ほしのまなつ
2026-03-27 22:37:05
4530文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/仔猫のきもち

とある千研、
にゃんにゃんにゃんの日

「おい、聞いてんのか!」
「きいている」

しゅん、と。
わずかにしょげた色をのせた瞳に、いっしゅん勢いをそがれそうになる。
ちがう。だめだ。ここで許してしまうワケにはいかなかった。
腕を組んでお説教のモードに入ってるメフィストのすぐ目の前、見知ったしましまTシャツの背中が正座の姿勢でまるまってる。

……ヒーターは、譲ってもらった。だからこの冬は問題がないと思った」
「そうだけど! そうじゃない!!」

冬の初めのことだ。
今年の家族旅行の日程を告げ、ふたりの城である千年王国研究所の休みを調整したのはメフィストだ。
深刻な案件が入っていないことを確認した一郎は、『……つまり例年通りこの期間、なにがあっても君がいない……ということだな?』と確認し、『充電――と呼ばれる行為がしたい』などと酷く思いつめた顔で言いだしたのだ。

――じゅうでん?

くちの中で繰り返し、あたまで理解するまえに、メフィストはひんやりとしたロフトに連れ込まれてしまった。
ほんとうに嫌なら容赦なく殴るので、抵抗できなかった時点で……そういうことである。
だけど覆いかぶさってこられ、シャツのなかにじぶんとは全く違う骨ばった指が侵入してきた瞬間、ぷるっとからだを震わせたメフィストに、いまさらのように一郎は動きをとめて『いや、か?』などと聞いたりしてきたのだ。
色素の薄い前髪からわずかにのぞく眉が、へにょっと下がってしまっていた。
――ヤじゃない。いやなわけない。
――嫌じゃなく、しちゃったくせに。
どう説明してやろうか……と思ったが、ついつい『……ここ、さすがに肌寒いんだよ』などと言ってしまった。うそだ。
半悪魔にしては、あまりにあからさま言い訳だったが、一郎は納得してしまったのだ。
『ぼくのメフィスト』への信頼があつすぎる。
そんなわけで、今年の千年王国研究所の冬は、家賃厳守と暖房器具の購入が目標だった……はずだった。

「なんで、無駄使いしてんの……!」
「無駄じゃない」

新しいものじゃないけれど、譲ってもらったヒーターは黒くて小さいの。
場所も取らないし、思ったよりすぐ温まるんだな……って一郎は素直に感心していた。
そう。家賃さん……いや、常連さんのおかげで、ヒーター問題は解決したのだけれど。

「言わないつもりだったが、これはぼく個人で請け負って稼いだものだ」
「言わないつもりだったけど、しってるよ」

知っててきいてんだよ、ばか!
必死に稼いだものをなんで、こんな――

……着てくれないのか?」
「きない!」

連れ込まれたロフトは、新顔のヒーターのおかげでぽかぽかだ。
問題はさっき手渡された、やたら可愛らしい紙袋からのぞく、黒いふわふわ。
デフォルメされた三角のみみに、童話の中で見るようなケープ?
嫌な予感しかしない。

――ねこの日、だそうだ。メフィスト」
「ゴロ合わせだろ、知ってる」

二月、二十二日。

うちで言うと『あら、今日は一年でいちばん可愛い数字が並ぶ日ねぇ』ってママがうれしそうにしてる日だ。もちろんパパも。
翌日が祝日ということもあり、世間ではヘンな盛り上がりをみせる日でもある。

「ヒーターは譲ってもらった。だから問題ない。コレはかわいいし、温かそうだ。とても良いものだと思った」
……あくまくん、いま何徹め?」

これでシラフだったらどうしよう。
だが、ロフトに持ち込まれたくたくたの毛布と、床に積まれた見覚えのない魔導書が答えである。
『それはいま関係ない』だとか反論しているが、いつもの勢いがない。
――どうして、だめなんだ?」
いやいや、どうしてだめじゃないと思ってんだ?
すぐ言い返せたらいいのに。ぐっとのどの奥がつまる。
だって正座してる一郎が、きゅうっと眉間にシワを寄せて、じ……っとメフィストの返事をまっているのだ。
(だめ、だ――
いいよって言ってしまいたくなる。だめだ。ここで許すのはよくない。
メフィストはじぶんの悪魔くんに、ちゃんと意見が言える悪魔なのだ。
「仕方ない……
「えっ」
頑なに首をふるメフィストの様子にやっと諦めたのか、一郎は、もぞ……っと正座を崩して紙袋にソレを仕舞い込む。
一郎にしては、やけにあっさりしている。助かったけれど、それはそれで何だか――


「メフィスト、」
「???」


ごそごそとデニムのポケットに手を入れた一郎が、探り当てた何かを取り出してメフィストの目の前にかざす。
「これは、今回使いたくなかったんだが……
まだまだ眉が下がってるけど、口が笑ってる。
知ってる。これはよくない時の顔だ。

――そう。
十枚つづりの紙切れには、
見覚えがあった。

――なんでも券、一枚。さあメフィスト、ぼくの猫になってくれ」





一郎が、メフィストの父親である2世とふたりで飲んだときだ。
ちいさなころ『だいすきなパパへ』というメッセージとともに贈った、手書きの『なんでも券』
肌身離さずそれを持ち歩いていたパパが、よりによって一郎に自慢してしまったのだ。
帰宅してすぐにねだられたのは、言うまでもない。

『いっしょに昼寝をする権利』だとか、
『かぜをひいたら、おかゆを作る権利』だとか、
『きみの留守中に洗濯物を取り込む権利』だとか、

一郎が使用したのは、メフィストがうれしいことばかり。
なんでも券の使い方、ちゃんと分かってんのか? って正直疑っていた。

……知ってんじゃん!)

つまりアレらは、ほんとうに、ほんとうに一郎がしたかったことで――

「へんなことに使わないで!」
「へんじゃない。かわいい」

うれしさと恥ずかしいのでごっちゃになった頭を振りながら、なんとか出た声で叫ぶのに。
着がえるだけだ、ヘンなことじゃない。絶対にかわいい……などと拳を握って切々と訴えてきたりするのだ。

紙袋から、ふわふわの三角のみみが所在なさげに覗いてる。
確認しなくてもわかる。しっぽだって用意されてるのだろう。

一郎はときどき、すごくばかになる。

お祖母さまの集会に呼ばれたときだって、格好が恰好なだけに黙っていたのに。
わざわざ魔界までやってきた一郎に連れ戻されて、研究所に軟禁されてしまった。

男のつくりしている自覚はあるが、メフィストは両性の悪魔だ。

お祖母さまに教わりたい魔術もあったし、魔女の知り合いも増やしておきたかった。だから、
『そうねぇ。こればっかりは……魔女の正装でなら、来てもいいわ』
そう、首を傾けるお祖母さまに、メフィストは迷うことなく頷いたのだ。
まんまと艶やかな黒レースのワンピースが用意してあったので、最初からお祖母さま手の平の上である。

(あくまくん、おこってたな……

あのときはお祖母さまから譲ってもらった服を汚されるのが怖くて、言われるまま膝上でひらひらしてた衣装の裾を持たされて、恥ずかしいところを自分で晒しながら身体中を弄り回されたのだ。
魔女集会には、当然男の魔術師もいた。
メフィストが小さい頃会ったことがある、名の知れた悪魔の二世や三世たちも。
メフィストを強奪しにきた一郎の声は、聞いたことがないくらい、硬いものだった。

――なんで、知らないヤツが
――なんで、ぼくの知らないメフィストの姿をみるんだ? って。

こんな格好、見せたりしたらだめだ、って。
息をつめて身体をふるわせるメフィストの耳に、言い聞かせるみたいに吹き込んできた。
あからさまなセリフは、ぜんぶ一郎の本音だ。
重ねてきた年月のなかで、怒ったり、悲しんだり、呆れたりしながら、一郎は気持ちをちゃんと伝えてくれるようになった。
まっすぐに想いを告げてくる一郎の、欲しがるままにされてしまいたい。

メフィストは、
メフィストは――

選択権もなく、ひとりで大人になるしかなかった一郎が選んだ、彼の悪魔だ。
彼の、唯一だ。

一郎を抱き返す腕はほそくて、背中に回りきらない。
だけど、ふるえる指でひっしに伸ばした手は絡めとってもらえた。

一郎を甘やかすのは、
一郎のメフィストの特権でもあるのだ。





だから一郎のお願いごとなんて、
こんな券を使わなくたって本当はぜんぶ叶えたい。

「メフィスト、もういいか?」
…………まだ!」

着替えるところを見たがった一郎を、説き伏せてよかった。そわそわしてるうしろ姿が、どうしようもなく可愛い。
耳といっしょに入っていたふわふわしたケープは、一郎が取り出した時は小さく見えたのに。メフィストが羽織るとすっぽりと胸のあたりまで隠してしまっている。
悩んだ末、エプロンは脱いで白いカッターシャツの上から着用してみる。
(う、わぁ……
うつむくとふわふわが頬にあたってくすぐったい。
同じくふわっふわのニセモノの耳。手に取ったものの、メフィストはそれをまじまじと見てしまう。

「メフィスト?」
「っま、まって!」

めずらしく肩を揺らしてる一郎の後姿を見ながら、意を決して耳もくっつける。
カチューシャのかたちのそれは、すぐにメフィストの頭のうえにおさまってくれた。
せめて鏡で確認したいけれど、そんなものはロフトに持ち込んでいない。

「!! あ、こら!」

まだっていうのに。

くるん、って振り向いた一郎がいっしゅんまるっこい瞳を見開いて……でもすぐに視線を下げてしまう。
ぎゅっと息がつまった。喉の奥からかすれた声が出そうになる。
どうやらメフィストは、期待に沿えなかったようだ。

――だめだ……って。

一郎の早口なひとりごとを、しっかり耳が拾ってしまう。瞼があつい。
無駄使いすんなって、おれいった! って怒って突っ返せばいい。
そうしたらいつも通りだ。もうすんなってお説教して――

(そういえばまだホットケーキ、ねだられてない……

あくまくん。
こんなに真剣にこんなもの買ってきて、なんでも券まで使ったのに。ばかだなぁ。
でも、メフィストのことでばかになっちゃう一郎が、メフィストすきなのだ。
ほんとうは……ほんとうに、よろこんでほしかった。

「~~~~まてまて、まってくれ。耳を取るな、耳を」
「???」

頭についてるものに伸ばした手を取られて、なぜか一郎の膝の上に乗せられる。
あ、っと思ったらスラックスを簡単に膝まで下ろされていた。フーフーって、耳にかかる息があつい。
そのまま、じっとしていてくれ……っておしりを撫でられて、下着の上からしっぽを付けられる。
この間、たぶん五秒もたってない。

――見ろ、すごく、可愛い……
「う、ぅ?」

そこは『にゃあ』だろ! って思うのに。
汗ばむ手におなかを撫でられてしまったメフィストは、じぶんでも聞いたことのない声を出してしまう。

――メフィスト」
「???」
「なんでも券、二枚め……つかっていいか?」

かわいい黒猫をかわいがる権利を、一生くれ。






(にゃんにゃんにゃん!の日に、めいっぱいニャンニャンするふたりの話)