ポほ
2026-03-27 23:20:01
6186文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

海に行く!

りやめ夏休み編第3話。
プールの次は海。男子組も出ます。
挿絵漫画の吉田と海成のキャラデザは今と全然違いますね

 プールから1週間ほど経った夏休みのある日。宗真、ちなつ、ゆきの三人はそれぞれ自宅にいながら、またも通話アプリで話していた。
「ちなっちゃん、宗真……海行こ!」
 今度はゆきが声をかけた。
「いいねー!もうアレも終わったし、いつでも行けるよ!」
「おお、楽しみだな!」
「でもさ、今回は男子か保護者も呼ばない?女子だけだと、親が心配しそうだし……
 ゆきは、前回のプールでの出来事を気にしていた。
「うちの父ちゃん、たぶん暇してるから来てくれると思うぞ」
 
――その頃。宗真の父・宗二は会社のデスクで書類をめくっていたが、突然くしゃみをひとつ。
「へくしっ!」
「月城。お前の代わりなんざ、いくらでもいるんだからな」
「ひ、ひいい……!」
――そして、再び三人の通話に戻る。
 
「でもさ、うちら仲いい男子ってそんないないし……あ!宗真ならいるじゃん!吉田くんと江沼くんとかどう?」
「いいねー!」
「え、オレが男子枠じゃないの!?……って、新月にはまだ早かったか」
 新月の日は宗真が男の身体に戻る日だが、最後の新月はプールに行った日の数日前……つまりまだ10日ほどしか経っていなかった。
「なに言ってんの。吉田くんとか江沼くんに、かわいい水着姿見せたいんじゃないの〜?」
 ゆきがからかうように言う。
「わかる。江沼くんとか、絶対ものすごい赤くなりそうだよね!」
「な、何勝手なこと言ってんだよ……!」
(でも、こないだちょっと怖い目に遭ったのは事実だし……ヨツダたちや父ちゃんが一緒なら、安心か)
……わかったよ。二人にはオレから声かけとく」
「じゃ、決まりだね〜」
「やった! めっちゃ楽しみ!じゃね!」
通話が切れる。
「ふー……まずはヨツダに連絡、だな」

 そして海。
 女子更衣室から、日焼け止めも塗らずに真っ先に飛び出してきたのは宗真だった。

「じゃーーーん! 見ろヨツダ、宗真ちゃんの眩しい水着姿をっ!」
「アホか。だから俺にはお前が悪ガキにしか――
……そうは見えなかった。
 一瞬、本気で「可愛い」と思ってしまったからだ。
(こいつは男、こいつは男、こいつは男……!)
 ヨツダは必死に煩悩を振り払う。
「んだよ、相変わらずつまんねーヤツだな!」
(心臓に悪い……
「な、かいせい。オレの水着姿、どお?」
……!!」
(宗真くん……僕には刺激が強い……!)
 耳まで真っ赤になる海成。
「お、可愛すぎて言葉も出ねえか? そっかそっか!」
 宗真はケラケラと笑いながら、自分の水着の肩紐を引っ張り、もう片方の手で少し胸を寄せる。
「最近ちょっとサイズ合わなくなってきた気がするんだよなー。成長期ってやつ?」
――次の瞬間。ぱしんっ、と乾いた音。
「でーーーっ!?」
 ちなつのチョップが、容赦なく落ちていた。
……あんた、調子乗りすぎ。そういうの、相手が困るからやめなさい」
「えー、冗談じゃん……
「冗談っていうのはみんなで愉快に笑えることを言うの!」
 海成はまだ顔を赤くしたまま、小さくうなずいていた。
 
「ちょっと、宗真はともかく、ちなっちゃん。まだ日焼け止め塗れてな――
 そこに現れたのは、水着姿のゆきだった。相変わらず目を引くスタイルで、場の空気が一瞬だけ止まる。思わず視線を逸らすヨツダと海成。
 しかし、どこか気まずそうにしながらも、ちゃんと口を開いた。
……櫻井も、藤枝も。水着姿、似合ってるよな。な?」
「う、うん……!」
 ヨツダと海成は顔を見合せた。
「そ、そう?」
……ありがと」
(こいつら、ちなつやゆきのムネを見ないなんて、男のくせにオレと違って結構紳士だな……
 そんなことを考えていると、先にパラソルの設営をしていた宗二が、ようやく水着姿で戻ってきた。
「やあ、みんなお待たせ。じゃあおじさんは、あっちでのんびりしてるよ」
 その瞬間だった。剣術の当主という肩書きに違わぬ、鍛え抜かれた体。ヨツダや海成はもちろん、ちなつまで思わず目を奪われる。
「うわ……すごい筋肉ですね……!サッカー部でも、こんな人見たことないです!」
……僕、運動不足かな……
……すご。特にあの外腹斜筋……!」
(えっ……ちなっちゃん、こういうの好きなの……!?)
……それは、ゆきも知らなかったちなつの一面だった。
 一方で。
(おいおい……男連中への“宗真ちゃんの可愛い水着姿”お披露目イベントが、完全に前座扱いじゃねえか……!しかもちなつやゆきじゃなくて、よりによって父ちゃんに全部持ってかれるとか……!)
 宗真は、別の意味で大きなショックを受けていた。

 海成とヨツダが浮き輪を取りに行き、浜辺には宗真、ちなつ、ゆきの三人だけが残っていた。
そこへ――
「ねえねえ、君たちだけ?一緒に泳がない?」
「水着かわいいじゃん。スタイルいいね〜、触ってみ――
「ちょっと、やめてください」
……離れてください!」
 明らかに距離が近い。言葉も、視線も、気持ち悪い。
「いいじゃん減るもんじゃないしさ〜」
「そんな怖い顔しなくても――
 次の瞬間。
――バシッ!
 乾いた音が浜に響いた。
……それ以上近づくな」
 宗真が手にしていたのは、スイカ割りに使おうと用意していた棒。構えは、見覚えのあるものだった。
「は、はぁ?なんだよガキ――
 宗真は的確に腕、肩、砂を叩き、逃げ道を塞ぐ。
「ふ、峰打ちじゃ……!」
「い、いてぇ!?な、なんだこいつ……!」
「お、覚えてろよ……!」
 二人は捨て台詞を吐いて逃げ出そうとする――が。
 ガシッ。
……どこへ行くんだぁ?」
 低い声と同時に、宗二がナンパ男の腕を掴んでいた。
「ひっ……!?」
「女の子に随分と無礼な真似をしたようだな」
 そのまま、あっさり確保。警備員に取り押さえられていった。
――しばらくして。
「ありがと、宗真!ほんと助かった」
……すごく、かっこよかったよ」
「へへ……腐っても元当主だからな」
「元・次期当主、だけどな」
「うっ……!」
 三人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。

 何も知らないヨツダと海成が、浮き輪を抱えて浜辺に戻ってきた。
「おいお前ら、遅ぇよ!こっちはな、まあまあ怖い目に遭ってたんだぞ!?」
「は?何の話だよ……
 事の顛末を話した。
……宗真くんに手を出すなんて、許せないね」
「いや、オレじゃなくてちなつとゆきの方な。オレは撃退した側だから」
 そう言って、スイカ割り用に持っていた棒を掲げてみせる。少し得意げだ。
「にしてもさ。お前、まともに稽古受けてる描写ない割に、結構強かったんだな」
「まあな。オレも全然稽古した記憶ないけど」
……なんかメタい会話だな)
「てかさっきのナンパ野郎、マジで最低なヤツらでさ。なんつーか、セーヨク全開って感じ?これだから男は……
 その瞬間。ヨツダと海成が、わずかに気まずそうな表情を浮かべる。
……あ」
 間。
「ご、ごめん。主語がデカかったな」
……いや、お前がそう思いたくなる気持ちはわかるよ」
「うん。ああいう人がいるのも事実だし」
 宗真は少しだけ、照れたように頭をかいた。
「ま、とにかく……無事でよかったってことで!」
 浜辺には、再び穏やかな空気が戻っていた。

 男子組(宗真も含む)が泳ぎに出てしまったため、ちなつとゆきはビーチでかき氷を食べながら休んでいた。少し離れたパラソルの下では宗二が目を光らせており、その存在もあって二人は安心していられた。
……さっきさ、宗真が助けてくれた時、ちょっとカッコよくなかった?」
……うん。新月じゃないのにさ。やっぱり宗真って、男の子なんだなって思わされた」
「もし今日の宗真が男の子だったら、ちょっと本気で好きになってたかもなー。危なかった!」
「え〜?ちなっちゃんが宗真を?」
 ゆきは冗談めかして笑ってみせた。けれど、その胸の内は穏やかではなかった。
(宗真……このまま、ずっと女の子でいてくれないかな?)
 溶けかけのかき氷を口に運びながら、ゆきは視線を海の方へ向けた。浜辺に駆けていく宗真の姿を、少しだけ複雑な気持ちで見つめながら。

 そして宗真は準備運動もせず、勢いよく海に飛び込んだ。
「ふー!海最高っ!おいヨツダも海成も、早く来いよっ!」
「お前、準備運動くらいしろよ!足つって溺れたらどうすんだ」
「えー?平気だろっ!」
「よ、吉田くんの言う通りだよ!僕たちは君のことが心配で……!」
「海成まで?さっきちなつ達助けたこのオレだぜ?そんなことあるわけないじゃーん」
……完全に調子に乗っていた。その瞬間、不意に宗真の足が強く引きつる。
「っ……!?」
 足が言うことをきかない。 浅瀬から少し離れていたこともあり、身体がぐっと沈んだ。
(やっ……!足、動かねぇ……!)
 ばしゃ、と水を飲む。
「おい、宗真!?」
 真っ先に異変に気づいたのはヨツダだった。 浮き輪を持ち、躊躇なく海へ飛び込む。
「待ってろ、今行く!」
 必死に泳ぎ、宗真へ手を伸ばす。
(ヨツダ……!?)
 だが、海では泳ぎ慣れていないヨツダは波に煽られ、思うように進めない。
「くそ……!」
 一方その頃。
……!」
 状況を見た海成は、即座に踵を返した。
「すみません!あっちで人が溺れてます!」
「了解!」
 迷いのない判断だった。
 
――再び視点は海へ。
(やば…………
 視界が白く滲みかけた、その時。誰かの腕が、背中を強く掴んだ。
「っ……!」
 ヨツダだった。 必死に宗真を抱え、浮き輪へ掴まらせる。
「ばっ……離すな……!」
……っ、ヨツダ……!」
 そこへ、監視員が到着する。
「大丈夫ですか!?」
 浜辺には、息を切らした海成の姿もあった。
「宗真くん……!」
 
――数分後、砂浜。
 宗真はタオルを肩にかけられ、砂の上に座り込んでいた。
「死ぬかと思った……
「ほんとシャレになんねーからな!準備運動もせずに泳ぎ回るから……!」
「はは……面目ねー……
……無事でよかった。本当に……
 安堵したように胸に手を当てる海成。 宗真は、二人を見上げた。
……ありがとな」
 ヨツダも、海成も少し照れくさそうに視線を逸らす。
「でもさ、さっきヨツダが飛び込んできたの見えた時……正直、めちゃくちゃ心強かった」
……っ」
「海成も。ああいう時に冷静に人呼べるの、すげーよ」
……いや、当たり前のことをしただけだから!」
(あれ……なんか、こいつら……こんなにカッコよかったっけ……
 助かったはずなのに、宗真の胸の高鳴りはなかなか収まらなかった。波の音だけが、穏やかにこの場を満たしていた。

 昼になり、海の家でみんな揃って焼きそばやラーメンを食べていた。宗真はアメリカンドッグを手に、ふとケチャップを取ろうとして―― 同時に、ヨツダの手に触れた。
「わ、わりぃ!先使っていいから!」
「いいのか?じゃ、お先に」
(よ、ヨツダの手……結構でかいんだな……?あ、そっか。今のオレ、女の手だから……男の時より小さくて……いや、なんで今そんなこと気にしてんだよ!)
 気づけば、少し顔が熱くなっていた。
「宗真くん?顔赤いけど、熱中症とか大丈夫?午後は少し休んだ方がいいんじゃない?」
 横に座る海成が、心配そうに覗き込んでくる。 ……なのに、宗真は不思議と目を合わせられなかった。
「か、海成は優しいな……!でも大丈夫だから!」
(あれ?海成と話す時って、こんな感じだったか?いつももっと余裕あった気がするのに……
 そこへ、ちなつが身を乗り出す。
「宗真、さっき溺れてたんだって?大丈夫だった?」
「吉田くんと江沼くんが一緒で、ほんとよかったね」
 ゲホゲホッ!宗真は盛大にむせた。
「えー!?宗真、大丈夫!?」
「なんか……今日の宗真、ちょっと心配だよ」
(どうしちゃったんだ、オレ……?)
 昼下がりの海のざわめきの中で、宗真だけが取り残されたように、胸の奥の違和感を噛みしめていた。

 午後。体調を心配された宗真は、宗二のいるパラソルの下で休んでいた。
「どうした?」
 宗二が声をかける。
「みんなと遊ばないのか」
「なんかさ、体調が心配だから休んどけって、みんなに言われて……
 宗真は砂に視線を落としながら肩をすくめた。
「オレは元気なんだけど、そう言われたらそんな気もしてきて。なんとなく休んでんだ」
「そうか……
 宗二は海を眺めながら、ぽつりと言う。
「しかし、まさかお前やその友達と海に来る日が来るとはな。稽古漬けだった頃は、想像もしなかった」
……稽古から解放されたのは、だいたい呪いのおかげだけどな」
「『せい』じゃなくて『おかげ』か……
「まあ、元が赤星流の呪いってのはシャクだけどさ」
 宗真は苦笑して続ける。
「こうやって女の友達ができて、男の友達も中学で新しくできて、ヨツダとも変わらず仲良くできて。次期当主やめたら、世界が一気に広がったっていうか……今、すげー楽しいんだ。まあ……不便なこともあるけどな」
 しばらく沈黙が落ちたあと、宗二が静かに言った。
……これまで、すまなかった」
「え!?」
 宗真が勢いよく顔を上げる。
「父ちゃんが頭下げてる……!」
「お前にとっては新鮮かもな」
 宗二は少し照れくさそうに咳払いをする。
「父ちゃんも仕事では頭を下げてばかりだぞ。……まあ、それはさておき」
 宗二は言葉を選ぶように、一拍置いて続けた。
「こうして友達と楽しそうにしているお前を見てな……跡継ぎのために、こういう時間を奪い続けてきたことに、今さら気づかされた。今謝ったところで、その時間が戻るわけでもないし、許してもらえるとも思っていないが……すまなかった」
「え、いいよいいよ!」
 宗真は慌てて手を振る。
「今が楽しいんだから、もうそれでいいじゃんか」

「宗真……大人になったな」
「いや、そんなことないよ」
 宗真は慌てて首を振る。
「さっきも調子に乗って、溺れかけたし」
「まあ、そういうこともあるかもしれないがな」
 宗二は小さく笑う。
「それでも、前よりずっと視野が広くなったように、父ちゃんは思う」
「そ、そうかな……
 宗真は少し照れたように視線を泳がせてから、はっと顔を上げた。
「あ、視野といえばさ。さっき溺れた時に、ヨツダと海成が助けてくれたんだけど……それから、あいつらのことをまともに見られないっていうか……
 言いながら、宗真は自分でも言葉にしづらそうに眉をひそめる。
「それも、視野が広がったせいなのかな?」
「まあ……広い意味では、そうかもしれないな」
 宗二はどこか含みのある調子で答えた。
「お前も、大人の階段をのぼってるってことだ」
「そ、そうか……!」
 宗真の顔がぱっと明るくなる。
「ありがと、父ちゃん!なんかスッキリした!」
 宗真は、仲間たちの輪に戻っていく。……形を変えた関係は簡単には戻らないとも知らずに。