jerry-fish
2025-10-03 23:24:49
6825文字
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全身全霊のかわいいをきみに

モグ真木(にょた)「きみは本当にかわいいから(https://privatter.me/page/69c4c8ddcdede)」の続き。

「モグラさん! 明日用事ありますか!」
 浮雲に呼ばれて電話に出ると、開口一番八重子がそう言った。珍しく苛立ったように感情も口調も荒げる彼女にモグラは面食らう。
「いや、なにもねえけど。どした? 何か相談事か?」
「明日! 真木ちゃんを連れてくから思った通りのことを言ってください! いいですね? 本音ですよ本音!」
「待て待て待て! 話が分からん! 本音でって言われたってなぁ、言えることと言えないことがあるのは八重ちゃんだってわかるだろ?」
「そ、れは……そうですけど。でも……
 モグラが穏やかに話すものだから、八重子も当初の勢いがなくなっていく。
「まずはどうしてこんな電話をすることになったか、それを教えてくれ。そうしたら俺だって協力できるならさせてもらう。な?」
……わかりました。すみません、突然」
「いーってことよ。どうする? 一旦駄菓子屋にでも集まるか? 通話料もばかにならんだろ」
「はい。今から行きます」
「おう。待ってるよ」
 電話を切って、茹だった頭を振る。冷静じゃなかったのは自覚してたけど、あそこまでとはと自分で呆れてしまう。大きく吸って、焦りと苛立ちと一緒に吐き出した。それから軽く両頬を叩いて抽斗通りへと向かった。

「よぉ、八重ちゃん。よく来たな」
 浮雲に促されて駄菓子屋の奥へ向かう。そこにはもぐらがいつもの格好で待っていた。傍らには飲みかけのラムネが置かれている。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 浮雲が差し出したラムネを受け取って八重子が礼を言う。そのまま促されて座敷に腰を下ろした。
「わたくしは同席致しません。けれど、扉を開けておきますので何かありましたらお声がけください」
 ではと言って浮雲は店舗のほうへ戻っていった。
「で、だ。一体どうした? 八重ちゃんがあんなに声を荒げるなんておっさん驚いたよ。真木を連れてくるってことは、アイツ関係なんだろ?」
「モグラさん、聞いてください」
 八重子は今日の出来事を話す。それ以外にも、自分が見てきた真木という人間についてをモグラに伝えた。
「真木ちゃんは私を可愛いって言ってくれるけど、私だって真木ちゃんのこと可愛いと思ってるし伝えてるんです。でも、私が本心から伝えても、真木ちゃんには伝わらなくて。この間の飲み会だって、私はいけなかったけどきっと誰かが送ってくれるって思ってたのに、ちゃんと誰かに頼れるって思ってたのに、真木ちゃん一人で帰ったって聞いてっ……! わ、わたし、私がどれだけ心配したとっ……! 可愛いんです、大切なんです。なのに、あの子は自分を大切にしてくれない! 私のこと、眩しいものを見るような、手に入らない憧れを見るような目で見てて……。違うのに。真木ちゃんは可愛いのに、なんで、あんな……
 最後にこう言って、八重子は俯いた。目頭が熱い。視界がにじむ。膝に置いた手の上に、はたはたと雫が落ちるのが見える。泣いている自覚はあった。けれど、怒っている自覚もある。大切な友達が自分を大切にしていないことに、八重子は怒っていた。
「そうだよな、八重ちゃんの気持ちはわかるよ。俺も、アイツにはちゃんと自分を大切にしてほしい。多分、八重ちゃんが行かなかった飲み会の日、真木はここに来たよ。酔ってたし危なっかしかったから俺が送ってった。アイツが酔って話したことを勝手に話すのはプライバシーにかかわるから言えねえが……。俺も心配だよ、アイツのこと」
 モグラが静かに言う。八重子はハンカチを取り出して涙をぬぐう。
「でも、真木は幸せ者だな。こんなに想ってくれる友達は得難い。一生に一人いるかいないかだ。ありがとうなぁ、八重ちゃん」
「後方彼氏面するならちゃんと真木ちゃんの彼氏になってからしてください」
 ぐずぐずと鼻をすすりながらの八重子の言葉に、モグラは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「は? え、八重ちゃんそれは……。あー、しくった。いつ気づいた? 真木は気づいてる?」
 バツが悪くなりワシワシと頭を掻きながらモグラが問えば、少し前と八重子は言葉少なに答えた。にじまなくなった視界を上げて、モグラの顔を見る。
「この数週間、モグラさんの真木ちゃんを見る目がひときわ優しくて、詩魚ちゃんや梗ちゃん、もちろん私や森君に向けるのとも違うなって思ってたんです。藤村君や教授が真由ちゃんや杏子さんを見る目に似てるなって。あ、梗ちゃんが詩魚ちゃんを見るのも、最近そんな感じがするなぁとは思ってるんですけど。まぁ、それは置いといて。だから、モグラさんは真木ちゃんが好きなんだろうなって」
「うぇぇ、マジか。マジかぁ……。恥っず! うまく隠し通せてると思ったのにめちゃくちゃバレてんの恥ずかしすぎるだろ」
 ちゃぶ台に突っ伏すモグラの耳がほんのり赤く染まっているのが見える。
「でも真木ちゃんは気づいてないですよ」
「本人にまでバレてたらおっさん引きこもるわ」
「そもそも、真木ちゃんは自分が人に好意を向けられると思ってません。だから気づきようがないんです」
「うーん、まぁ……そうだよなぁ。そうなるよなぁ」
 顔を上げられないのか、ちゃぶ台に頬をつけたままモグラが言った。どうにかせんとなと小さなぼやきが聞こえた。それが何に対してなのか、八重子にはわからない。真木に伝えるためなのか、真木から隠すためなのか。けれど、隠してほしくないとは思う。だって、八重子にとってはモグラだって大切な友人なのだ。幸せになってほしいのは真木だけではない。モグラもだ。結ばれたらいいのにと思う気持ちと、想いだけじゃどうしようもない現実が天秤に乗ってグラグラと揺れている。今はどうしようもないそれを頭から追い出して、八重子は大きく息を吐いた。ちらりと八重子の表情を見たモグラは居住まいをただす。
「で、本題なんですけど」
「あ、あー。そうだったそうだった。本音でってのはどういうことだ? 言っとくけど俺は真木に自分の気持ちを伝えるつもりはないからな」
「伝えてもらえたらそれはそれで私は嬉しいけど、今はまだその時じゃないです。明日、今日買った服を着てくるように真木ちゃんに言いました。で、二人でここに来るのでいつもと違う服装の真木ちゃんを見た感想を素直に伝えてください。お世辞だおべっかだはいりません。真木ちゃんはそういうのにすごく鋭いので。もし似合わないってモグラさんが思うなら、それは私の責任です。私が選んだので。だから、本当に思ったことを言ってください」
……わかった。素直に言えばいいんだな? いやー、にしてもそれは、なんだ、楽しみだな。うん。そうか。八重ちゃんが選んだなら、きっと似合うんだろうな。あー、だめだな。ちょっと浮かれてるわ俺。遠足前の小学生か? ってくらい浮かれてる」
 片手で口元を隠して少しだけ顔をそむけたモグラの、その目がやや細くなっているのが見て取れる。
「ほら、好きな子がおしゃれするのって誰だってワクワクするもんだろ? いつもの真木だってそりゃ可愛いよ、当然だけど。あの大きめのパーカーから覗くほっそい首やら手首やら、キュンと来るんだよなぁ。時々袖が落ちてくるせいで萌え袖? ってのになって指先だけ出てんのも可愛いしよ。前雨に降られたときなんか、パーカーが張り付いてたり裾絞ってるときなんか脱いだらすごいってのはこういう子のことを言うもんなんだなっておも……すみませんでした!」
 べらべらと捲し立てていたモグラは八重子の冷たい目に気付くと慌てて謝罪した。
「おっさんアウト! 百歩譲って私に言うもんじゃないですよそれ! 生々しくてヤダ!」
「すまん! これはホントに悪かった! でもあの、言い訳をさせてもらっていいですか!」
「どうぞ!」
「真木の可愛いところを男に話して取られるのが嫌でした! でも八重ちゃんなら安心だしついうっかり箍が外れました!」
「モグラさん……
「その残念なものを見る目をやめてくれ……
 ドン引きしないでというモグラに無理を言うなというのを全面に出す。
「そもそもモグラさんの親しい男性で真木ちゃんのこと知ってるのなんて教授と梗ちゃん、あとは森君とアケさんくらいですよね? 既婚者の教授とアケさん、詩魚ちゃんが気になる梗ちゃん、今はオタ活に忙しい森君。ギリギリ森君が警戒に引っかかるかなくらいのレベルじゃないです?」
「理性ではわかってんだよ、理性では。でもこう、本能が……こいつの可愛いところを知られたくねー俺のだーって……
……神様の執着ってところですかね」
「その言い方やめてほしいけど、正直言えばそう」
「うわぁ……
「引かないでくれ八重ちゃん。これはもうそういうもんなんだよ。理性じゃどうしようもねえんだ」
 モグラは視線をちゃぶ台に移した。八重子の顔を見る勇気が出ないのだろう。モグラは一つため息をつき、苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「俺のだ、渡したくねえって思いはすんのよ。でも、神の執着は只人には重すぎる。死後どころか来世も縛っちまう。いや、そもそも来世なんてなくなる。俺のもんにしたら転生なんてさせないで、ずっとずっと隣にいてほしくなる。だから、ダメなんだ。真木には頼りになる優しい旦那と可愛い子供に囲まれて、最期まで笑って過ごしてほしいんだよ」
 モグラの言葉に、八重子は声を詰まらせる。モグラさんはそんなことしないよなんて、口が裂けても言えそうにない。ハッピーエンドの邪魔をするのは、いつだって現実の問題だ。
 パンッ。
 乾いた音が響いた。モグラが柏手を一つ打った音だ。さっきまでの表情とは打って変わって、モグラはいつもの人のいい笑顔を浮かべていた。
「ま、明日のことについては八重ちゃんに従うよ。要は素直に褒めりゃいいんだからな、任せてくれ」
 何かを言いたいのに、その何かがうまく言葉にならない。八重子はぐっと唇をかむ。何も言えないことが悔しかった。けど、モグラが切り替えたのだから自分も切り替えなくてはと心を落ち着ける。
「はい、よろしくお願いしますね」
 もう遅いから送ると言うモグラの申し出をありがたく受け、八重子は自宅へ戻った。

 翌日。真木は酷く緊張していた。さすがにビスチェは難易度が高くて、今日はワンピースを羽織っている。大学では佐藤が褒めてくれたし、八重子もよく似合ってるよと満面の笑みを浮かべていた。問題はこの後だ。
「モグラにいつものほうがいいって言われたらどうしよう」
 頭をぐるぐる回っているのはこの言葉だ。モグラにそう言われたらもう二度とパーカーとジーンズ以外の服を着られなくなる自信が真木にはあった。先日の飲み会の後、もぐら湯で休ませてもらっている間いろいろとやらかした記憶がある。変な話聞かせてごめんと謝りに行ければよかったが、気を使われるのが怖くて結局行けなかった。困らせたくなかった。ただでさえ大変なのだから、自分なんかのことで更に気を遣わせたくないと思っている。
「大丈夫! 今日の真木ちゃんも可愛いよ! その服もよく似合ってるよ!」
 にこにこ顔の八重子に手を引かれて抽斗通りへ入る。もぐら湯が見えてくると、少しずつ足が重くなってきた。八重子とつないだ手に、不安から力が入る。真木の上にいるマギー君も小さく震えているように思えた。
「真木ちゃん、怖い?」
 八重子が立ち止まって、真木に向き直った。
……すこし、だけ」
 真木は地面を見ながら答える。
「何が怖いの?」
――モグラを、困らせるのが怖いよ」
 マギー君がぴすぴすと鼻を鳴らしている。困ったような泣きそうな顔の真木を見て、八重子はそっと手を包み込んだ。
「たぶん、困ることはないと思うよ。心配しないで、真木ちゃん。それに、もし困った顔したら私が小熊猫拳で成敗してあげる! 詩魚ちゃんや梗ちゃん呼んでもいいし。ね?」
 優しい笑みと冗談で気を紛らせてくれた八重子に、真木も小さく「その時はお願いね」と笑った。頭の上で「ぴぎ」と小さな鳴き声も聞こえてきた。
「マギー君も任せろって言ってるね」
「そうかもね。よろしくね、マギー君」
 八重子は少し表情が柔らかくなった真木にホッとする。そしてあと数メートルのところにあるもぐら湯の扉に手をかけた。
「モグラさーん! こんにちはー!」
「おー、八重ちゃんいらっしゃい! 真木もいるな! 上がってけよ」
 ガラガラと扉を開けて八重子がもぐら湯に入る。いつも通り番台に座っていたモグラはぱっと顔を上げた。モグラはちらりと戸から顔を出す真木を手招きする。どうしようかと視線をさまよわせる真木の手を八重子が引いて、諦めと緊張を混ぜ合わせた表情で真木も入ってきた。
……かわい」
 モグラは目を丸くして、呆然としたような顔でそう言った。真木が目を丸くする目の前でハッと口を覆ったその姿が、言うつもりのなかった本音が転がり落ちたのだと雄弁に語っている。
「でしょ! モグラさんわかってますね! 私が選んだんですよ!」
 可愛いでしょうと言いながら真木を見せびらかして八重子は胸を張った。
「いや、マジでびっくりしたわ。ホント似合ってんな、真木。うん、可愛い。って、これはセクハラにならねーよな? 大丈夫だよな? すげえいい。そういう服装も新鮮でいいな、いつものもいいけどそれもめちゃくちゃいい。おっさんはファッションに明るくねーけど、かわいいっつーのはわかるぞ!」
 モグラが言葉を重ねれば重ねるほど、真木の顔がどんどんと赤くなっていくのがわかる。言葉を選んではいるが、それが本心だということを真木は薄々感じ取っていた。
 恥ずかしいけど嬉しい。でもこんなに褒めるなんて何か裏があるのでは。だけどあれはモグラの本心のように聞こえる。うれしい。なんで。どうして。褒められすぎてパニックになりかけている頭の中をそんな言葉がぐるぐる迷走している。正直、恥ずかしさで涙が出そうだ。
「なあなあ、ちょっとそこでくるって回ってくれよ! な?」
「え? や、やだよ恥ずかしい!」
「えー、頼むよ真木ぃ! おっさんの頼みを聞いてくれよぉ」
 情けない声を出すモグラに、真木の眉間にしわが寄る。
「私も見たい! お願い真木ちゃん」
 モグラの願いを聞くと思うと恥ずかしいが、八重子の願いとなれば話は別だ。
「うぅ、二人して何がそんなに楽しいんだよ……。ほら、これでいい?」
 意を決してその場でくるりと回って見せる。
「かわいいよー真木ちゃーん!」
「裾がひらっとすんのいいなぁ。軽やかな感じっつーの? いやぁ、ほんとに眼福だわ」
「なんでこんな褒め殺しされてんの私……
「ぴぃ」
 恥ずかしさのあまりしゃがみこんでしまった真木の頭をマギー君がとんとんと叩く。
「ふぉーぅ! マギー君が真木ちゃんをいい子いい子してるぅー! 可愛いが天井知らずだよぉ!」
 ふぉうふぉうという八重子の歓声とパシャパシャというシャッター音が真木の耳に届く。
「八重ちゃん! その写真俺にもくれ! 現像してくれ! あとできれば全身写ってる写真も欲しい!」
「しょうがないなー! あとで持ってきますね!」
「待って私の肖像権どうなってんの? つーかなんで私の写真欲しがるんだよモグラは」
 大喜びの八重子にモグラがねだれば、思わず真木が突っ込みを入れた。
「思い出だよ、思い出。俺は現像して置いときたいんだ」
 そもそもスマホないだろと真木が言えば、それはそうと何故かにやりと笑ってモグラが言った。
「真木も八重ちゃんも学生だ。学生の本文は学業だろ? そりゃ遊びに来てくれんのは嬉しいけどよ、君らの邪魔はしたくないんだ。君らが来られないときのために写真が欲しい」
「それは……。その言い方はずるいだろ」
「そうだ、大人はずるいんだよ」
「なんて奴だ……
 にやにやと笑うモグラに真木が呆れてため息をつく。
「私なんかの写真でもモグラの寂しさがまぎれるなら、まぁ、不服ではあるけど、いいよ」
「次来るとき持ってきますね!」
 きゃっきゃと楽しそうにする八重子と嬉しそうなモグラに、不服そうだった真木の表情がふっと緩んだ。
 ずっと頭の中にあった「なんで」がふいにほどけた。きっと八重子が、自信のない自分のためにモグラへ頼んだのだ。本音で褒めろとでも言ったのかもしれない。それであんなに褒めてくれたのだと思う。こんな自分なんかのためにわざわざそうしてくれたのだと思えば、申し訳なさと感謝の気持ちがわいてくる。
「八重ちゃん、モグラ。ありがとう」
 うまく笑えてるといいな。そう思いながら見たモグラの顔は、なぜかほんのりと桃色になっていた。