フリンズさんが商会に通い詰める話


「こんにちは、タルノさん」
「ようこそ、フリンズ様」

 僕は普段、ナシャタウンにはあまり訪れないのだが、最近は以前よりも少し多い頻度で訪れている。ヴォイニッチ商会が、僕好みの良い品を入荷することが増えたからだ。おかげで今月の給料も残りわずかとなっている。それでも僕のコレクションが増えるのが嬉しくて、さまざまな商品の逸話を聞くのがやめられなくて、商会へと通うのだ。

「何か新作の商品などはありますか?」
「そうですね……前回の来訪からですと、この辺りでしょうか?」
 タルノさんは僕の来店日から逆算して、以降に新しく入荷した商品を提示してくれた。相変わらず出来たスタッフだ、信頼に値する。
「ほぉ……これは、良い品々ですね」
「フリンズさんのお好みに合うのでは、と僕も思っていました」
 この古銭は璃月から、この宝石はフォンテーヌから、この商品は――と、彼は次々に商品紹介と由来を混ぜて話してくれた。どれも魅力的で悩ましい限りだ。手持ちと相談しつつ、今日はどれを迎えるべきかをよく考える必要がありそうだ。

「そういえば、これらのアイテムはどこから入荷されているのですか?――いえ、守秘義務があれば優先いただいて構いませんが」
「そうですね……では少しだけ。先月からナド・クライに拠点を置かれた仲介人の方が、当商会に卸してくれているのです」
「なるほど、そうでしたか」
 これらの品々が置かれ始めたのは、たしかに先月だったような。ふむ……一度その方にもお会いしてみたいものだ。

 ――――先月?
 そういえば最近、ナド・クライに来たばかりと言う方にお会いしたような……。とはいえ、このナド・クライ――冒険者の楽園という自治地域ついて考えれば、初めて会う方というのは毎日のように居るものだが、……ふむ。
 目の前の古銭を眺めながら、先月の出来事を思い起こしていると、誰かが近付いてくる気配に気づく。

「タルノさん今晩は! 今日もお願い、し…………あれ?」
「おや、貴女はどこかで……
「あー‼︎ 夜のお兄さんじゃん‼︎」

 夜のお兄さん――僕の事だろうと推測できるが、さて……どこで…………あぁ。
「いつかの月が綺麗な夜に、ワイルドハントに襲われかけてた方……ですね?」
「覚えてくれてるの⁈ 嬉しい。……それでは、改めまして。あの時は助けてくれてありがとうございましたー!」
 気がついたら僕の手は彼女の両手に掴まれ、握手というには強引な勢いで、彼女にブンブン振り回されていた。その後、彼女は満足したのか僕の手を離してから「えへへ、また会えて嬉しいなぁ」と言い、満面の笑みを浮かべる。
 その、彼女の笑顔を見て、僕はあの日を思い出す。


 先月のある晴れた夜、夜警中にアビスの気配を感じナシャタウン近くの海岸へ向かった。すると、大きな荷物を背負った女性が「きゃー‼︎来ないでー‼︎」と、大声を上げながら木の棒を振り回しているのを見つけた。ほぉ、ワイルドハント相手に勇敢な――と数瞬間眺めてしまったが、助けるべきだろうと思い直して彼女とワイルドハントの間に割り入った。幸い、小規模だったのですぐに処理することができた。
「さて、ご無事でしょうか?」
「あ、あありがとうございました‼︎ お強いんですね!」
 暴れた際に床に落としてしまった大きな荷物を確認する彼女。「お持ちしましょうか?」と手を差し伸べたのだが、彼女は首を振り「大事な物、なんです」と断った。
 他人の僕に預けたく無い物だってあるのだろう――そう考え、彼女が荷物を背負い直すのを待って、ナシャタウンの入り口まで送り届けた。
「実はまだ私、ナド・クライに着いたばかりで……お兄さんがいなかったらどうなってたことか。本当にありがとうございました!」
 まだ夜警の時間が残っていたので、大きく手を振る彼女を残し、軽い会釈をして別れた。あの時の、先程と同じ彼女の笑顔を思い出し、過去の記憶世界から意識を戻す。
 そうか、彼女だったのか。今日は良い日になりそうだ。

 
 ふと、僕はカウンター内に立つ彼の様子を横目で見る。彼――タルノさんは、眉を下げつつ困った表情で僕らを眺めていた。そして僕の視線に気付くや否や、スッといつもの笑顔に戻った。
 
「まさか、お二人が知り合いだったとは驚きました。――フリンズ様、この後お時間をいただけますか?」
「えぇ、いくらでも待ちます」
「あはは……すみません。――貴女の受付はこのカウンターでは無いので、裏口からどうぞ」
「あっ! すみません、またやっちゃいましたね……。夜のお兄さん、また後で」
「えぇ、貴女のことも――いくらでも待ちますよ」
「やった! 仕事してきます‼︎」
 貴女にお聞きしたいこと――例えば彼女の卸した商品についてなど――が、僕にも沢山ありますから……ね。
 
 促された裏口へ軽快に歩き出す彼女と、その場に残された僕とタルノさん。空気の読み合いが始まりそうなところで、わざとらしく「ふふっ」と声を出して小さく笑う。
「タルノさん、大丈夫ですよ。彼女のことは誰にも言いませんから」
「話が早くて大変助かります。……フリンズ様にも知られてはいけなかったのですが、今回ばかりは……避けようがありませんでしたね」
 不可抗力とはいえ彼は、僕と言う顧客が減るのを懸念しているのだろうか。


「夜のお兄さん! 待たせてごめんなさい。時間、大丈夫ですか?」
「えぇ、問題ありませんよ。――まさか、あの時の貴女がヴォイニッチ商会の仕入れ先だったとは……
「え? 何か言いましたか?」
「いいえ、何も。……僕は、キリル・チュードミロヴィッチ・フリンズです。『フリンズ』の方が呼びやすいので、そう呼んでください。僕の苗字です」
「フリンズ――さん。はい、覚えました!」
「ふふ、ありがとうございます。――それでは貴女との再会を祝して、一杯お付き合いいただけませんか?」
「私も、あの時のお礼がしたいので、是非! あ、お代は私に持たせてくださいね」
「おやおや。では、お言葉に甘えさせていただきましょうか。……ところで、宝石や古銭にご興味は?」

 

『貴女と出会えたことに、心からの感謝を。』