アルマジロ
2026-03-26 19:46:49
2355文字
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赤と白の内緒話

変装するレザヘクの小話。フレの幻想💣が眼鏡してたの良いなぁとなって思いついた短い話。

 午前から始まったインタビューが予定よりも長引いて、終わった頃には昼を過ぎていた。本当は終わったらすぐにヘクトールの家に向かうつもりだったんだけど、空腹に耐えかねて近くのレストランに飛び込んだのが数十分前。そして今、ボクはレストランのテラス席にて、何をするでもなくただ街を眺めている。
 飲食店が並ぶこの通りは、昼過ぎという時間もあってそれなりに人が多く行き交っていた。ぼんやり通行人を見ていると、時々誰かと目が合って、すぐ逸らされる。ボクを知っている誰かが、これ見よがしに内緒話をすることもない。今日も“お守り”は上手く働いているみたいだ、とボクは被った帽子の位置を調節した。
 顔と名前が知られる闘士たちにとって、プライバシーの確保はそれなりに頭を悩ませるもの、らしい。と言ってもボクにはあまり縁のない悩みだった。レギュレーターを着けずに過ごしたから、普段から悪目立ちすることも、後ろ指を指されることにも慣れているし、気に病んだこともない。言いたい奴には言わせておけば良いと思っていたけれど、有名になるにつれてそうも言っていられなくなった結果、妥協案として普段は帽子を被ることにしていた。
 街でハウリングブレードを見かけても、白いキャップを被っていたらプライベートにつき触れるべからず。いつの間にか出来ていた不文律のおかげで、ボクはこうして午後のゆったりとした時間を過ごすことができている。

 空になった皿を下げに来た店員に会釈をして、ボクはもう一度テーブルの上のメニューを手に取った。お腹にはまだ余裕がある。デザートも食べてしまおうか、とメニューを見たその視界の隅に、見覚えのある赤が映った。
 咄嗟に顔を上げる。レストランから数店舗先、洒落たケーキ屋さんの前で考え込むヘクトールがそこにいた。
 襟付きのシャツにジャケット、スラックスと合わせているためか、全体的に真面目そうな印象になっている。普段は上げている髪も下ろして、眼鏡まで掛けているその姿は、リング上のブルートボンバーとは真逆の雰囲気を纏っていた。
 ヘクトールの手にはペットショップのロゴが入った袋がぶら下がっている。なるほど、ブルートボンバーがネコちゃん用品とケーキを買っていたなんて、ファンに知られたらイメージが損なわれてしまうと思ったのだろう。根が真面目な彼らしい変装に、思わず小さく笑みがこぼれた。

 確かに今のヘクトールの服装は、ブルートボンバーの印象とかけ離れたものだが、それでもバレずに済むかは怪しいものだ。ジャケット越しでも鍛えられた体格は隠せないし、目立つ顔の傷だってそのままだ。立ち姿に髪の色、二色の瞳にエトセトラエトセトラ……特徴を挙げればキリがない。
 そんなボクの予想とは裏腹に、周囲の人間は誰もヘクトールの方を見ようとしなかった。すぐ近くのケーキ屋の店員ですら、ヘクトールを気にした様子もない。
 はて、と頭に疑問符を浮かべながらメニューを畳む。みんな全然気付かないのかな。あんなにヘクトールだって分かりやすいのに。
 テーブルの上に頬杖をついて、何度か瞬きをする。うん、やっぱりどこからどう見てもヘクトールだ。純粋な疑問が頭を占める中、ふつふつと湧き上がる優越感に口の端が僅かに上がる。

 ヘクトールはケーキのショーケースを見ながら、真剣な顔で悩んでいるようだった。あのお店は確か、ハニー・Bのチャンネルで取り上げられていた最近話題のケーキ屋さんだったよな。苺の乗ったケーキを口に運び、頬に手を添えていたハニー・Bの満面の笑みを思い出す。
 頭の上の疑問符が感嘆符に変わった。善は急げとボクは携帯端末を取り出して、慣れた手つきでメッセージアプリを開く。宛先はもちろん、ヘクトール。

『そこのお店なら新作の苺ケーキがオススメ! ボクの分もよろしく』

 送信ボタンを押した直後、ヘクトールがはっとしたようにポケットに手を伸ばした。取り出した携帯端末の表示を見て、きょろきょろと周囲を見回す。そしてすぐにボクと目線を合わせた。離れたテラス席からひらひらと手を振るボクに向けて、ニヤリと小さく笑みを返してくれる。

 ヘクトールは正面に向き直って、ショーケースを指差しながら店員と話し始めた。続けて指を二本立てる仕草に、つい帽子の中で耳が跳ねてしまう。
 やがて彼はケーキの入った箱を受け取ると、そのままボクの方は振り向かずに歩き去っていった。声を掛けてくれてもよかったのに、まぁ、仕方がない。ボクと表で話していたら、それこそ変装の意味が無くなってしまうからね。無意識に垂れていた尻尾が、椅子の下で床に触れていた。

 もしもボクらが善玉闘士と悪役闘士じゃなかったら、昔のように何の気兼ねもなく外を並んで歩けたのだろうか。ショーケースのケーキを眺めながら、あれが美味しそうとか、これが良いんじゃないかとか話せたのかもしれない。あるいはテラス席から声を掛けて、向かいの席に座った彼とデザートを追加注文するなんてことも出来ただろう。あり得たかもしれない光景を想像すれば、一人で触れるテーブルが少し冷たく感じられた。
 けれど、すぐに気にならなくなる。隣り合って歩けなくても、人が行き交う街の中でも、ヘクトールはすぐにボクを見つけてくれる。ボクもまた、すぐにヘクトールを見つけることができる。たとえ姿を変えようとも、二度といなくなったりなんてさせない。

 それに、離れていても行き先は同じだ。ボクは当初の予定を全うするべく、席を立つと会計に向かった。これからレジデンシャルセクターに行く前に、ネクサスアーケードに寄らないといけないな。苺のケーキに合うコーヒーを二人分、モザイクコーヒーで買っていこう。