めめた
2026-03-27 21:27:48
3024文字
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20260327_種曲

3/22のオンイベに向けて書いてたのに今完成しました

未来のプロ選手や、現役の若手プロ選手が出場するとはいえ、テニスの世界大会がおこなわれるオーストラリアの選手タウンは随分と豪華だ。
 未来のスポーツ大会に再利用が考えられているのか、観光地として運営が続くのか、知る由もない事を竜次は考えながら、その豪勢な街並みを歩く。
 各国選手のことを考えて、オーストラリアの国色だけでは無く故郷を思わせるような造りや食事もある。至れり尽くせりとはこの事だろうと思いつつ、目当ての場所を見つけた。
 せっかく海外にまで来ているのだから、日本では手に入らない洋書を手に取ってみたいものだと、竜次の目の前には本屋があった。
 定番の観光ガイド誌、各言語の辞書や入門書から、その国では有名な童話だったり、絵本だったり、バラエティに富んだ品揃えだ。
 入門書や辞書があれば、英語以外の本も読めるだろうか。竜次は興味を引かれるような本を物色し、それに合わせた辞書も買おうと決めた。
 本屋なんてものは、静かなものだ。話し声は聞こえるが、騒ぐ輩は居ない。
 その筈だった。
 やけに外が騒がしい、と思ったのは本に手を伸ばそうとした時で、本屋に入ってから数分後だ。
 外の喧騒に耳を傾けると、どうにも聞き取れる言語の、聞き覚えのある声ではないか。このままにしておくと日本代表がどう見られるか、想像に難くない。
 竜次は手を伸ばした先の本に触れることは無く、無意識にため息を吐いてからその場を後にした。
 本屋を満喫する間もなく外に戻った竜次は、想定していた姿をその目に捉える。観光客と、小さな相棒の姿だ。
「なにしてんだ、金太郎」
 肩に手を置いて声をかければ、呼ばれた金太郎はすぐに顔を向ける。
「大曲のあんちゃん!」
 溌剌として元気な様子は、特に困っていたわけでは無さそうだった。竜次は金太郎の側に居た観光客の姿を見ると、こちらは困っているようではないか。
「ワイ、ガイコクゴはよー分からんねんけど、にーちゃんらはガイコクゴしか分からんみたいやねん」
「よりにもよって、こいつに声掛けちまったわけか」
 竜次は観光客の相手を金太郎から引き取り、要望を解決すると観光客は満足気に手を振って去って行く。傍らに居たはずの金太郎に視線を戻したが、その姿は無い。
「あ? あいつ何処に……!」
 辺りを見回せば、また見知らぬ人に絡まれているではないか。
 とんだトラブルメーカーだ。竜次はそう思うが早いか、金太郎の元へ駆け寄った。
「お前、なんで一人でうろついてんだ」
「散歩や!」
 脱走しないように手を握ってから観光客を見送った後、竜次は金太郎を見下ろした。悪びれも無く答える金太郎は、きっとこの後も周りを巻き込んでは騒ぎになるのだろう。
 ただでさえ日本代表選手で決勝に出ている有名人だ。竜次は放って置く事など出来ずに、金太郎の散歩についていくことにした。

 たこ焼きを食べれば、大阪のたこ焼きのほうが旨いと豪語する金太郎と、いつか一緒にその旨いたこ焼きを食べる約束をした。
 テニスコートを見かければ、飛び込んでいく金太郎を宥めて少しだけ打ち合いをした。
 名前も知らないだろう大きな鳥が飛んでいるのを見てはしゃいだり、道を無視して好きな方向へと進んだり、ラケットを贈ってくれた仲間の話をしたり。
 知っていたつもりだが、金太郎は実に自由で、竜次は退屈しなかった。苦労はしたが。
 本を購入して部屋で読む、という予定は大幅に変更され、体力とは別のところが疲れた気もするが、金太郎と過ごした時間には満足した。そんな心地で帰宿する頃には手を繋ぐのにもすっかり慣れてしまっていた。
「ただいまぁ!」
 ホテルの前に白石の姿を見つけた金太郎が駆け出した瞬間、竜次は握った手の力を緩めた。けれど、金太郎はその手を強く握ったままだ。
 白石が居るし、日本代表用のホテル敷地内だ。もう面倒を見る必要は無いと思ったが、駆けて行く金太郎を引き留めることも無い。竜次は金太郎に引っ張られて、一緒に白石の元へ駆けた。
「おかえり、金ちゃん」
 白石は穏やかに金太郎に応え、それから竜次を見た。
「金ちゃん、迷惑かけませんでした?」
「オメェは母親か」
 竜次は率直に言ったが、自分よりも歳下の中学生に母親は酷かったかとすぐに思い直す。そんな竜次の反省を知らず、白石はそんなに大層なものでは無いと笑った。
 そのまま金太郎を白石に預けてホテルに入った竜次は、自室のあるフロアで修二の姿を見つけた。
 エレベーターホールに備え付けられたソファで、修二はエレベーターから竜次が出てくるのを待っていたかのようにじっと見ている。竜次はなにか用事があるのかと、片手を挙げてその視線に応えた。
「金太郎と遊んでたん?」
 修二は隣のソファを軽く叩いて座ることを促しながら言う。
 竜次はその言葉に、帰ってくる所を見ていたのかと視線の訳に納得して、修二の隣に座した。
「本屋の前で会ったんだよ」
「で、本は買えずに……ってわけかいな」
 察しの良い修二はその言葉だけであらかたの事情を理解し、竜次の空っぽの手をつついた。
 指先が甲の骨を撫でる。そろり、とした触れ方に擽ったさを感じたが、竜次は放って置いた。
 許された、と思ったのか、修二は打って変わって丁寧さも無く竜次の手を掴んだ。
 指の間に自身の指を食い込ませ、手のひらを親指で擦り、ひっくり返して今度は手相を中指の腹がなぞる。
 骨ばった、皮膚も硬い手だ。何が楽しいのかと竜次はされるがままに力を抜いて、目の前の壁を眺める。
 指の一本一本を丁寧に握っては離し、指先の丸み、深めに切られた爪の感触を確かめて、指を交差させて握った。
 竜次は、そうしてやっと落ち着いた様子の二本の手を見下ろしてから、視線を上げて修二の顔を見る。想像していたよりもずっと真剣な目で、指の交差した手を見ていた。
「おい、修二」
「ん?」
 声はいつもの軽さで、けれど修二は竜次の顔を見なかった。何を真剣に見ているのか、何度辿っても視線の先には二人の手しか無い。
「言いてえ事があるなら言えし」
 残念なことに、竜次は修二の視線や仕草からその思考を読み取ることなど出来ない。大抵の者がそうなのだろうが、こんな自分でも一応は修二のパートナーだ。少しでも分かるようになりたいとは思う。
「竜次の手って暖かいんや思てな」
「んなわけ……
 暖かいかはさておき、修二の思考は嘘だと思った。
 修二と手の温度はさほど変わらないように感じるし、先ほどまで触れていた金太郎の手のほうがよほど熱かった。
……はぁ」
 竜次が心底面倒そうにため息を吐くと、修二はようやく顔を上げた。
 修二のしたいようにさせていた手に力を込めて、ぎゅう、と握ると、竜次はこちらを見る修二をまっすぐ見た。
「言えっての」
「言うたやろ?」
「はぁ……いや、わかったよ」
 今度は機嫌良さそうに、けれど修二はこれ以上何かを言うつもりは無いようで、繋がった手の力を強める。
 機嫌が直ったなら、これ以上は何も言うまい。竜次はこんな時、下手に追及しないほうが良いことをこれまでの付き合いで学んでいるのだ。
「で? いつまで握ってんだ」
「朝まで?」
……勘弁しろし」
 機嫌が良すぎるのも、困りものかもしれない。
 竜次はそう思いつつも、嫌では無かった。