ツングースカだのレイドだので騒がしいカルデアの昼下がり。ストームボーダーから強制送還された岡田以蔵はふてくされて自室で寝転がっていたところを、駆けつけたライダーの坂本龍馬に拉致られてカルデア奥の倉庫の一室にいた。なぜかベールを被って。
「?」
意味が分からないと首を傾げるとさらさらと黒い薄絹が揺れる。龍馬に問答無用で被せられたこれは、どう見ても上流階級の女性の持ち物ではないだろうか。
「あああ、貴重なメカクレがベールの奥にぃぃいい!!」
意味が分からないといえば、拉致られる以蔵に途中から合流したバーソロミューも意味が分からない。いつも以蔵には意味の分からないことをわめく男だが、今回はさらに涙を流して床に伏せている。
カルデアの設備はキャスターの連中がなにか術をかけたらしく、掃除をしなくてもそこそこきれいだが洒落た服を着たまま転がっていい程清潔とは思えない。以蔵は新しい霊衣のスーツを汚さないよう、箱の上を何回か払った後そこに腰掛けた。
当たり前のようにすっと横に立つ幼馴染を見て、床のバーソロミューを見る。
チラリ、といたずら心で少しベールをめくった。
「うあぁああああ!! 黒を基調としたスーツと同色の黒いベールの合間に見える金の瞳のメカクレ! シンプルにして至高のコントラストぉぉぉ!!! 最高です!!」
叫びながらびたんびたんとのたうちまわるバーソロミューは、以蔵がベールを下ろすとスンッと静かになった。
チラリ
「ああああっぁあああ!! ベール越しのアンニュイなメカクレと、顕になったメカクレのギャップ萌え! 見えない、見せないという薄絹のもどかしさと無防備にさらされるメカクレの尊さ! 最高です!!」
びったんびったんのたうちまわるバーソロミューにベールを上げ下げしていた以蔵の手を坂本はそっと抑えた。
「以蔵さん、バーソロミューさんで遊んでは駄目だよ」
「面白い悲鳴あげるき」
言いながら以蔵がまたベールをあげるとバーソロミューは叫び声をあげてのたうった。
こほん、と坂本が咳をすると、以蔵はしぶしぶベールを下ろす。つまらなさそうな以蔵の顔がベールに隠れてバーソロミューが静かになったのを確認して、坂本は口を開いた。
「ところでなんでバーソロミューさんはこんなところについて来たのかな? 用事があったわけじゃないよね?」
質問にバーソロミューは居住まいを正して立ち上がった。
「用事はあったとも! 坂本くんがモルガン妃からベールを手に入れたと聞いてね。順当に考えて君が使うとは思えない。きっと使う相手はひとりだけだろう? 新しいメカクレの可能性を体感出来ると思ってね」
きらん、と笑顔を輝かせた伊達男に、以蔵は自分の手を掴んだままの幼馴染の力が強くなったのを感じた。
「新しい可能性とやらはしっかり体感できたみたいでよかったよ。このベールはお借りしただけでね。もうすぐお返しするから」
もう帰っていいよ。お帰りください等の副声音が聞こえる言葉に、空気の読めない以蔵が自由になっている方の手でベールの上についていた宝石を触って言った。
「モルガン妃といえば王様やき。そんなえらいてさんのモノを人斬りが被って大丈夫なのやか?」
自分を卑下する以蔵の言葉に坂本は強く笑みを浮かべた。
「大丈夫。以蔵さんに必要だと言ったら快く貸してくれたよ」
以蔵とモルガン妃は個人的な交流はない。なのに王冠につけているベールを快く貸してくれたと聞いて以蔵が不思議そうな顔をする。
ベール越しにも分かるその表情に笑いかけて坂本は
「モルガン妃から以蔵さんに伝言『いつも娘がお世話になってます』だって」
「娘?」
坂本の言葉に心当たりがないのか以蔵が首を傾けるとベールがしゃらしゃらと流れてバーソロミューが悲鳴を上げる。それを慣れた様子で無視して坂本は愛しい人の手を両手で包み込んだ。
この手がどれだけたくさんの事をしているのか、どうしたら本人に伝わるだろうか。
「この前以蔵さんがマスターに責任者に任命された子供部屋。新しい子が入ってきただろう?」
「子供のサーヴァントが増えたき新しゅう部署にせんといけんとかちんな仕組みや。新しい子? ばーゔぁんしぃのことなが?」
うまく発音出来ない以蔵にライダーふたりは萌えを噛みころして頷いた。
「そうだよ。彼女の事だ」
◆
一ヶ月程前。妖精騎士トリスタンとも呼ばれたバーヴァンシーはカルデアに召喚され、その場でマスターに戦力外通知をされ、『カルデア子供部屋』に放り込まれた。
談話室も兼ねるその部屋は、半分ほどは柔らかい床材が敷かれていた。そこに子供姿のサーヴァントが幾人か思い思いに座り込んでいた。
「なにここ? 私にこんなところで過ごせっていうワケ?」
バーヴァンシーが静かに流れる音楽をかき消すような声をあげれば、責任者だというスーツを着たくせ毛の男が顔をしかめた。
「マスターがそう決めたんや。黙って …いや、好き勝手に言うたらええ」
てっきり黙っていろ! と怒鳴られるかと思った彼女はスーツの男が途中で言い直したのに鼻を鳴らした。
「アンタ。何言ってるかわかんないんだけど。田舎訛りすぎて」
彼女の挑発にスーツの男はぎゅっと眉を寄せたが黙って椅子を引いた。この部屋のもう半分はいくつかのテーブルセットが並べてあり、男が席を示したのはそのうちのひとつだった。
「もうすぐおやつの時間やき、ここに座ってくれんか」
示された椅子を蹴倒してやろうと思った彼女だが、
「おやつの時間!」
「今日はなんのおやつなの?」
などと能天気に集まってくる他の子供たちの様子を見て気が変わった。
淑女らしく席につくとスーツの男は
「おんし名前は?」
「マスターから聞いていねぇのかよ。妖精騎…バーヴァンシー」
真名を名乗ったのは気まぐれではなく。
「ばーば? ばーゔぁんしぃ??」
「きゃはははは。お前、人の名前も言えねぇカスなのかよ」
明らかに洋風のサーヴァントではない男への嫌がらせだったのに、
「わしは岡田以蔵じゃ。おんし言うてみぃ」
さらりと返されて彼女はテーブルに手を叩きつけた。
「オカダイゾー、オカダイゾウ、岡田以蔵!! ほら、簡単じゃん!」
「正解じゃ。そんなおんしには一番大きなパンケーキをプレゼントするにゃあ」
ちょうどレストランカートを押して部屋に入ってきた尼僧から以蔵はパンケーキの乗った皿を受け取ってもどってくる。
「おいしそう!」
と子供たちがざわめきながら席に座った。
バーヴァンシーはそんな彼らを見回す。三編みの少女に、ベレー帽の少女、兜を被った少女に、おかっぱの少女。みんな等しくわくわくと瞳を輝かせていた。クソみたいに。
だからバーヴァンシーは目の前に置かれた皿を掴んで。
以蔵に投げつけたのだ。
だというのにパンケーキは床にちらばり、以蔵は
「この、わりことしぃが!!」
がきん、と目の前に火花が散った。
頭を殴られたのだと遅れて理解し、振り返ると汚れひとつない姿の以蔵がいた。
「食べ物を粗末にしなさんな! ここはおんしのいた所とは違うがよぞ!!」
「わ、私を殴ったわね! お母さまに言いつけて処刑してやるわ!」
立ち上がった彼女の肩を以蔵の手が押さえる。思いの外に強い力に押されて椅子に座り込むと、背後でにやりと笑う気配がした。
「おんしのおかんが誰だろうと、このレベル120の人斬り。岡田以蔵には敵わんぜよ。おとなしくせい」
「レベル120…」
育成などされぬままここに放り込まれたバーヴァンシーのレベルはたった1。その差は歴然だった。強さでもマスターの恩寵でも必要性でも。
視界の端でおかっぱの少女がくすくすと笑うのが見える。
………バーヴァンシー。バーヴァンシー。赤い踵の可愛い娘。村のみんなの人気者。誰もが笑顔の、
歌が聞こえていたのは一瞬だっただろうか。気がつけば目の前に新しいパンケーキが置かれていた。背後の男の手がカトラリーを握り、意外と器用に切り分ける。クリームが溢れるような一切れをフォークが突き刺した。
「口を開けぇ」
嫌だ。と思ったが拒否すると何をされるか分からなかったのでバーヴァンシーは仕方なく口を開けた。
そこに容赦なく突っ込まれる甘いモノ。
パンケーキ。
その一切れは彼女の口には大きすぎて、必死になって歯を立てる。噛むたびに甘さが広がって脳がしびれるようだった。
ごくり、
ようやっと飲み込むと眼の前にティーカップが差し出される。
ひったくって飲み干すと芳醇な香りが口の中に広がった。
「どうや? エミヤの特製じゃ」
ドヤ顔しているだろう以蔵を串刺しにしたかったが返り討ちにあう事は分かりきっていた。それに、実際今まで怯えきった給仕に供されていたものよりも、おいし、かったのだ。
「まあまあじゃない」
そう言ったバーヴァンシーに以蔵は笑い声を上げた。その手が彼女の頭の上に乗せられる。
ビクッ、先程の衝撃を思い出して体を竦ませた彼女に
「ええ子じゃ」
わしゃわしゃと髪がかきまわされる。
乱暴な以蔵の手が離れてやっと、バーヴァンシーは撫でられたのだと気づいた。
そんな彼女をみて尼僧が再びため息をつく。
「協力的ではないのですから、エミヤオルタと同じ扱いにしては?」
エミヤオルタが誰だか知らないがよい扱いではないのだろう。そう思ったバーヴァンシーの頭にまた以蔵の手が乗せられた。
「こいたぁはわしがマスターから預かったんじゃ。わしは仕事はきちんとするき」
仕事、の言葉にバーヴァンシーは目を見開いた。
私、マスターに捨てられたわけじゃなかったの!?
バーヴァンシーがマスターから受け取った言葉はふたつ。「君の育成はしない」「子供部屋に行きなさい」だ。
要らないサーヴァントだからゴミ箱に捨てられたのかな? と思っていたのだが、わざわざレベル120のサーヴァントにバーヴァンシーの事を頼んでいたなら話は別だ。
それに『仕事をきちんとする』なら、この男は『仕事』である限りバーヴァンシーをぐちゃぐちゃにしないのかもしれない。
考え込むバーヴァンシーの手にカトラリーが握らされる。
「自分で食べていいワケ? またあんたに投げつけるかもよ」
「女子供の投げるナイフ程度がわしに当たるはずないき」
その言葉におかっぱの少女が笑った。
「以蔵さんのはただの回避ですから。必中か無敵貫通があれば当たりますよね」
「カーマ!」
バーヴァンシーの宝具は必中付与である。すなわち宝具さえ発動出来れば、彼女は以蔵に攻撃を当てることが出来る。
だが。レベル1の宝具と攻撃をレベル120のサーヴァントに当てたところでどうなるというのだろう。
バーヴァンシーはそれを言い訳にして口を閉ざした。
その横でカーマと呼ばれた少女は尼僧に耳を引っ張り上げられていた。
ぎゃんぎゃんと響く言い合いが心地よくて、バーヴァンシーはパンケーキを口に入れた。甘く柔らかいパンケーキはおいしかった。
「おやつの後は昼寝で、昼寝の後はごっこ遊びぃ、ふざけてんのか!」
バーヴァンシーの言葉に以蔵は不思議そうに目を丸くした。
「子供は食って寝て遊ぶもんやき」
「知らねぇよ! グズ!!」
そんな子供時代など知らないバーヴァンシーの叫びに、以蔵は困ったように頭をかいた。
「ちゃんばらとかの方がええがか?」
「そういう問題じゃねぇよ!」
怒鳴るバーヴァンシーに三編みの少女が人形を差し出した。
「そんなに怒ってばかりだと虎さんになってしまうわ。私達と一緒にあそびましょう」
「ふざけ、」
払いのけようと手を上げたバーヴァンシーは以蔵が拳を握ったのを見て動きを止めた。痛いのは嫌だ。
仕方なく見れば、意外とそこそこ出来がよいビスクドールがダサい服を着せられて、両足にリボンがぐるぐると巻かれていた。
「なんなんだよ。その足。だっせぇな」
貶すと三編みの少女はしゅんと俯いた。
「ドレスはミスクレーンに作っていただいたのだけど、この子のサイズの靴は難しいって」
「ちょっと見せな」
奪い取った人形からリボンを解く。現れた白い足は欠けた様子もなくそこそこに美しかった。
「この程度のサイズならなんとかなるよな」
「なるの!?」
期待に満ちた目で見つめられて、バーヴァンシーは首を振った。
「靴職人ならどこでもいるだろ?」
「カルデアにはいないわ」
「材料がねぇよ」
「材料ならあるぞね」
彼女の言葉に重ねられた以蔵を見れば
「わしは靴のことはよう分からんが、服とそう対して変わらんやろう。ミス・クレーンがはぎれが余っちょると言いよった」
余計な事を言うな、と思うバーヴァンシーの前で三編みの少女は顔を輝かせた。
「決まりね。素敵なアルチザン。この子に似合う靴をオーダーするわ」
笑顔で人形を押し付けられて、バーヴァンシーは思わず受け取ってしまった。
だって、靴を。作ってと頼まれたのだから。
そんなバーヴァンシーに以蔵が手を差し出す。
「なんだよ、それ」
「おんし、ミス・クレーンの部屋を知らんやろ」
その手を取れば、こんなダサい人形の靴を作らなくてはならなくなる。そう分かっていても、分かっているからこそ。バーヴァンシーは以蔵の手を握った。
人形なんか抱いて男に手を引かれて。まるで私、ただの子供みたい。
内心の呟きは誰に聞かれることもなく、無事ミス・クレーンの部屋にたどり着いた彼女は靴が作れる即戦力として重宝されることになるのだった。
数日後のとあるバーサーカーの部屋。
「お母さま。この人形の靴。私が作ったの。人形とかドレスとかはショッボイけど靴はイケてるでしょ。お母さまに最初に見せてあげようと思って」
娘の言葉に母親は差し出された人形を受け取った。王としか在れぬ彼女でもここでは、この部屋のなかだけでは王というベールを脱ぐことが出来る。
彼女は口を開き。そしてーーー。
◆
カルデアの奥の倉庫で以蔵は横に立つ幼馴染を見上げた。
「わしが娘さんを殴ったことを怒っちょらざったか?」
以蔵は女子供だろうと容赦しないと明言している。それを知っている龍馬はだいたいの事情を察して首を振った。
「全然。言っただろう。快く貸してくれたって」
龍馬の言葉に以蔵はきまり悪そうにベールの端を摘んだ。
「にしても、ベールならキアラのがあったやろ?」
話題の変換に坂本は笑みを深めた。
「今度来る英霊はビーストに縁があるらしいんだ。妙に意識されたら顔を隠す意味がないだろう?」
その言葉に以蔵はきょとんと目を丸くした。
「わし、顔を隠しとったんか?」
問答無用に龍馬にベールを被せられてここまで連れてこられた以蔵は、自分がベールを被る理由を聞いていなかったのだ。
その様子にくっくっとバーソロミューが喉で笑う。
「今度来る英霊…ライダーの彼の事なら面食いという噂だね」
「…なんでわしが顔を隠すんじゃ??」
以蔵が恋人を見上げると、恋人は満面の笑みで黙秘した。
「ハァ、メカクレ×メカクレ尊い…」
突然意味不明の事を呟き、胸を抑えて倒れたバーソロミューに以蔵はさらに疑問を顔に浮かべ。発言の意味を読み取れる坂本は唇の端を吊り上げた。
だったら邪魔をしないで出ていってくれないかな。
無言の要求が分かっているだろうに床を転がっている海賊に坂本はため息をつく。
「ランサーの僕がいれば手が足りたのに」
「あいたぁはレイドで夢見のティーポット漬けになっちゅうやろう。かわいそうな事を言うちゃるな」
最近カルデアに来たランサーの坂本龍馬は絆レベルが足りないからとレイド編成に組み込まれ、水着のキアラに夢見のティーポットの給仕をさせられているらしい。
たまにカルデアに帰って来ては、お茶はもういいよ…とぐったりしているランサーの坂本龍馬に思いを馳せていると、倉庫の扉が開いた。
「なにしてんの? アンタたち」
赤くなびく髪に赤いドレスの少女。バーヴァンシーが不思議そうに彼らを見ていた。
ベールをつけて箱に腰掛けている以蔵と、当たり前のような顔をしてその隣に立つ坂本龍馬、さらに床に転がっているバーソロミューの怪しい三人組のうちバーヴァンシーと面識がある以蔵が口を開いた。
「ばーゔぁんしぃ、こそ。おなごがこがなところに1人でくるもんやない」
椅子から降りた以蔵にバーヴァンシーは鼻を鳴らした。
「ハァ? 私がどこに行こうと勝手でしょ!」
最近まわりを取り巻く環境が変わって落ち着かないバーヴァンシーが、時々薄暗い倉庫で休んでいた事を男達は知る由も無い。
だから以蔵は被っていたベールを外して、バーヴァンシーの頭に被せてやった。
「おんしのおっかぁに借りたもんじゃ。返してもらってええか?」
「お母さまのベール!! お前、なにしたの!?」
「そこのライダーがあやかしい理由で借ってきたんや」
「あやかしい? 怪しい??」
方言を理解出来なかったバーヴァンシーが坂本を見て一歩下がる。
あのモルガン妃に怪しいことを仕掛けられるなんてとんでもない人物に決まっていた。
それにお母さまはマスターから貰った新しい霊衣の事をそれは大切にしていたのだ。その一部を人に貸すなどよほどの理由があったとしか思えない。
返してくれるというならすぐに返した方がいい。
「しょうがねぇな。借りだからな。以蔵」
「以蔵さん!!」
バーヴァンシーが素直にベールを返そうとすると坂本が声を上げた。
「しわい! 今度来る英霊はライダーの人型じゃろ。わしに敵うと思うがか?」
以蔵に怒鳴りつけられて黙り込んだ坂本にバーヴァンシーは指を差して笑う。
「ダッサーい。以蔵なんかに怒られてやんの。ーーー今度来るライダーの人型って、さっきマスターが爆死したって廊下を泣いて駆け抜けていったばかりなのに。きゃはははは!!」
大笑いすると以蔵が表情を変えた。
「龍馬、その顔はやめい」
指摘に坂本は白いパナマ帽を目深に引き寄せた。
「…どんな顔をしていたかな? 僕」
「海賊にスカウトしたくなりそうな顔だったね」
「つまり悪ってことね。いいじゃない」
混沌・悪ふたりの言葉に中立・中庸はますます帽子を引き寄せた。
「マスターには内緒にしちょいちゃる」
そう言って以蔵はバーヴァンシーが開けたドアをさらに押し開けて、振り返って手を伸ばした。
「ほら行くぞ」
手が差し伸べられる。
「おまんじゃなか。ーーーばーゔぁんしぃ」
びくりとしたバーヴァンシーが以蔵の手を握り直すと、硬い男の手が少女の手を強く握った。
「おまん、まだ道が分からんやろう? バーサーカーの区画まで送っちゃる」
当然のように手を差し出して否定された坂本は黙ってふたりが歩いていくのを見送った。
この倉庫がある区画には霊基保管室がある。そこにはバーヴァンシーと同じように育成をしないと判断されたエミヤオルタが眠っているはずだった。
………バーヴァンシー。バーヴァンシー。赤い踵の可愛い娘。村のみんなの人気者。誰もが笑顔の、
楽しげな少女の歌声が静かな廊下に響き渡る。残された男達はその幼い様子に頬を緩めた。その歌の通りだったので。
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