ちよど
2026-03-27 07:43:12
1647文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

【番外編】涙の河

以蔵さんとカルデアの日々シリーズの番外編。以蔵さんが涙の河に「欲しいモノ」を見つけてしまって飛び込む話。pixivより再掲

 全てが終わった妖精國もシミュレーションの中では元通り。カルデア一行は今日も妖精國のフリークエストを周回していた。
 メンバーはキャストリア、マーリン、ナイチンゲール、殺生院キアラ(アルターエゴ)、岡田以蔵、坂本龍馬である。
 前衛3人のキャストリア、マーリン、ナイチンゲールがエネミーと戦っている間、残り三人は側を流れる河に背を向けて話している。
 嫌な天気だと呟いた言葉を勘違いした以蔵から受け取った傘を、キアラはくるくると手の中でまわして微笑んでいる。坂本龍馬はそんなキアラにではなく幼馴染へと声をかけた。
「以蔵さん、この河はドラケイの河といって欲しいものが流れてくるそうだから気をつけて」
「マスターが事前に説明しましたでしょ。いくらなんでも聞いて
 どぼん!
 河から目をそらしていた二人に盛大な水音が届く。すぐ横に立っていたはずの岡田以蔵の姿は忽然と消えていた。
「以蔵さん!!!!」



 さて、マスターの説明を聞いていたはずの岡田以蔵は当然のように河に飛びこんでいた。
 流れてきたものを掴んだはずの手には何もなく、ぶくぶくと体は沈んでいく。運悪く一張羅の霊衣を着ていたので装飾品の重みと水を吸った着物で身動きがとれない。
 それでも以蔵は手足をばたつかせてさっき掴んだはずのものを必死に探していた。
 水は暗く自分から生じる泡にかき消されて遠くまで見えない。でも、確かに掴んだはずだった。
 そんな以蔵にそっと手が添えられる。
ホシイノ」
 ゆらゆらと揺れるのは長い髪だろうか。たおやかな女のようにそれは唇を綻ばせた。
 マスターが話していたこの河の主、ドラケイ。
 河に幻を流して人をおびき寄せるその亡霊は、どれほど人々を惑わせても自分が欲しかったモノは手に入れなかったと聞く。
「ホシイノ、ホシイノ、ホシイノーーーアナタモホシカッタノ?」
 以蔵は唇を引き結んだ。
 アレは幻なのだとちゃんと以蔵は理解していた。理解していて河に飛び込んだのだ。
 そうだ、以蔵はアレが欲しかった。だがもう決して手に入らないのだ。
 女のような姿をした何かが以蔵の唇に触れる。いつのまにか水は消え不思議な空間が広がっていた。
 立ち尽くす以蔵の体に女がすり寄る。
 この女の願いを叶えればアレが手に入るのだろうか。もう一度あの頃のように過ごせるのだろうか。
 以蔵は息を吐いた。刀を抜く。女の体からは血液に似た何かが吹き散らばった。
「ああ、分かっちゅう」
 アレはもう手に入らないのだと。

『始末剣!』



 結局下流まで流された以蔵を、ちゃんと二人は追いかけて来てくれた。
「以蔵さん。無事帰ってきたからいいようなものの。今度からはちゃんとマスターの話を聞いた方がいいよ」
 幼馴染みの言葉に以蔵は黙って着物の袖を絞った。ぼたぼたと水滴が川岸の色を変える。
 一度霊体に戻るのはシミュレーションの途中なので具合が悪く、脱いで干そうにも女性であるキアラの前で下着一枚になるわけにもいかない。
 そんなキアラは細く白い指で濡れて以蔵に張り付いている肩布を剥がしている。何も言わないキアラからは以蔵の顔が見えているのだろう。
 だけど濡れた髪は滴って以蔵の表情を坂本から隠していた。
「なぁ龍馬。おまん昔は昔はよう川に落ちて泣きよったな? その度にわしが助けに行ったのを覚えちゅうか?」
「いきなりそんな昔の話をしても誤魔化されないよ」
 腕を組んで顔を引き締める幼馴染みを以蔵は見上げた。
 川に落ちたと言っては泣き、転んだだけでも泣いていた泣きみそはもういない。
 以蔵の助けが必要だった子供はどこにもいない。以蔵ももう子供ではない。ふたりがただの子供だったあの頃はもう何をしても手に入らないのだ。
 それでも、以蔵はあの子供が溺れていたら助けてしまうだろう。幻だと分かっていても何度でも。

 以蔵は袖を固く絞る。雫がぽたりと地面にこぼれ落ちた。涙のように。



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