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jerry-fish
2025-10-01 13:33:26
3922文字
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本当は可愛いきみのこと
モグ真木(♀)。酔っ払い真木ちゃん。モグ→(←)真木♀。
「もぐらぁ、いるぅ?」
ふにゃふにゃした声を出しながらもぐら湯の玄関を開けた真木に、モグラは目を見開いた。どう見ても酔っている。そもそも現在21時過ぎで、若い女の子が一人暮らしの男の家に訪ねてくる時間ではない。相棒かつボディガードのマギー君は真木の頭の上に突っ伏している。
「いやいるけど、どうした? 家まで帰れなくてここに来たのか? とりあえず、あれだ。水飲め。持ってきてやるから」
「ありがと、ちょっと休んだら帰るから」
桃色の頬でふんにゃりと笑う真木に、モグラはその時は送っていくからなと言えば必要ないよとケタケタ笑った。
「私はねぇ、女の子だけど、女の子には見られないんだよ。だからおしゃれもお化粧もしなーい」
やってみたかったけど今更ねぇと、笑っている。
真木という女の子は、化粧っ気がなくファッションにも無頓着だ。化粧水と日焼け止めだけ、服も男物のパーカーとジーンズ、スニーカーで色もモノクロが多い。キュッと引き結ばれた口元にただ整えてあるだけの眉。メガネもファッション性など皆無のシンプルなものだ。本人曰く「私みたいな地味な芋女が可愛くしたところでたかが知れてる」とのことだ。
モグラがよくよく話を聞けば、つまらない話だよと言いながら教えてくれた。おしゃれな服、可愛らしいものに興味はあったがそのたびに「おませさん」と親に言われ、欲しいものがあっても「梅ちゃんと遊ぶのには合わないから、こっちにしない?」とシンプルで洗いやすそうな服を勧められた。幼くても真木は真木なので、親の理想に沿って「じゃあそうする」と自分の希望を飲み込んだ。そうすれば「ありがとう、理解のあるお姉ちゃんで助かるわ」なんて褒めてくれたからだ。
そうなってくると、自分の着てみたいものなんていうのは親に認められないと思って、親が気に入りそうな男の子っぽいものを自ら選ぶようになってくる。小中学校まではそれでよかった。だが、高校生になってもそのままな真木に、母親が言ったのだそうだ。もう少しおしゃれしてみたら、と。
当時反抗期に入りかけだった真木としては、今更あなたがそれを言うのかというところだった。親の希望に沿って着たいものを試さず、理想とされるようなものを選んできたというのに、いきなりそれはだめだと否定するのかと。お姉ちゃんだからと何でも押し付けてきたのに、あなたがそうして欲しいと願ったことを叶えたのに。それでも、真木はこれが楽だからと言いたいことを飲み込んだ。近所の人にはあの子は野暮ったいだの、愛嬌もなければ愛想もないなどと言われていたのも知っている。理想通りのお姉ちゃんとして生きてきた真木にとって、親の突然の裏切りと女の子ならこうという理想に沿うのはもう限界だった。
そして、今に至る。
「だからねぇ、私は女の子じゃなくてお姉ちゃんなんだよ。お姉ちゃんだから、おしゃれはしないの。化粧はさ、仕事するときになったら必須だからするけどね。いいんだ一生独身喪女のつもりだから」
ふふふと笑う真木に、モグラは愕然とした。正直、モグラは真木本人の素質としては悪くないと思っている。レッサーパンダのような愛嬌のある顔立ちに、黒い目は夜の湖のような澄み方をしている。声だって耳なじみがよい愛らしい声をしている上に、頭の回転が速くとても気が利く。最近慣れてくれたのか、見せてくれるようになった笑顔だってひどく愛らしい。癒し系という言葉がぴったりとあてはまる。さらに言えば、体系だって決して悪いわけではない。むしろ、いいほうだと思う。雨に降られたときにパーカーが張り付いた体はしっかりと出るとこが出ていて、モグラは思わず目をそらしたほどだ。俺は尻派という言葉を唱えてちらりと視線を戻せば、何とも好ましい安産型でまた勢いよく視線を逸らす羽目になった。閑話休題。
「私がね、夜一人で歩いて怖いのは人じゃなくて暗さと幽霊だよ。だって人はさ、私に興味ないもん。だから怖くない。幽霊はなんかもう、存在そのものが怖い。いくら元人だって言っても、怖いものは怖い」
そこまで言ってから、真木はモグラの持ってきた水をこくりと飲んだ。たくさんしゃべるとのど乾くね、モグラは普段もっといっぱいしゃべってるのすごいねなんて笑って、さらにもう一口。
「あー、おう。まあ、俺はしゃべりたくてしゃべってるし、慣れてるからな。おかわりいるか?」
「んーん、いらない。もう動けそうだから帰る。遅くにごめんね」
モグラはふらふらと立ち上がる真木の腕を取った。
「モグラ?」
不思議そうにこてんと首をかしげる真木に、送ってくと言えば大丈夫と笑っている。
「いいよ、女の子扱いしなくても。大丈夫、帰れるよ」
「俺がそうしたいからすんだよ。おっさんはな、お前が心配なの。だから俺のために送られなさい」
いつものサンダルをつっかけるモグラに、真木はくすぐったそうに笑う。
「んふふ、モグラは優しいね。こんな私なんかにも優しい。だからメンヘラ製造機になるんだよ。気をつけなきゃだめだぞ」
「突然のお姉ちゃんムーブやめてくれ。おっさんのなにがしかの癖が迷子になりそうだ」
「あっははははは! なんだそれ。モグラの周りにはもっとすごい人いっぱいいるだろ。私なんかでどうこうなってたら、今頃もっとすごいことになってるはずだって」
けらけらとひどく楽しそうに笑って、じゃあねと歩き出そうとする真木に並ぶ。
「心配性だなぁ、モグラは」
「お前だから余計心配になんの」
「そんなに頼りない? まあ、今はマギー君もおねむだしなぁ」
「頼りないとかじゃなくて、こんな遅い時間にふにゃふにゃな女の子一人で歩かせて何かあったら嫌なの、おっさんは」
あとおねむとかいうな、割とまずいことになるとはモグラは口に出さない。
「
……
今更」
「ん?」
「今更女の子扱いされたって、もう遅いよ。もうわかんないもん、女の子ってどうしたらいいのか。私にはわかんないよ」
立ち止まってうつむいたかと思えば、あっという間に声が湿ってくる。
「ま、真木?」
モグラが声をかけるも、真木は何も言わずに時折鼻をすすりながらパーカーの袖で乱暴に涙をぬぐっている。
「お化粧だって、おしゃれだって、わかんないよ。直接言われてないけど、ずっと違うのを求められたのに、急に女の子になんてなれるわけないよ」
「まあ、そうだよな。そうなるよな。でもさ、今は実家出てて、八重ちゃんや詩魚ちゃん、杏子ちゃんもいるわけだ。相談先としてはえらく優秀だと思うぜ、俺は。ああ、あとは俺も化粧はできるぞ。昔花街にいたからな。流行りの化粧も雑誌なんかを見れば何とかなると思う」
モグラは普段八重子がやっているように、ゆっくりと真木の背中をさする。
「すごいな、モグラは。男の人なのに化粧できて。私なんかよりよっぽどすごい。器用だし」
「違う違う。褒めてくれんのは嬉しいけど、今はそうじゃねえ。もしさ、真木が望むなら俺が化粧してみるから。な? 考えてみちゃくれねえか? 真木は化粧で化けるタイプだと思うね俺は」
「そう? そうかな? じゃあ、覚えてたら今度やってよ。私ね、今めちゃくちゃ酔ってるから」
「だろうよ、見りゃわかる。まあ、真木が忘れてても俺が覚えてるから問題ねえな。楽しみにしてるからな」
「楽しみにしてるなんて、私のセリフじゃない? ふふ、やっぱりモグラは変な人だなぁ」
ほんのりと赤い目元で、真木は眉を下げて笑う。愛いななんて思うけど、モグラはそれを飲み込んだ。これが惚れた腫れたでは困ってしまう。
だってモグラは、元神だ。神に見初められたものの末路はろくなものじゃない。幸せになってほしい。生きていて良かったと思ってほしい。優しくて頼りになる旦那と、愛らしい子供に囲まれて、平凡平穏に笑って生きてほしい。それは、自分では与えられないものだとモグラは理解している。思いもよらぬことを聞き、心からの願いを言わせてくれて、それを叶えるのを助けると言ってくれた、優しいかわいい人の仔。手は出せない。出さない。口に出すこともしない。執着も欲望も、丸ごと全部飲み込んで、何でもないように友達としてそばに居続ける。
辛くないのかと言われれば、それは当然辛い。自分は神には向かないと思ってはいるが、それでも神としてお気に入りを囲いたいと言う欲、執着はある。でも、それは毒だ。猛毒だ。そんなものを与えたくない一心で耐えている。
「ありがとう。ごめん、迷惑かけて」
「だから迷惑じゃねえって。俺のためだって言ったろ? ほんとに真木は気にしぃだな。ま、そこも真木のいいところではあるよ」
「さすがメンヘラ製造機」
「今そんなとこあったか? わかんねぇなぁ、ホント」
わしわしと頭を掻くモグラに、真木はふにゃりと笑った。
「そういう優しいところ、モグラのいいとこの1つだよね。うん、泣いたらちょっとすっきりした」
行こうかと言って真木が歩きだす。モグラも並んで夜道を行く。ぽつりぽつりと話しながら歩けば、あっという間に真木の住むアパートに着いた。
「ここだからもう大丈夫。ごめんな。付き添ってくれてありがとう、モグラ。じゃあ、おやすみ」
真木はそう言って控えめに微笑んで、小さく手を振った。
「おー、おやすみ。約束忘れんなよぉ」
わかってるなんて言ってアパートの階段を上る真木を見送ってから、モグラはアパートに背を向ける。背中をさすったときの柔らかな温度がひどく愛しい。それを想い事すべて逃がさないように、ぎゅっとこぶしを家路についた。
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