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chieri_tdki
2026-03-28 22:32:00
7328文字
Public
花を辿って恋-3月
昼も過ぎた平日の午後二時。
駅前の広場は朝の通勤通学ラッシュなどなかったかのように人もまばらで穏やかだ。
住宅街側であるせいかロータリーは小さめで、ベンチなども特にない。
オレは駅に入っていく人の流れの邪魔にならぬように、けれど待ち人がオレのことをすぐに見つけられるように改札口にある低い植え込みの近くを陣取る。
一人、ここに立っているとなんだか少しだけ居心地の悪さを覚える。
昔からごく限られた人付き合いしかしてこなかったからプライベートで誰かと待ち合わせをするなんてほとんどなかった。
ましてや自分とは縁遠いであろう花屋に行くための外出なんてあるわけもなく。
待ち人である瀬名の花屋に行くだけなら営業中にふらりと立ち寄ればいいだけの話だ。
だが今日はわざわざ休みの日に時間を決めてここにいる。
早い時間に学校が終わったのであろう学生たちが数人、駅から出てきては楽しそうに笑い合いながらオレの傍を通り過ぎていくのをぼんやりと眺めながら、数日前のことを思い出す。
*****
日勤の勤務を終え、バイクで花屋へと向かうと閉店作業をしている瀬名の姿が見えてホッとする。
オレに気付くと瀬名は「お疲れ」と言うので手伝おうかと聞いたが「そっちも仕事終わりだろう」と首を振られてしまう。
店主の許可なく勝手に店の物に触るわけにもいかないので、大人しく店に入って店内の花を見て歩きながら瀬名を待つ。
「新しい花入った?」
「入れたが、青い花はない」
「そっか」
外の花たちをしまい終えた瀬名がドアの鍵を閉めた音が聞こえたので、今日はどうだと確認をしたが瀬名はただ静かに首を振るだけ。
そこに寂しさも、申し訳なさもない。淡々としている。
いくらオレと一緒に花を探してくれると言ったって、全部の青い花を仕入れるわけにもいかないのはオレにだって理解できる。
世の中には需要というものがあるからだ。店の需要にない商品を仕入れたら経営に影響する。
瀬名は探すのに協力してくれるけどあくまでできる範囲内であり、そういうところちゃんとしているので信頼ができる。
「先週」
「ん?」
「休みの日に来ちまった」
「日曜か?」
「そう。やけに店が暗いなと思ったらクローズの札がかかってた」
新入荷というポップがある花の辺りを見るが、そこにあるのは春らしい赤やピンク、黄色の花ばかりで聞いた通りその中に青い花は一種類もなかった。
残念に思ったのが引き金になったのか、そこでふと前回来た時に店が定休日だったことを思い出す。
初めて店に来た時瀬名が青い花を一緒に探してくれると言ってくれてから、週に一度くらいの頻度でここに通っていて気づけばひと月ほど経っていた。
今のところ仕事帰りに寄ることが多い。夜勤ならオープン後で、今日みたいに日勤の後だと閉店に間に合うから。
シフト制なのもあって休みがカレンダー通りでないせいか曜日感覚が薄いとバイクで移動してたのが、仇となった。
電車だったら乗客の状況を見てなんとなく世間が休みかどうか判断がつくが、バイクだとそうはいかない。
店に近付くにつれ、薄暗さが気になっていたが店が休みという考えがなかったせいで本当に驚いたしガッカリしたのだ。
「だから今日、瀬名の姿が見えてよかったって思った」
「休み伝えてなかったか」
「オレがなんにも考えてなかっただけ。勝手に来てるのオレだし」
バイクで走りながら店の明るさうんぬんよりもそこに瀬名がいたことが嬉しかったんだと呟けば、すごく真面目に返されオレは首を振る。
アポなしで突然来るのはオレなのだから瀬名が言ったかどうかを気にするのは違う。
単純に定休日というものが頭に浮かばなかったんだって話をしたかったんだと言えば「そうか」と言われた。
「この店は小さいから置ける花は限られる」
「規模がわからないんだけど、ここって小さいんだ」
「個人という意味もある」
「なるほど」
看板を片付け終えた瀬名は何事もなかったかのように話題を変え、レジカウンターへと移動し精算処理を始める。
花のことも花屋のこともなにも詳しくないオレからすれば充分に見えるが、【個人】と言われ納得した。
「春になれば必然的に花の種類は増えるが、全部を入れられるわけじゃない」
「そりゃあなあ」
今さっき、まさにそのことを考えていたばかりだ。
話を聞きながらうんうん、と頷いていると立って辺りをうろついているオレを見て作業台の椅子を指差す。
無言だがそのジェスチャーは「どうぞお座りください」だ。オレは立ち仕事で今日も一日立っていたので、今日確認したかった分の店の花も見たのでありがたく腰を下ろさせてもらう。
「仲卸に行けば、もう少しある」
締め作業が終わったのかふっと灯りの消えたタブレットから顔を上げた瀬名の視線は相変わらず穏やかで、感情の起伏はあまり読み取れない。
続いた言葉は馴染みがなく、オレは心の内で「ふうん」と呟くしかできなかった。
瀬名は一度そこで言葉を切ると、考え込むように視線を逸らす。少し、本当に少しの無言の間があって。
先にその無音を破ったのは瀬名だった。
「行くか?」
その言い方は誘うというよりも、提案といった方が近い。
でもまあ、事実誘われてはいるのだろう。オレ一人で行かせるって感じの言い方ではなかった。
花を探しているのは本当だし、その話をしたのは他でもなくオレなわけで。断る理由はない。
ないが。
「なんにもわかってないけど、そういうのって部外者のオレが行ってもいいもん?」
「一般でも入れる。もし気になるなら、休みの日にでも」
まず気になったのはなんの関係もないオレが行っても大丈夫なのかってところだったが、あっさりと平気だと返される。
「休みなのにいいの?」
「ああ」
次に気になったのは瀬名の貴重な休みにってところだ。
オレは店に入荷されるのならぐらいの気持ちだったからわざわざそこまでというのが強い。なんというか申し訳ない。
つい今さっきそういう話をしたばかりだったというのもある。
でも当の瀬名は気にしている素振りもない。恐らく話題を繋げているつもりもない。
オレはオレのしたかった話をしたから、瀬名も瀬名のしたかった話をしているだけ。
「どうする」
「行きたい」
「わかった」
そこで「興味ないなら」とか「そういうつもりがないなら」とか言わないところに救われる。
だってそう言われてしまうと少なからず声をかけてもらったからとか考えてしまう。
何故だろう、言葉にしないから思ってないんだっていうのが普段の態度から伝わってくる。特別なことではないのだと思えてすごく気が楽になる。
だから素直に「行きたい」と言ったら瀬名はそれにもただ静かに短く返事をして頷くだけだった。
*****
それが、数日前の出来事。
勝手に少し申し訳なく思ってたけど仕事のついでだからくらいの落ち着いた表情と声で言われて、嬉しかった。
待ち合わせの時間や場所を決めるのも「午後でいいか。二時。駅で」と淡々としたものだったし。
オレは初めての場所に行くのと、慣れない人との外出に緊張して待ち合わせ場所に少し早く着いてしまったので約束の時間まではまだ少しある。
スマホで時間を確認しようとショルダーバッグをあさっていたらふと視界が暗くなった。
「早いな」
なにかと思って顔を上げたらそこに瀬名がいた。
いつものエプロン姿じゃないだけで、随分と印象が違う。
そのせいか少し距離の測り方が違う気がして、どこに立てばいいのか迷って意味もなく左右に体を揺らしてしまった。
「たまたま。おはよう瀬名」
「こんにちはだと思うが」
中身のないぽろっと出ただけの挨拶を瀬名は律儀に拾っては、腕時計で時間を確認していた。
それに気が抜けてふっ、と笑ったら瀬名の空気が少しだけ柔らかくなる。
「行くか」
「ん、ついてく」
行き先を指差すのでそれに頷くと、瀬名はいつもと同じ調子で歩き出すのでオレはその背中を追い駆けた。
電車とバスを乗り継ぎ、一時間弱で目的地に着く。
案内された建物の中に入ると、店で見るよりもずっと多くの花が並んでいた。
「花だらけだ」
「そりゃあ」
どこを見ても花があるという状況は瀬名の店とも同じだが、やはり規模が違う。
思わず零れ落ちた感想を聞いて、どう返したものかと瀬名の困惑した声が耳に届いてオレは心の中でごめんと呟いた。
「少し見て回るか」
「うん」
ここまで種類があると、どこを見ていいのかわからない。視界の大半が鮮やかな色に支配されて青い花を探すのも一苦労だ。
だからオレは瀬名の後をついて行くことに決める。
「瀬名もここで買うのか?」
「時々。普段あまり扱わない種類の注文を受けると来る」
「ふうん」
他愛ない話をしつつ、まずは入り口近くに並んでいる季節の花を多く取り扱う辺りから。
店内にはまだ整えられていない束が、そのままの形で置かれている。当然ながらラッピングされていない。
賑やかではあるがうるさいという感じはない。時折近くを通る台車の音が大きいかなと思うくらい。
一般の人も入れると言ってたけど、どういう人が来ているのかはオレにはわからなかった。
女性ばかりかと思ったが思いの外そうでもない。
「永原くん」
イマイチ記憶に引っ掛からないので意識が花を探すことから逸れていく。
慣れぬ場所にキョロキョロと辺りを見回していたら名前を呼ばれ、オレは慌てて出来た距離を縮めた。
「まだ咲いていないがこれも花びらが青くなる」
そう言って瀬名はスマホで調べておいてくれただろう、開花後の画像を見せてくれる。
蕾を見た時からなんとなく思ってたけど、これじゃない。
「違う」
「そうか」
「小さい花がいっぱい咲いてるって感じじゃなくって」
頭の中に違うというイメージはあるのに、うまく説明できない。
花の名前も思い浮かばないから例えも出ない。否定するしかできずに言葉を探して唸っているとそんなオレを見て瀬名がゆるりと首を傾ける。
「房じゃないってことか」
「房
……
」
「藤やアジサイ」
「うん、違う」
「一本に一輪つく方か。チューリップとか」
「そうかも! バラみてえな!」
瀬名がひとつひとつ、噛み砕いてくれてようやっと伝えられた。
それに瀬名は「なるほど」と短く呟き、そのまま黙って考え込んでいる。
これまでよりも幾分か絞り込めたから、記憶からどれが近いか探してくれているのだろう。
そんな瀬名と、店の外で逢っているのがなんとも不思議な気持ちになる。
薄手のニットも細身のスラックスも、斜めにかけているショルダーも無地で落ち着いた色なのに不思議と地味に見えない。
金色の髪も、いつもと同じ位置で結われているのに適当にまとめたって感じじゃない。
店での印象と大きく変わるわけじゃない。でも全体的に綺麗に整えられているせいかいつもと違うように見える。
エプロン姿ではないってだけなのに。
なんだろう考え事をしてたら突然、自分の格好が場違いな気がしてきてしまう。
別になにもおかしくないはずなのに。そりゃあ瀬名の格好から比べたら厚手のパーカーとシャツとかかなりラフだけど、一応ちゃんと出かける時用のものだ。
カバンはまあそれなりに使い古してるものだけど。
「瀬名」
不安になって瀬名を呼ぶと、思案するのに逸れていた視線がオレへと戻る。
「オレの今日の格好、これでよかった?」
口にしてから、聞かなくてもよかったんじゃないかと考える。だって聞かなきゃ瀬名だって気にもしなかったかもしれないのに。
初めていく場所だってのと、ちゃんとしている瀬名を見てちょっと焦った。
瀬名はオレの格好を確認するように頭の先から足元までゆっくりと視線を動かしていく。
「可愛いけど」
そして首を傾げてから少し間を置いて、いつもの調子で短くそう言った。
「別に問題ない」
「
……
可愛い?」
「ああ」
その、オレを見る目にものすごく純粋な「なんでそんなこと聞くんだろうか」って疑問が浮かんでいる。
問題ないって言うんだから本当に問題もないんだろう。「これでよかったか」と聞いたオレの質問にはちゃんと返ってきてる。
ただなんで、最初の答えが「可愛い」だったのかわからない。自分に向けられた言葉とは思えなくて全然処理ができなかった。
よくわかんねえけど多分、恐らく、きっと。この瀬名の感じだと似合う、と同じ意味なんだろう。
だって問題ない以外に可愛いに触れる言葉がなにもない。
「さっき見せてくれた花、なんて花」
「スターチス」
なのでオレも何事もなかったように話題を戻すがやはり瀬名は変わらぬ口振りで返事をくれるので、認識を間違えてはいないようだ。
その後、多年草も含めて広い店内を一周ぐるりと見て回ったけどピンとくるものがなかった。
咲いたイメージが湧かないものは都度瀬名が調べて画像を見せてくれたけどそれでも。
再び入り口に戻ってこれだけあっても見つからないものだなと考えていたら、買い物を終えた瀬名が戻ってきた。
「待たせた」
「これくらい全然」
でも瀬名は店で扱いたいと探していた種類が見つかったようだ。
瀬名が注文書をカバンにしまうのを待って、オレたちはまたバスと電車を乗り継ぎ待ち合わせをした最寄りの駅まで戻る。
ちょうど学生の下校の時間と被ったのか、来た時よりも人の流れはずっと多く駅前も賑やかだ。
流されぬように、けれど邪魔にならぬように避けてからオレは足を止め振り返る。
「瀬名、花見してかねえ?」
*
家に帰るのには遠回りになる、土手沿いを瀬名と二人歩く。
川沿いの道に並ぶ桜は、陽の当たる加減によって咲いているものもあればまだ蕾ばかりのものもあり満開とは言い難いが見応えとしては充分だ。
そんな桜並木を、立ち止まって見る人もいれば日常の風景としてそのまま通り過ぎていく人もいる。
桜って不思議だ。花に興味なくても、特別な場所でもないのに。足を止める理由になる。
「桜、思ってたより咲いてるな」
「そうだな」
「瀬名って花見とかする?」
「しようと思ってはしないな。最近は特に」
「オレも」
時折視線を上に向け、風に揺れる薄い色の花を眺める。
「桜か」
花見をしないかと誘った時、どんな反応をするかと思ったけど。
でも瀬名は一言確認をするように呟いて、それにオレが頷いたのを見ると腕時計にもスマホにも目をくれることなく「時間はある」と言うだけだった。
どこに、とか聞かれるかと思ったがそういうの聞いてこなかったな。まあ聞こうとするより先に断られなかったからと「土手沿いを歩いていこう」とオレが言ったからかもしれないが。
「花屋だから流石に瀬名は花に詳しいよな。花の名前すぐに出てた」
「花屋として最低限の知識。花が好きってわけでもない」
桜の花を眺めていたらさっきまで見ていた花のことを思い出してなんとなく出た言葉だったが、誇っている様子もなく謙遜した感じもなく淡々とした声で返され納得する。
言われて、そりゃあそうだとしか思わなかった。
瀬名の方を見ると目が合って、オレが肩を竦めると瀬名はこちらを見る目を少しだけ細める。
「そりゃあ仕事なんだからそうだよな。オレだって警備が好きだから今の仕事してるわけじゃないし」
「そうか。初めて聞いた」
「え、あっ。言ったことなかったっけ」
「日勤と夜勤がバラバラの仕事だからとしか」
「そうだったっけ。実はそうなんだよ」
大抵は生活の為に仕事をしていてオレだってそうだと頷いたら、瀬名が少しだけ驚いていて言ってなかったことにオレも驚いた。
今更オレの職業を瀬名が知ったところでお互いに別にだからなんだという話なので、適当に流す。
「そういえば職場のエントランスにも咲いてる、桜。思い出した」
「そんなもんだろう」
「ははっ、ほんとそう」
だがふと、毎日桜を見ていることを思い出したと零せば瀬名は少しだけ可笑しそうに口元を緩め、さっきのオレを真似るように肩を竦めた。
オレたちの間を駆け抜けるように強い風が吹くと、桜の花びらがひらひらと頭上を舞う。
突然大きく腕を振るったオレを見て驚いている瀬名に、笑いながら捕まえた一枚の花弁を見せる。
「今日は楽しかった。花見も付き合ってくれてありがと」
「ああ」
来た道を引き返すことはない。見えたのは分かれ道で、そこが今日瀬名と別れる場所だ。
その前にちゃんと今日の楽しかったことを告げると、瀬名は頷いて。一度だけオレの手元を見て。ゆっくりと瞬きをする。
「俺も、一人じゃ花見なんてしないから、よかった」
少しだけ間を置いて言われた言葉に、へへ、と笑って返したら瀬名の目元が少しだけ柔らかくなったのがわかった。
「うん。また店に行くから」
「水曜と日曜は休み」
「もう間違えねえって」
軽くなった雰囲気のせいか、からかってくる瀬名に二度はないと首を振る。
話している内に着いてしまった分かれ道でオレたちはどちらからともなく一度、足を止めた。
「待ってる」
「うん。帰り、気を付けて」
「永原くんも」
「ああ、またな!」
そして互いに短く別れの挨拶をして、それぞれの家路へと就く。
オレは拳を解き、握り締めていた花びらをひらりと風へ乗せた。
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