wawan78
2026-03-26 21:54:39
2096文字
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真っ黒な海老天はうまい

エイメルと部下たちを見守るあの街の定食屋の婆

 この街には飲食店が多いが、流行りに乗って短命な店も多い。客や周辺住民とのトラブルで潰れる店も多い。治安の犠牲になる店も多い。
 そんな悲しい出来事を何度も回避してきたこの定食屋は、街の様々を見守ってきたと言っても過言ではない、多くの人々に愛されている市民の食堂である。目立つ看板も装飾もなく、油が染み込んだ壁紙には年季の入ったメニューが並び、そして何年も変わらない味と量が、同じく何年も変わらない値段で提供される。
 常連に多いのが治安維持組織の現場職員だった。警察は煙たがられる店が多い中、この定食屋の婆は唐揚げをおまけしてくれるので、体を鍛えてよく食べる彼らは大喜びなのである。今日も婆は、ちょっと多く揚げすぎたコロッケを皿に余計に乗せて出した。

「いつもすみません」

 受け取ったのは、常連の中でも大柄な部類に入る若いのである。本人はもうそこまで若くないつもりらしいが、婆から見ればまだまだ青臭い若造だ。今日は部下を引き連れて遅めのランチらしい。うっかり多めに盛った米を見て、みんな似たような顔でにこにこと箸をとっている。

「やっぱり早番はキツいっすね、腹減って仕方ない」
「夜勤のときもそう言ってるだろ」
「メンチの玉ねぎでっか〜い」

 よく一緒に連れてくる部下たちは三者三様個性様々で、よくこの連中をまとめ上げていると思う。真面目で堅物なのが取り柄だと自称していたが、それだけではないことは彼らにいかに慕われているかを見れば、婆でなくてもよくわかる。混雑する時間帯を避けて入店することといい、素早く食べ終わることといい、気遣いのできる若造なのだ。

「あーあ、こんなに生活時間が不規則じゃ彼女とも時間合わせられないよなあ」
「また喧嘩したの〜?」
「時間のせいじゃないと思うよ」
「あっ味方いない感じ?」
「エイメル先輩はどうしてるんですか?」

 おや初耳。婆は聞き耳だけたてた。カレーの仕込みのため、大量の野菜と肉をぶつ切りにしなければならないのだ。芋の皮を剥いていると、若造が慌てた様子でコロッケを飲み込んだ。

「そう、ですね……連絡をこまめに取るようにはしていますよ」
「向こうが返事してくれないんですよ」
「それもう終わってるんじゃないの〜?」
「付き合ってると思ってるのは自分だけなのでは?」
「フルボッコやめれる?」

 まあまあ、と若造が宥めると部下たちは大人しくなった。それにしても、この仕事一辺倒な堅物が「連絡をこまめに取るようなお相手」とは。長生きするもんだと婆はほくそ笑む。そもそも、こういう性格をしている者は、特定の相手ができたときにも誠実さとマメさを発揮するものだ。根菜を刻む包丁も軽快になろうというもの。

「あちらもあちこち飛び回るお仕事ですからね、行き先の写真などを送ってきてくれますよ」
「滲みるなあ……
「たまには隊長にも報告したほうが良いかと」
「吉報を期待する! ってわくわくしてましたよ〜」
「俺もランチの写真送ろ」
「有り難い話ですがその、あの人のプライベートもありますからね」
「結婚とか言ったら胴上げしそ〜」
「一店舗貸し切ってお祝いですね」
「アレッ送信できない」
「けっ、結婚!? そこまではさすがに隊長も、……するかもしれませんが、いやちょっと結婚とか言うのは早すぎますよ」
「でも将来的には〜?」
「そこを見据えての……?」
……ブロックされてる……

 それぞれがそっと自分のおかずを可哀想なやつの皿に移した。ひとりはトマトを移した。

「元気だしなよ〜」
「お前は嫌いなものを押し付けただけだよな?」
「うん!」
「優しいな!!」
……今日は私の奢りにしましょう」
「ご馳走様です」

 婆が肉の筋を取り始める頃には、4人ともきれいに食べ終わって席を立っていた。宣言通り若造が全員分を支払う。財布を出している間、部下たちはさっさと店の外に出た。これもいつもの気遣いだ。長く場所を取らない。鍛えた体の制服4人が立っていては店の圧迫感も尋常ではないからだ。
 代金を受け取ると、若造がこそりと小声で話しかけてきた。

……あの、夜の時間の予約は取れますか?」

 できるけど、なんだい。頷くと照れ臭そうに、更に小声になった。

「いつもはお相手のお気に入りの店で食事をしているのですが、たまには私のお気に入りが知りたいと言われまして……

 それで、うちを? 婆は上機嫌になった。もっと高いレストランにでも連れていけばいいのに、この店くらいしか知らないからと言う。特別に宴会用の2階の個室を割り当ててやろう。メニュー何がいいんだ。天ぷらか。山盛りの唐揚げか。いつもどおりで良いとは言ってもそこはそれ、このうきうきはあの声のデカい隊長殿のことを言えない。
 ぺこぺこと頭を下げて出ていく若造の生意気な心意気を見送って、今夜のカレーは肉マシマシだと冷蔵庫を開けた。どんな相手を連れてくるのやら。どうだろうと、婆はいつだってちょっと多めに揚げ物を皿に盛るだけだ。



(カニクリームコロッケが出た)