞬だけ視線を落としたあと、意を決したように口を開いた。
「……ちなっちゃんからしたら、そうなのかもしれない。でも、私は……そうじゃないの」
「え?ほんとは……友達じゃないってこと?ずっと、仲良しだと思ってたのに……」
「違うの!私の……ちなっちゃんへの「好き」は……
ちなっちゃんが私に向けてくれる「好き」とは、ちょっと違ってて……!」
太鼓の音と人々の笑い声が、二人の周囲を包み込む。それでも、ゆきの言葉は確かに、ちなつの胸に届いていた。
「……え?」
引いたままの手。ほどくことも、強く握り返すこともできないまま、二人は盆踊りの輪の縁で、立ち尽くしていた。
ゆきは手を離した。
「……ごめん。やっぱり今の、忘れてくれる?」
「わっ、忘れられるわけないでしょ!ここまで聞かされたんだから……!」
「でも……今のままの方が、私も幸せだから」
「ちょっと……!今日のゆき、変だよ……!」
「変……か。じゃあ私、ちなっちゃんと初めて会った日から、ずっと変なのかもね」
「え……!?」
「あ、ほら……そろそろ合流しよ?変なこと言っちゃって、ほんとごめんね」
ゆきは宗真たちの方に向かおうとする。
「……なんだよ」
「ちなっちゃん……?
「私への『好き』と違うって、何?あたしの方が、ゆきのこと大好きなんだけど!」
「……へ?」
「なに、ちょっと自分の方が上回ってます、みたいな言い方してたわけ?言っとくけどね、ゆきからあたしへの愛より、あたしからゆきへの愛の方が強いから!」
ゆきは、思わず吹き出した。
「……なにそれ。勝ち負けの話じゃないでしょ。てか、ちなっちゃんから『愛』って言い出すなんて……」
「だって、ゆきがそんな顔するから……!」
二人の間に、ふっと力の抜けた空気が流れる。太鼓の音が再び大きくなっていた。
「でも……やっぱり私、ちなっちゃんが好き。これからも……一緒にいてくれる?」
「うん!もちろん!来年もこの先も、おばあちゃんになっても、ここで一緒に踊ろうね、約束!」
「……うん、約束。……じゃあ、宗真たちのところ戻ろっか」
ふと、何かに気づいたようにゆきが辺りを見回す。
「……って、江沼くんのこと、すっかり忘れてた!」
二人が視線を向けた先――そこには。
♪ は〜れてたのしい ほしぞらみれば〜……
初めて体験する盆踊りに完全に取り込まれ、列の中で周囲の動きを必死に真似しながら、妙に真剣な顔で踊り続ける海成の姿があった。
「え、江沼くーん!そろそろ合流――!」
♪ そ〜れそれそれ よいよいよい〜……
呼びかけはまったく届いていない。完全に“向こう側”へ行ってしまっている。
「ぼ、盆踊りって、こんなに人を取り込むものだったっけ……?」
「うーん……江沼くん、変なスイッチ入っちゃったかも?」
二人は顔を見合わせ、少し困ったように、でもどこか可笑しそうに笑った。
もちろん、この地域の盆踊り――通称「七夕おどり」に、人を取り込むような不思議な効果があるわけではない。
海成がああなっていたのは、ヨツダの胸で泣く宗真を遠目に目撃してしまい、どうしていいかわからなくなった気持ちを誤魔化すため、ただひたすら踊り続けていただけだったのだ。
そして結局、列をもう一周したところでようやく我に返り、宗真たちのもとへ合流したのだった。
「お前らおせーよ!もう花火始まっちゃうぞー?全然来ないからさ、お前らの分もラムネ買ってきたわ」
「あー、ごめんごめん!ラムネありがと〜!」
そのとき、ゆきがふと宗真の顔を覗き込む。
「……あれ、宗真。もしかして、ちょっと泣いたりした?」
「えー?そ、そそそんなわけないじゃん!」
(……バレバレの嘘を)
ヨツダは呆れる。
「じゃあ、なんで吉田くんのTシャツの胸元、濡れてるの?」
(ゆき、なんでそんなとこに気づくんだよ!)
「ラ……ラムネこぼしたんだよ!ヨツダって意外とうっかり屋さんだからさ〜!」
「はああ!?勝手にオレをうっかり者にすんなよ!」
(……でも、この場はそれで通した方がいい、か)
(吉田くんと宗真くんの、こういうやり取り……
僕もいつか、宗真くんとやってみたいな……)
やがて、夜空に花火が打ち上がる。ぱっと咲いて、一瞬で消えていく光。
宗真たちの手にしたラムネの泡は、いつまでもぱちぱちと弾け続けていた。
……それぞれの胸に残る、
言葉にできないざわめきを映しているかのように。
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