ちよど
2026-03-27 07:31:02
5328文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

【番外編】花冠【ぐだマシュ】

2部2章後。以蔵さんとカルデアの日々シリーズの番外編。pixivより再掲

 私達が消滅させてしまった異聞帯に柔らかい風が流れています。
 雪の合間に広がる小さな草原に咲く花々を揺らした風は先輩の黒髪を撫で、すぐ近くにある湖の水面に波紋を刻みながら山々の向こうへと去っていきました。
 どこまでも続く山脈を照らす太陽は落ちる様子もなく穏やかに輝いていて、あの戦いがまるで幻だったかのように思えてしまいます。
 もちろん、これは現実ではなく記録されたデータに過ぎません。
 私達は再現された北欧異聞帯でのシュミレーション戦闘を無事に終え、雪に囲まれた小さな草原でノウム・カルデアからの連絡を待っています。
 帰還プログラムに小さなバグが見つかったとダ・ヴィンチちゃんから通信があったのは30分ほど前。メンテナンスが完了するまでは念のために戦闘を控えるようにと指示があり、私達はこの場所でする事もなく思い思いに過ごしています。
 小さな一軒家ぐらいの広さはあるこの草原には色とりどりの花が咲き乱れていました。大きな湖がすぐ近くにあるので水に恵まれていたおかげかもしれません。
 黒い極地用カルデア制服を着た先輩は少女達と一緒に座り込んで、その花を集めているようです。男性の方はあまり花に興味はないと思っていたのですが、先輩は楽しそうに笑っています。
 
 今回の編成メンバーは、メディアさん、岡田さん、バニヤンさん、ナーサリィ・ライムさん、そして私。サポートに来てくださったランスロットさんはすでに退去していて、ここにいるのは先輩を含む6人。
 ギャラハットさんの加護を失い戦闘能力が低下した私は通常のレイシフトではノウム・カルデアからのサポートを行う事が多いですが。先輩と縁を繋いだサーヴァントの方々が次々と再召還されている今は戦力が充実し、編成の一番最後ですが先輩と同じ戦場に立つことが出来ます。
 モニター越しではない先輩は私に背を向けてしまったためその手元が見えません。ナーサリィさんとバニヤンさんと何か楽しそうに会話をしていますが、エネミーの奇襲を警戒して少し離れて立っている私には内容は聞き取ることが出来ませんでした。
 急に胸の奥が少し重くなったような気がして私は先輩から目を逸らします。
 その先には、私と同じように敵襲を警戒して草原の端に立っているアサシンの岡田さんがいました。
 ここは山が近いためか風が多く、岡田さんの藍色を帯びた長い髪がまるで生き物のように乱れます。その度に岡田さんは苛立たしそうに髪を抑えますが、それは左手のみ。きっと刀を持つ右手がいつでも抜刀出来るようにでしょう。
 風にかき乱される長い髪に片手で悪戦苦闘しながらも岡田さんは油断なく雪原を見回しています。
 巨人や氷獣が来るとしたら雪原からですが、その雪に太陽の光が乱反射しています。岡田さんは眩しそうにただ目を細めるだけで目を庇うような動作をする様子はありません。雪の反射光線による雪盲症を防ぐ習慣が無いようです。
 確か岡田さんは先輩と同じ日本の出身ですが、南の方なので雪が珍しいのだと私達がまだ南極のあのカルデアに居た頃に教えてもらった覚えがあります。
 あのカルデアで岡田さんが召喚されたばかりの頃、まだ再臨をする前の岡田さんがカルデアで一番大きな窓から雪を眺めている姿を見たことがありました。
 様々な英霊が召喚されるカルデアでは生涯雪を見た事が無かった方も多く、その窓はいわゆる人気スポットでした。私は生まれてからずっと見ていた景色でも他から来た人にとっては珍しいのだとびっくりした覚えがあります。
 ノウム・カルデアになってカルデアそっくりの設備が再現されましたが、あの吹雪の風景はいくらシオンさんでも無理だったのでしょう。
 もしかしたら私はもう二度とあの風景を見ることは出来ないかもしれません。 
 
 また風が吹いて岡田さんの白いマフラーを揺らします。その拍子にちらりと見えた首筋に蔦のような痣が見えて、私は少し離れたところにいるメディアさんに視線を動かしました。
 メディアさんは手頃な岩に座って先輩達を眺めていました。先程までそんな岩はなかったのでメディアさんが魔術で作ったのでしょうか。
 神代の魔術師であるメディアさんは現代魔術では到底不可能な事も容易く行います。例えば、岡田さんの首の痣。あれは契約の証なのだそうです。
 契約の内容は先輩は知っているみたいですが他は誰も知りません。岡田さんと仲が良い坂本さんも知らないそうです。
 首は人体の急所のひとつです。そこに魔術を纏うということは岡田さんはメディアさんを信頼しているのでしょう。

 信頼。

 先輩は私を信頼してくださっているのに私はそれに応えられているでしょうか。ギャラハットさんの加護を失った私は宝具すら満足に展開出来ないのです。
「マシュ!」
 ノイズまみれのキャメロットの姿を思い出していると、先輩が私に走り寄ってきました。
「先輩?」
 楽しそうな先輩の手には色とりどりの花で編んだ冠が。
「えっ?」
 先輩が当たり前のようにその花冠を私の頭に載せました。
「うん、やっぱり似合う」
 満足そうに笑った先輩は、バニヤンさんに呼ばれてすぐに戻って行きました。
「え?」
 残された私はどんな表情をしていいのか分からずに熱くなった頬を両手で押さえます。
 私はカルデアで造られてからカルデアが襲撃されるまで外に出たことがありませんでした。南極大陸にあるカルデアでは生花は貴重なもので、こんな風に冠を作ったり、あまつさえ私の頭に載せるなんてする事はなかったのです。

 ―――やっぱり似合う

 先輩の言葉が蘇って私はきょろきょろと辺りを見回してしまいます。先輩は先程と同じように三人で花を摘んでいて、岡田さんもメディアさんもこちらを見ている様子はありません。

 似合っている。

 本当にそうなのでしょうか?
 先輩の言葉を疑うわけではないのですが、私は花で飾られた自分を見たことがありません。
 花冠を落とさないように恐る恐るすぐ近くの湖に向かいます。岸辺に膝を付いて湖を覗き込むと、そこには先輩の作ってくれた花冠を載せた私が見たことがない表情で頬を染めていました。

 これは私でしょうか。

 顔の造作や服装、そして載せている花冠が同じでも、今まで鏡に写っていた私とは何かが違います。
 もっとよく見ようと体をかがめた時、突然吹いた強い風が花冠を私の手から奪い取りました。
 風に乗ってあっという間に遠ざかった花冠は湖の中央辺りに落ちてしまいました。
 とても手が届く距離ではありません。諦めようとため息をついて立ち上がると、私の横を誰かが走り抜けました。
 バシャン! と大きな音を立てて湖に飛び込んだのは岡田さん。
 腰の高さまである水をかき分けるように湖の中へと、そこに浮かんでいる花冠へと進んでいきます。 
「岡田さん! そんなことしなくてもいいんです!」
 シュミレーションで得た物品はカルデアに持ち帰ることが出来ません。あの花冠も例外ではなく、どれほど握りしめていてもカルデアに戻れば消えてなくなるのです。
 それは岡田さんも知っているはずなのに、岡田さんは振り返ることなくどんどんと湖の中央へと進んでいきます。
 腰までだった水はもう胸元まで届いていました。
 途中で水を含んだ着物が重くなったのか腰に絡んだ服を岡田さんは帯と一緒に蹴り脱ぎます。
「岡田さん!」
「なんちゃあない! おんしはそこで待っとれ!」
 前を向いたまま叫び返す岡田さんの後ろで鮮やかな着物がゆっくりと水底に沈んでいきます。
 岡田さんの首まで水に浸かっています。それでも湖の中央はまだ遠いのに、岡田さんが止まる気配はありません。
「しょうがないわねぇ」
 私のすぐ隣で呆れたようなため息と共にワンセンテンスの呪文がとなえられました。
 振り返った先でメディアさんの髪が突然の向かい風にたなびきます。
 湖に視線を戻せば中央に漂っていた花冠が風に流されてぐんぐんとこちらに戻って来ます。
 花冠は水の上を滑るように移動し、岡田さんの前でぴたりと止まりました。
 この風はやはり自然のものではなかったようです。岡田さんの前で受け取るのを待っているかのように静止している花冠を、岡田さんの手がそっとすくい上げます。
 花冠を落とさないようにでしょうか。ゆっくりと岡田さんはこちらに戻ってきます。天然の湖の底は均されておらず、どんな出っ張りや窪みがあるか分かりません。
 花冠を持っているため足元が見えない岡田さんは慎重に慎重に歩みを進めます。
 風が何度も方向を変えた後、びしょ濡れの岡田さんは私の前に辿り着きました。
 
「どうして

 私は先輩ではありません。岡田さんのマスターではないのです。
「女が水に浸かったら体を冷やしてしまうろう?」
 岡田さんの言葉に私は首を振ります。
 女性の体を冷やしてはいけないのは、妊娠や出産の機能の低下を招くと言われているからです。
 デザイナーチャイルドである私にはそんな機能はありません。例えどんなに望んでも、子供を産むという人体の神秘を成すことは出来ないのです。
 何も残すことは出来ない。先輩が私にと編んでくれたこの花冠のように。

 首を振り続ける私の横でメディアさんが大きなため息をつきました。
「困ったお嬢さんだこと」
「あ、」
 驚いたような声を上げたのは岡田さんです。顔を上げると岡田さんの手から花冠がひとりでに離れ空中でゆっくりとまわっていました。
 水に落ちたせいで濡れていた花々があっという間に乾いてゆきます。鮮やかな魔術に見惚れていると、メディアさんがくすくすと笑います。
「ほら、以蔵。早く水から出なさいな。あなたも同じように乾かしてあげるわ」
 はっ、としました。
 雪が降り積もるこの地の水温はお世辞にも暖かくないはずです。サーヴァントとはいえ、今は感覚が人並みだと聞いています。
 よくよく見れば岡田さんの顔色は悪く、メディアさんに促されて湖から出てきた岡田さんはびしょ濡れの体をぶるぶると震わせていました。
「マシュ、以蔵の手を取りなさい」
「なんでじゃあ!!」
 唐突な提案に私がびっくりするより早く岡田さんが叫びます。
「まとめて魔術をかけた方が楽だからよ。いろいろとね」
 含みがあるようなメディアさんの言葉ですが、魔術のことは私も岡田さんも分かりません。言われるままに岡田さんの手を握りました。
 硬い、大人の手。
 先輩の手は人理修復の旅を進めるうちにだんだんと硬くなっていきましたが。それでも岡田さんの手の方が硬く、そして大きいです。
 メディアさんが何か呪文を唱え始めたので私はなんとなく目を閉じました。

「マシュ!!」

 先輩の声に目を開けると、するりと岡田さんの手が離れます。
「馬に蹴られて令呪を使われるんは勘弁じゃ」
 岡田さんがぼそりと呟いた言葉を聞き取ることは出来ましたが意味が分かりません。
 馬?
 反対にメディアさんは満足げに微笑んでいます。
「うふふ、我ながら会心のコーディネートだわ。幻術ということがもったいないくらい!」
 幻術? とあたりを見回せば視界の端に花びらが見えます。
 頭に手をやれば先程の花冠がありました。そして、その手は戦闘服ではなく白いふわふわした袖が付いています。
 下を見ればふんわりと広がるオフホワイトのワンピース。スカートに編み込まれたリボンは花冠に使われた花と同じ色です。
「メディアさん、これは?」
 私の問いかけにメディアさんは唇だけで微笑んで、顔の向きを変えました。
「いかがかしら? マスター」
「最高です!!!」
 メディアさんの視線の先、少し離れたところにいたはずの先輩が息を切らして駆け込んできました!
 先輩の夜空のような瞳が私の姿を上から下までしっかりと写します。
「なんで、スマホを持ってないんだ!! 俺は!!!」
「あ、あの、先輩?? 私、そんなに変ですか??」
 突然頭を抱えて絶叫した先輩にそういうと先輩はぴたりと動きを止めます。
「マシュは変じゃない。むしろ最高過ぎて困る。どうしよう、俺のマシュがこんなにもかわいい」

「先輩の私、ですか?」

「ひぎぃ!!」
 俺のという言葉が嬉しくて思わず聞き返すと先輩は奇声をあげて崩れ落ちてしまいました。
 そんな先輩をメディアさんは晩御飯になる予定のワイバーンをみるような目で見ています。
 その目が私を見ると穏やかに微笑みました。
「いい女はね。形を残さず記憶に残るものなのよ」
 記憶。
 何も残せない私ですが、先輩の記憶に残るような事はたくさんたくさんしてきました。
 この姿も幻術でしかないとしても、先輩はきっと覚えていてくれるでしょう。
 この花冠のように。

 カルデアに帰還した後。
 先輩からの頼まれごとに私が「はい! 先輩の私ですから!」と答えるようになって先輩を大混乱に陥れてしまったのはまた別の話。


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読んでくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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